下にいくほど新しくなっています


1 mar(fri)
23 galactic Moon
 日本最南端の西表島でサトウキビ刈りをやっている浜崎から電話があった。
 少々興奮気味だ。
「椎名誠さんがおれのテントにきたんだ。小説の取材だといって、いろいろインタビューされたよ」
 世間様から遠くはなれた世捨て人が、時代の先端にいる作家からインタビューを受ける。
 西表島の南風見田(はえみだ)海岸は筋金入りキャンパーたちの聖地だ。
 暑い夏は北海道富良野にある鳥沼キャンプ場、寒い冬は西表島のジャングルですごす。
 こんな生き方もあるんだぜ。
 浜で魚を釣っては味噌鍋にし、現金が必要なときはさとうきび刈りを手伝う。
 オレたちに与えられた人生唯一のテーマは、
 「いかに心地よい場所を見つけるか」だ。
 今、卒業をひかえた学生たちは就職探しにかけまわっている。
 ちょいと垣根を飛び越す勇気を出せば、
 自由に生きていく方法なんて、
 無限大にあるんだぜ。
2 mar(sat)
24 galactic Moon
 もう中近いのに、素樹文生(作家)と加納秀一(ヨガ行者)と松田亜希子(編集者)が日光へ遊びにくる。
 こういうときに友人とはありがたいもんだ。御焼香が口実だが、温泉がメインだろう。
 しゃぶしゃぶの味噌鍋をつくるはずだったが、解凍しすぎてうすい肉に火がとおり、くっついてしまった。むしってひきはがすと、ボロボロだ。
 これじゃ牛丼じゃん。
3 mar(sun)
8 galactic Moon
 朝の5時まで飲んで眠ったら、きなサイレンで9時に起こされた。
 なにごとかと窓を開ければ、交通安全週間のパレードだった。警察署の真ん前に住むということは私設ガードマンを雇っているようなもんだが、けっこう騒音に悩まされる。暴走族が警察署の前をとおるときだけ、クラクションを鳴らしまくるのだ。
 かわいいぞ、おまえら。
 しかしもっとほかに自己主張する方法はないのか。

 スーパー活力鍋で炊いた五穀入り玄米ご飯を食べ、那須にむかって出発した。
 中村一義の新曲を聴いてるうちに那須をとおりすぎ、福島県の白河に来てしまったじゃないか。
 失敗を楽しみに変えるのは、人生で最重要テクニックだ。この技を「臨機Oヘンリー」と呼ぶ。

 白河といえば、白河ラーメン。
 白河ラーメンといえば、とら食堂。
 満員の駐車場には東京、埼玉、大阪なんてナンバーも見える。長蛇の列を40分ほどならんだ。
 名古屋コーチンなど3種類の鳥がらを煮込んだスープ、炭火で薫製にしたチャーシュー、ちぢれた手打ち麺など、絶妙のバランスである。「さっぱりとして奥深い」という離れ業は、横綱の貫録だ

 那須にもどって北温泉という秘境に挑戦するつもりだったが、ちょっと時間が遅すぎる。近くの新甲子(かし)温泉へいった。
 思いっきりアイヌ系の番頭さんが風呂に案内してくれる。オレの知るかぎり福島県は、東北の中でも青森県に次いで美男美女度が高い。つまりアイヌの血が色濃く残っている県だ。
 重要機密として「ぜんらたい」(全国ラーメン隊)が調査中であるが、北海道、福島県、和歌山県、九州と、アイヌ度(=美男美女度)の高い地域はラーメンが美味いのだ。いまだにアイヌとラーメンの関係は謎である。
 温泉はオレたちの貸しきり状態。
 雪の降り積もった山々をながめながらはいる露天風呂は、極楽である。
 ラーメンと温泉があれば、人生なにもいらない。
 あっ、ついでに、素敵な友だちも。
4 mar(thu)
26 galactic Moon
 てやんでえ、宵越しの憶なんぞ持たねえ!
 というようなことを「老人力」に書いてあったが、作家とヨガ行者と編集者からいっせいに指摘されると不安になる。
 どんなに楽しい会話も、
 どんなに有益な知識も、
 どんなに大切な意見も、
 どんなに嫌な出来事も、
 翌日にはさっぱり忘れてしまう。

「あっはっは、おもしろいことを言うやつがいるね」
「自分で言ったんですよ」

「はじめまして、AKIRAといいます」
「はあ、お会いするのは三度目ですけど」

「そのビデオ見たいから貸してくんない?」
「昨日いっしょに見たやつですよ」

 毎日が生まれたての赤ちゃんだぜ、オーマイベイベ!
 毎日が輪廻だぜ、オーマイブッダ!
 毎日が別人28号だぜ、おまえダーリン?
 なんという、天才的忘却能力!

「……残念ですが、この患者からはまったく反省の色が見当たりません」
5 mar(tue)
27 galactic Moon
 縄文のビデオは忘れたが、こんな危ない話を聞いたのはおぼえている。

 1985年8月12日夜7時1分、羽田発大阪行きの日航のジャンボ機123便(ボーイング747SR046型機)が群馬県上野村の御巣鷹山(標高1639m)山中に墜落、乗客乗員の内520人が死亡。
 というニュースを寺島純子アナが伝えているとき、
「遺族のみなさまは今、不幸のずんどこにおちいり……」
 お茶の間の人々は一瞬耳を疑う。
「ずんどこ?」
 鼻からお茶を吹きだし、ドリフターズの「ずんどこ節」を歌いだす者までいたという。

 危険だ。この話は危険すぎる。
 「どん底」を言いまちがえたアナウンサーに悪気はないし、数千人の遺族は怒りをどこにぶつけていいかわからない。
 これも友人から聞いた話である。

 夫に先立たれた老妻が通夜の席であいさつをした。
 涙を必死にこらえ、生前の夫の生き様を語る妻の話を、参列者は静粛に聞き入っていた。
「減反政策によって花栽培農家に転向したわたしたちは、2500坪のハウスでカーネーションやキンギョソウなどの観賞用植物を栽培してまいりました。主人の口癖は、みなさまの目から美味しい花を食べてもらうというものです。県の園芸コンクールでも3年連続入賞をはたし、ボランティアで小学校の花壇づくり指導してまいりました。70歳をすぎてもまだ現役で、生涯ちついじりの好きな主人でございました」
 突然やすらぎホールが咳払いで満ち、4,5人が会場を飛びだしていった。
 おばあちゃんだけは気づかなかった。「土いじり」を「ちついじり」と言ってしまったのだ。

 笑いは人類最強の武器である。
 動物にも喜びの表情はあるが(うちの猫の表情でわかる)、人間ほど顔面の筋肉を変化させない。
 プラトンやアリストテレスは笑いを軽蔑した。キリスト教は笑いを罪とした。ベルクソンは社会バランスを矯正するものと考え、バタイユは現実のしがらみからの解放だとのべている。
 もともと動物にとって歯をむき出すことは「おまえを食ってやる」という威嚇だった。笑いは攻撃的側面をいまだにもっているが、独断と偏見で笑いを分析してみる。

ランク
表現
形態
危険度
意識
銅メダル
嘲笑
自己完結型
意識
銀メダル
笑い
コミュニケーション型
★★
記憶
金メダル
爆笑
自我滅却型
★★★
無意識
 御焼香に来た友人たちはオレが落ち込んでいないのでがっかりしたらしいが、こんなもんだ。
 喜びの臨界点を越えると、泣いてしまう。
 悲しみの臨界点を越えると、笑うしかない。
6 mar(wed)
28 galactic Moon
 粉症なんぞ、軟弱者の病だ!
 こちとら名字は杉山だし、杉の花粉を産湯に浮かべ、杉並区で花を咲かせ、杉並木へと凱旋した「杉の子アキ」よ。
 などと、うそぶいていたら、なってしまった。
 花粉症に、なってしまったのだ。
 くしゃみは花火大会、
 鼻水は華厳の滝、
 まばゆい目玉は東照宮。
 500年も前から各地の大名は杉を日光にプレゼントし、太平洋戦争と関東大震災後の植林政策で、市内の山々は杉におおわれた。
 3日前に訪れた素樹文生はこうたとえた。
「花粉症患者にとって聖地日光は、ナウシカにでてくる腐海の最深部である。1分間マスクをとることは死を意味する」
 杉地獄。
 日光に住むかぎり、逃げ場がない。
 花粉症に悩むアナウンサーとかの気持ちがやっとわかった。くしゃみをくりかえすと、鼻水が飛びだす。ハエを捕まえるカメレオンの舌みたいな鼻水が、ブラウン管に飛んできてはりついたら恐いよな。
 500年前までは「聖木」と崇められていた杉が、今や「害木」である。
 杉が、「杉山明」(杉の山を照らす太陽と月)にまで復讐をするなどよっぽどのことだ。
 風媒花は風に花粉を運ばせることによって受粉する。虫に運ばせる虫媒花は3分なのに、風媒花は何カ月もかかる。
 そんなこと人間の知ったことじゃなかった。
 杉山のまき散らした精子が顔につく。
 顔射はやめてくれ。
 杉山は人間の敵になってしまった。
 杉山は杉山以外とセックスしたい、杉山は隣近所がぜんぶ杉山の村には住みたくないのだ

 花粉症は、経済原理によって同一種ばかりを植えられた
 木の復讐だ。
7 mar(thu)
1 solar Moon
 きのう花粉症のことを書いたら、さっそくこんなメールがきた。

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 ほっといてくれ。
 オレは杉山の意地にかけても自力で直す。
 原付き免許しかもってないやつに「夢のポリマー」はいらん。
 ちょっと困るのは、父親の死と重なったことだ。
 今日も保険屋さんが書き替え手続きにやってきたとき、鼻をすすり目をこするオレを見てもらい泣きしてしまった。
「さぞかし、(お父さんの死は)ショックだったでしょうねえ」
 しょうがないから、ウソにならないように口を合わせる。
「ええ、なにしろ突然(花粉症になったもの)ですから」
「心の準備ができませんものねえ」
「まあ、あと1カ月もすれば、時が解決してくれると思います」
「どんなに健康な方でもいつなにが起こるかわかりませんから、当社では時代のニーズに合わせて新しいプランをお用意しました。今ご加入いただけると、抽選で……」
 だから「夢のポリマー」はいらんちゅうに。
8 mar(fri)
2 solar Moon
 「アヤワスカ!」を読んだ神科医、関口先生からメールをもらった。
 関口先生は横浜の京浜急行金沢文庫駅で「文庫こころとからだの相談室」というクリニックを開いている。
 心理学の専門分野のみならず、先住民の宇宙観やシャーマニズムなどをとりいれた巨大な視野で少年犯罪や不登校やひきこもりを見すえている。
 講義会記録の「通過儀礼としての少年犯罪」など、あまりにもおもしろいので一気読みさせられてしまった。
 オレはアマゾンのジャングルで断食したときに、べつの惑星から地球をながめるというヴィジョンを見た。

 巨大な闇に浮かびあがる奇跡の惑星、サファイヤさえもおよばない青の輝き、胸が軋きしみをあげるほど愛しいふるさと。樹木の魂たちが泣いているのがわかった。彼らは作戦会議のすえ、人間に生まれ変わることを採択した。樹木の痛みと地球の危機を伝えるために、新しい世代を生みだしていこうという最後の手段だ。

 現場で生身の子どもたちとかかわっている関口先生がいう言葉は重い。
「彼らはまるでその木の精霊の生まれ変わりであるような気がしています。競争の原理とは違う、新たな原理を持った部族が生まれようとしているようにも感じます」

 「新しい部族」か。
 自室の腐葉土に根を張り、インターネットで枝葉を広げる樹木の生まれ変わりたち。
 アマゾンの先住民は成人式に「引きこもり」を課す。
 初潮をむかえた少女は、マカロという集団住宅の片隅にこもらされ、1年もの間他者と接することを禁じられ、食事だけは親が無言でとどける。
 自分をとりまく世界とのコミュニケーションが断ち切られ、自分自身と対峙させられるのだ。
 わたしはなに?
 どうしてこの世に生まれてきたの?
 これからどんなふうに生きていけばいいのだろう?
 徹底的に考えさせられる。
 孤独は100の質問よりも多くのことを教えてくれる。
 苦行を終えると、盛大な祭りが用意される。
 1年も太陽に当たっていない肌は真っ白だ。
 シャーマンの肩につかまって村中を練り歩く。
 村人すべてが引きこもりの苦行をやりおおせた少女を祝福する。
<br>
 現代では、成人式を自分で見つけていくしかない。
 引きこもりの少年たちは、数万年もの間受け継がれてきた伝統を自らの痛みとともに受け継いだ「先祖返り」だと思う。
 しかし、苦行を成し遂げた勇者への祝祭は用意されていない。
 それどころか、「精神病患者」という社会的敗者の烙印、「がんばって」という高慢な励まし、上から下へと流れる同情しかまってない。
 自分と社会、
 病んでいるのはどっちだ?
 
9 mar(sat)
3 solar Moon
 いくつかのメールで質問されけど、上の写真で笑うオレの横にいるのは妹のいーちゃんです。

 親子代にわたる大そうじ。
 しかも70年ぶりだぜ。
 出るわ出るわ、ゴミの山。
 みんなみんな、消えていく。
 ババチョフの着物、
 トトチョフの登山具、
 押入れから湧いてくるんじゃないかと疑うくらい膨大だ。
 松吉の思い出、
 トヨの思い出、
 ババチョフの思い出、
 トトチョフの思い出、
 いーちゃんの思い出、
 オレの思い出、
 みんなみんな、消えていく。
 「物を捨てる」ということは、「心に残す」ことだ。
 捨てる瞬間、痛みとともに心のスキャナーにとりこむって感じかな。

 昔はこの小さい一軒家に家族6人で暮らしていた。
 肌を寄せ合い、
 川の字どころか、
 \\\\\\の字になって眠った。
 みんなみんな、消えていく。
 70年間動かなかった桐箪笥をどかしたとき、
 四角く切り取られた畳の新鮮さに驚く。
 40センチX110センチの「思い出」の記念写真だ。
 人は死んだ時点で、
 思い出の成長が止まる。
 トトチョフの思い出は71歳で止まった。
 みんなみんな、消えていく。
 でもオレが80歳まで生きたら、父親を追い越してしまうじゃないか。
 人が死んだら、先に死んだ家族が迎えに来るという。
 自分たちよりも年上の息子がひいひい杖をつきながらやって来るんだぜ。
 みんなみんな、消えていく。
 あの世では、どういうふうにつじつまを合わせるんだろう?
10 mar(sun)
4 solar Moon
 友人のイツ人アーティストたちが日光にきた。
 ノベルトとエレンは2歳になるダヴィッドを連れ、アレックスとヒルガの5人だ。
 Ellen MuckとHildegard von Chappuisは今、銀座のギャラリーで展覧会を開いている。

 ギャラリー21+葉
 東京都中央区銀座1−5−2西勢ビル2F
 電話とファックス 03−3567−2816
 ホームページhttp://www.gallery21yo.com/
 3月4日(月)ー16日(土)
 11:30AMー7:00PM(最終日5:00PM)日曜休館

 97年にオレがドイツへいったときケルンにある彼らの家に泊めてもらったし、Give & Takeだからね。今まで、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、アジア、ロシア、南米と、さまざまな国籍の友人が訪ねてきた。彼らをもてなすと同時に、世界中にオレの宿ができるんだ。
 「癒しの宿AKIRA」という看板でも掲げようか。
 宿泊も手料理も酒も無料である。
 まずはキリンビールで乾杯し、土鍋をかこんでおでんをつつく。
 みんな、箸を器用に使うなあ。
 アーティストって人種は世界共通の言語があって、作品の写真を見せあえば1秒で理解しあえる。
 ミュージシャンだと音楽を聴く最低3分間、小説家だと異言語はつうじない。たとえ翻訳されていても、読むのに2、3日かかるだろう。

 うちも大掃除して広くなった。
 8畳がまるまるアトリエとして使える。
 これはふたたび「絵を描け」というトトチョフのメッセージなのかなあ?
11 mar(sun)
5 solar Moon
 ドイツでは花粉症はないらしいが、ノベルトはアレルギーだ。
 一度猫を飼っている友人の家に泊まったとき、入院するほどの危険におちいったというからそうとうなもんだ。しかたないから彼だけ近くのホテルに泊まった。1時間うちにいただけで、涙と鼻水がでて呼吸がおかしくなってしまう。
「日本は今、杉のポーリン・アレルギーでたいへんなんだ」オレが言う。
「あっそう」ノベルとが答える。
 何度これを聞いても、笑ってしまう。
 ドイツへいった人なら知っていると思うが、日本語と同じ言葉だ。
 ドイツ語で「ach so」と書く。
 「アルバイト」や「カルテ」や「ビタミン」や「メルヘン」も日本語になっているが、「あっそう」は純然たるドイツ語だ。
 日本語とまったく同じタイミングで、あいづちに使う。
 「ach」も「あっ」と同じ軽い驚きだし、「so」も「そう」と同じようにうなずく。
 S行は「さしすせそ」より「ざじずぜぞ」に近いから「あっ象」にも聞える。
 余談だが、アイヌを「あっ犬」というも、子どもたちの言葉遊びから生まれたという。それに差別意識を教え込んだのは大人だ。
 もともと言葉自身に、罪はない。
 「うん、うん」
 「mh mh」これも同じ発音とタイミングだ。
 ドイツ語の発音は英語よりずっと簡単だし、単語も英語に似てるから、日本人にとって憶えやすい外国語だという。
 ドイツ語講座、最後の注意点。
 ドイツ語のyesは「ja」で「やー」
と発音する。noは「nein」で「ない」と発音すればいい。
 ドイツ人にナンパされて「いやー」と答えたら危ない結果を招くことになるぞ。
12 mar(mon)
6 solar Moon
 ドイツの子どもは、「森の奥には女が住んでいて、泣きやまないと連れていかれる」と教えられたそうだ。
 オレが子どものころも、「鳴き虫山にはおっかいじいが住んでいて、悪い子をさらいにくる」と脅された。
 ドイツの子どもも、風で窓が鳴ったり、犬が吼えたりすると、「ほら、魔女が迎えにきたよ」と言われて泣きやんだという。
 現代ではちょっとちがう。
 妹の子どもたちは、救急車やパトカーのサイレンを「ほら、ピーポーピーポーが迎えにきたよ」というと、泣きやむ。
 ドイツでも同じ手を使っているのを聞いて笑った。
 近代化にむかう数十年前までは、自然の「嵐」や「魔女」を悪者にした。
 しかし現代では、人工の「犯罪」や「事故」が不吉な使者だ。
 森を公園に変え、川辺をコンクリートで固め、大地をアスファルトでおおっても、
 「テロル」(=恐怖)は永遠に消えない。
 誤解を恐れずに言えば、
 「恐怖」(=畏れ)こそが生命を活性化させ、存続させる、「反物質」なのだ。
 極論する。
 「恐怖」を撲滅した瞬間、「生命」も消える。
 危険な意見だ。誤解されても当然だろう。
 ブッシュも、いじめも、人種差別も、
 オレたちになにかを「気づかせる」ためにある。
 「むこう」が悪で、「こっち」が善ではない。
 ブッダやアインシュタインゃボームが説いた「関係」なのだ。
 せっかく悪役が与えてくれたチャンスを、無視するか、生かせるか。 
 正義ではない、
 自分をとりまく世界に、どれだけわくわくできるか。
 「わくわくソルジャー」の戦いは永遠につづく。
13 mar(wed)
7 solar Moon

 緑におおわれた谷間にウルトラマリンの
がせりあがる。
 視界の上方をおおうセルリアンブルーの空。
 小津安二郎の映画に出てきそうな温泉町の駅にランディさんと旦那のタツミさんが迎えにきてくれた。
 まさにここも「癒しの宿 欒DAY」という感じである。
 案内された2階の8畳間ふたつから、ゆったりとした海が見わたせる。
 1階のリビングで日なたぼっこしながら、アフガニスタン出身の亀テリーと遊ぶ。床暖房のフローリングにはいつくばり、亀に視線を合わせ、見つめあう。アメリカの爆撃をかわし、砂漠を闊歩した爪で腹を5ミリももちあげる。
 テリーはオレのひざもとに、あいさつのションベンをたれた。
 近くにある温泉にはいり、露天風呂の縁台に腰掛けて、また海をながめる。
 父が死んでから1度も風呂を沸かしていないが、温泉三昧をしている。海の見える温泉はまた格別だ。
 3月30日で5歳になる娘モモちゃんが保育園から帰ってきて、オレがおみやげにもってきた万華鏡をいっしょにながめる。
「あっ、キツネさんだ! こんどは星になったよ」
 モモちゃんと遊んでいると、自分の心がほどけていくのがわかる。
 去年からデザイナーの仕事を辞め、「専業主婦」に転職したタツミさんの料理は絶品である。
 春野菜に木の実のドレッシング、かんぱちとプチトマトやキュウリのサラダ、巨大な鯛の姿煮、サイコロステーキのユリ根添え、プロ級を飛び越してもう芸術の域に達している。
 夕食には、ご近所にすむミュージシャンの巻上公一さんと、作家の布施英利さんが訪ねてきた。
 巻上さんは、「ヒカシュー」でデビューした20年前からぜんぜん年をとっていないようにツルツルのお肌をしている。はじめての子ども開知(かいち)君が3カ月まえに生まれたせいかもしれない。
 布施さんはもと解剖医で、とつとつと臨死体験などを語ってくれる、とても知的で純粋な人だ。
 ランディさんがお風呂で練習した「ホーメイ」を披露してくれる。
 うまい!
 鳥のさえずりのような高音が、あの世から聞えてくるようだ。
 ホーメイは中央アジアで発達した独特の歌唱法で、中低音部に共鳴した高音部が同時に響いてくる不思議音楽だ。
 ヴォイスパフォーマンスの大御所である巻上さんが模範演技をやってくれる。20センチもはなれてないとなりの椅子で聴けるとは、なんという贅沢だろう。
 凄まじいバリエーションに舌を巻いた。
 巻上さんは毎年、中央アジアのトゥバ共和国にいき、本場のホーメイ歌手たちを日本に紹介している。去年も10人ほどの歌手たちが、オレが泊めてもらった部屋に滞在したという。
 ランディさんが世界中の口琴をひっぱりだしてきて、大合奏。
 やはり巻上さんの演奏はものすごかった。お父さんはイノシシ猟師で、巻上さんもやっぱ現代のネイティヴだなあ。
 田口家と友人の暖かいバイブレーションに「癒された」というより、たくさんのエネルギーをわけてもらった気がする。
 元気になる。
14 mar(thu)
8 solar Moon

 朝の海岸をモモちゃんと走った。
 裸足になったオレの足跡と半分くらい小さいモモちゃんの足跡を波が洗っていく。
 つまづきそうになって見上げた水平線に、空と海とが溶け合う。
 オレたちは「青のすきま」から生まれてきたのかもしれない。
 タツミパパは主婦の達人だ。モモちゃんのお弁当をささっとこさえ、服を着せ、保育園に送りだす。日本の家庭とは逆かもしれないが、「ハウス・ワイフ宣言」をしたジョン・レノンや、ワークシェアリング先進国ドイツのノベルトとエレンも夫婦平等で子育てをしていた。
 廃虚の旅館を買い取った布施さんのところを見学にいく。
 いやあ、心底びっくらこいた。
 10年もの間使われていなかったという4階建ての旅館は、天井がはげ落ち、畳が沈み、壁を青かびがおおっている。風呂付きの部屋が何十個もあり、布施さんは一生かけて自分で直していくという。
 峰の頂から竹林をとおして海が見える。
「パラダイスですね」
 オレは心から感動してしまった。
 こんなとてつもないことを飄々とこなす布施さんは奇人をとおりこして、聖人だ。
 本当の聖人は身近なところにいる。
 手厚いおもてなしをしてくれた田口夫婦に別れを告げて、半島の原生林を散策した。
 風の強い日だった。
 頭上で渦を巻いた海風が木々を泡立たせ、さ行の摩擦音とともに降りそそぐ。
 それはアヤワスカのトランスで聞えるホワイトノイズとそっくりだ。
 洗われていく、
 洗われていく、
 洗われていく 。
 気がつくと、30分も森に立ちつくしていた。
 原始の森のランドリーから放り出されると、
 海があった。
 無数の命を育んきた青が、オレのCOTTONを染め上げていく。
 せつないくらい、
 小説が書きたくなった。

15 mar(fri)
9 solar Moon


 「風の子レラを読みました」という方から、感想のメールをもらった。
 読んでいるうちに、胸がくなった。
 オレみたいにちっぽけな者でも、書いていいんだ。
 どんなに拙い作品でも、創りつづけていいんだ。
 少しでも人の心にとどけば、オレが孤独な闇に降りていく価値がある。
 本人の快諾を得たので、紹介させてもらう。

 ありがとう、と云いたい。
 私は障害者です。
 左腕の機能マヒで不自由で、ほぼ使いものになりませんが、見た目にはなんら健常者と変わりないし、自分自身生まれついてからのものなのであまり不自由に感じていないのです。
 仕事は能力を認めて雇ってもらえる会社に出逢えたし、たくさんの素敵な友人にも恵まれ、ひとりの人間として見てくれる彼氏もいる。
 私のようにラッキーな障害者もなかなかいないんじゃないかと思います。
 でも私にとっての問題は、それを罪悪に感じておかしくなってしまった母と、それを理由に甘える自分です。
 母はいつも「ごめんなさい」と云う。
 「障害があったからこそ素敵な人に出逢えいい経験がたくさんできたんだ」と
母に云ってきたのに、今でも「ごめんなさい」と云う。
 思いつめるあまり、別の因子もからんで、数年前分裂症になってしまいました。
 何年も精神病院に入院し、何年も母と向き合えず、見たくない現実から目をそらし、母を傷つけた。
 おかしくなった母が私から逃げまどい、妙なことを口走り、暴れまわり警察に保護されゆく姿は何年経っても目からこびりついて離れません。
 思いつめる母を人間として見れず、自殺しようとした母に追い討ちをかけることを云ったのは紛れもなく私でした。
 ずっと心の痛みを表に出せなかった私は、そんな母を見て心をこじ開けられるのを拒んだのかもしれません。
 小さい頃は、よくいじめにあいました。
 普通に接していたと思っていたクラスの友人が突然「手無し人間」と罵ったり、
うまく絞れない雑巾を持ってきて私の机の上で絞って水浸しにされたり。
 これは障害とは直接関係ないけれど、あるひとりの友人とケンカをして次の日からクラス全員から無視されたりと。
 そんな、普通に接していたと思っていた友人たちのある日突然の様変わりが怖くて、ずっと人とは表面的にしか接してきませんでした。
 何年も経って社会に出たとき、どこからも雇ってもらえない状況になってはじめて受け入れたくない「自分が障害者であること」を受け入れざるを得なくなりました。
 でもそのときにわかったのは、職業に就くための努力を何もしていなかっただけのこと。
 ずっと向き合えなかった自分に向き合い、母の痛みにも気づき、健常者にだって痛みがあることにも気づき、どれだけ自分が一番不幸と思っていたかを思い知らされました。
 いじめにあったのも、障害があるからと甘やかされて育った私の我が儘ぶりが目についたのだろうと思いました。
 でも今でも、100%人を信用できなくて、自分でも気づかないうちに、自分の障害のことで悩んでる自分に気づきます。そうやって悩んでは人と距離を置いて、勝手に孤立して、人の信頼を平気で裏切ったりしてるところがあると思います。
どこかで自分が一番頑張ってて苦労してると思ってます。
 誰よりも頑張っていないし、好き勝手にやってるだけなのに。
 そんな甘えにカツを入れてくれるようなチュプばあちゃんの言葉。

「いいかいハカス、垢のつまった耳をかっぽじってよくお聞き。
生きるってことは障害物競走さ。他人との競争じゃない、自分自身が課したハードルとの戦いなんだよ。
この世に生まれてくるときには、誰もが前世より少し困難なハードルを自分で決めるんだ。何度も何度も生まれ変わって魂のレベルがあがるたびに、
ハードルをまえより高くしていく。
健康で、ハンサムで、金持ちで、何不自由なく育てられたなんていう人は、まだまだ幼稚園レベルさ。
卒業論文を書く大学生レベルになると、自分にもっとも困難なハードルを課して生まれてくる。
気高い魂と強靭な勇気をもった最高レベルの人間、それが障害者なんだよ」

 仕事に対する疑問や仕事や自分自身の未熟さ、いろんなものを見たい、いろんな人に逢いたい、いろんなこと経験したいと、仕事と勉強の両立を始めて、1年。
 自分で課したハードルを前に力尽きて、やること全てにになんの意味があるんだとつぶれていく一方でした。
 チュプばあちゃんの言葉に、心揺さぶられ、力湧くようでした。
 結局私も障害があることに甘えてる。
 自分に一番問題があるのだと思い知らされました。
 いつだって人の親切に甘え、それを理由に自分の気持ちに嘘をついてごまかしてる自分がいることに。
 AKIRAさんの本は、「アジアに落ちる」、「COTTON100%」、「アジアントランス出神」と読ませてもらってました。
 何度か二風谷を訪れていた友人からアイヌの話を聞いていて、アイヌのことを詳しく知りたいと思いながら、なかなかアイヌのことがわかる本には巡りあえないでいたら、AKIRAさんの二風谷に関する本を本屋で見かけてこれはとばかりに読み始めました。
 アイヌや二風谷のことは友人から話に聞く程度のことしか知りませんが、アイヌの文化や言葉の美しさ、苦い歴史など、自然と人間の在り方を通じて伝わってきました。
 アイヌだけに固執しない、全ての人に向けられたメッセージのように思えました。
 AKIRAさんの本にはいつも魂が揺さぶられるようで、今回もしかり、です。
 溢れる感情にとまどいながら、綺麗なものも汚いものも全て受け入れるような文章に、全てを肯定されたような気持ちになります。
 あくまで自分の心に正直に生きていたいと思わされます。

「無数の命に支えられて、あなたは、今、ここに、在る。
命をかけて教えてあげなさい。
『誰も、ひとりぼっちじゃない』と」

 ありがとう。
 「気高い魂と強靭な勇気をもった最高レベルの人間」と云ってくれて。
 あなたのような波乱な生き方は私にはできませんが、廻りに振り回されないように、私は私の生き方をしていきたいと思います。

16 mar(sat)
10 solar Moon

 
アノを楽器屋に引き取ってもらった。
 ヤマハのアップライトで、もうチューニングも狂っている。高級品じゃないから、ふつう「処分料」が4万円以上かかる。階段1段が5000円とかの世界だ。
 数日前、査定にきた楽器屋さんに言ってみた。
「できれば解体されずに、誰かが弾いてくれるとうれしいんですが」
 楽器屋は考え込んでいた。
「中古商品として売るのはむりですが、ピアノ教室の生徒たちに訊いてみます」
 引き取り手が見つかり、「処分料」なしでもっていってくれた。
 このピアノは、妹が高校のころ「スター誕生」という番組でグランドチャンピオンになり、松田聖子と同じ事務所と契約したときに買ったものだ。
 妹は自らの意志で芸能界デビューをやめて以来、20年間もここにほこりをかぶっていた。
 ピアノが淋しそうなんで、ときどきオレが弾いてやる。
 バイエルも指使いも知らないオレは、ギターのコードをそのまま鍵盤にうつしかえて独学で練習した。自分の耳で音をひとつひとつたしかめながら弾いているうちに、弾き語りくらいはできるようになった。このピアノでつくった曲も3、4曲ある。肉感的なタッチと繊細な音色は、電子ピアノにはまねできない。
 今日は彼女(ピアノ)を送りだすために、何曲も弾いた。
 即興のソロ曲が3畳間から漏れ、雲に吸いこまれていく。
 モルフィネで朦朧となりながらも、手足をこすってもらうと喜ぶ末期ガンのババチョフを思い出した。
 楽器も人間も、切実に欲しているのは、
 「タッチ」だ。

17 mar(wed)
11 solar Moon

 アイヌの聖地二風谷(ニブタニ)近くの苫小牧(トマコマイ)を根城にする治家が袋だたきにされている。
 「アイヌは日本人に同化した」という彼の発言に、アイヌ民族の代表機関であるウタリ協会に撤回を要求されたり、「ダメおやじ」として去年のうちから目をつけていた。
 とうぜん二風谷ダムの推進派である。
 「風の子レラ」の村長が重なる。
 彼は旧体制が永遠につづくと思って、高い地位にのぼりつめた。権力を手中に収めた彼を、誰も批判できなかった。
 イジメっ子が強いときにはこびへつらい、弱ったとたんクラス中がいっせいに襲いかかる。
 善悪ではなく、変えなくちゃいけないのは、集団イジメの体質だ。
 天の邪鬼なオレは、時代に取り残されたの「ダメおやじ」哀愁を感じてしまう。
 「絶対の正義」など、この世に存在しない。
 そして、時代は永遠に移り変わりつづける。

 熊本の須藤さんから川辺川ダムの最新レポートがとどいた。
 50代の働く女性須藤さんの視点は、正義に酔わず、人間の根本から見ている。
 「あたりまえ」のことを「あたりまえ」と言える、
 まっとうな視点だ。
 目の前の権力に酔いしれる「ダメおやじ」たち、早く気づけよ。
 
 川辺川ダム建設をめぐる目だった動きは今のところなし。
 表面では平穏な日々が続いています。水面下では様々な策動がなされているであろうことは容易に想像できますが。

 さて、ダム推進派のリーダーに人吉市の福永浩介市長が大きく存在しています。
 彼は先日の市議会で交際費を巡って、共産党の市議から追及されました。
 市長の交際費から結婚式の祝い金を支出したというのです。質問に答えた市長の
返答が唖然とするものでした。
 「行政の町たる私が、結婚した新郎新婦、それとご両家に対し祝い金を送ることは、妥当性がある」と。
 市長の交際費は税金から出されるものです。それをご自分の票集めの「祝い金」として流用しなおも、恬として恥じず、と。勿論人吉市内の全ての結婚式に出したわけではなく、当然そこにはだすところとそうでないところの区分けは厳然としてあります。
 また、かれは先日2月24日の公開討論会で反対派が飛ばした「野次」「怒号」に対して日本中に恥をさらした。ですと。
 球磨川漁協の理事会が、総代会、総会と二度にわたって川は売らないと議決したのにいまだ漁業権を売り渡そうと画策していることや、市長が先頭に立ち、討論会や説明責任を国に求める潮谷熊本県知事を、罵倒することは良心に恥じない行為なのでしょうか?

 ともあれ、税金と自分の金の区別すらつかない、反対派の市民に対して右翼を動員する、一部ゼネコンの利権に群がるような政治屋は、そろそろ引退してもらいたいです。

 例年になく春の早い訪れです。当地も桜が咲き木々の芽吹きも早いように思います。若い頃は春の訪れが嬉しくて、漸く暖かくなったと喜んでいたものですが、最近は地球温暖化現象と結びつけ、
 「暖かな春はオロオロ歩き、酷暑の夏を予想し・・・・」の心境です。
 職場の方も、リストラがあり、賃金カットもあり、仕事があるだけでも十分という雰囲気と会社に!
 何が貢献できるかといわんばかりの「決意表明」を迫られるというなんともいやーーーな状態です。
 大仰には言わないけど、まあ自分の良心に恥じないような生き方だけはしていきたいものと考えています。
 では又。 お元気で。

18 mar(wed)
12 solar Moon

 自分の日記をネットで開いて、フリーズしてしまった。
 まるで瀕の老人だ。
 古い家裁道具をバンバン捨てられるトトチョフのたたりか?
 突風にのって杉花粉が舞い、やたらと鼻水が出る
 今日から「彼岸」がはじまる。
 「彼方の岸辺」、死者を偲ぶ1週間だ。
 凛太郎(7歳)や周二郎(3歳)と、タワシで墓石を洗う。
 ゴシゴシ洗う。
 トトチョフが花粉症にならないように。

19 mar(tue)
13 solar Moon

 日記は、かなりの重態だという。
 このまま放置しておいたら、完全フリーズしてしまったらしい。
ただいまドクター半蔵が治療してくれている。
 昨日から日記は半蔵にメールでUPしてもらっているので、長いの書くと悪いかなあ。
 新しいデザインまでしてもらって、水戸黄門の助さん角さんのように助けてもらっ ている。
やっぱ「もつべきものは、ドクター半蔵」だよな。
 
 今日はじめて「回覧板」というものを自分でもっていった。
となりの犬に思いっきり吠えられたが、ついにオレも回覧板をまわせる大人に成長 したのだ。
 トトチョフの葬式で隣組の人たちに手伝ってもらい、古い習慣も悪くないと思った。
 ただの変人だと思われていたオレが本を出しているのを知って、みんな驚いていた。
 それまでは「縄の人」日光の人はドレッドなど見たことはない)と呼ばれていた
という。
 いままで回覧板というアナログ通信は、監視システムというか、密告制度の名残、 プライバシーの侵害だとばかり思っていた。
 となりの家を訪ねて、頭ボサボサの奥さんとか出てきて、5秒くらい天気のあいさ つを交す。
 おばあちゃんの体調が悪かったり、息子の様子がおかしいとか、ローカルコミニテ ィーが病状を早期発見する庶民の知恵なんだね。
 アマゾンのインディオほどにはいかないが、自分が法的な役割を担っていると知ら される。
 「誰かが自分を監視してる」=「やだな〜」という部分と、「誰かが自分を気にかけてくれる」=「ありがたいな〜」という部分が両方あって、 迷ってしまう。
 回覧板恐るべし。

20 mar(wed)
14 solar Moon


 縄文晩期に「戦争」がはじまった。
 今まで発掘された縄文人の骨には戦いの痕跡はなく、「縄文時代に戦争はない」
と いうのが定説だった。
 今日の発表によると、高知県居徳遺跡群で出土した9人の人骨に矢じりが貫通した 穴や金属製の武器で骨まで突き刺された傷跡が見つかった。
 奈良文化財研究所によると、「弥生への過渡期だった縄文晩期に、『戦争』がすで に始まっていた可能性を示す資料だ」という。
 大陸から渡来した弥生人は、稲作技術とともに金属性の武器も運んできた。
 縄文人の特徴を備えた骨には、ノミのような武器で何度も刺された傷があった。
 自分と同じ人間と相手を見なさない、戦争特有の憎しみが感じられる。
 こんな大昔から現代の人種差別やハイテク兵器につうじる争いがはじまっていたの である。
 しかし当然のことながら残っているのは被害者の骨であり、加害者が弥生人とは限 らない。
 縄文=ラブ&ピース。
 弥生=ヘイト&ウォー。
 という過度な思い入れもやばいかも。
 極端に言うと、「人種」など存在しない。
 「縄文人」も「弥生人」も時代を輪切りにしたCTスキャンであって、包括的人体 の部分情報にしかすぎない。
 ましてや個人の感情など、わかるはずもない。
 ゾウリムシの時代から35億年間、オレたちは愛と憎しみを複雑に織りあげながら 「命の絨毯」を紡いできた。
 顕微鏡で見れば、生々しいエゴの歴史かもしれない。
 望遠鏡で見れば、秩序立った美の歴史かもしれない。
 どんなにしょうもない悪行や、
 どんなにささやかな笑顔も、
 織り込まれる。
 ひとつだけ確かなことは、
 今オレたちが、絨毯を織っていること。

21 mar(wed)
15 solar Moon

 友人の詩画集の出版が
になった。
 「著者に1000冊売る見込みがなければ、共同出版にしよう」と、社長から突然 言われたそうである。
 「書店に置いて貰うように著者が書店を歩いて営業をしろ」とか、「親・兄弟でまと め買いをしてもらう」とか、「有名な人でも本は売れない」とか、ひどい話だ。
 3月という決算期のせいもあるだろうが、それほど出版業界はピンチだ。
 本屋も年間1000店以上廃業している。おまけに万引きで数億円の被害が出ているという。
 日本書店商業組合連合会が昨年、18年ぶりに万引きの実態調査を実施したところ、 被害金額は年間で1店平均約70万円だって。
 オレの本を「どうしても読みたいが金がない」ので万引きしてくれるのならうれしい。だって危険を冒してまで欲しがってくれるのだから。
 ところが万引きした本はブックオフなどの「新古書店」に売っちまうんだとさ。
 本を愛してくれる人が減っていくなあ。
 万引きしたやつがついつい読んでしまい、「これだけは誰にも渡さねえ」というような本を書きたい。
 こんな時代だからなおさら、人の心の奥底に届く言葉を探していかなければならないのだ。

24 mar(wed)
18 solar Moon

 やっとトトチョフの要が終わった。
 寺に親戚や隣組が集まり、経をあげてもらう。ごてごてに装飾された祭壇はなにかウソくさい。まるで死者と仲の良くなかった者が、その人が死んだとたん手のひらを返したようにほめちぎるようなもんだ。
 過度の装飾は「生者の罪悪感」から生まれるのではないか?
 死者と共存してきた先住民の墓は質素だし、ヨーロッパの教会がド派手になってきたのは輪廻を否定しはじめた時期と一致する。
 坊主は自分のお経を省エネするために、3回ひたいへもっていく焼香を「1回にしてください」と言う。おまけに高級な刺繍のほどこされた「畳の縁を踏まないようにお歩きください」と言う。息子の副住職はカーキチで高級車を乗り回しているし、世襲制の坊主はだめだね。ペルーのぼったくりシャーマンと同じだ。
 チベット留学とか、アマゾンの断食とかを、僧侶試験に組み込んでほしい。
 参列者全員で墓へいく。
 「墓掘り人夫」じゃない、墓石屋さんが納骨してくれる。ジャージ姿に軍手で固まった石をこじ開け、骨壷を墓石の下にいれる。
 トトチョフで満員御礼、オレの骨壷がはいるスペースがないじゃねえか。
 墓石屋さんに訊いたところ、いっぱいになったら古い骨壷から順に散骨する(骨をなかに撒いて陶器の骨壷をとりだす)という。
 ついつい好奇心からババチョフの骨壷を開けてみる。
 うっきゃあー、骨壷のなかに雨水がたまってどろどろじゃねえか。
 オレは、こんなになるのはやだね。
 これ遺言。
 本当はチベットの鷲やアマゾンの微生物に食ってほしいし、火葬で二酸化炭素も増やしたくない。
 でも妹にそれを押しつけるのも迷惑だ。
 とりあえず焼いた骨は、小瓶に詰めて希望者に配り(ブッダのパロディーとか、おもしろがって1000人とか来そう)、残りは子どものころ遊んだ大谷川に流してくれ。
 今朝オレはそれをやった。
 トトチョフの頭蓋骨を小さく割って、合羽橋とかで売ってる3センチくらいの4本の小瓶につめた。
 死体を発見した新ちゃんには、「トトチョフが50年間働いた旅館のまえにでも撒いてください」とわたした。
 山岳会で唯一の親友だった吉野さんには、「トトチョフがよく登った山にいったときにでも撒いてください」とわたした。
 妹には「トトチョフが凛太郎や周二郎と遊んだ自宅の庭にでも撒いてくれ」とわたした。
 最後の瓶はオレ。
 オレはどこにも撒かない。
 小瓶につめた白骨は、コカインを結晶化させたクラックにまちがわれそうだが、トトチョフをいろんな国に連れてってやろうと思う。
 骨を食べた。
 焼き場で食べた骨は焼き立てで香ばしかったが、彼岸に行ったトトチョフの骨は、
 賞味期限が切れたクッキーみたいにパサパサだった。

25 mar(wed)
19 solar Moon

 今日から日記を分でアップできるようになった。
 救急隊員半蔵のおかげである。ネット上では見えないが、いろいろと改築工事をおこなってくれた。
 改築といえば、トトチョフのいなくなった我が家も大改造中である。
 リフォーム屋なんかたのんだら何百万もとられるから、すべて自分でやる。
 貧乏人は金がないから知恵をしぼるのだ。
 巨大なホームセンターをカートを押しながら散策する。これは、いわゆる瞑想である。網膜につぎつぎと飛び込んでくるオブジェクト(商品)を、あらゆる既成概念を捨ててながめる。
 物質たちは人間によって与えられた実用目的のために生産されたが、どうやら遊びたがっているようだ。
 H型煙突をカートにいれる。
 直径12センチの穴がトイレットペーパー入れにぴったりだ。トイレの床に敷き詰めるため、御影石のクズを買った。
 銀色の防水シートはアンディーじいさんのファクトリーを思わせる。
 押入れや床の間に積み上げたクリアケースをかくすカーテンにしよう。
 8畳間を市松模様にしたかったが、塩ビタイルやユニットカーペットでやると、6,7万かかる。カラーシート張りされた焦げ茶とベージュのベニヤ板を30センチ角に切ってもらい、裏をガムテープでつなげると8000円であがった。
 オレの書斎である3畳間の床は人工芝を敷きつめた。天井近くの桟に動物やソルジャーの人形をならべると、ジャングル風になる。
 オモチャ箱だなこれは。
 友人のインテリアデザイナーが言っていたが、「部屋は人をあらわす」という。
 住人の深層心理が部屋からすべて読み取れるんだって。
 部屋を改造しながら、記憶を再構築している自分に気づいた。

26 mar(wed)
20 solar Moon

 すばらしいイレができあがった。
 81歳になる親戚のおばあちゃんが手で織った藍染の反物を暖簾(のれん)代わりにする。昔は「機織りもできねえ娘は嫁のもらいてがねえ」と、花嫁修業の必須科目だったという。
 ちなみにオレは、「反物」という響きが好きである。
 H型煙突にトイレットペーパーを4つほどいれ、タンクのうしろに置く。和空間に銀色の煙突はかなり異質である。
 オレは「異物を挿入する」のが好きなのか!
 っていうか、ぜんぜん対照的なものたちを融和させたいという根源的な欲求があるのかもしれない。
 おまけに109の雑貨屋で見つけたゼブラ模様のトイレカバーをつけたから、もう無茶苦茶。
 統一された美意識のかけらもない。
 床の寸法を測り、段ボールをカットする。床を傷つけないためだ。
 グレーの御影石を敷きつめる。
 おお、かなりの異空間、ついでに網走刑務所で買った「保釈中」と書かれたサンダルを置く。
 ついに「和みといれっと」が完成した。
 さあ新しいトイレで、シャンペン代わりにションベンしようとしたら、
 黒い染み。
「し、しまった!」
 あんなに苦労してつくったトイレの利権を猫に先取りされてしまったのだ。
 我も我もと主張する「縄張り争い」は、「仁義なき戦い」である。

27 mar(wed)
21 solar Moon
 
 今日は井だぜ、ベイベ。
 大家もおどろくぜ、オーイェー!
 トトチョフの遺影もあきれ顔で見てるぜ、イェイ!
 小学校のころから掃除当番をさぼり、部屋など片づけたことのないオレなのに、もう脳内麻薬全開。
 アフガンでは地震がおこっているのに、部屋を変えるとこしか頭にない。
 仕事もしねえでホームセンターにかよいつめる。冬に樹木を巻く麻布を買った。20メートルで1500円とは安い。これを天井に張れば「癒しの部屋」の完成だ。
 8畳の天井に緩やかに張る。
 ふむふむ、いい感じだ。
 蛍光灯をつけると、とんでもない埃。
 だめだ、こんなに麻の繊維が降ってきたら鼻からマリファナが生えてしまう。
 涙を飲んで、麻布をはがした。

 幼なじみが家にきて言った。
「こんな好き勝手にいじくっちゃって、まるでトトチョフが死んで自由を謳歌してるみたいじゃん」
 たしかに、そう見えんだろうな。
 同棲をしていた恋人が去ったとき、残された者は同じ部屋で生活していかねばならない。
 昨日までと同じ風景なのに、その人だけがいない。
 この空白を埋めるのは不可能だ。
 ならば、
 風景を変えるしかない。

28 mar(wed)
22 solar Moon

 従弟のトシがふたたびNYからきた。
 911テロで被爆した体験をもとに書いたサイエンスフィクション「FT(ファイナル・テロル)」が完成間近であり、オレのアドバイスが聞きたいとわざわざ太平洋を越えてきた。
 身近に小説の先輩やアドバイザーがいるって、恵まれた環境である。
 何度も推敲していると、自分の文章に麻痺してしまい、客観的な判断ができなくなってしまう。たとえば10日まえの文章を直すとき、現在の自分と10日まえの自分が「別人だ」ということに気づかず、全体のバランスを崩す文章を挿入してしまったりする。
 「書く」という行為は一種の「トランス」で、シャーマンの導きが必要だ。それがすぐれた編集者や先輩のアドバイスなのだろう。
 オレにも処女作に素樹文生、その後もすばらしい編集者に恵まれた。
 自分が受けた恩は次世代に返す。
 裏切りも感謝も輪廻するのだ。
 しかしただとは言わせねえ。
 時差ボケでふらふらのトシに障子張りを押しつけた。
29 mar(wed)
23 solar Moon
 
  子の張り替えって、やったことある?
 子どものころは、けっこう楽しみだったなあ。ふだんは指の穴を開けただけでも怒られるのに、この日だけは「破壊の解禁日」なのだ。
  妹の子ども、りぼじい(凛太郎)としゅぼじい(周二郎)もこの儀式に参加させてやる。
「全員整列。きおつけえー、前へならへ、やめ」
 7歳になるりぼじいは軽蔑の視線をむけながらも、いやいや従う。3歳のしゅぼじいはおもしろがって、体を固くしたり両手をまえに出すのをマネする。
「あぼじい(オレ)が模範演技を見せてやる」
 オレは空手の型をとり、正拳上段突きをくりだした。
「へなちょこパーンチ!」
 10年以上も張り替えたことのない障子紙に大穴が開く。
「ねえねえ、かあちゃん、ほんとに破っていいの?」
 りぼじいが急に目を輝かせて確認をとった。なにしろオレの命令にしたがったばかりに怒られた経験がたくさんあるからだ。
「今日だけは特別なのよ。さんに手をぶつけないように破りなさい」
 言葉をおぼえはじめたしゅぼじいが、眉間にしわをよせて言った。
「おれにまかせろ」
 すかさずりぼじいが叫ぶ。
「ふんどしいっぽーん!」
 子どもの「言語姦覚」ってすごい。オレも妹もトシも涙が出るほど大爆笑。
 タイミングといい、口調といい、ツボにはまった。「ファイトいっぱーつ! リポビタンD」というゲイに大人気のCMに似ている。
 オレもマネして障子を破る。
「おれにまかせろ、ふんどしいっぽーん!」
 りぼじいも破る。
「おれにまかせろ、ふんどしいっぽーん!」
 しゅぼじいも破る。
「おれにまかせろ、ほんろしぽー!」
 我が家の流行語大賞。
 こんなに腹の底から笑ったのは、ひさしぶりのことだ。
30 mar(wed)
24 solar Moon

 イスラエルがパレスチナに宣布告し、アラファト議長を兵糧攻めにするつもりだ。
 世界中がシャロン首相の暴挙に反発もしくは抑制する動きにでている。これじゃあまたユダヤ人ぜんぶが憎まれてしまう。どう考えても割に合わないチョイスだ。
 「影の政府」は第二次世界大戦でヒットラーにまで援助し、ユダヤ人を大量に犠牲にしてまでイスラエルを建国した。
 今回シャロン首相を操る「影の政府」は、どんな利益を画策してるのだろう?

 18歳の女子高生がスーパーマーケットで自爆テロを決行した。
 CNNテレビが放映したテロ決行直前のビデオ映像では「眠れるアラブ兵にかわって戦う」とあったが、結婚を夏に控えた可愛い女の子だ。
 エルサレム南西部の住宅街にあるスーパーマーケットの入り口で29日午後2時ごろ、身につけていた爆発物で自爆した。買い物客2人が死亡、20人以上がけがをしたという。
 「カミカゼ」や「切腹」の伝統をもつ日本人だが、現代の女子高生がスーパーマーケットで自爆するなんて想像できない。
 ラーメンや温泉で満足しているオレごときにはおよびもつかない行為だが、肉親を失った痛みだけはわかる。
 生きていようよ。
 正義も思想も反抗も、
 アヤート・アクラスさん、
 君の笑顔には勝てないんだ。
31 mar(wed)
25 solar Moon

 今日もひとりで泉にいく。
 オレだけのために風呂を沸かすのはめんどうくさいし、燃料効率も悪い。
 郵政省がやっている温泉宿泊施設メルモンテはうちのすぐ近くから送迎バスが出るし、運ちゃんと仲良しになったので、帰りはわざわざうちの前でバスを止めて降ろしてくれる。
 冬のあいだ1日20万円の赤字を出すプールは、ほとんどオレひとりの貸しきり状態である。
 国民の血税でつくられた公共施設を完全に私物化し、メルモンテは別名「アキラハウス」とささやかれている。
 霧降高原は名のとおり、しょっちゅう霧でおおわれている。近づくにつれ雲行きが怪しくなり、大粒の雨が降りだし、6階の屋上にある風呂につくころには嵐になっていた。
 脱衣所では、凛太郎くらい(7、8歳)の子どもがぼやいている。
「あーあ、ぼく露天風呂はいるの楽しみにしてたのに」
 なにをおっしゃる童(わらし)さん、(もしもし亀よのメロディーで)
 ♪世界のうちで嵐ほど、お風呂に似合うものはない、どうしてそんなに恐いのよ♪
 みんな露天にでられず、内風呂は混みあっていた。
 か弱い小羊どもよ。「露天風呂のオオカミ」と呼ばれたオレの雄姿を見るがよい。
 ドアを開けたとたん、ドレッドが濡れないようにと巻いたタオルが吹き飛ばされる。あまりの寒さに小走りで湯船に飛び込んだ。水面が荒々しくけば立ち、霧状になった水滴が顔面をたたきつけてくる。
 体は天国、頭は地獄。
 このギャップがたまらない。「野趣たっぷり」のレベルではなく、「野性の呼び声」なのだ。
 しばらく温まったあと、オレは全裸で風の真ん中にたった。後方に押されそうな強風の中で、雄大な日光連山を見上げる。黒雲が内部から発光し、雷鳴が轟く。おおっカンナカムイ(雷の神様)よ、祝福の雷鳴よ。どしゃ降りの雨に打たれ、逆風にむかい手を広げ、わたしは裸でそなたたちを抱きしめる。
 くぐもった音声が内風呂から聞えた。「タイタニック」の名場面のように十字架ポーズをとるオレの尻のほうから、若者が申し訳なさそうに呼びかけた。
「館内放送で落雷警報がでているそうです。露天風呂は危険なのではいらないでくださいと言ってました」
 オレは急に全裸であることが恥ずかしくなったアダムとイブのように、
 タオルを前に当て、
 すごすごと内風呂にひきさがった。