下にいくほど新しくなっています

19 june(wed)
21
crystal moon

 コモエスタ、ミーゴ!
 日本もメヒコ(メキシコ)も敗退したが、オレはまたもや生き延びて、帰ってきたぜセニョリータ。
 出かける前はあんなにダウンしてたのに、メヒコの太陽発電で、バッテリーはビンビンだぜ。
 やっぱオレって、旅しないと死んでしまう「トリップ中毒患者」だ。遊牧民とか、富山の薬売りとか、芭蕉族の末裔なのやもしれん。今日からオレを「股旅はぐれ鳥」と呼んでくれ。
 さて今回は1カ月という短期間(サラリーマンにとっては夢の長期旅行らしい)だが、ハードで実り多き旅だった。
 くわしい話は本を待ってほしいが、メヒコは、色彩と死と歓喜に満ちた国だった。 マヤやアステカをはじめ、これほど多様な先住民文化が残されている国も少ない。
 いきなり空港からメキシコシティーにむかうタクシーでボラれ、かなり最悪の第一印象に落ち込んでた。その夜、見知らぬあんちゃんがおごってくれたタコス(メヒコの牛丼にあたいする主食)の美味しさが忘れられない。こういう無名の「救世主」に支えられて、オレの旅はある。
 さまざまな困難があった。バスの行く手を左翼グループが切り倒した木で封鎖し、オレが通った数日後、そこで28人が射殺された。
 マヤのピラミッドに立ち「時間の正体とはなにか?」を追及することからはじまり、
 テオナナカトル(=マサテク語で神の肉=マジックマッシュルーム)の聖地「ウアウトラ」に巡礼した。「ウアウトラ」といっても日本ではなじみがないかもしれないが、ビートルズ、ボブ・ディラン、ティモシー・リアリーなどが訪ねたメキシコ最大のシャーマン、マリア・サビーナ(1985年に没)の家をおとずれた。サビーナの一番弟子イネスと「神の肉」を食らい、土地の精霊に導かれ、深遠なる旅をさせてもらった。
 ロバしかいけない辺境の山岳地帯から世界一豊饒なアートを創りだすウイチョル族の秘祭に参加させてもらい、生け贄になった牛の屠殺まで手伝った。
 ウイチョル族が巡礼する聖地「ウィリクタ」でヒクリ(=ペヨーテ=幻覚サボテン)を食らい、砂漠で一昼夜を明かしたたき火のまえに死んだ父親が現れた。
 孤高の民ウイチョル族がサイケデリックな幻覚を毛糸やビーズをつかって表現したアートが、オレの胸を打つ。
 さまざまなネイティヴ文化に接触してきたオレだが、5年間休止していたアートもはじめようと思った。
 旅行記も小説も書きたいものは山ほどある。
 めまぐるしい移動のさなか、シャープのハンドヘルドPCで「ケチャップ」を書き上げてしまった。もちろんビルで言えば鉄筋にコンクリートを流し込んだ段階だし、床、天井、壁、内装やインテリアをこれから整えていく。
 それでも、ゴールは目の前だ。

20 june(thu)
22
crystal moon

 大量のメールを読み、できるだけ返事を書く。
 そんななか、ランディさんがメルマガで日光中禅寺湖畔でのキャンプを「
レンズ」というタイトルで書いていた。
 「クレンズ」はcleanse、洗剤のクレンザーやクレンジングクリームなど、清潔にするとか浄化するといった意味だ。
 今から思えば、たしかにオレはあのキャンプで「クレンズ」された。
 父親の死、友人とのトラブル、自分自身がいくら平常心を保とうとしても、青い来客はいつも外側からやってくる。
 英語でBlueは「憂鬱」、ラテン語のAzulは聖母マリアの衣の「慈愛」、マヤ族の青は「変容」を意味する。
 湖の深い深い青は、オレの悲しみを洗い、友人たちの慈愛に染められ、メキシコの青空へと旅立たせてくれた。
 中禅寺湖で毎年開かれるジャズフェスティバルのために書いた歌がある。この歌を、オレを「クレンズ」してくれたランディさん、川内倫子さん、タッキー、ケンちゃん、そして友人のR、死んだトトチョフに捧げる。

「RHAPSODY IN BLUE」

青空の果てまで飛んでいったら
やがて天の湖につきぬける
 水底に眠る青い石を手に入れたら
 永遠の命さえも叶うという
そばにいて ひとりぼっちは恐いの Don't worry baby
抱きしめて ひとりじゃないと笑って Baby listen to the
 RHAPSODY IN BLUE 空と RHAPSODY IN BLUE 水と
 RHAPSODY IN BLUE 森の RHAPSODY IN BLUE 歌
 We sing together with you

青い森の奥 巨きな木を昇れば
雲のうえの天国に顔をだす
 高い枝に実る青い果実を食べれば
 無限の愛の力 得るという
そばにいて ひとりぼっちは恐いの Don't worry baby
抱きしめて ひとりじゃないと笑って Baby listen to the
 RHAPSODY IN BLUE 空と RHAPSODY IN BLUE 水と
 RHAPSODY IN BLUE 森の RHAPSODY IN BLUE 歌
 We sing together with you

21 june(fri)
23
crystal moon

 熊本の須藤さんが川辺のビデオを送ってくれた。
 「ダムの水はいらん!」という佐藤亮一監督の作品で、東京ビデオフェスティバル2002では世界43カ国、2270点の応募作中から大賞を受賞した。(ホームページでも一部見られます)
 審査員はこう言う。
「無駄と矛盾にみちた日本のダムづくりの根本的な問題を現場から生々しく追及したすぐれたドキュメンタリーである」(椎名誠)
「大切なのは、考えつづけることだ。さまざまな考えをぶつけ合うことだ。考えることをやめたとき、人間は人間であることの尊厳を失う。ヒューマニズムも敗北する」(大林宣彦)
 農家のおっちゃんたちもいい味出してるし、作り手の川辺川に対する愛情がひしひしと伝わってくる。
 しかしなんといってもこの作品の主役は川そのものである。それを取り囲む大自然、悠然と泳ぐ尺アユ(よだれが出るほど美味そう)、はしゃぎながら飛び込む子どもたち。
 須藤さんによると、調査工事によってアユが減っているが、苔をかじるアユの「はみあと」があるのでまだだいじょうぶだという。
 アイヌ語で川の神様をワッカウシ・カムイという。オレたちは川に神様がいるなど「迷信」だと教えられてきた。しかしディランも歌っているようにビレッケツを走っていたランナーが新しい時代ではトップになるのだ。
 オレたちは今、大いなる時代の折り返し地点に立ってる。すべての価値がひっくり返り、近代科学や物質文明のほうが「迷信」となる。
 うち捨てられたカムイたちが復活する時がきたのかもしれない。

22 june(sat)
24
crystal moon

 国代表がスペインに勝っちゃったよ。
 まさに神がかりの快挙、躍動する肉体を透かして発光する精神が見えるようだ。
 サッカーの起源てイギリスだと思うだろ?
 英国からサッカーが中国に伝えられたのは、1840年のアヘン戦争以降で、香港を経て中国全土に広まっていった。フィレンツェでは6月24日の聖ヨハネ祭で16世紀の荒っぽい古代サッカー「カルチョ」が再現される。古代ギリシャのサッカーは「スフェロマキア」、古代ローマでは「アルパースト」、フランスでは「ラ・ソウル」イギリスでは「モブ・フットボール」と言ったそうだ。
 ところがどっこい、サッカーの起源はメキシコなんだよ。正確に言うと紀元600年ごろのマヤ文明にまで遡る。チェチェンイッツァーのピラミッドの横にある競技場の遺跡を訪れた。
 ピッチはバスケットコートをひとまわり大きくしたくらいで、両わきを石造りの客席が囲む。壁には高さ3メートルのあたりに5円玉を巨大化させたような直径1メートルほどの石のゴールが取り付けてある。
 「トラチトリ」と呼ばれるこのゲームは、4人が1チームになり、直径約10センチのゴムボールを腰やしり、ひじ、ひざなどをつかってゴールする。
 もちろん「トラチトリ」はスポーツなどという娯楽ではなく、神に捧げる神聖な儀式だった。
 なんと勝ったチームのキャプテンが生け贄として捧げられるんだ。
 いいかい、負けたほうじゃなく、勝ったほうだよ。
 実際、競技場の壁にはこんなレリーフが残っている。首を切り落とされた勝者の首から吹きだす血潮が7匹の蛇になって、その先から植物が芽を出す図だ。
 勝ったほうが殺されるなんて、オレたちには想像もできないよね。トルシエや中田だってこんなルールなら、わざと負けるだろう。
 このような風習を「残酷」のひと言で片づけるのはかんたんだ。でも自分が理解不可能な異文化に接したとき、オレはとりあえず「テレポーテーション」してみる。自分が教えられてきた常識の反対に立つ相手の視点からながめるんだ。べつに超能力とかの話じゃなくって、そういう癖がついてしまってるようだ

 たぶんマヤ人からすれば、「どうして韓国代表のキャプテン范志毅(ファン・ジーイ)は喜んで首を差しださないんだ?」と悩むだろう。もちろんつぎの試合もあるしね。
 現代では、死が「勝ちえるもの」から「負けるもの」に落ちぶれてしまったからだ。
 オレたちは時間を「直線」的なもので、死とともにすっぱり切り落とされると信じている。でもマヤ人は「円環」する時間を信じていた。
 あっ、ヤバ。
 この話をしはじめたら、また本一冊書かねばなんないから、このへんでやめとくね。
 とりあえずアジアの主導権は、今日から韓国に移った。

23 june(sun)
25
crystal moon

 小説ってものを勉強しようと、トルストイの「争と平和」を読みはじめる。
 ブックオフで世界文学全集の上下200円で買ってきたが、文庫だと全六巻にもなる。
 ちょっと、つらい。
 なにしろ登場人物が560人もでてくんだぜ。みんなロシア名だし、もう誰が誰だかわかんない。
 ニューヨークで「裸のランチ」の原本を、
 クレタ島で「ギリシャ神話」を、
 フィレンツェで「神曲」を、
 マドリッドで「ドン・キホーテ」を、
 メキシコで「孤独の迷宮」を読んだように、
 こいつは退屈なシベリア鉄道で読まないと無理かも。
 そうだ、ラーメンでも食ーべよっと。

24 june(mon)
26
crystal moon

 無性にナギが食いたくなった。
 店だと2000円くらいしちゃうので、スーパーで298円のを買う。フライパンに日本酒をいれ、中火で3分蒸らしただけでトロけるようなのができる。
 マドリッドの日本レストランで毎日生きたウナギをさばかされた。身をくねらすヌルヌルの体をつかむのは至難の技だ。まな板の上に押さえつけ、頭に釘を打ち込む。断末魔の苦しみに暴れまくるシッポを引っぱり、関東では武士の切腹をきらって背から開くが、関西では腹からかっさばく。
 死んだ魚や肉を切り分けるのはかんたんだが、自分の手で命を奪うのはなんともつらいものだ。しばらくウナギが食えなくなった。
 ウナギは本当に精力がつくのか?
 ちなみにウナギはビタミンの宝庫、王者モロヘイヤを抜いて堂々の1位である。(ビタミンCだけがない)
 ウナギはコレステロールが多いのか?
 カロリーを比較してみると、
 カツ丼 900kcal
 天丼 752kcal
 中華丼 738kcal
 ねぎとろ丼 715kcal
 ミックスサンド 682kcal
 うな丼 647kcal
 うなぎの4分の1は脂肪分だが、魚類の不飽和脂肪酸は悪玉コレステロールを抑制する働きがあり、記憶力を向上させるDHAもふくんでいるという。(参照ホームページ
 オレが外国から帰ってくると必ず食べたくなるベスト5にウナギははいる。
 1位 ラーメン(日本の鉄人たちがつくるラーメンは中国にもない芸術だ)
 2位 寿司(最近はもっぱら浅草の絶品回転寿司「まぐろ人」)
 3位 うなぎ(スペインにはウナギの稚魚をオリーブオイルで煮た贅沢な料理がある)
 4位 とんかつ(メキシコの牛カツサンドイッチ「ミラネーゼ」もいける)
 5位 玄米ごはん(NYでも大流行)
 君のベスト5はなにかな?

25 june(tue)
27
crystal moon

 タケちゃん夫婦の車で須にいった。
 タケちゃんは一カ月ほどまえに酒気帯び運転で免停を食らい、ひさびさに車を運転できると喜んでいた。
 那須といえば、44もの風呂がある「那須サンバレー」ホテルや、ライフルでキャンバスを打ち抜いた作品を残す女性アーティスト「ニキ・ド・サンファルの美術館」や、年中行列のできるイタリアレストラン「ジョイ・アミーヤ」が有名だが、絶対見逃せない2店を紹介しよう。(なんか、「るるぶ」みたくなってきたな)

 日本で唯一闘鶏用の軍鶏からつくったラーメンが味わえる「美幸」。
 ここの塩ラーメン(600円)は、さっぱりと上品ながらも実に奥深い味わいだ。完全に独学で究極の味を追及していった主人は、すべてに対して徹底的にこだわる。今日は特別に企業秘密をのぞかせてもらった。うしろにある自宅には50本もの一升瓶にタレが貯蔵されている。こうして寝かせることにより、より熟成された深いまろやかさがでるのだ。軍鶏の鳥がらはばかでかく、高級な肉までいっしょにダシにする。
 こんな森のなかにあるのに、口コミの噂を聞いて、客は北海道、関西、九州からもやってくる。こういうのを食っちゃうと、東京の有名店がいかに浅いか痛感するなあ。
 電話0287-62-0900。黒磯市上厚崎1118-277。11:00-15:00/17:00-20:00。水曜定休。

 世界中から選び抜かれた中古家具や雑貨を売る「SHOZO」。
 オレが愛用しているベトナム戦で使われた軍用机(25000円)もここで買った。店舗は中古家具、雑貨、和物、カフェなど、近隣に5ヶ所ある。やはり東京から来る客が多いが、青山や代官山などにあるインテリアショップとちがう暖かさがある。一見時代もデザインもばらばらな家具たちが独特の「SHOZO」テイストによって不思議な統一感を醸し出す。
 オレもつい洗面所に置くステンレス製の薬箱を買い、タケちゃんもばかでかい中古トランクを買ってしまった。くれぐれも財布のヒモをゆるめないように注意しよう。
 「SHOZO」の行き方はホームページで。

26 june(wed)
28
crystal moon

 葬式のが重々しくていやなんで、無印で買ってきたアクリルボードに入れ替えた。
 祖母、トヨ(1971年69歳で没)
 祖父、松吉(1986年91歳で没)
 母、美智子(1993年62歳で没)
 父、文夫(2002年72歳で没)
 オレと妹をいれ、家族6人がこのオンボロ家屋で暮らしていた。生きているうちは鬱陶しいが、いなくなると無性にあのころがなつかしい。
 今オレはたった一人で同じ家に住んでいる。死者たちは物理的な質量をもたないが、精神的な質量――過去の時間や記憶と言い換えてもいい――に守られているような気がする。
 オレが祖父母の両親たちの記憶をもたないように、オレもいつかは額に収まり、忘れ去られていく。
 「忘れ去られること」
 それは無常でも孤独でもなく、
 時間のもつ至高の慈愛だ。
 たとえ輪廻があったとしても、「杉山明」に生まれ変わることは二度とない。(なんか坊主の説教みたくなってきたな)
 額縁にはいってから悔いが残らぬよう、美味しいラーメンを食べ、旅をし、創作に打ち込もう。今回与えられた肉体と精神の極限までつかって、世界を知覚し、表現したい。
 この狂おしいまでの欲望。
 それが生きているということだ。

27 june(thu)
1 cosmic
moon

 「戦争と平和」折。
 中島らもさんの「ガラタの豚」に替える。
 文庫本にすれば三冊で、「戦争と平和」の半分以上もあるが、速い速い。
 ランディーさんが薦めてくれたようにテーマはシャーマニズムだし、漫画のごとく読める。
 現代人には現代人のスピードがあり、そのスピードでトルストイと同じ本質を語り直さねばいけないのだ。
 「ケチャップ」はさらに加速する。

28 june(fri)
2cosmic
moon

 「ケチャップ」の参考資料にと、ツタヤでデオを借りてくる。
 「裏切り者」(原題「ヤード」)は、ブルックリンの操車場(トレインヤード)が出ているというので見たが、人物が多面的に描かれていてなかなかよかった。かんじんの操車場はちょこっとしか出てこないので、ぜんぜん役に立たねえじゃん。
 ジャン・ミッチェル・バスキア本人が出てる「ダウンタウン81」は、映画としては無茶苦茶お粗末だったが、80年代のニューヨークの風景がなつかしかった。これもまったく参考にならない。
 息抜きに「ハリーポッター」も見たが、原作の方がずっとおもしろかった。
 オレも娯楽ファンタジー「シャーマンウォーズ」でも書こうかな。
 仙人生活のせいか、最近は映画よりも新緑の山々をながめているほうが楽しい。毎日見てると緑の色が微妙に変化していくんだ。
 一枚の葉は小さなスクリーン、自然は大きな映画館(協和醗酵)って感じ。

 恒例になった須藤さんのメールを紹介します。(須藤さんの文章、だんだん上手くなってきたなあ)

 川辺川を巡る状況は少しずつ変化しています。
 八代にダム反対の市長が誕生して以来、「流域市町村」の首長の要請という前提が崩れ、八代を洪水から守るためにダムが必要という彼らの言い分も「堤防の嵩上げ」「川底の掘削」という代替案で洪水予防は十分という住民側の主張に対して、「個別八代だけの問題でなく流域全部の問題である」と国土交通省はその論理をすり替えています。

 ダムの寿命はどのくらいなのかと、先日行われた討論会で住民の一人が質問しました。
 それに答えて、「85年たったパナマ運河はいまのところ大丈夫だし・・むしろ土砂の堆積が重要で・・」と答える始末です。
 100歩譲ってダムが150年もとうと、200年もとうと(ありえませんが)、川は何億年前から流れ、これからも流れ続けるのです。私らが死に、子ども等も死に、孫も死んでも、川は流れ続ける。そしてその恵みを与え続けてくれる。

 この簡単なことが、なんで理解できんのや?
 自然の恵みを受けつつ共に静かに生きつづけるという、欲得しいことは考えず、やさしく生きるという選択を皆がしたらと思います。
 「ハミアト」という言葉をご紹介しましたが、あの小さな鮎、そのまた小さな口で苔を食べた跡。それを川底に見つける漁師の目の確かさ、感性の豊かさを受け止めたいです。

29 june(sat)
3 cosmic
moon

 「ある朝、グレゴ−ル・ザムサがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝所の中で1匹の巨大な虫に変わっているのを発見した」
 ご存知のようにこれはカフカの「変身」の出だしだが、朝目覚めるのが恐くなるときがある。
 「ある朝、AKIRAがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝所の中でキムタクに変わっているのを発見した」らどうしよう?
 眼球のまわりの皮膚の切れ込みや表皮のふくらみぐあいによって「ハンサム」と認定され、そのDNAを獲得しようと群がる人々の羨望と嫉妬にさらされる。道を歩いているだけで、女の子やゲイにナンパされる。買い物をしているとレジのあばさんがラブレターをカゴにすべりこませる。スパルタ式のアイドル養成学校にかよわされ、マリオネットのような踊りや芸能界のしきたりをたたき込まれる。バラエティー番組のくだらないゲームや連続ドラマのセリフをいやいやおぼえる。
 こんな生活をしていたら3カ月も休みをとってアマゾンにもいけないし、創作する時間もない。オレは毎朝目覚めるたび、キムタクになっていないのを感謝する。
 「ある朝、なにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝所の中でデヴィ夫人に変わっているのを発見した」とか、
 「ある朝、なにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝所の中で「こちらバナナ調査器官」(AV
)に変わっているのを発見した」とか、
 「ある朝、なにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝所の中で電動鼻毛カッターに変わっているのを発見した」とかも、困る。
 眠りは小さな死だし、オレたちは目覚めるたびに別人になっているのは物理的事実だ。正確には今日の自分を「明弐マルマル弐型六ゲツ二九式壱壱参四号」とか呼ばねばならない。でもこれじゃ面倒くさいので、いちおう同一人物てことにしているのだ。
 人は誰でも「変身」したいと真剣に願えば、変わることが出きる。しかし自分のルックスにぶつくさ文句を言いながらもキムタクにならずにいられるのは、けっこう自分が気に入っているからだ。

PS 今週号のビッグコミックに川辺川のことが漫画「魚河岸三代目」で三週にわたって掲載されます。

20 june(sun)
4 cosmic
moon

 ブラジル勝、やったー!
 アマゾンの牧草地でいっしょにサッカーをした子どもたちのマジ顔と笑顔を思い出す。空気のぬけた黒い天然ゴムのボールで焼け倒れた木をよけながらプレイするんだ。ゴールは細い幹をゴムヒモで縛ってつくる。どんな奥地までいっても子どもたちの遊びはサッカーだ。
 世界一の混血大国ブラジルは、ポルトガルやスペインはもちろん、イタリアやドイツの血も濃い。
 オレはインディオ系のリヴァルドが好きだねえ。ロナウドも立ち並ぶ木々をみごとにかわし、猿やイノシシを射止める狩猟民族の血がみごとに受け継がれている。
 ドイツもさすがだったね。
 3月ほどまえにドイツ人の友だちが5人ほどうちに泊まって、ワールドカップでは絶対優勝すると宣言してたからなあ。
 オレはもちろん日本が勝つとうれしい。
 ワールドカップの熱狂を「国家主義」の「ファシズム」だと批判する人は、永遠に「祭り」を楽しめないんじゃなの。
 中田も稲本も「日本」というしょうもない国家のために命をかけてるわけじゃない。オレは42年間の人生の30年くらいをこの島国ですごし、母国語を話す仲間と楽しんできた。
 先月はメキシコの小さな村でテレビのおいてあるカフェで真夜中にメキシコを応援してたし、第一試合でフランスを破ったセネガルも思い出深い国だし、日本があたったベルギーもチュニジアもトルコも旅してるだけに思い入れがある。 だから旅先で自分を受け入れてくれた敵チームと戦うとよけいにおもしろい。
 オリンピックやワールドカップを「ナショナリズム」に置き換えるのは浅い。ヒロシマの原爆以来、ハイテク戦争はもはや祭りでなくなった。ボタンひとつで勝敗が決まるゲームに誰が熱狂する? 
 いつになるかわかんないけど、とりあえず預言しておく。
 大量殺傷兵器はなくなる。
 だって、つまんないもん。
 生きとし生けるものの根源には、「競争原理」もしくは「ゲーム」が植え付けられているのだ。
 「ゲーム」
 それは螺旋を描いて上昇する「進化」だ。


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★ オレが解説を書かせてもらった田口ランディさんの新刊文庫「アンテナ」(幻冬社文庫600円)が発売されました。原本に大幅な加筆修正を加えたニューヴァージョンは、小説を越えた「怪物」に進化している。単行本を読んだ人も再読すべし。
★ オレが裏帯を書かせてもらった佐川一政さんの「霧の中」(彩流社1300円)がついに復刻されました。これぞ日本文学最大の奇書なり!
 AKIRA + TAKEの新しいCD(「Holy night」「ええじゃないか」「Reincarnation」の三曲入り。歌詞はこちら)がほしい人は、メールください。80円切手6枚を同封してくだされば、CDを送ります。
 「アヤワスカ!」の感想
 「風の子レラ」の感想
 「ケチャップ」の感想