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最近日記がおろそかになっているが、オレは今メキシコにいる。
旅行記でも小説でもはまりこんでしまうと、その舞台にいっちゃうわけ。
昨日は小説「ケチャップ」の舞台であるニューヨークにいた。
8月に出るはずだった「ケチャップ」は、8,9月に新刊が多いという講談社的戦略もあり、読書の秋10月5日発売となった。
1冊300ページの本を書くにあたって、最初の50ページくらいがいちばんつらい。
「はじめ人間ギャートルズ(原始人マンガ)」のように直径2メートルもある石の5円玉を転がしていかねばならない。
摩擦による負荷もあるし、上り坂だ。
100ページを越えたあたりで下りにはいる。
いっきに250ページくらいまでいったところで、急な上りが待っている。
最後に力を振り絞って押すと、350ページくらい転がっていってしまう。
それをまた「ああでもない、こうでもない」と削りまくって完成するのだ。
メキシコ旅行記「神の肉テオナナカトル」は、最初の坂を越えたくらい。
やっとこの作品の自分に対する重要さがわかりかけてきた。
ネアリカをつくりはじめてから美術と文学のはざまに引き裂かれてきたが、絵も言葉もお互いが育み合うということが実感としてわかりつつある。
でもわからない。
作品が完成してみるまでは。
それでも作者はわからない。
決めるのは読者だ。
他者に運命をゆだねるなんて職業を選んだ自分をバカだと思う。
バカはおたがいさまか、アミーゴ。
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