下にいくほど新しくなっています

3 august(sun)
9 magnetic moon

 数日前にはランディさんから「渋谷の文化村へいった」とメールがあり、おとといは佐川一政さんからその展覧会の絵はがきが届き、今日は日曜美術館で特集され、オレもちょうどメキシコの旅行記で彼女の家にいったところを書いていた。
 そう、フリーダ・カーロである。
 おまけに彼女の映画の公開日は今日だという。じつは「風の子レラ」のつながった眉はフリーダがモデルである。ルーブルやメトロポリタン、ワシントンやバッファローやメキシコなどさまざまな美術館でフリーダの作品を見てきたが、昔からのファンなのだ。くわしくは旅行記で書くが、かんたんにフリーダのことを紹介しよう。
 1907年メキシコに生まれたフリーダは小児麻痺で右足が不自由だった。おまけに19歳のときバスと市電の衝突事故に巻き込まれ、パイプが右腰下腹部に刺さり、天真爛漫な少女の人生を一変させてしまう。
 ユダヤ系ドイツ人の父はフリーダが寝たまま自画像が描けるよう特別なイーゼルと鏡をつくってやった。フリーダが生涯自画像に固執するのも、またそれが傑作であるのも、内証的な自己洞察の深さである。
 43歳の大画家リベラと22歳で結婚、すさまじい愛憎劇のすえ2度の流産を経験する。
 1935年にロシアから亡命してきたトロツキーを実家に匿い、1940年に彼が暗殺されるまで不倫的な関係をつづけた。
 シュールレアリズムの提唱者アンドレ。ブルトンがフリーダの作品に感銘を受け、世界的な評価を得るが、リベラと離婚、壊疽にかかった右膝下を切断する。
 やがてリベラと再婚し、1954年、47歳の若さで他界する。
 女として、人として、これだけの試練を乗り越えてきたアーティストは少ない。とてつもない不幸をポジティブな情熱に変換し、あれほど美しく昇華させることができるとは。個人的にオレは病院のベッド必死に詩を書きつづっていた若きころの母の姿が重なる。
 フリーダの自画像は泣いている。肖像画では暗黙の禁止となっている涙を直接表現してしまうのだ。涙はメキシコの太陽とフリーダの情熱の炎によって蒸発し、あなたの心に雨と沁む(しむ)。

 今、彼女の作品が渋谷文化村で見られる。
 2003年7月19日(土)〜9月7日(日) 開催期間中無休【開館時間】 10時〜19時 毎週金・土曜日は21時まで (入館は各閉館の30分前まで)【会 場】 Bunkamuraザ・ミュージアム
 ウェブはこちらで代表作が見られる。
 映画「フリーダ」は渋谷文化村のル・シネマと シネスイッチ銀座で今日から公開される。全国の上映館はこちら

6 august(wed)
12 magnetic moon

 9月14日(日)17:00から新宿ロフト・プラス・ワンでおこなわれる「電脳風月堂」のイベントにいっしょに出演する詩人サカキ・ナナオさんをご存じであろうか?
 80歳をすぎてもなお放浪をつづけるナナオさんは、オレの理想の長老(エカシ)である。
 ナナオさんは海外でも高い評価を得ている詩人であり、アレン・ギンズバーグやゲーリー・スナイダーとともにビート・ジェネレーションの草分けだ。
 1922年大正生まれのナナオさんは予科練をへて海軍でレーダー技師をし、戦後は上野の闇市に出没し、日本中を行脚した。

 「いつも泥足」

 いやなこと聞いたら、
 耳洗え、
 汚いもの見たら、
 目を洗え、
 いやしい思い湧いたら、
 心洗え、
 だがいつも、
 泥足そのまま

 60年代後半ナナオさんは、ゲイリーらとともに諏訪之瀬島や富士見高原などに「部族」というコミューンをつくった。物質文明からドロップアウトし自然と共生をめざすムーブメントは世界中に伝播していく。
 コミューンには個性的な詩人たちが集まった。昨年亡くなった山尾三省さん、ナーガこと長沢哲夫さん、「アイ・アム・ヒッピー」の著者山田塊也(ポン)さんなどだ。
 渡米したナナオさんはアメリカと日本のヒッピーたちとのパイプ役を務め、環境保護運動において世界的なアクティヴィストとして活躍する。
 真っ白いヒゲ、包み込むような瞳、頑丈な足、リュックひとつで風のように世界を旅しつづける。
  平易な言葉のなかに秘められたミクロとマクロコスモス。循環する宇宙観は先住民の大いなる知恵と共通するなつかしさを思い出させてくれる。

 「ラブレター」

 半径 1mの円があれば
 人は 座り 祈り 歌うよ

 半径 10mの小屋があれば
 雨のどか 夢まどか

 半径 100mの平地があれば
 人は 稲を植え 山羊を飼うよ

 半径 1kmの谷があれば
 薪と 水と 山菜と 紅天狗茸

 半径 10kmの森があれば
 狸 鷹 蝮 ルリタテハが来て遊ぶ


 半径 100km
 みすず刈る 信濃の国に 人住むとかや

 半径 1000km
 夏には歩く サンゴの海
 冬は 流氷のオホーツク

 半径 1万km
 地球のどこかを 歩いているよ

 半径 10万km
 流星の海を 歩いているよ

 半径 100万km
 菜の花や 月は東に 日は西に

 半径 100億km
 太陽系マンダラを 昨日のように通りすぎ

 半径 1万光年
 銀河系宇宙は 春の花 いまさかりなり

 半径 100万光年
 アンドロメダ星雲は 桜吹雪に溶けてゆく

 半径 100億光年
 時間と 空間と すべての思い 燃えつきるところ

 そこで また

 人は 座り 祈り 歌うよ

 人は 座り 祈り 歌うよ

9 august(sat)
15 magnetic moon

 渋谷の文化村で「フリーダ・カーロとその時代 メキシコの女性シュルレアリストたち」と映画「フリーダ」を見た。
 来年が没後50周年にあたり、映画がもう2本と、たくさんのイベントが用意されているという。
 映画「フリーダ」の出来自体はそれほどよくないが、フリーダ役のサルマ・ハエックがだんだんフリーダと同化していき、なんどか泣いてしまった。フリーダの一生がリアルに体感でき、入門者にはお勧めだ。
 展覧会ではかなりたくさんのフリーダ作品が見られた。しかもメキシコでも見られないプライベートコレクションなどの貴重な作品だ。
 フリーダの絵は痛々しく、せつないほどに無防備だ。
 作者と鑑賞者をへだてる「作為」という壁がまったくないので、こちらの胸にすっと染みいってくる。
 フリーダほどの不幸を体験していないオレたちでも、それぞれの「痛み」をかかえて生きている。ただ「痛み」を仇のごとく抑圧し、忘却の彼方に押し込めている。
 フリーダの絵はオレたちの偽善を暴き、「痛み」を浮上させる。
 オレには彼女の絵がこう言っているように感じる。
 「痛み」は一生あなたに連れ添ってくれる伴侶よ。
 恐れないで、手を取り合って歩んでいきなさい。
 「痛み」こそが生を輝かせてくれるかけがいのない宝なのだから。

12 august(tue)
18 magnetic moon

 アイヌモシリ1万年祭にいけなくなった。
 タケちゃんが仕事の関係でこられなくなり、車がでなくなったのだ。もう6年間もかよいつづけた年中行事だし、祭りで会うのを楽しみにしていた人たちに会えないのは残念だ。
 祭りの主催者アシリ・レラ(山道康子)さんは3年前にガンを患ったので、毎年一回彼女の健康を確かめるためもあったが、今年は6月に沖縄や7月に富士山へいっしょにいったので安心である。あのパワーならあと3000年は
生きそうだな。
 富士山の写真ができたのでアップしよう。


 左がプエブロ族のシャーマン、ウイリアム。
 左手を挙げ、3日間続いた雨を晴らしてしまうレラさん。
 それを見て泣いているオーストラリアのシャーマン、シャイニー。
 右端はアペフチカムイ(火のお祖母神)に祈るコウジくん。彼はまだ若いが、美貌とやさしさと強い意志を兼ね備え、将来のアイヌを背負うエカシ(長老)になるとオレは見こんだね。
 富士山のくわしいレポートは7月24〜26日の日記

13 august(wed)
19 magnetic moon

 妹から幽霊話を聞いた。
 妹の旦那は建築会社をやっていて、古い家の解体を下請けに依頼した。
 その家は日光の神橋近くにあるおみやげ屋だったが、住人の夫婦は何年もまえに店を閉め、他の場所に引っ越していた。
 夫婦はそこを駐車場にするため解体を依頼した。解体屋はベテランのおじちゃんと20歳の若者である。
 おみやげ屋はさほど大きくないので4,5日で終わるだろうと、ふたりは壊しはじめた。
 その夜、若者が不思議な幻覚を見た。
 小さな子どもの手を引いた老人が出てきたのだ。
 眠りにはいる直前だが、夢ではない。若者は恐くなって朝まで一睡もできなかった。
 翌日仕事にいった若者はそのことをおじちゃんに話したが一笑にふされ、解体をつづけた。またその夜も小さな子どもの手を引いた老人があらわれた。若者は眠るのが恐くてまた一睡もしなかった。
 無理して仕事に出たが2日間の徹夜でふらふらだ。おじちゃんが若者を叱ろうとしたその時、解体中の家に小さな子どもの手を引いた老人がすーと横切っていったのだ。おじちゃんもいっしょに目撃した。
 若者は不眠症のノイローゼに陥り、仕事に出ることができなくなった。おじちゃんは解体した家に仏壇が残されていたことを思いだし、親受けであるオレの妹の旦那に相談した。解体を依頼した住人の夫婦に聞いてみると、老人と子どもの年齢や着ている服などが戦時中の曾祖父と早世した伯父にあたることがわかった。
 解体中の家に霊媒師を呼び浄霊の儀式をおこなった。その夜からぴったりと霊たちはあらわれなくなり、若者は仕事に復帰した。
 幽霊の正体を知ってるかい?
 独断と偏見でオレはこう思う。
 幽霊は「情報」である。
 人間をふくめてこの世に存在する物質はすべての過去を「記憶」している。
 古い鏡に幽霊が映るというのはホラー番組の定番だ。
 「鏡は映った風景のすべてを記憶してる」と、オレはなんの根拠もなく直感する。
 墓や仏壇とかは携帯電話やテレビ電波の中継基地にあたるし、情報量も多いだろう。
 お盆には祖先たちの霊が帰ってくるという。
 「幽霊=恐怖」とか「死=悪」というのは近代教育の洗脳なんじゃないの。
 メキシコのお盆、「死者の日」は墓場で宴会を開く。死者たちと生者たちが歌え踊れの陽気な1夜である。
 死んだ両親ババチョフとトトチョフや猫のラ・キアーペが幽霊となってあらわれてほしい。
 せっかく堂々と休みがとれるんだから、
 死者たちと遊ぼうぜ。

15 august(fri)
21 magnetic moon

 夏はどこへいったの?
 フリースじゃ寒くってセーターをひっぱりだそうと思ったくらい。
 逆にニューヨークでは電気を使いすぎて大停電がおこるし、フランスは3000人が熱波の影響で死亡、ポルトガルは最大の大火事という異常気象だ。
 夏の歌をつくった。
 ちょっとけだるいボサノバで、1番のなかでA-G-G#-Aと4回も転調する。3番あるので12回の転調という、オレが今まで作った曲のなかでもダントツに複雑だ。タケちゃんが12時間かけてアレンジし、オレがヴォーカルをいれて完成した。
 タイトルはフリーダ・カーロの遺作「VIVA LA VIDA」からとった。「人生万歳」っていう意味をかなりねじって使っている。「MUCHA GRACIAS」はどうもありがとう、「ADIOS」はさようなら、「BUENOSDIAS」はおはようというスペイン語だ。
 裏テーマに「神殺し」「死と再生」という少年の通過儀礼が隠されている。

 「VIVA LA VIDA」

VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA
VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA
MUCHA GRACIAS 愛する人よ
ADIOS 燃え尽きた夏
MUCHA GRACIAS  別れのキスで    
ADIOS やさしく殺して        
 ひび割れた8月の空
 包帯にくるまれた雲
 少年はひとり 天使を撃ちにでかける
 降り注ぐ羽を集めて空を飛ぶんだ
VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA
VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA

MUCHA GRACIAS 愛した人よ
ADIOS 還らない夏
MUCHA GRACIAS  闇夜の傷が
ADIOS  今も痛むよ
 干からびた8月の海
 砂浜に残された墓
 少年は今日も死者と遊びにでかける
 魔法の薬で生き返らせてやるんだ
VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA
VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA

MUCHA GRACIAS 愛すべき人よ
BUENOSDIAS 巡りくる夏
MUCHA GRACIAS  おはようのキスで
BUENOSDIAS 君は目覚める
 引き裂かれたふたつの体
 求め合うひとつの心
 少年は走る
 少年は笑う

VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA
VIVA LA VIDA LA VIDA VIVA LA VIDA

17 august(sun)
23 magnetic moon

 あいかわらず雨がふりつづいている。
 オレたちが富士山に登っていた7月25日、世界中で「水に感謝を捧げる日」というイベントがおこなわれていた。琵琶湖、猪苗代湖、イスラエルのガラリア湖、ドイツのダイニンゲル・ヴァイヘル湖、アメルーゼ湖、オーストリアのドナウ川、アメリカのミシガン湖、オンタリオ湖、ユーレカ・スプリングス、スピリット池、ハワイのハラワ谷、ワイキキ・ビーチ、ブラジルのアマゾンなどだ。呼びかけ人は「水は答えを知っている」の江本勝さんである。
 ダムや生活排水で汚れた水に祈りを捧げると、美しい結晶ができる。H2Oはあらゆる化合物のなかでも掟破りだ。
 水は氷ると軽くなり容積を増す。もし水が他の液体と同じ法則にのっとれば、底に沈み、川や海は完全に凍りつき地球は氷の惑星と化す。
 沸点と氷点の温度差も異例だ。水の分子量からすると零下100度で氷り、零下90度で沸騰するはずである。オレたちの体内や氷河も海も沸騰し、水蒸気となる。
 1999年NASAはテキサス州に落下した隕石の内部に水を発見した。この隕石は太陽や地球ができる45億年まえのものだそうだ。太陽系でガスやチリが星雲となって渦巻いていたころ、水素と酸素が豊富に存在した。宇宙からやってきた氷塊は大気圏で霞のように広がり、氷の粒子となって地球に降りそそぐ。
  まさに宇宙からの贈り物である。
 昨日の朝の番組でアシリ・レラ(山道康子)さんがちらっと出ていたが、アイヌは水を「ワッカ・カムイ」と呼んで大切にした。日高地方は大雨で、二風谷ダムに48年分の流木がたまって大騒動である。今年の1万年祭も雨でたいへんだろうな。
 オレたちの体の70%は水の神様でできている。おいしい水飲んで、汗かいて、流れていないと、水も人間も腐る。ましてや心にダムを造るとストレスたまるし、決壊して事件になりかねない。
 水道水でも「ありがとう」と書いた紙をはると結晶ができるらしい。冷蔵庫に冷やしてある麦茶ボトルの底に、マジックで「ありがとう」と書いてみたが、水滴ですべってうまくいかない。
 「あいかしつ」(愛過失?)とか「おいかとう」(おい、加藤?)とも読める。

19 august(tue)
25 magnetic moon

 水は人間の感情を読むだけでなく、記憶力まであるといったら驚くかな?
 水の記憶力を生かした医療、ホメオパシー(同種療法)について書こう。
 アメリカでは患者の3人にひとりがホメオパシー療法を受け、ドイツやフランスでは4割近くの医師がホメオパシーを使い、イギリス王室の主治医は1世紀以上にわたりホメオパシー医が勤めている。インドや南米でも盛んでブラジルの医大では必須科目になっている。
 日本はかなりおくれているが、日本ホメオパシー協会が設立され先端の技術をとりいれている。
 
欧米では医師たちがつぎつぎとホメオパシーの専門医に乗り換え、21世紀の中心的医療になると予想される。
 ホメオパシーの始祖ドイツ人医師サミュエル・ハーネマン(1755〜1843)がギリシャ語の「HOMOIOS(類似)」と「PATHOS(苦痛)」からホメオパシーと命名した。
 7カ国語をあやつる彼はあらゆる医学文献を読みあさり、ギリシャのヒポクラテスが「類は類をもって癒す」というところに注目した。そこでマラリヤの特効薬キナノキの抽出液を自分で飲んでみると、マラリアと同じ症状になった。
 ハーネマンは「毒をもって毒を制す」という仮説を自分はもちろん家族や友人にたのみこんで実験していった。植物や動物や鉱物などの抽出液を、健康な者が飲んで呈した症状と同じ症状の患者につかってみるとおもしろいように治ってしまうのだ。医者と製薬会社の猛反発にもかかわらず、口コミで拡大していった。
 ホメオパシーがつかう薬を「レメディー」という。植物や動物や鉱物などをアルコールを混ぜた水に漬け、原液とする。原液のたった1滴を100倍の水でうすめ振り混ぜる。希釈した水からまた1滴を100倍の水でうすめ振り混ぜるというのをくりかえし、10の2000乗分の1まで希釈する。
 そこまで薄めた水に薬効成分物質はほとんどはいっていないはずなのに効く。おもしろいのは希釈率(ポーテンシー)高いほど効果が高いのだ。水は薬効成分物質を「記憶」する。
 レメディーは3000種類ほどあり、アトピーから精神病まであらゆる病に対処できる。自殺願望を消したり、ひきこもりをやめさせたり、失明を直しちゃった例まである。
 西洋医学の対症療法とちがって、自然治癒力を刺激することによって治療する根源療法である。基本的に副作用がないので、妊婦、幼児、高齢者でも安心だ。
 ネットのニューエージショップでは怪しい水が売られているがそういうものには手を出さず、日本ホメオパシー協会の指定クリニックにいった方がいい。
 ここのホームページは見づらいので説明する。まずトップページの「こちらを押してください」。つぎのページの「健康相談」。つぎのページの「日本ホメオパシーセンター」。すると全国にある日本ホメオパシー医学協会認定のホメオパシーセンターがでてくる。
 水の記憶力はすばらしいが、オレの記憶力の悪さも驚異的だ。みんなにメールもらって気づいたんだけど、今日は自分の誕生日だった。

20 august(wed)
26 magnetic moon

 「ミスターべてる」ことキヨシどんから電話があった。
 アイヌモシリ1万年祭を無事に終えたネアリカンのみちとちかちゃんがべてるの家にいって、酒盛りの最中なのだ。
「アキラおめえ、なしてこねえの。楽しいよーこっちは」
 キヨシどんはふたりの美女をはべらせて上機嫌だ。
 小説現代のエッセイでも書いたが、べてるにいったときは毎日キヨシどんと宴会だった。はじめて会った気がしないというか、「魂の兄貴」とでも呼べそうなくらい意気投合した。
 オレも世界中でたくさんすごい人に会ってきた。
 アメリカン・インディアン・ムーブメントのデニス・バンクス、マルコムXを看取った日系人運動家のユリ・コウチヤマ、アマゾンのシャーマン・パブロ・アマリンゴ、アイヌのアシリ・レラ(山道康子)さんなど、同じ時代に生まれてよかったと思えるくらいすばらしい人たちだ。
 オレの歴史の偉人伝にキヨシどんもくわわる。
 子どものころから虫けらのようにいじめられ、重い精神障害に今も苦しみ、べてるの家という世界でも類をみない自立した障害者団体を立ち上げたキヨシどんこそ「奇跡の人」だ。
  「奇跡の人」は看護婦のお尻をさわり、今日もみちとちかちゃんにセクハラし、ときどき発作で暴れながら、誰よりも人生を謳歌している。
 この日記を読んで、もしべてるの家やキヨシどんのことを知らなかった人は明日本屋へいって立ち読みでもいいから小説現代8月号を読んで。それから店員に訊いて「べてるの家の非援助論」注文する。そいでもって北海道浦河(襟裳岬の手前)にいって実際にキヨシどんと会う。
 本だけでわかったような気になっちゃだめなのよ。生身の人間との出会いは臓物に染みわたるんだから。
 べてるは年間2000人の訪問者があるので、いつでも受け入れてくれるし、べてるの家のとなりにある浦河教会に1000円で泊めてもらえる。
 誰にでも精神の危機は一生のうち何度も訪れるだろう。
 ホメオパシーもアヤワスカもいいが、悩める人にとってキヨシどんの笑顔は最高の特効薬だ。
 大きな試練を乗り越えてきたという「過去形」の偉人ではなく、今も必死で病気と闘う「現在進行形」の笑顔だから。
「アキラおめえ、悩んでねえか」
 せいいっぱい明るく答えたつもりだが、キヨシどんは見抜く。
 1年間つづけたネアリカを勝手に休業宣言して、みんなに悪いと思っていた。
「おめえの好きなようにやれ、おれもこれからペロンチョすんだもんにー」
 みんなの爆笑が受話器から聞こえる。
 キヨシどんのジョークはいつもオレを泣かせる。

22 august(fri)
28 magnetic moon

 ネアリカ再開
 初参加の竜介くんは石油や天然ガスのプラントを設計する技師だった。サッカーで「ドーハの悲劇」があった中東のカタールで5年もかけてガス液化プラントを建築した。
 最高気温50度の砂漠にコンテナ村が建ち、世界中から5000人ものエンジニアが集まってくる。
 中東、東南アジア、日本、欧米など、言葉も、肌の色も、価値観も異なる人たちが、巨大なプラント装置を小さな配管に至るまで寸分ちがわずつくりあげることに感動したという。その経験から現在は早稲田で言語学を専攻している。
 ネアリカという異種格闘技は石油プラントに似てるかも知れない。
 竜介くんはルックス=格闘家だがやさしい笑顔をもち、緻密な構築力は並はずれている。
 抽象的な構図の中心にドクロをすえた。
 どんどん変化していくネアリカに教えられるのは、アートも人生も「コントロールしない」、「コントロールできない」ってことだ。
 自分はからっぽコップで、そそがれたミントティーやドクダミ茶を誰かの唇に運ぶ、
 英語で麻薬の運び屋を「モブ」という。
 マフィアがモブの面接で選ぶ条件とは、

 自己主張をしない。
 自分の置かれた状況で最良の判断を下す。
 他者の情報をより多く収集できる。

 忍者の極意ともつうじるが、谷川俊太郎の「みみをすます」が秘伝を伝えている。

みみをすます
きのうの
あまだれに
みみをすます

みみをすます
いつから
つづいてきたともしれぬ
ひとびとの
あしおとに
みみをすます

めをつむり
みみをすます

ハイヒールのこつこつ
ながぐつのどたどた
ぽっくりのぽくぽく
みみをすます

ほうばのからんころん
あみあげのざっくざっく
ぞうりのぺたぺた
みみをすます

わらぐつのさくさく
きぐつのことこと
モカシンのすたすた
わらじのてくてく
そうして
はだしのひたひた......
にまじる
へびのするする
このはのかさこそ
きえかかる
ひのくすぶり
くらやみのおくの
みみなり
みみをすます

しんでゆくきょうりゅうの
うめきに
みみをすます

かみなりにうたれ
もえあがるきの
さけびに
なりやまぬ
しおざいに
おともなく
ふりつもる
プランクトンに
みみをすます

なにがだれを
よんでいるのか
じぶんの
うぶごえに
みみをすます

そのよるの
みずおとと
とびらのきしみ
ささやきと
わらいに
みみをすます

こだまする
おかあさんの
こもりうたに
おとうさんの
しんぞうのおとに
みみをすます

おじいさんの
とおいせき
おばあさんの
はたのひびき
たけやぶをわたるかぜと
そのかぜにのる
ああめんと
なんまいだ
しょうがっこうの
あしぶみおるがん
うみをわたってきた
みしらぬくにの
ふるいうたに
みみをすます

くさをかるおと
てつをうつおと
きをけずるおと
ふえをふくおと
にくのにえるおと
さけをつぐおと
とをたたくおと
ひとりごと
うったえるこえ
おしえるこえ
めいれいするこえ
こばむこえ
あざけるこえ
ねこなでごえ
ときのこえ
そして
おし
...... みみをすます

うまのいななきと
ゆみのつるおと
やりがよろいを
つらぬくおと

みみもとにうなる
たまおと
ひきずられるくさり
ふりおろされるむち
ののしりと
のろい
くびつりだい
きのこぐも
つきることのない
あらそいの
かんだかい
ものおとにまじる
たかいびきと
やがて
すずめのさえずり
かわらぬあさの
しずけさに
みみをすます

(ひとつのおとに
ひとつのこえに
みみをすますことが
もうひとつのおとに
もうひとつのこえに
みみをふさぐことに
ならないように)


みみをすます
じゅうねんまえの
むすめのすすりなきに
みみをすます

みみをすます
ひゃくねんまえの
ひゃくしょうの
しゃっくりに
みみをすます


みみをすます
せんねんまえの
いざりの
いのりに
みみをすます

みみをすます
いちまんねんまえの
あかんぼの
あくびに
みみをすます

みみをすます
じゅうまんねんまえの
こじかのなきごえに
ひゃくまんねんまえの
しだのそよぎに
せんまんねんまえの
なだれに
いちおくねんまえの
ほしのささやきに
いっちょうねんまえの
うちゅうのとどろきに
みみをすます

みみをすます
みちばたの
いしころに
みみをすます

かすかにうなる
コンピューターに
みみをすます

くちごもる
となりのひとに
みみをすます

どこかでギターのつまびき
どこかでさらがわれる
どこかであいうえお
ざわめきのそこの
いまに
みみをすます

みみをすます
きょうへとながれこむ
あしたの
まだきこえない
おがわのせせらぎに
みみをすます

24 august(sun)
2 lunar moon

 とっちゃんはネアリカ参加30回を達成!
 ひとつのイメージがつぎのイメージを生み、進化過程のように変化していく。

 夏がきたのがうれしくって、裸足で大谷川をわたり、炎天下を30分も歩いて、フリーマーケットにいった。
 思っていたより小規模でなんもほしいもんはない。
 100円のかき氷と50円のコーラ、250円の焼きそばと350円のお好み焼き買った。
 市が主催なのでもうける気なんかない。「自分が使わなくなったものを誰かが使ってくれれば」と、破格の値段だ。
 そこで見つけたのが、 なんと50円の顕微鏡!
 怪しいギリシャ文字が書いてあり、60倍に拡大できるという。偶然開場で会った「カッファ」のヤスコちゃんと常連のミホコさんが訊く。
「顕微鏡でなにを見るの?」
「決まってんじゃん、 精子だよ」
 中学校のとき、顕微鏡をもっていた友人から見せられた精子の映像はトラウマになっていた。
 こんなに元気に泳ぎまわるオタマジャクシをクリネックス・ティッシュに埋葬していたのかと。
 1回の射精が2〜4ml、精子が1〜6億個ということは……
 10回のオナニーで60億の精子、
  地球の総人口を皆殺しにしていたのか!
 深夜、昔ダビングしたビデオ「抜きどころスペシャル」で精子を採取。
 ガラスプレートに粘る液体をぽとり。
 反射鏡を調節し、顕微鏡の焦点を合わせる。
 卵子ホルモンの誘導という目標をなくした精子がどこをめざしたいかわからず迷っているさまがわかる。
 アメリカの現代小説家マーク・レイナーが「自分の内面を知りたいのなら、胃カメラを飲めばいい」と言った。
 オレはあえて言っておこう。
 「 顕微鏡で自分の精子を見るのは男の義務だ」と。
 愛おしくって、
 悲しくって、
 幼稚園の運動会でビデオを撮る親みたいな気持ちになっちゃう。

25 august(mon)
3
lunar moon

 今日のネアリカンは兵庫の西宮(甲子園近く)からきてくれた亜紀ちゃん。
 亜紀ちゃんは南カリフォルニアの高校とオレゴンの大学を出てシアトルで暮らし、合計8年半もアメリカにいた。今ではその語学をまったく生かさず、パソコンの苦情受け付けをやっている。
 日本語の基本語彙を英語に直して遊んだ。(物語り風に)

 アメリカに留学したばかりの君はまだ英語でものを考えられないので、日本語を直接英語に訳してしまう。
 入学式で知り合ったばかりのヘレンが声をかけてきた。 えーと「こんにちわ」は「今日は」で、「Today is」だ。
 ヘレンに「Today is!」とあいさつすると、ヘレンはつぎのひと言を待ちつづけ「 isのつづきはなんなのよ」と怒りだした。
 なんとか丸くおさめるために「まあまあ」と言う。
「soso」
「今日はまあまあっていったいなんなのよ」
 あやまらなくっちゃ、えーと「申し訳ありません」は、
「There is no reason for me to talk to you」(あなたと話す理由がない)
 ヘレンはあきれて去っていく。
 「さようなら」は「左様なら」(そのようなら)で、「if that so」。
 君はにこやかに手を振りながらヘレンに「if that's so」と言うと、「おまえがその気なら、こっちにだって考えがあるぜ」という意味でとられ、ヘレンは逃げ出してしまった。

 老夫婦ワトソン家にホームステイした君は、学校から帰ると「ただいま」と言った。
 「Right now !」(今すぐだ!)
 するとワトソン夫人は「今すぐなにをやれっていうの? 居候のくせに威張るんじゃないわよ」とたしなめる。
 君は「済みません」とあやまる。
「this won't be done」(これは終わってない)
「なにが終わってないのよ。なにを今すぐやれっていうの。何様のつもりよ」
 仕事から帰宅したワトソン氏をねぎらって「お疲れさま」と言う。
「You are tired」(あなたは疲れている)
 するとワトソン氏は肩におかれた君の手を振り払う。
「おまえごときに疲れてるなどと言われる筋合いはない。ほっといてくれ」


 ヘレンへのおわびに君は手作りの日本料理をご馳走してやることにした。
 チャイムの音に飛び出していった君は「こんばんわ」と言った。
「tonight is」(今晩は)
 またも isのつづきをまっていたヘレンは、「今晩は……」とだけでなにも言わない日本人が恐くなった。
 苦労してつくった手巻き寿司や親子丼をまえに、君は「いただきます」と言った。
「I take it」(人間が食べるのには不可能な料理にオレが挑戦してやる)
 ヘレンは毒でも盛られているのかと思ったが、あまりの美味しさに叫んだ。
「Delicious !」
  君はうれしくなってありがとうと言う。
「It's hard to be」(それは有り得ない)
 ヘレンは自分の味覚と君のサイコな人格を疑った。
 君は満腹になり「ご馳走様」と言う。
「You must have run around for this」(おまえ様はこれのために馳せ参じ走り回ったのだろうね)
 意味不明の言葉にヘレンは首をかしげたが、とにかく礼を言った。
 君は謙遜して「お粗末様でした」と言う。
 「It was poor food」 (これはつまらぬ飯じゃ)
 ヘレンは「そんなひどいものをわたしに食わせたの!」とトイレへ走り込んだ。

 これをやってくと短編一本書けそうなくらいネタがあるので、このへんでお終い。
 英語と日本語でもこれだけ文化習慣がちがうんだから、「ちがい」をリスペクトしようね。

26 august(tue)
4
lunar moon

 今日のネアリカンは連ちゃんの亜紀ちゃん、10回達成のちーぼー、初参加の結ちゃんである。
 亜紀ちゃんは高校と大学がアメリカだったが、結ちゃんは中学と高校をカナダですごした。類は友を呼ぶというか、すごい人が同じ日に集まるねえ。
  結ちゃんはヒッピー世代の親のもとに育ち、子どものころから日本社会に違和感を抱いていた。しかし小学校を終えたばかりの女の子が親を日本に残し、たったひとりで留学するのはすごい勇気だ。
 高校を終え、トロントで先住民たちをサポートする仕事もしていた。「差別のない国」を自認するカナダも、クリンギット族をはじめインディアンたちの実情は悲惨だという。失業率と自殺率は圧倒的に高く、平均寿命は40代だ。
 結ちゃんはタイとインドを半年ほど放浪してきたばかりで、去年のアイヌモシリ1万年祭にもきていたという。ボロボロのジーンズに鼻ピアス、放浪者の貫禄十分だ。
「どんな仕事をしていたの」
「区役所の戸籍係」
 うわっ、またもやネイティヴ・スピーカーの語学力を生かしてねえじゃん。しかも鼻ピアスが区役所にいていいのか。
 なんと趣味はカポエラ。
 知らない人には唐突な単語だ。ポルトガルの植民地だったブラジルに連れてこられたアフリカ人奴隷は、手錠をはめられていたため足だけで戦う格闘技を発達させた。練習を見つかると死刑になるので、まわりをパーカッションなどの楽団で囲み、宗教儀式のようにカモフラージュしてダンスに見せかけるのだ。
 結ちゃんいわく、ブレークダンスの原点はカポエラだという。
 大きく分けると「アンゴラ」と「ヘジォナル」という流派がある。オレはたまたまブラジルでダンスのようなカポエラを見たが、たぶん「アンゴラ」だったようだ。腰をかがめ、スローで優雅な蹴りは芸術的である。
 「ヘジォナル」はまさに真剣勝負で、ダイナミックな足技で相手を揺さぶり、顔面に蹴りを決める。テレビや観光ショーで見られるアクロバティックなカポエラはヘジォナルをエンターテイメントしたもので、たしかにブレーク・ダンスに似ている。
 オレもいつか日光市役所の戸籍係に応募する履歴書に、
 趣味「カポエラ」と書いてみたい。

28 august(thu)
6
lunar moon

 今日までネアリカは怒濤の8連ちゃんである。
 半年ぶりの桜井明子ちゃん、 岡山のチカちゃん、石油プラントの竜介くん、12回目の文ちゃん、7回目の太一さん、はじめての真実さんなどだ。
 真実さんは知的障害者の施設で働きながら絵を描いている。ホームページで絵が見られるが、フクロウや木々や神話など、かわいくて幻想的な作品である。
 さすがに8日連続はきつい。頭がもうろうとし、足下までふらついてくる。明日からまた2連ちゃんである。
 温泉で体重を量ったらこの1ヵ月で8キロも痩せていた。みんなが帰ったあと、9時くらいには倒れ込むように眠っていた。

※広島の友人、3代目春駒さんがホームページを完成した。ミュージシャン、DJ、デザイナー、武道家、カヌーイストと多彩な顔をもつだけあって見応えある内容だ。「人間世界遺産」コーナーでオレのことも紹介してくれている。

30 august(sat)
8 lunar moon

 今年最後のネアリカもいよいよカウントダウンにはいった。
 3回連続の岡山のチカちゃん、京都から夜行バスでやってきたミギル(美和)と美紀ちゃん。
  ミギルが今回の下描きをやってくれたのだが、悪いとは思いつつオレはどんどん新しいアイディアを盛り込んでいった。ミギルはあまりに様変わりした作品にびっくりしたものの、中央の胎児をさらにゴージャスに仕上げてくれた。

 スペインでいっしょに住んでいたペペがやってきた。
 じつに13年ぶりの再会である。
 「COTTON100%」にも出てくる悪友だ。オレはペペに挑発され、チンポに石油をかけ燃やし、大やけどをして病院に運び込まれ、1ヵ月も巻きスカートとがに股で暮らした。
 今ペペはミラノに住み、イタリア人の奥さんとのあいだに1歳半の息子がいる。
 観光ガイドをしながら、「TOZAI」という日本とイタリアの交流団体を組織している。
 ガイドとして毎日のように通う「最後の晩餐」についていろいろと解説してくれた。あのなかに心霊写真のようなナイフをもった手が1本まぎれこんでいるというのをはじめて聞いた。それは誰の手でもないらしい。
 彼の解説ではユダにむけられたナイフと言うが、オレはキリストにむけられたユダの2重意識ではないかと思う。
 昔は狩人のごとく女の尻ばかり追いかけていたペペが、「知識人」に成長しているのには驚いた。
 ぜんぜん成長してないのはオレだけか。

31 august(sun)
9 lunar moon

 ネアリカ第一期の最終作品を完成した。
 しかもネアリカ最速記録の10日間!
 有終の美を飾ってくれた ネアリカンは、就職が決まった耕太くんと余帆子ちゃん、無職状態の素福ちゃんだ。
 耕太くんはペンシルヴァニア大学のジャーナリスト科を卒業し、企業リサーチの会社にはいった。
 余帆子ちゃんはNGOの国際協力事業団(JICA=ジャイカ)に就職し、アフリカ派遣を夢見ている。
 素福ちゃんは韓国留学中からネアリカ参加を表明し、現在は個展(すごい天然才能!)の準備中である。
 ネアリカをやっていたこの1年間、ふつうの人が一生かかるくらいの出会いを経験した。
 それも強烈な個性と希有な個人史をかかえた魅力あふれる人たちだ。
 完成の満足感と飽和状態の疲労に目を閉じると、参加してくれた104人の顔が走馬燈のようによぎる。
 それぞれが痛みと歓びを抱きしめながら無心に毛糸を貼っている。
 子どもたちをふくめ、大の大人がなんの得にもならないネアリカに没頭している。
 なけなしの金から片道1240円をはらい、日光という僻地に集う。
 玄米ご飯から、チーズフォンデュ、クスクス、タイカレー、チゲ鍋、角煮、たこ焼きなど、
 オレの家族を失った掘りごたつで新しい大家族が食卓を囲む。
 血もDNAもつながっていない疑似家族は、まるで前世からの知り合いのごとく談笑する。
 なんなんだ、いったいこれは!
 赤い糸なんかじゃなく、70色の毛糸がつないでくれた瞬間の出会いと、永遠に残る11枚の作品。
 毛糸1本1本に宿るひたむきな感情がよみがえる。
 ひとつの祭りが終わった。
 ひとり、
 茶色とベージュでできた市松模様の床を赤い掃除機をもって思い出のかすを吸い取る。
 猫が眠る迷彩模様のベッドにこしかけ、放心する。
 ひとり、
 オレたち104人は、なにひとつ社会に役立つことはしてこなかった。
 だからこそ無償の出会いがあったのかも知れない。
 いや、こんな説教臭い言葉でまとめることはできない。
 ほんとうに楽しかったんだ、
 みんなと出会えて。
 ひとり、
 雨音は降りつづく。
 だから今日だけは、
 発情期の吠え猿みたいに泣くのを
 許してくれ。

News

アングラ風月堂2003」トーク&ライブ。9月14日(日)17:00から新宿ロフト・プラス・ワン。
 「ネアリカ」(毛糸絵画)
★ ネアリカの目次 Contents of Nearika


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