下にいくほど新しくなっています

2 september(tue)
11 lunar moon

 今日はおもしろいニュースがふたつあった。
 しかも正反対の。
 ひとつは福岡市の大学生14人が大麻を栽培、売買し、摘発される。大学側が「把握していなかった」と正式謝罪した。
 もうひとつは、オランダで大麻の治療目的販売が認可され、薬局で大麻が買えるようになった。ガン、エイズ、多発性硬化症、痛みや吐き気、食欲不振などの症状が通常の治療では治らず、薬の副作用が強い場合、医師が処方できるという。
 ごぞんじのとおりオランダで大麻は合法だ。カフェでふつうに売られている。オレもオランダにいったときはユースホステルの朝食でマリファナを吸い、ストリートで唄を歌って生活費を稼いだ。オレの歌を聴く会社帰りの観衆にも当然のごとくマリファナがまわされる。
 今までオランダでは約7000人の患者が治療のためにカフェで大麻を買っていた。2001年にはじめてカナダ政府が大麻を末期患者に使用することを認め、ドイツやアメリカのカルフォルニア州とアリゾナ州も大麻の医療目的での使用が認められそうだ。
 日本でも昭和27年まではインド大麻が喘息や不眠症の薬として薬局で売られていたんだけどね。
 日本でのむやみなドラッグバッシングは無知ゆえだ。
 悪い、悪いとくり返すばかりで、「なぜどこが悪いのか?」「大麻とはなにか?」を誰も教えてくれない。
 どれだけ日本人が大麻と深く結びつき、その恩恵を受けてきたか、歴史からひもといてみよう。
 福井県の鳥浜遺跡は1万2000年位前の縄文遺跡で、大麻の種が発見されている。縄文土器の模様は麻縄を押しつけてつくったものだ。
 正倉院には麻の紙に書かれた1000年以上まえの仏典が残っているし、万葉集で麻に関する歌は約三十首もある。柿本人麻呂をはじめ、「わたし」のことを「麻呂」と呼ぶ習慣があった。
 神道では大麻がけがれをはらう神聖な植物だった。伊勢神宮のご神体は、天照御大神である太陽の御印が「神宮大麻」と呼ばれている。関東ではあまり見かけなくなったが、大麻繊維でできたお札を神棚に飾ってある地方もいまだに
多い。
  戦前までは日本中に麻畑が広がり、繊維、紙、食用種子、油、薬となる大麻が人々の生活を支えてきた。たとえば多摩川の「摩」は「麻」で、調布とか田園調布というのは麻の布を織っていたという。
 「かあさんが夜なべをして、手袋編んでくれた」という童謡の2番を知っているかい?
 「かあさんは麻糸つむぐ、一日つむぐ」ではじまるんだ。
 敗戦後、GHQが大麻を禁止した。
 神道の大麻信仰を恐れたせいもあるが、アメリカの石油や化学産業、木材パルプを売り込むためだ。
 廃墟となった日本を復興させるのに、大麻でリラックスされたんじゃ困る。日本人を「働き蜂」や「エコノミック・アニマル」として調教するのに大麻は邪魔だった。
 戦後施行された大麻取締法によって生産農家は激減し、日本の大麻は絶滅の危機にある。栃木県は昔から大麻王国だったが、麻薬成分(THC)の少ない「トチギシロ」を開発し、今では全国生産量の99%近くを占めている。
 
 大麻の歴史をおおざっぱに書いたが、未来はどうなるのだろう?
 宝くじほども的中しないかもしれない予言だが、
 「大麻は人類の救世主となる」。

 あと30年の寿命と言われる石油や1万年後まで放射能を残す原子力に代わって、「バイオマス」と呼ばれる生物資源が注目を集めている。その代表格が大麻なのである。
 バイオマスのエネルギー利用は、多方面の恩恵をもたらす。
 英語で「5F」と言われるが、
 1 食料(Food)、2繊維(Fiber)、3飼料(Feed)、4肥料(Fertilizer)、5燃料(Fuel)。
 大麻油を軽油化した燃料のディーゼル車で、2001年にケリー・シグラー氏らがアメリカ、2002年に赤星栄志氏が日本を縦断した。大麻油は軽油と比べて硫黄酸化物を排出しないし、環境負荷が小さい。
 シグラー氏いわく「アメリカの国土の6%に大麻を栽培すれば、全国の輸送。エネルギー需要をすべて満たすことができる」という。
 赤星氏いわく「大麻は衣類だけでなく、建築素材や土に戻るプラスチックや化粧品など25000〜50000
種類もの商品になる」そうだ。茎に含まれているセルロースからは、ダイオキシンを発生しない環境上安全な紙や建築材料や土に分解可能なプラスチックもつくれる。麻の根は、自然に土地を耕してくれるし、土地の浸食や土砂崩れを防ぐダムの代替え手段にも有効だ。
 大麻の特徴は、成長の速さと生命力である。
 木材の生育期間は10年から50年かかるのに、麻は農薬や化学肥料もいらず3ヵ月で生育する。半年で3mにも成長する麻を、忍者は飛び越えて修行したという逸話もバカにできない。
 地球温暖化をまねくCO2(二酸化酸素)の7割以上は化石燃料の燃焼に起因するといわれるが、大麻は生育過程でCO2を吸収するので、燃焼に伴うCO2排出量はゼロとなる。
 植物が一年間に地球上で成長しCO2を吸収した量(一次生産量)は、石油換算で約800億トンになり、全世界で消費しているエネルギーの約8倍に相当するんだって。
 友人のヤスコちゃんがオープンした飲み屋「Cafa」では「麻物語」という新潟の地ビール(発泡酒)がおかれている。
 麻の実は、消化吸収されやすいタンパク質とビタミン類・リノール酸など食物繊維、青魚に含まれる必須脂肪酸も豊富にふくまれている。
 東京の国分寺にある「竹の家や」は、麻の実を練りこんだ「麻の実うどん」が名物らしい。

 この文章を読んで「マリファナ万歳!」と1グラム5000円もする大麻を渋谷センター街に買いにいくやつは大馬鹿者だ。
 この国では大麻をもっているだけで、5年も刑務所で暮らさなければならない。「アヤワスカ!」でも書いたように、その国で違法とされるドラッグには手を出さない方がいい。
 オレは法律とまったく正反対なところから警告する。
  アマゾンで大麻は「サンタ・マリア」と呼ばれ、聖母マリアの植物として崇められていた。聖母マリアを「スリルを楽しむため」とか「現実逃避」につかっちゃいけない。
 大麻は植物界と人間界をつなぐ精霊なんだ。
 未来を見すえたヘンプ・ムーヴメントを広めるために努力している人たちを踏みにじることにもなる。
 もう10年もすれば、大麻で逮捕されたことなんか笑い話になってるよ。チョコレートやコーヒーやタバコで死刑になった時代を笑うようにね。
 オレたちは今、「非常識」の時代を生きている。

6 september(sat)
15 lunar moon

 ネアリカンにインターセクシャル(半陰陽)の人がいる。
 男性器と女性器を両方もっている人だ。
 オレはたんじゅんに「すごい!」と思ったが、性に関することはデリケートなのでメールでやりとりした。
 インドを旅したとき、「ヒジュラ」と呼ばれる人たちを見たことがある。彼らは半陰陽として生まれ(去勢した男性も多い)、女装をして歌い踊る。祭りや結婚式などでシャーマン的役割を担いながら売春もする。聖と俗を合わせもつカーストである。
 両性具有の神話は世界中にある。
 ギリシャではヘルメスとアフロディテの子ヘルマフロディトスが有名だ。ヘルマフロディトスは泉の精サルマキスの求愛を拒んだため泉の中に引きずり込まれる。 サルマキスがいっしょになりたいと願い、ふたりは一心同体になってしまう。ヘルマフロディトスは、その泉で水浴すると男性機能を失うという呪いをかけたそうだ。
 プラトンが書いた「饗宴」では、人類の中にはかつて男性、女性のほかに男女両性を有する両性具有人がいたという。両性具有人はすぐれた知力を持ち、天界を征服しようとしたため神々に体を引き裂かれた。半分ずつが男と女になり、おたがいの半身を探し求める。
 オレも新曲「VIVA LA VIDA」でこう歌っている。

 引き裂かれたふたつの体
 求め合うひとつの心

 グノーシス神話で両性具有は異なるものの統一を象徴し、 エジプト神話では創造主であるアテンや原初の神アトゥムなどが両性具有である。
 北欧神話でも巨人イミル、中央アジアで紀元前4000年ころ崇められたミトラ神、フランスに古来伝わる蛇女伝説メリュジーヌ、バルザック(1799‐1850)の小説の主人公「セラフィタ」も両性具有である。
 日本では土着の神と外来の神を結ぶサルタヒコが
両性具有的存在だし、博学者白州正子さんが「両性具有の美」という本で、「日本には両性具有という思想を育む豊かさがあった」と書いている。両性具有は「色即是空を体現したひとつの美学であり、古事記から源氏、西行や南方熊楠、世阿弥、薩摩稚児といった風習」までふれている。

 「牛のカムイ」の枠にも描いたが、人間の性染色体は女性がXX、男性はXYである。それがXXY(クラインフェルター症候郡)やXだけ(ターナー症候群)で生まれてくることがある。 卵巣をもち陰核がペニスのような形状をしているのが「仮性女性半陰陽」。
 睾丸があり女性器の形状をもつのが「仮性男性半陰陽」。
 睾丸のついた完全なペニスと女性器をもち、卵巣をそなえているのが「真性半陰陽」だ。
 問題はインターセクシャルと判断された子どもは、親の勝手で手術されたり、自分の体は異常だとトラウマを植え付けられる。
 社会が勝手につくりだした「男」と「女」という柵に入れず、アイデンティティーを獲得できない。生まれた瞬間からアウトサイダーの烙印を押されるのだ。
 男と女という人工的二元論から目覚めなくちゃいけない。
 性というのは人間の数だけある。
 この圧倒的多様性は人類が進化の過程で獲得してきた生存の武器なのだ。
 インターセクシュアルは「どちらでもない」と同時に「どちらでもある」。
 男と女、聖と俗、神と人間、動植物界と人間界、見えるものと見えざるもの、此岸と彼岸、夢と現実……
 あらゆる対立者をつなぐ触媒(メディウム)、シャーマンになりえる可能性を秘めている。
 前置きが長くなったが、インターセクシュアルのネアリカンからいただいたメールを本人の許可を得て紹介しよう。


 正直、ネアリカに行く前に、突然にAKIRAさんに、私がインターセクシャルだという事を話して良かったのかな?と思っていました。又、あまり知られていない体質?障害?病気?なのか分からないですけど、症例なので、ほとんどの人達は知らないだろうし・・・。この前、図書館で、「半陰陽の世界」という本を借りた時も、書庫から出してもらったんですけど、「半陰陽?の世界?」と司書の人が「???」という顔をしていたので、司書の人でも知らないんだなぁと思いました。

 私自身は、結構、例えば、「ひきこもり」の人達がオープンにしているように、「インターセクシャル」だという事もオープンにしたいという気持ちはあります。その点で、ネアリカで、色々話せれば良かったんですけど、やっぱり、話しにくい事ですよね。AKIRAさんにも、そういう意味で、気を使わせてしまったのではないか・・・と思っていました。言うと負担になる事っていうのもありますよね。

 ヒジュラの本は何冊か持っています。私はインドに行った事がないので、本物のヒジュラに会った事はないです。ただ、インドでライ病人のお世話をしていた人が知り合いにいるので、その人から色々話を聞きました。「聖と穢れ」っていう定義付けというか、立場が凄いな・・・とちょっと思いましたよ。「聖なる者であると同時に穢れた者」っていう・・・。お祭りなどで、シャーマンを勤めると同時に売春する事もあり、穢れた者として忌み嫌われるというのは、凄いですね。凄いという言い方も変かもしれないですが、「普通」の立場としては、認められないんだなと思いました。日本では、半陰陽という人間の存在場所はないに等しく、隠蔽されて、無言の圧力をかけられているような気がします。「無視」「無関心」というのは、私は、ある意味、一つの精神的暴力だと思っているので、そういう意味では、日本で半陰陽であるという事は、辛いことかな・・・と思います。

 確か、ネイティブ・アメリカンの世界でも、「ベルダッシュ」っていう人達がいたとか・・・。その人達は半陰陽などの人達で、やっぱり、シャーマン的役割を担っていたみたいですけど、居場所があったんですよね。その事を考えると、文明っていうのは、もしかしたら、「退行」しているんじゃないか・・・とか、「酷くなっているんじゃないか」みたいな気はします。昔の方が良かったのかもしれないです。

 日本では、子どもとして、生まれて、初め、大抵の半陰陽の人は孤独です。多分よっぽどの事がない限り、自分と同じ半陰陽の人を見つける事は難しいと思います。それで、自閉するというか、心を閉ざしたり、心に傷を作る事が多いです。子どもの頃は、無知で、無邪気で、楽しく過ごしても、思春期になると、周りの人達との違いは出てくるし、「男女」という差が激しくなります。子どもの頃は性別関係なく遊んでいても、中学生くらいからは、段々男女分かれて過ごすようになりますよね。

 男女っていうのは、意識なのか?それとも、本能なのか?と考えると、私にはよく分からないです。後から刷り込まれるものなのか、「第二の性」みたいにボボワールさんでしたっけ?が言っているように後で社会的に教え込まれるものなのか・・・。それとも、本能的に生まれた時から持っているものなのか・・・。どっちにしても、「男女・性差」というのは、無意識に深く刻み込まれていて、言葉に出さなくとも、無言の規律みたいなものが社会の中にあるような気がします。「男というのはこういうもので、女というのはこういうもの」というような・・・。

 そんな中では、半陰陽の人というのは、多分「違い」みたいなのを本能的に感じていると思います。私の場合は、比較的支障のないタイプの「精巣性女性化症候群」で、見た目的、外形的には、女性として育ちますが、(中には、どちらともつかない真性半陰陽の人もいて、そういう人は外形的にもかなり違うと思います。)「違い」みたいなものは感じていました。「どっちでもない」ような「どっちでもある」ような、男女とかそういうものではない・・・ような複雑な精神構造というか。刷り込まれているので、防衛的に女性を演じる事が多いですが、心の奥底では、「男の人のような部分がある」ような違和感みたいなものを感じ続けていました。

 人間には、オーラみたいなものがあって、雰囲気とかパワーとか、「気」みたいなのを身体の周りに発していると思いますけど、外見がどうであれ、見た目がどうであれ、身体構造的にも、体質的にも、普通の男女とは違うのだろうな・・・と思います。ヒジュラの人達も、子どもの頃に「ヒジュラ」と認識されたら、「ヒジュラ」として、コミューンみたいな所に連れていかれるのですよね。又、多分「ヒジュラだ!」等と言って、歩いていると騒がれたりするのだから、雰囲気的に独特の何かがあるんだろうな・・・という気もします。

 今は社会で、「ジェンダー」が語られたり、「男女の違い」についても、比較的自由になっているのか、「女らしい男の人もいれば、男らしい女の人もいたりする」みたいに捉えられ始めている気もするし、「性同一性障害」の人達も活動を始めました。私の知り合いにも、「性同一性障害」として社会的に活動している人が沢山います。後、「ゲイ」の人とか「レズビアン」の人とかもいます。

 でも、難しいですね・・・。半陰陽・インターセックスというのは、なんだか、「ジェンダー」で語られるものとは又別物という感じもするのです。そういうジェンダーみたいなものも、結局は男女の範疇で語られているというか・・・。そんな気がします。だから、半陰陽の人達というのは、そこにうまく当てはまらない・・・。という気がします。そんな感じで、「ヒジュラ」の人達も差別的扱いを受けるのかもしれないですね。どっでもなく、男女の枠に当てはまらない・・・。どっちにもなれない・・・。化け物的扱いとか。見せ物的扱いとか。

 動物だったら良かったのかなぁ・・・と思うときがあります。人間も動物かもしれないですけど、純粋に動物だったら、例え半陰陽であっても、そのまんまで、多分存在するだけで、ありのままの形で、ボーッといるんだろうな・・・と思うと、人間に生まれて、社会的刷り込みやら、規制がある中で、本来の身体感覚とか、精神構造を自由に表す事が出来ないなら・・・動物であったら良かったんだろうな・・・と思ったりします。

 多分アメリカとかイギリスとか(アメリカとかイギリスの半陰陽の人の話を聞いたり読んだりすると。)でも、日本と状況が同じだと思うのですが、半陰陽に生まれたら、男女どちらかの枠に当てはめるために、色々と弄られます。身体が見た目的に例えば、小さいペニスだったとか、女性にしては大きい陰核だったりしたら、手術で取られたり、内部の生殖器も切除されたりします。大抵は小さい頃にです。極端な話だと、「この顎のラインは、女らしくないので・・・」という事で、顎の骨を削られたり・・・という話も聞きました。

 ある意味、そういう施術みたいなのは、犯罪かもしれない・・・と思います。子どもの頃に、身体を弄られて、なんだか分からないままに、放置される。誰の身体かというと、自分自身の身体なのに。色々と弄られて、大抵は、薬を服用しないといけなくなります。又、性的器官や、ホルモンのバランスというのは、かなり重要な物で、「元気の素」「パワーの源」「リビドー」みたいな人間の根本の部分みたいな所があるので、アンバランスになって、様々な所で、支障を生じます。ただ、中には、未発達な性的器官が悪性腫瘍化する人もいるので、手術が必要な事もあります。でも、私的には、「もしも、癌になっても、それが自然なのだったら、そのまま死ぬのがいいんじゃないか。」みたいに思っています。

 性的な事ってもの凄く重要ですよね・・・。人間の根本の部分で、デリケートな部分でもあるし、中心だという気がします。ヒエラルキーみたいに人間の精神が構築されているとしたら、多分ですけど、「性」みたいなものが、土台となっているのじゃないかな・・・と思います。そこが、揺らぐのが半陰陽かな?と思います。普通の人であれば、安定して、固定されているはずの性意識が揺らいでいるというか。それで、性的な事って、それだけ重要な事なので、誰もちゃんと語らなくて、隠蔽されてしまう・・・というか。五体不満足で、乙武さんが「障害者でも、他の人達と変わりない・・・と言ったら、受け入れられるけれども、性の関わった半陰陽者が同じ事を言ったらどうなんだろうか?と考えた事があります。乙武さんは、普通の男性であり、そういう意味では逸脱していなくて、健康的なイメージという事がありますよね。

 ある意味、「性同一性障害」の人の方が幸せだとも思います。彼ら・彼女らは、「男女どちらか」というのがはっきりしているから・・・。それは、肉体の性と逆転した性意識を持っているのかもしれないですけど、安定して、はっきりしているという意味では、幸せな事だと思ってしまいます。

 なんだか話がこんがらがってきましたけど、うだうだとそんな風に色々考えています。

 私は、多分、ホルモンのバランスのせいだと思いますけど、「肉体と精神のバランス」が崩れていて、そのせいで、広汎性発達障害みたいになっているらしいんですけど、自閉症の人の中には、結構、「ジェンダー意識」とか「性意識」みたいなのが、複雑な人達がいます。面白いなと思います。「無性」みたいな人もいるみたいですから・・・。ドナ・ウィリアムズさんという人が「自閉症だった私へ」という本を書いていますが、彼女も「無性」だと自分で言っています。わかりにくいですけど、「性意識がまったくない」のか、「リビドー的に誰かに性リビドーが向かう事がない」らしいです。(「心の理論」という論文を書いた人がいるのですが、その人は、「高機能自閉症は、超男脳の人達」という突飛な事を書いています。)又、統合失調症の人の中でも、「性的意識」が混乱しているのか、把握出来ない人がいるという話もききました。反対に、「性衝動過多」みたいな人もいるみたいですね。

 だから、隠されてはいるけど、かなりの数の様々な性意識を持つ人達がいるんだろうなぁ・・・と思います。人それぞれで、色々な人がいて、多分千差万別というか。そんなに固定化されるほど、男女っていうのも簡単に割り切れるものではないんだろうなと思います。

 私は前世に興味がありますけど、というか、信じていますけど、スピリチュアルな価値観から言ったら、どうして、半陰陽に生まれる必要があるのか?というのは日々疑問に思っています。足の障害とか目の障害とか、身体障害とか精神障害は何となくですけど、「意味があって、魂を磨くためにそうなったんだろうなぁ」と思いますけど、性的な疾患というのは、どうして、なんの意味があってそうなっているのか、ちょっと謎です・・・。何を学ぶためなのでしょうか?男女としてでなく、根本は「人間だ・性別はどうでもいい」という事なのかな・・・とも思っていましたけど・・・。私には、まだよく分からないです。幸いなのか、どうなのか、こういう身体に生まれたことで、内面を掘り下げたり、霊的?な事とかを追求する傾向があり、自然で、隔たりのない植物や木々の世界に近づいたりする事が出来たけど、それも意味があるのかな・・・とかも思います。

 すみません。なんだかまとまっていないですけど。何でも聞いてもらえたら、出来る範囲で、私の意見とか感じ方とかは、答えられると思います。(ジェンダーとか男女などって、あまりに大きな範囲の問題で、何から話せばいいのかよく分からないです・・・。具体的にAKIRAさんの方で疑問があったら聞いて下さい。)

 結構、半陰陽という存在を知っていて、「酷い経験ばかりしている可哀想な人達」という見方をする人もいますけど、手術しても、あまり身体のことにかまわず、平然と(実際のその人の気持ちは分からないですが。)している人もいれば、告知されない人も居ます。告知されても、あまりショックも受けず、男女の普通の社会で平坦に暮らしている安定した人もいます。私の知り合いでは、私と同じタイプの人で、「普通の女性だと思っているから」と言って、逞しくしっかりと看護婦さんとしてバリバリ働いている人もいます。あんまり気にしない、おおらかな人もいますね。千差万別ですよね。子ども産んで、お父さんになってしまった人もいます。(真性だったんですね。)彼は結構逞しく、精神的にはりがあり、パワフルです。お母さんがお父さんになっちゃったら、お子さんは吃驚したと思いますが・・・。でも、中には本当に酷いショックを受けたり、人間不信になったり、心を壊してしまう人がいる事も事実です。

 最近では、「ワンモアキス」という漫画雑誌で六花さんという漫画家の女性が、IS−男でも女でもない性・・・として漫画化しています。八月八日発売号に載っていたと思います。

 最後に・・・ネアリカの牛が母乳をドバッと出していて、精子のような魂のような物が地球の周りを回っている絵はジーッと見ていて、「はっ」と思いました。20歳頃に、特にドラッグとかをしていた訳ではなかったのですが、臨死体験みたいなのをしてしまい、私も同じようなビジョンを見た事があります。(かなり頭おかしいのかもしれないですけど・・・。)私の場合は、同じように魂?みたいなオタマジャクシみたいなのが地球の周りを回っていましたが、地球の上で光っている生命の集合体みたいなのがキラキラ動いていました。それは、地球上の生命が合わさったものなんだろうな・・・と私は思っていましたけど。でも、そういう話は、なんだか変な人だと思われてしまいそうなので、あんまり人にしないですが・・・。その後で、「チベット死者の書」だったと思うのですが、同じような体験の事が書かれていたので、ちょっと安心しました。

8 september(mon)
17 lunar moon

 生まれてはじめて「マイ箸」をつかった。
 家の近所に最近オープンしたチェーン店のラーメン屋は混んでいた。カウンターに座り、味噌ラーメンを注文する。
 いやあ、こんなに緊張するとは思わなかった。
 座ってすぐとりだすというのも「わたしはマイ箸主義者ですよ」と主張してるようでわざとらしいなあ。圧倒的多数である割り箸主義者を軽蔑し、敵にまわす気だと思われたらたいへんだ。
 客もウエイトレスも料理人も割り箸主義者だし、多勢に無勢、勝ち目はない。いっせいに襲いかかられマイ箸をボキボキに折られ、割り箸による「乳首つまみの刑」を受ける危険性もある。
 ついにラーメンが運ばれてきた。
 オレはジョン・ウェインのごとく電光石火で「箸ベルト」からマイ箸を抜き取り、くるくるっと空中に放り投げ、スチャッと指先で受け止めた。なんてことすると目立つし、だいいいちできわけないんで、おずおずとポケットからとりだした。
 籠編みのケースにはいったインド製の木製箸だ。しかも頭にはシマウマちゃんがついている。インド雑貨屋の閉店セールで、1200円のを200円で買った。
 安さとシマウマちゃんの可愛さにひかれたのだが、やはりシマウマちゃんは目立つ。
 ウエイトレスが去りぎわに一瞥してかすかに笑った。
 たしかにひげ面の
ドレッド男にシマウマちゃんが似合わないことなどわかっている。しかし自意識過剰に陥っていたオレには、彼女の微笑みのなかに「なあに、このひとー!」という軽蔑がふくまれているような気がした。
 気分を取り直してラーメンをすする。
 なだらかな四角に削られた先っちょは、なかなか引っかかりがいい。さすがインド製だけあって片方が5ミリほど短いが使いやすいぞ。
 なんとなく視線を感じてとなりを見やると、ひとつ席をへだてた背広男があわてて目をそらした。彼の視線にトゲを感じた。「割り箸は間伐材のリサイクルだぞ」とか、「環境保護を見せびらかしてんじゃねえよ」いってるような気がした。
 環境保護というよりも貧乏なんで、工夫している。トイレのタンクに河原で拾ってきた石をつめた2リットルのペットボトルを沈めているし、冷蔵庫には透明なビニールシートをたこ足に切ってつるしている。ガスも、スーパー活力鍋(圧力鍋)をつかっているので白米なら沸騰してから弱火1分で炊きあがる。以前は「他人の家にいって電気消しまくる人いるよねえ」とバカにしていたのに、おとといタケちゃんの家にいって電気消しまくる自分を発見した。
 そのくせパソコンは自動スリープでつけっぱなし。コンピューターエンジニアのいとこが「いちいち終了させると調子が悪くなるし、スリープでも月300円くらいだよ」というアドバイスをくれたからだ。
 だいたいにおいて物もちが異常にいい。
 25年も前に買った吉田カバンの布製デイパックやLLビーンのショルダーバッグは今も健在だ。ひとつの割り箸を2年間もつかっていたり、今つかっている菜箸も6年前にアイヌモシリ1万年祭でもらったものを先が丸くなるとカッターで削っている。
 だめだ、神経過敏になってラーメンの味がわかんなかった。
 マイ箸をコップの水に浸し、ティッシュでぬぐってさやに収める。
 オレのマイ箸修行は今日からはじまった。たとえ1メートルもあるマイ箸と巌流島で決闘しようとも、負けないように技を磨こう。
 さすがに二刀流は目立ちすぎだし、いっそインド人のように手づかみで食うか。
 その名も……
 宮本無箸 。

 ご迷惑をおかけしております。(工事現場の看板風)

9 september(tue)
18 lunar moon

 「月と火星のキス」
 地球と火星との距離は5575万8006キロになり、これよりも接近したのは6万年前で、つぎは284年後だからオレたち生きてない。
 慈悲の女神と軍神マースがくっつく。
 「月の泣きぼくろ」、
 「赤い鼻くそ」、
 「一滴の血」などと、
 それぞれの解釈でメールがきた。
 もちろんこれは「地球の視点」からだ。インコースにいる地球からアウトコースの火星や月を見ている。
 アクション場面満載のハリウッド映画より、ささやかな星の運行に感動してしまうのはオレだけじゃないらしい。
 日光の夜空は真っ黒だぜ。
 都会に住む君たちは6万年に1度のハリウッド(Holy Wood=聖なる木の)超大作を見逃してしまったらしい。

11 september(thu)
20 lunar moon

 911から2年がたつ。
 ひさしぶりに当時の日記を読み返した。
 いとこが貿易センターで被爆した状況をリアルタイムで伝え、2日後には彼からの生々しいメールを紹介している。マスコミや作家達がパニクるなか、的確な判断で状況を分析し、意見している自分に驚いた。
 犠牲者がカムイモシリで幸せに暮らせるよう、そして生者がこの世界で平和に暮らせるよう、
 祈る。

12 september(fri)
21 lunar moon

 ついに大作「photowarks」を完成した。
 いつか写真家としての仕事もまとめようと思っていたが、ネアリカに追われて手がまわらなかった。旅をしながら撮った膨大な写真群をひっかきまわし、作品として成り立つものだけを厳選した。
 写真作品をスライドショーのように見せたいという野望を描いていたが、オレの技術では動画ソフト「フラッシュ」をあつかえない。そこへとんでもない救世主が登場したのだ。
 「アニマトリックス」コンビである。
 ユウちゃんとナオちゃんは世界的なアニメクリエーター森本晃司監督の制作会社でウェブデザインやCGを担当している。
 「ネアリカに参加したかったが終わってしまって残念」というメールを受け取ったので、「よかったら写真作品を手伝ってくれませんか?」とたのんだ。
 今日、世界の「アニマトリックス」コンビは10時間ぶっつづけで2台のコンピューターにむかい、オレの写真作品を完成させてくれた。
 しかもナオちゃんは明後日のイベントに間に合うようにと、ニューアルバム「もしもボクが死んだら」のデザインまでしてくれた。
 「すごい!」をとおりこして涙、涙、涙……。
 オレの預金通帳はいつも空だけど、
 「友情預金の長者番付」は絶対世界一だ。

15 september(mon)
24 lunar moon

 新宿ロフトプラスワンでおこなわれた「アングラ風月堂2003」トーク&ライブに出演した。
 30年前に閉店した風月堂は60,70年代においてヒッピーたちのメッカだった。その中心にいたのがゲストのサカキナナオさんとポン(山田塊也)さんだ。30円のコーヒーで1日中ねばり、ハイミナール(睡眠薬)をキメながら、芸術を、自由を、反抗を論じ合った。
 長髪にヒゲ、 当時は誰もはかなかったジーンズの短パンで日に焼けた足をさらし、無一文で日本中を放浪した。
 自然を愛し、自由を求め、奄美の諏訪之瀬島など日本中にコミューンをつくった。
 しかし高度成長からバブルにつづくお祭りのなかでほとんどのヒッピーたちは企業戦士に変身し、現代の若者たちから自由を奪いつづけている。
 そんななかナナオさんやポンさんは最後まで意志を貫き通した「本物の人間」だ。
 経済神話が崩壊し、大人の偽善を見破る若者たちは「本物の人間」の存在に気づき、サカキナナオさんとポンさんはさまざまなイベントに招かれている。
 打ち上げでは彼らのとなりに座り、いろんな話を聞かせてもらった。
 ナナオさんが子どものころ、本物の頭蓋骨を墓場にとりにいく肝試しをやった。足のない幽霊があらわれ話しかけてきたという。
「おれの子どものころはお化けなんか見るのはあたりまえで、珍しくもなかった。そこらじゅうにうようよしてたぞ。けどなもうお化けはいなくなっちまった。だってお化けの栄養は人間のイマジネーションだからな」
 80歳になるナナオさんは真っ白いヒゲをなぜながら豪快に笑う。明日は八ヶ岳に登るというから健脚は衰えを見せない。
 ポンさんは酸素吸入器を引きづりながらもウイスキーの水割りをぐいぐいあおる。なんと「アイヌモシリ1万年祭」を15年前に命名したのはポンさんだったのだ。その祭りが今では1000人以上を集める大イベントになったことや、アシリ・レラ(山道康子)と富士山に登った話をすると、やさしい目を細めて喜んでくれた。
 彼らが灯したたいまつを第2世代のジュンさん(このイベントの主催者)にわたし、第3世代のオレから、今君たちに手わたすときがきた。

19 september(fri)
28 lunar moon

 またもや関口医院長の招待で、烏山にいってきた。
 「貧乏神髄」川上卓也くんとも2ヵ月ぶりだ。関口さんの病院で働く美女3人組はべてるの総会にもいっしょに参加している。
 岡崎という料亭は奇跡のように新鮮な魚をだしてくれる。鼻先が30センチもある赤魚サガラ、ハモ、もどりガツオの刺身は絶品だ。地元那珂川でとれた鮎の塩焼きに頭からかぶりつく。
「しかし関口さんも変人だよね、なにが楽しくてオレたち貧乏人にこんな美味いもんを食わしてくれんだろう。そうそう、オレはこの2ヵ月で8キロやせたぜ」
 体脂肪10パーセントという驚異的な記録をもつ川上くんに自慢した。女の子たちからも「やせたー、やせたー」と賞賛の声が飛ぶ。有頂天になるオレに、川上くんがぼそぼそと答えた。
「じつは前回体脂肪を計った温泉にさっきいってきたんですよ。そしたら8,9パーセントになってました」
「な、なにいー!」一同唖然。
 100メートル走じゃないんだから、9の壁を破ってどうすんだ。2ヵ月で1パーセントづつ減っていったら、1年半後には脂肪が消えてしまうじゃないか。
 川上くんの家のとなりには精米工場があってこの5日間は24時間稼働していたために窓が開けられなかった。開けると騒音だけじゃなく大量の籾カスが部屋にはいってきてしまうからだ。夜も眠れず悶々と汗をかきながらふとんの上をのたうち回っていたという。
 ううむ、恐るべき貧乏修行。
 今回もオレの負けだ。

21 september(sun)
2 electric moon

 さぶい!
 さぶいぼ!
 日光はすごいぞ。
 マジでストーブを引っぱり出しちゃったよ。
 フリースを2枚も着こんで、ビーチサンダルからドラえもんのスリッパに履きかえた。
 灯油の燃えるキャラメルみたいな匂いに、ネアリカンたちを思い出す。
 去年の秋冬は、すきま風に震えながら必死で毛糸を植えつけていたよ。

 残暑も終わり、芸術の秋だなんだなあ。
 敬愛する女性芸術家レニ・リーフェンシュタールが死んだ。
 9月8日の夜、ミュンヘン郊外の自宅で亡くなった。101歳だったというから驚きだ。
 ヒットラーのドキュメンタリー「意志の勝利」や、1936年のベルリン五輪を撮った「民族の祭典」と「美の祭典」をオレもビデオでもっている。
 ナチズムを美化し、他の作品で強制収容所のロマ族(ジプシー)を利用したことで、「ヒトラーの愛人」などと戦犯扱いされた。
 1902年8月22日、レニはベルリンの裕福な家庭に生まれ、10代はダンサーとして成功する。22歳のとき膝の怪我でダンスをやめ、映画初出演で主演主役を務めた「聖山」が大ヒットする。自らも初監督・主演した「青の光」がヴェネチア映画祭で銀賞受賞するが、ヒトラーの演説に魅せられてしまう。
  ヒトラー宛に自分から熱烈な手紙を書き、直接ヒトラーに会いにいく。のちのちまで裁判でつっこまれたのがこの積極的行為だった。
 ヒトラーにナチス党大会の記録映画「意志の勝利」、「オリンピア」(1部「民族の祭典」2部「美の祭典」)を依頼され、ヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞する。
 1939年に第二次世界大戦がはじまり、42歳のとき山岳兵と結婚するが、1945年アメリカ軍に逮捕されザルツブルグ刑務所へいれられ、いったん釈放されたもののフランス軍に逮捕され女性刑務所にはいる。
 ヒトラーが自殺し、第二次世界大戦が終ってからも、精神病院に3ヶ月収容される。ニュルンベルグ裁判(1946年)では「ナチの政治責任なし」と無罪証明されたが、「ナチの同調者」と格付けされてしまった。
 1956年(54歳)に映画「黒い積荷」製作のため、はじめてアフリカへいった。そこで動脈が頭から飛び出すほどの自動車事故にあうが奇跡的に助かり、病院のベッドでヌバ族の写真と出会う。
 スーダン学術探険旅行に同行し、マサキン・ヌバを撮影する。1973年に出版された写真集「ヌバ」は世界中にセンセーションを巻き起こした。
 71歳を50歳とごまかしてダイバーズライセンスを取得し、1978年に水中写真集「コーラルガーデン」を出版する。
 76歳のときスキーで大腿骨を骨折したり、98歳のときヘリコプターで墜落するが、またも奇跡の生還を遂げている。
 こんな不死身のババアどこにもいないし、飽くなき好奇心にはあこがれるよな。
 創作への執念は死ぬまで衰えることはなかった。
 なんとラッキーなことに、不死身ババアに渋谷で会えるぞ。
 48年ぶりの新作「ワンダー・アンダー・ウォーター」が現在シネセゾン渋谷でモーニングショー(朝10時〜)をやってる。10/4(土)からはレイトロードショー(夜9時15分〜)される。
 死によって彼女の作品が正当に評価される日がくるだろう。
 芸術とは「善悪」で評価されるものではなく、
 「美の深度」によって計られるものだから。

23 september(tue)
4 electric moon

 北大の友恵ちゃんと明大のヤスくんがきて、いっしょに墓参りをした。
 オレは世界的な祝日である秋分の日が好きだ。
 太陽が真東から昇り、真西に沈み、昼と夜の長さが同じになる。この日に「彼岸」をあてはめたのは日本くらいで、他の仏教国にはないらしい。
 仏教では「西方浄土」と呼ばれるとおり、極楽浄土は「西」にあると考えた。真西に太陽が沈むってことはストレートに極楽浄土へ導いてくれる「白道(びゃくどう)」と示していると考えたんだろう。
 それに昼と夜の長さが同じってのは、ブッダのいう「中道」だしね。死者の住む彼岸と生者の住む此岸がつながる中間の日だ。
 祝日の法令には「自然をたたえ、生物をいつくしむ」、「祖先をうやまい、無くなった人々をしのぶ」と書かれてる。
 戦前の神道でも「春期皇霊祭」「秋期皇霊祭」と祭日だった。農耕民族である渡来人にとって春分の種苗と秋分の収穫は重要だったのだろう。
 お供えするぼた餅とおはぎっておんなじじゃんと思っていたが、ぼた餅は「牡丹餅」、おはぎは「御萩」なんだって。牡丹の花は春、萩の花は粒あんで小さめにつくるらしい。
 今日メキシコのマヤ遺跡チェチェンイッツァでは「奇跡」を見に世界中から何万人もが集まってきてるはずだ。マヤの救世主である「羽毛の蛇ククルカン」があらわれるのだ。
 ピラミッドの最上段から階段に沿ってギザギザの影が伸び、あたかも巨大な蛇がくねるように降りていく。ついには最下段に彫られた蛇の頭と合体し、「羽毛の蛇」は完成する。

 ネアリカの掲示板に京都の美和ちゃんからこんなメッセージが描き込まれた。

 突然ですが、うちの姉が今妊娠中なのですが赤ちゃんの調子が良くなく、
 腎臓も腫れていてこのまま生まれたらNICU未熟児集中治療室に入らないとだめみたいで、
 10月中旬が予定日なのですがもしかしたら、9月下旬になるかも。正直、不安です。
 本人も寝れないみたいで。聞いてるだけでキツイデス。
 どうすることも出来なくって、思いつくのは祈るだけで。
 できれば皆さんにも一緒に祈って頂きたいのです。
 一瞬でいいです。お力を貸して下さい。
 イアイライケレ

 彼岸はカムイモシリ(神の国)に祈りが届きやすい。ネアリカで美和ちゃんといっしょだった人や知らない人も、もしよかったら祈ってくれ。

イ・レス フチ        育ての火のお祖母さん
モシリ コロ カムイ     大地を守るお祖母さんは
タン シ・パセ カムイ    真に重い神様で
ネ ルウエ・ネ クス     あられますから
リクン モシリ ワ      天方の世界から
カムイ トゥラ・ノ      さまざまな神様たちとともに
タン アイヌ モシリ     この人間の世界
ウ・レシパ モシリ      育みあう大地
モシリ セルマク       大地の背後を
チ・コ・プンキネ       お守りください
ネイ・タ パク・ノ      いつまでも
モシリ エピッタ       大地のいたるところ
ウ・レシパ クル・カ     万物があい育ちますように
カムイ・オ・インカル クニ  神様がお見守りくださるよう
ク・エ・イノンノ・イタク   わたしは心から祈り
キ ハウエ・ネ ナ      申し上げます

24 september(wed)
5
electric moon

 メキシコ旅行の打ち合わせにいってきた。
 メンツは作家のランディさん、編集者のタッキー、カメラマンの大将(塩崎庄左衛門さん)の4人だ。スポンサーである角川書店で待ち合わせして、近くの中華料理屋にいった。
 去年のメキシコ旅行もランディさんや川内倫子さんと中禅寺湖でキャンプしたときに決めたし、今日オレは中米旅行を決心した。
 彼らとメキシコを2週間まわったあとに、オレはひとりで旅をつづけることにしたのだ。グアテマラ、ベリーズ、エルサドバドル、ホンジュラス、ニカラグア、パナマをまわろうと思う。
 本人も気づいてはいないが、ランディさんの秋田犬のような眼は「Go ! 」サイン効果があるようだ。
「これだけ個性の強い4人が2週間もいっしょに旅したら、きっとトラブルよね」オレが言う。
「トラブってあたりまえでしょ。アキラさん前ふりするってトラブルを恐れてんじゃない?」タッキーがつっこむ。
「あっ今の会話で思い出したけど……」ランディさんが受ける。「去年アイヌモシリ1万年祭にいったとき加納さんがカバラの占いをしてね、アキラさんの生年月日をたした数字が調和を意味するものだったの。おぼえてる?」
「さっぱり」と答えた天然アルツのオレにランディさんは素敵なことを言ってくれた。
「そんときアキラさんは、調和なんて自分といちばん遠い言葉だなあなんて言ったの。そこであたしは目的と手段はちがうって説明したのよ。アキラさんは調和を目的だとかんちがいしてるから、自分は調和とほど遠いって思ってる。でもね、アキラさんは人を調和させるという特別な武器を持っているの。それは目的じゃなく、手段なのよ」
 たしかにオレは複数の人間が集まると、妙に気を使ってしまうとこがある。子どものころ不仲な両親に「ケンカしないで」と何度もわってはいったことがトラウマになっているのかもしれない。
 ランディさんに「調和は目的じゃなく手段」と言ってもらって、ふうっと楽になった。
 たぶん「わかりあう」ことを目的にすえていた義務から解放され、一瞬でもわかりあえたら奇跡のようにラッキーと思えてきたんだ。(ランディさんがそのことをメルマガで書いたとき、オレは理解する準備ができていなかった)
 録音した自分の声をはじめて聞いたときの違和感をおぼえているかい?
 これほど自分で自分を見たのセルフイメージと、他人が自分を見たパブリックイメージはまったくの別人なんだろうな。
 自分では長所と思いこんでいた部分を批判されたり、短所と思いこんでいた部分を賞賛されたりする。
 「本当の自分」とか、「ありのままの自分」なんてのは、幻想だとわかってる。
 社会生活をいとなむかぎり、セルフイメージとパブリックイメージはついてまわるけど、
 あんまり演じすぎないようにしようと思った。
 だって疲れちゃうのは自分だもん。

25 september(thu)
6
electric moon

 おとといの日記で美和ちゃんのお姉さんの安産を祈ってくれと書いたが、ネアリカンやみんなの祈りが届いたようだ。

 今朝、姉が無事男の子を出産しました!
 自然分娩で2250gと小さかったのですが普通の新生児室に入る事ができました。

 今日は「Photoworks」に3作品をアップした。

 火炎龍 Fire dragon(Japan)は、ろうそくや焚き火、ファイヤーダンスを撮ったものだ。
 闇夜に浮かびあがる火にエクスタシーを感じるのはオレだけじゃないだろう。

 物顔 Face of object(World)は、人の顔に見える物を集めてみた。
 フランスの墓地、チュニジアの建物、東芝の炊飯器まである。最後の電線巻きがタバコを吸うヤクザ風で好きだ。
 コンセプトは「神が自分に似せて人間をつくったのなら、人間も自分に似せて物をつくってるはずだ」

 死んだ母、それはいちばん美しい母 Dead mother is the most beautiful mother(Japan)はたまたま彼岸の中日につくった(つくらされてしまった?)。
 悪趣味と思われるかも知れないが、オレ自身のために母の死を風化させたくなかったからだ。
 誰にでもいつの日か必ず死はやってくる。
 少なくともオレにとって死を見すえることは、今ここにある生に、世界を呼吸できるという奇跡に、感謝しつづけるためだ。

28 september(sun)
9
electric moon

 北海道ではまだ余震がつづいている。
 台風が去ったと思ったら地震がきて、二風谷のレラ(康子)さんや浦河の「べてるの家
」が心配だった。佐々木社長が毎朝電信柱をキックしたり受け身の練習をする浦河漁港は津波の被害を受けたし、日赤病院もニュースに映っていたが、べてるに怪我人はいないそうである。逆にトラブル慣れしている彼らは地域住民を助けているらしい。

 お勧めのイベントを二つ紹介しよう。
 1983年に発表された映画「コヤニスカッティ」は世界中に衝撃を与え、当時ニューヨークに住んでいたオレもLSDをキメながら5,6回見た。ストーリーもセリフもなく、ゴッドフリー・レジオ監督のめくるめく映像美とフィリップ・グラスの感情を揺さぶるミニマルミュージックのみで構成されている。
 「コヤニスカッティ」とはホピ族の言葉で「バランスを失った世界」という意味である。たんなる文明批判を越えて無意識の奥底に訴えかけてくる傑作である。
 この「トリロジー」3部作は、2作目「ポワカッティ」(変容する世界。1987年)、3作目 「ナコヤッティ」(戦争のような世界。2002年)で完成した。
 それがなんと日本で初演される。フィリップ・グラス率いる楽団の生演奏で! チケットが9500円は痛いが、迷わず予約した。

 10月17日(金) 「コヤニスカッティ」
 19時開演(18時30分開場) 上演時間87分
 10月18日(土) 「ポワカッティ」アフタートークあり。
 17時開演(16時30分開場) 上演時間104分
会 場  すみだトリフォニーホール
 JR錦糸町北口下車徒歩3分 営団地下鉄半蔵門線錦糸町駅[出口3]より徒歩5分
 S席9,500円  A席8,500円 (全席指定、税込み、両日共)
 問い合せ  カンバセーション 03-5280-9996


 もうひとつのイベントは友人から「ホームページで紹介してくれ」とたのまれ、「つまらなそうなら断ろう」と思っていたところへチラシが送られてきてびっくりした。
 なんとオレが注目してた現代音楽家、藤枝守さんの「植物文様」のコンサートではないか!
 「Patterns of Plants ― 植物文様」はオレの愛聴版である。 植物の葉につけられた2つの電極から繊細な電位変化をコンピューターで読みとり、メロディーに変換させたものだ。いわば植物の「言葉」や「歌」を箏(琴)や笙の雅楽器とハープシコードなどで「翻訳」した、前衛でありながら根元的な作品だ。アマゾンのジャングルで断食していたとき、植物たちのおしゃべりに耳を傾けていた記憶がよみがえる。
 今回のコンサートは「植物文様」の演奏にのせてアメリカ先住民の詩を高樹沙耶さんが朗読する。

 10月11日(土)18:00開演。鎌倉芸術館小ホール(JR大船駅から徒歩10分)。全席指定4000円。
 問い合わせ 鎌倉芸術館チケットサービス 0467-48-4500

 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
 すべての声が、わたしの中で合唱している。
 すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。  
 あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。

 今日は死ぬのにもってこいの日だ。
 わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
 わたしの畑は、もう耕されることはない。
 わたしの家は、笑い声に満ちている。
 子どもたちは、うちに帰ってきた。
 そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。

 「今日は死ぬのにもってこいの日」より。ナンシー・ウッド著。めるくまーる刊。

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