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★ケイスケのミクシ日記より抜粋
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どんぞこ! in新潟その1
(AKIRAと月乃さん@缶詰カフェ)
ついに念願の「こわれものの祭典」に行ってきました。これもさまざまな縁で実現したことです。
まず仕事がなくて暇なことに感謝。高速バスが思ったより安かったことに感謝。AKIRAの歌の吸引力に感謝。月乃さんはじめ、こわれものタレントたちの魅力に感謝。ぼくの直感力行動力に感謝。
・・・ということで、二十年ぶりの新潟市。
ぼくは前日から新潟入り、「NAMARA缶詰カフェ」で行われた、AKIRAのソロライブから聴いた。AKIRAは、ぼくのことを自分のブログで「広島の火をメキシコまで運んだ人」として紹介してくれていたのだが、最初からばっちりハグが気持ちよかった。彼の言っているLove
and Painという言葉が体温から伝わってくるようなハグ。
AKIRAの紹介で新潟ではどこへいっても「広島の火の人」ということになり、あらためて、ぼくはそういう役割を持っている人間なんだなぁということを確認した。ぼくの今世紀のスタートを決めた大きなイベントだった。
(詳しくは、ブログの中のこの記事を見て下さい)
「中米に渡った広島の火」 全3回
http://jkeisuke.seesaa.net/article/7761194.html
http://jkeisuke.seesaa.net/article/7761656.html
http://jkeisuke.seesaa.net/article/7762110.html
AKIRAのメッセージは、著書や作品などで接していたけれど、実際に歌で声で目の前でぶつかってくる、その生々しさにかなうものはなかった。今回のテーマは「どん底」だけれど、「落ちろ落ちろそして目覚めろ、大地が君を受け止める」(旅立ちの歌)と歌われるように、落ち切ったところで見い出す大安心があることを知った。
今回イベント主催の月乃光司さんは、絶叫詩人であり、もとひきこもり、アルコール依存症者である。最初の晩、ぼくはビール、彼はウーロン茶で話す機会があった。絶叫の名からは想像できない、やさしくて生真面目な感じ、同時にすごく変でおもしろい人だ。
遠くから突然訪ねてきたぼくを、すぐに仲間のように扱ってくれたことがうれしい。実際そこに集まってくる人たちは、心の病やからだの障害を持つひとが多く、病気の苦労話ですぐにもりあがる。それにこの仲間たちは、持っている価値観が世間のそれとはかなりちがうようだ。
月乃さんの、「病気でよかった、依存症になってよかった・・」という一連の絶叫詩は、人生の讃歌のように響く。自分の辿ってきた路を全肯定しようとする、「苦楽」を味わいつくして人生を全開に生きる、ステージ上の彼はひきこもりの時のままのパジャマ姿で、いまや堂々と立っている。
ぼくも彼らのあいだに身を置くと、自然と自分のことを語り出さずにはいられなくなってくる。そして、今回の新潟で、ぼくは驚くべき出来事を体験し、そのシンクロにシティーに撃たれ、すっかり身体が洗いつくされたような気持ちになった。
二十年の円環が閉じて、また新たなスタートに立つような、それは体験だった。
どんぞこ! in新潟その2
(新潟市小針の海岸) ぼくは知らない町に行くと、やたらに歩き回るくせがある。土地カンがないので、でたらめにただ歩くのだが、おもしろいものに出会うのが楽しみでもある。店とか、人とか、意味がわからないオブジェとか(いわゆるトマソン)。
新潟の町はとても広い。川がいくつか流れているので、橋も多い。橋のこっちと向こうで景色がちがう。空気が変わる。
ぼくが二十年前に新潟に来たとき、ぼくには婚約者がいた。彼女を訪ねて何回か実家に行ったし、泊まってきたこともある。
今回は空いた時間で、古い記憶をたどって海岸近くの彼女の家周辺を歩いてみることにした。二十年の時間を埋め戻すというか、区切りをつけるいい機会だと思ったのだ。彼女とは決していい別れ方をしたわけではなかった。
そのころぼくは、藤原新也のインド本に夢中で、結婚前に一度はインドへ行かせてくれと彼女と両親を説得し、勝手にインドへ旅立ったのはまず仕方ないとして、あとは御想像の通りになり(想像して下さい)、今日に至るようなわけなのですよ。
彼女からは以来音沙汰なし。そのとき持ち帰ったガンジスの水を去年の春に富士のふもとの山中湖に還した。今度は、日本海に水を還そう、さて、水といったら、今持っているものは体内の水だ。
ぼくは、体内の水を保ちながら、こらえて日本海をめざした。ところが、電車の駅から海岸までは予想以上に遠い。でも、ここで出してしまってはせっかくの儀式がふいになる。ぼくは、異様なまでに、荘厳なフィナーレにこだわって我慢に我慢した。
と、そのとき、御想像の通り(想像して下さい)、カタストロフィーというか、スカトロフィー(造語)というか、、、水のほうではなくて、水よりもより豊かに滋養に富む内容が、ひそかに重力にそって海を憧憬していたのである。
前の晩ビールを飲み過ぎて冷えたのだと、思考が何と言い訳しようと、体は待ってくれない。ああ、海だ。と思ったとたん、憧憬は五臓六腑を震わせ、あくまで厳かにこの世に誕生を見たのであった。
・・・ぼくは、日本海の波打ち際にしゃがみ込んで、佐渡を拝しながらじゃぶじゃぶと洗濯した。いくら洗ってみても、砂まみれになるばかりのチェック柄。あたりの様子はすっかり変わって、砂丘の形も名残りさえとどめず、松林は大きく切り払われて住宅になっている。
あのころは、緊張しまくって、この海岸あたりで彼女の手をつなぐことも、インドへ行く以上の冒険だった。それが今では、こうして想定外の洗濯。。。思わず笑えてしまった。笑うしかない。
荒海や佐渡に横たふ天の川・・・か。
こわれものの一幕。
市内に帰って、あとでこわれものの祭典の中心人物、月乃さんにその話をすると、ぼくのかつての婚約者Kちゃんは、なんと、なんっと! 月乃さんの小学校の同級生だったというではないか。
Kちゃんは、そのころからなんか、美人だった、人気あったよね、というような月乃さんの話をきいたとき、じつは月乃さんが引きこもりしていたころ、ちょうど近くのあの海岸をKちゃんと手をつないで歩いていたんだと想像して、何だかおかしかった。
Kちゃんの話はここで締めくくられる。パンツの汚れとともに、佐渡に向かって想い出は流れていったのである。二十年は終わり、不思議な縁でKちゃんの同級生だった、月乃さんや仲間たちとの交流がはじまった。
おそるべし、こわれもの。こわれものは地球を変える、のでは?
どんぞこ! in新潟その3
どんぞこ!!! と言って笑えるようになるまで、どれだけの苦しみの歳月があったことだろう。ときには、その笑顔を突き破りそうにして、苦しみがわき上がってくることもあるだろう。
それでも、どんぞこ! と言いつつ、冗談を言い、お互いをからかいあい、自分の苦しみの体験をさらけ出す、さらにそれを芸にまでしてしまう。そんな人こそ、真の勇者だと思う。そして彼らのメッセージは、今もそうできずにひとり苦しんでいる人の、生きる力を呼び覚ます。
ぼくは新潟にいって、ずいぶんゆさぶられ、自分の原点に戻された。ぼくもどんぞこだった。
OD(大量服薬)をして、死線をさまよった。精神病院入院、通院、仕事や人間関係の苦しみ、失敗(と自分が思い込んでいることも含めて)、再発、自殺未遂、リストカット、放浪、遁走、そして今また半失業。
精神病患者と、精神病院のスタッフ(PSW)とをかねることは、人から、両方の気持ちが解っていいですね、といわれ、新潟でも何人からかそう言われたけれど、なかなかそれがかえって大変でもある。
精神病院に数年勤めてみて、いちばん感じたのは患者としての自分と付き合いながら、医療や福祉に携わることの引き裂かれるような気持ちだった。どうしても患者側になってしまう。
自分も他の精神病院の通院者。ぼくは同僚にもcoming
outしているのだけど、職場でなにかと病院のシステム・規範と対立してしまうことが多い。とくに患者の管理面や人権のことなどに過敏になる。
病院外で参加するのは、専門家の集まりよりも、当事者の自助グループのほうが多い。勤めのストレスで、いわゆるburn
out、うつ再発、長期休職・・・これって全然自己管理できていません! 患者さんにえっらそうにも、アドバイスしていたことがとても恥ずかしい。ごめん、ぼくのほうがもっと教わらなくては。
その一方で、なんか、勤めていたことで、名誉患者みたいな? 変な意気込みとプライドが生じ、ようしがんばらねば、改革だ、みたいな無理をしたことも事実。書けば切りがないほどバカをやっていました。
新潟で、どんぞこ時代の自分に戻された。今はそれほどどんぞことは思っていないけど、じつはあの時期こそ、純粋に正直な自分が現れていた気がする。
落ちろ落ちろ落ちて目覚めろ! というAKIRAのメッセージ。月乃さんが引きこもりの時のままのパジャマ姿でステージに立ったときの衝撃。ふたりが一緒に歌い叫んだとき、ぼくは泣いていた。何だかわからないけど、爽やかな涙だった。コンサートで泣いたなんて久しぶりだ。
自分でいていいんだという安心の涙だったかもしれない。ちょっとうしろで、どんぞこ芸人・脳性麻痺ブラザーズのDAIGOが、激しく泣き叫んでいた。まるで野獣だ、なんてステージからも冗談で言われていたけれど、ぼくはDAIGOみたいに泣き叫びたかった。誕生の喜びを。いいなぁ、そのたびごとに新しく生まれる泣き声は。。。
月乃さんの透き通った絶叫は最高。AKIRAの包容力とユーモアのある声が最高。芸人たちも声がいい。自分そのままの人たちは、声がとてもいい。大人が泣く声もとてもいい。
新潟で起こったことは、とても書き切れないほどで、感謝あまりあります。マイミクの皆さんも、何人か感想を書いてくれてる。その中でも、"美と雪"が伝えてくれた、ミッチーの言葉にぼくはうたれた。ぜひたどっていって、読んでみて下さい。
Mixiという媒体で、どこまで書けるのか、書いていいのか、まだよくわからない。ブログのほうがどちらかというとまとまったことを書いている。それでも公共の場なので、かなりセーブしてる。
ステージ上で、すべてをさらけ出しぶつける、こわれものの祭典、どん底からの復活は、心底すごいと思う。
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