広島ライブ感想集

★2006年8月6日(日。原爆記念日)広島ライブ スマトラタイガー (中区薬研掘)地図
 18:30開場 19開演 入場2000円+1ドリンク500円
 広島のドン、三代目春駒さんのバンド・Far East Loungeとガチンコ対決!

AKIRAブログ

広島ライブレポート1
広島ライブレポート2

たま

AKIRAさんをしったのは、古本屋でCOTTON100%を見つけ、立ち読みしたらやめられなくなり購入。
読んだら、のたうちまわるほどおもしろくって頭かち割られてそこからH.Pのプログをみるようになりました。
ライブの感想というと、正ー直にいうと、プログで歌詞とか見てるときはちょっと私にはヘビーかも…ってのもあったわけですが。
でも、言葉は生きもの、歌は生もの、
ライブで聞いてると、頭はわかってなくても、
体のどこかが聞いているって思えました。
初めて聞いたディジュリデューに衝撃。ジャグリングに喝采。プログで読んでた、まきさんが元気に挨拶していて奇跡。の大阪でした。
それで勢いついて、広島までいったのですが、
8月6日は私の誕生日。そして原爆の日。そして広島。そこでAKIRAさん(ONSENS)ライブ…。ってことで、勝手に必然性感じて向かいました。
ぬちどう宝、そして祈りの歌の時には、
なんですか、ライブというより、ほとんど呪術?ってエネルギーかんじてしまって、
いやだ、体内になんか宿ったちゃったって感じで…
…すいません、何をいってるんでしょうか私…。
すごかったってことです。
言葉のエネルギーが、AKIRAさんの身振りというかパフォーマンスの相乗効果で。

ライブ終わって、夜の広島ぺたぺた歩いてたら、
夜空に真っ赤な月がぼよんと浮かんでいて絶句。
(赤い月って無条件興奮してしまいます)AKIRAさん、みなさん、すごい空間と時間をありがとうございました。
またいつか、どこかに、ライブみにいきます。

ショウコ
あたしは何事もあとからじわじわくるほうなんです。
んで、遅くなりましたが 広島ライブの感想をお伝えしようと思ってメールしました。

当日は、もうakiraさんに会えたこと自体がうれしくって。
感想を聞かれたのにうまく伝えられなくって もやもやしてたんです。

あのあと、自分の感情を整理していたら お遍路に出かけたあとの感情ににてるなあって思って。
わたしは、今年で3回目になりますが四国お遍路の区切り打ちをしています。
旅感覚で。まあ 何かあるといえば深層心理でなにか目的があるようなそんな気もしますが。

今年のGWも歩きました、約130km。3回目でもまだ室戸岬やっと越したとこなんですけどね。
頭使ってばっかりの 日常とは正反対で 頭からっぽ 右足だして左足だして・・・の繰り返し。
早朝起きて 歩いて お経唱えて ご飯食べて 寝る の繰り返しです。
特に宗教心のないわたしですが、でもそれが出来ることはほんとに ありがたいことだなあって思って。
お遍路から帰って 俗世にもどっても その穏やかな感じってずっとあって
一人でいても そうでないような 何かあったかいものに包まれているようなそんな不思議な感覚が続くんですよね。
何か 起こってもそれにはやっぱり そうなる意味がちゃんとあることが なんとなく分かって
自然に受け入れることができるようになってくんですよね。

前置きが長くなりましたが
ONSENSのライブをみて なんだか それととっても似ている穏やかな感覚に包まれました。
うまく言えないですけどね。

アイヌモシリは行こうと思っていたけど行けなくなりました。
また お会いしましょうねakiraさん。
楽しみにしてます〜
江都屋黄金丸
江都屋黄金丸さんのブログより転載。

 8月に行ったライブ、三回。昨夜はスマトラタイガーにて、浄瑠璃三味線、野澤松也氏、梶山シュウ氏(フレットレスベース)、小林一彦氏(ウクレレ)に
よる「棹・三味2006」を見にいく。こちらについてはちょっとまたあとで書くとして、まずは今月始めのライブについて書きましょう。
 というのは、今日ようやくライブの時の写真ができあがってきたのですよ。携帯のカメラで撮ったぶんはやはり今ひとつだし、写りがどうであれフィルム写
真ができるまではあまり書く気が起きなかったのだ。出来上がって来た写真を見たら、まあまあブログに載せても自分的にはOKだったので、これで安心して
今月始めのライブについて書ける、のである(と言いつつ、上の写真は携帯カメラの写真だったりする。フィルムの写真は次回分にアップ)
 さ、そんな言い訳はともかく(誰に言い訳をしているのだか)、まずは8月3日、まよなしんや氏のライブから。Far East
Loungeのパーカッション担当の水木ツン氏の店である「PICO」にて。

 写真は、セッティング中の小林一彦氏とAKIRA氏。不覚にもこの日に撮ったのはこれ一枚のみ。あとは演奏に引き付けられてしまったのでカメラが出せ
ずにいた。まあそれはそれで良いことではあるのだが。まよなかしんや氏のライブは年のOTIS!に引き続き二度目。アコースティック・ギター一本での弾
き語り。決して高度な技は使っていない(と思う)のだが、引き付けられるものがあるのだ。音楽全般に言えることだろうけれど、とにかく演奏者が客に伝え
たいメッセージを持つ!ことがなにより大事なのだろう。下手でもいいとか技術などいらないとか言うことでもないんだが。とにかくまよなか氏の歌からは、
彼の沖縄人としての思いが伝わってくるのだね。本土に生まれ育った俺には実感しようにもできないものもあるのだけれど、それでも日本国内に米軍基地が当
たり前に存在するなんておかしいよってことぐらいは思いの強さは違えども(違うのは哀しいことだけれど、それでも)同意できるもの。平和を願う心はある
もの。うたをききながらいろいろ考える。米軍基地があってはいけないのかな、という疑問も持つ。それが俺の正直な思い。先に書いたように、米軍の基地が
当たり前に存在するのはおかしいとは思うけれど、ただ闇雲に反対を叫ぶのははたして100%正しい行為なのか?わからん。まあおそらく正解は○×で決め
られるものではなく、その中庸にあるのだろうね。ここで結論を出そうとは思わない。「アカバナ」という歌がある。(いま、正確な歌詞がわからないのでう
ろ覚えなのだが)その歌の中で、アメリカの土にも日本の土にも花は等しく咲き、やはり美しい、みたいなくだりがある。ここいらへんに答えがあるのかな
と、俺はぼんやり思っているのだ。

(まよなかしんや氏。小林一彦さんのweb日記「屈折日報」より当日の写真を拝借しました)
 そしてイナズマン小林一彦氏のステージ。ウクレレでの弾き語りである。これがまた、いいのだ。
(ところで俺はいつも自分で思うのだが、良かったものを表現するのに「いい」ぐらいしか書かないんだよね。言葉では表現しきれないと言えば聞こえはいい
けど、どっちかと言うと語彙が貧弱なだけなような気もしている。まあそれはともかく…)
 ウクレレって、小さい楽器だから音も小さいと思われがちだけれど、なんのなんの、音がスポッと前に出てくるという点においてはギターよりもある意味パ
ワフルだったりする。小林氏のウクレレに魅せられて俺も昨年ついついウクレレを手に入れてしまったぐらいで。でまあそのある意味パワフルなウクレレにパ
ワフルでソウルフルでもあるヴォーカルにココロもフルフルするわけだ(?カタカナばかりで結論もよくわからない?まあ知りたい人はライブへ来ましょう)
 ところで小林さんは最近になって、ひいお爺さんがネイティブ・ハワイアンだったということが判明したんだそうで、やっぱりウクレレ使いになるのは天性
というか、運命だったのかもしれませんな。
 さてこの日は当初、まよなかしんや&小林一彦ライブだったのだけれど、ここへ急遽、8月6日のライブに備えてちょっと早めに広島入りしたAKIRA氏
も加わったのです。その経緯はコチラAKIRAさんのブログ、New 天の邪鬼日記
「広島ライブレポート1」を見てください。というわけで、8月6日に先がけてAKIRA氏のソロ・ライブを味わうことができました。バンド編成の
ONSENSとはひと味、いやいや、まったく違う雰囲気。ピアノでの弾き語り「Fragile」から始まった。何と言う声を出すのだ、この人は。それが
第一印象。以前に小林氏のラジオでたまに耳にしていた「旅立ちの歌」だけが予備知識だったので、これは驚いた。高音部に入った時にノドをさらに引き締め
る?のかな?ライブ前に少し言葉を交わした時の穏やかな感じとはまったく違う、衝撃だった。(しかし考えてみれば、俺自身も普段喋る時と本気で歌う時は
かなり発声法が違うので、その意味ではひっくり返るほど驚くべきことではなかったかもしれぬ。まあここでは俺のことはどうでも良いのだけれど)
 それからあとはギター(エレアコ)での弾き語り。二曲、三曲聞くうちに引き込まれていく。まよなかしんや氏のギターのときも感じたことだけれど、ギタ
ー一本と歌でこれほどガッツリと来るものなのか。いやこれはむしろ、バンドではなくギター一本だからこそなのかな。
 「だいじょうぶマイフレンド」を聞き、なんだか安心する。俺もまあ一応いろいろあって、自信があったりなかったりなんだか良くわからない状態で生きて
いるわけなんだけど、それでも大丈夫なんだよな。今のまま妥協するつもりはないけど、とにかく、大丈夫なんだな、と。あるいはまた、何かに思い煩う友人
がいた時に、何の根拠もないけれどとにかく「大丈夫!」って言おうかな、と思ったりね。とにかくAKIRAさんの歌は優しいんだな。優しい、といって
も、甘ったるいわけではなく、その歌の対象となる人の、その存在をあるがままに否定せず受け入れることから始まっている、とでも言おうか。俺なんかは普
段けっこう優しい人で通っているけれど、実際心の中ではかなりの度合いで人を受け入れていないことがあって、それだからなおさらAKIRAさんの歌の底
に流れている優しさ、と言うのか包容力と言うのか、とにかくそういったものにズキンときてしまうのかね。ああ、俺はやっぱりまだまだだねえって。
 で、俺としては珍しくライブのあとですぐにCDを一枚購入。そして来る8月6日のライブへと思いを馳せるのでありました。
(つづく)
江都屋黄金丸
江都屋黄金丸さんのブログより転載。

 8月6日 スマトラタイガー 『10年ぶりのヒロシマナイトフィーバー〜暴走18キップをキミに〜』
Far East LoungeとONSENSのジョイントライブ。

 前半はFar East Lounge(写真撮ったんだけどピンぼけばかりなので載せませぬ)。やはりこの三人編成の生み出すウネリとでもいうのか、平たく言えばグルーヴ(平たくない)はタダゴトではない。これで合同練習してないってんだからリンダ困っちゃう。リハーサルぐらいはやってるんだろうけど。
 「星の波間に」という歌がありまして、最近数回のライブではベースの梶山シュウ氏がヴォーカルをとっているのだけれど、これが何ともいい感じ。声の周波数の関係なのか、あの歌によく合う緩やかな歌唱で、寝不足の人は寝ちゃうんじゃないかと余計な心配をしてしまうほどなのです。
 ところでこの日は8月6日。朝から暑い日だった。朝ちょっとコンビニへ行って帰ってくるだけでクラクラして、自転車で行ったのを忘れて歩いて帰ってきてしまい、自転車を取りにコンビニへまた歩いて行って余計にクラクラするようなそんな暑さ。原爆投下の日もまたこのような暑さの夏の日だったのだろうか。広島に住み始めて数年経った頃に気づいたのだが、原爆の日を境に気候が変わるのだ。もちろん真夏のこと、暑いのは暑いのだけれど、空気の質が少しだけ変わるのだ。気分的な要因もあるのだろうかね。
 で、ONSENSのライブが始まる。一曲目の「いたいのいたいのとんでけ」がいきなりドカンドカンとくる。これ、やっぱり8月6日のヒロシマならではの一曲目なんだろうか。三日前の弾き語りスタイルのAKIRAさんのイメージがあった俺はバンド編成のONSENSの衝撃に言葉を失うのであった。
(余談。俺はこういうライブを見る時に、イエーとか言ったり踊ったりヘッドバンキングしたり、その他モロモロの「ノっている」とされることをしない。その演奏が良いものであればあるほど俺の場合は体を動かさなくなる。演奏者を凝視する。ひょっとしたらあまり楽しんでいないように見えるかもしれないが、実はかなり楽しんでいるのだ)
 次の「Hello my mom !」が実は一番印象的なのだった。
ちょいと歌詞をAKIRAさんのブログより拝借
Hello my mom !
わたしおぼえてるの
ママに会うまえは
神様といたんだ
天国のテレビで見たよ
ママとパパの結婚式を
Hello my mom !
自分で決めたんだ
ママの子になろうって決めたんだ
だって世界中で誰よりも
ママのこと大好きだから こないだ実家に帰って疲れたということを書いたけれど、それでもここ数年、俺はこの歌詞に近いような感覚を抱いているのだ。
 人間の本質は、肉体ではなく魂である、と。だから当然、輪廻転生、前世も来世もある、と。そこらへんから考えるに、生まれてくる時って、やっぱりある程度はどういう環境のどういう家庭に生まれようということは自分で決めるんではないかな。天国のテレビがあるのかどうかは知らないけどね。自分の人生の目的に沿う条件に見合うところに生まれるのだろう。そんなことをたまに考えたりしているから、そういう題材の歌があると嬉しくなる。 「祈りプロジェクト」の話の後に「祈りの歌」。このあたりで俺はさらに動かなくなってくる(トイレに行ったりはしたんだけど、それはともあれ)。くわしくはAKIRAさんのブログで「祈りプロジェクト」を検索してみてね(今日付けの記事にも緊急の祈りプロジェクトあり)。
 やっぱり、人間の精神的な感応力というものはあるのだ。祈るという行為はともすれば他力本願のように受け取られるかもしれないが、このプロジェクトでする「祈り」はそういうこととは一線を画す。祈る、のだ。ただ単に。必ずしも神にということでもなく、祈るのだ。その思いはしっかりと伝わるのだ。こういうことが実際に起こり得るということ、それだけでもこの世界、まだまだ捨てたもんではないではないか。そして「祈りの歌」。この日、あの場にいた人たちは同じように感じたろうか。あの歌で何かが間違いなく我々の心に突き刺さった、ぞ。 また広島でライブしてほしいものです。あるいは近場ならちょっと交通費とか奮発して行きたいな。ソロもよし、ONSENSもよし。
大越 正浩

翻訳職人日記」より抜粋。

61回目のヒロシマ「原爆の日」の夜。
三代目春駒小林一彦さん のお誘いで、ライブへ。
もうね、超弩級の衝撃を受けて帰ってきましたよ。
AKIRAさん 率いる「ONSENS」。
言葉をメシの種にしている人間として非常にこっ恥ずかしい話ですが、形容する言葉が見つかりません。
言葉が次から次にあふれ出してきて、そのあふれ出す言葉のひとつひとつがずっしりとした重量感を持って心に、魂に響いてきます。
と言うか、「心」「魂」なんていう形而上的なものではなくて、自分のもっとフィジカルな部分に直接響いて来る感覚、と言えばいいでしょうか。
いわば「カラダの芯、ハラワタから揺さぶられる」感覚。
おそらくひとつひとつの言葉を取れば、真新しいものや新奇な言い回しがあるわけではないんです。
でも、そこにその言葉に込められた強い強い「意志」が、直接カラダに語りかけてくるんです。
正直、愕然としました。
翻訳者とアーティスト。
「伝えるべき事柄」も「伝える相手」も「伝えるための方法論」も、まるっきり違う職業であることは百も承知です。
しかし、それを全部考慮に入れた上で、「自分は『何かを伝える』ということに、これだけの『意志』を込めることができているか?」と自問せざるを得ませんでした。
一夜が明けた今日になっても、アタマの中はうまく整理できていません。
ただ、悪い気分ではないです。
何だか、今までとは違う何かが生まれてきそうな混沌の中にいる感覚、とでも言いましょうか。
しばらくはこの混沌を楽しんでいたい気分です。
(この日のお話、もうひとつ続きます)

みかん
広島でのライブおつかれさまでした!!無事に帰れましたでしょうか??
6日の日みかんはとてもとても楽しい時間を過ごせたなぁと。感謝の気持ちがたくさんです。
お店のカウンター下に、あきらさんのズボンのボタンのとめ具(?)であろうものが落ちてたのを発見しまして。もしあきらさんのものであるのなら送ろうと思うのですが。どのようでしょうか??
そしてそして。あきらさんのCDがほしくてたまらなぃので。早くホームページを見て、注文しなきゃって思います!!
チヨ
お疲れさまでした。『アヤワスカ』にサインしてもらったチヨです。覚えておいて貰えてるでしょうか?
そのうえお腹の中の子供、天馳にも歌を唄ってもらって感激でした。
一緒に撮ってもらった写真は宝物になります。
ライブの時の事を考えてニヤニヤしてしまってます。
ライブの曲で何が良かったか聞かれた時に、少し焦ってしまい適当に答えてしまいましたが、三曲目と祈りプロジェクトの話の後に唄われた曲が良かったです。
それとランディさんが来られてたのにはビックリしました。
それも歌まで、、、僕の友達で双子の魂と思ってる女の子がいるのですが、その娘がランディさんの『転生』という本が好きで、
その本を僕がもらった十日後に『オラ!メヒコ』の新聞広告を見てビックリ!
その娘の好きなランディさんと僕の好きなAKIRAさんが一緒に旅行して、そして本まで!
その時は興奮しました。
AKIRAさんには凄いパワーを貰えた様な気がします。
これからもパワフルなAKIRAさんでいてください。
それでは、また会える日を楽しみにしてます。
江都屋
ブログ「Nyancoin Bakery」より抜粋。

ONSENSライブいってきたよ。
上の写真は、特別ゲスト、AKIRAさんの魂友であるところの田口ランディさん。歌も歌った。いや、この歌声の可愛いらしいことったら。歌声もだけれども、気さくで小っちゃくて可愛い人でありました。写真の二人が持っているのは、先頃発売されたランディさんの「被爆のマリア」単行本。「誰か持ってきた人いたよね」の声に、不肖わたくしエドヤがステージへ本を持っていきました。ランディさんにサインを貰おうと本を持参していったので。

 それにしてもこの本に8/6の日付けでサインしてもらうなんて、なかなかできることではない。貴重品となりましたよ。右は、AKIRAさんとランディさんの共著「オラ!メヒコ」。こちらには二人のサインをそろえてしてもらう。図らずもレアものになってしまった。
 さてライブだけれど、これはなんと表現していいものやら。どう書いても俺の文章力では伝えられない。あえて一言で言うならばズシンッという感じか。これではわからないか。とにかくこの人の音楽に触れられたことは俺にとって大きな糧となったということになろうか。
 音楽という事に限らず、人としてということも言えるか。歌を聴いてみたいということもあったけれど、とにかくAKIRAさんという人に会ってみたかった。
(AKIRAさんのことについては「New天の邪鬼日記」を読んでみてくださいな)
 ライブの中で出てきた「祈りプロジェクト」の話に愕然とする(くわしくはコチラのリンク先で読んでみてください)。こんなことが実際に起こるのか、起こせるのか。人のチカラというのは実はとんでもなく凄いのではないか。いやそれもあるけれど、そのチカラは、人と人との間の信頼があって初めて出るもの。この世の中まだまだ捨てたもんではない。 そんなわけで(というのも変だが)AKIRAさんの処女作である「COTTON100%」を購入。これまたサイン入り(なんだか今回はサインばっかりだな)。メッセージも付けてくれた。落ちろ落ちろそして目覚めろ。これは「旅立ちの歌」の一節。こういうのが今の俺には必要なんだろう。
 人との出会いは常に最良のタイミングで起こる、のだそうだ。ようやく俺もAKIRAさんに出会える準備ができた、ということだろう。
 ううむしかし、全然ライブのレポートになっていないな。
春駒
三代目春駒「屈折日報」より抜粋。

夜、中区薬研掘「SUMATRA TIGER」にてFar East LoungeとマルチアーティストAKIRA率いるONSENS夢のガチンコライブ『10年ぶりのヒロシマナイトフィーバー〜暴走18キップをキミに〜』開催。
座りでキャパが40人のところ、広島だけでなく、埼玉、大阪、沖縄(!)など県外からも多くのONSENSファンが駆けつけ、結局50人の満員御礼。
定刻PM8:30、まずFar East Loungeから。
「サティスファイ・マイ・ソウル」>「テビチ記念日」>「アカバナー」>「星の波間に」>「月の下ジントヨー」>「梶山ソロ」>「その男ヨシオ」>「雨のラブホテル」>「ヨーデル潮干狩り」>「黒いストッキング」>「夫婦蛸」>「ひかりのうた」
1曲目でいきなり愛器テイラー「八丁念仏」が昇天。おそらくはリズムをとるべくボディをゲンコツで殴った瞬間、内蔵ピックアップのジャックがどうにかなっちまったようだ。2曲目以降からしばらくウクレレ「コベイション」を使い、ラストの3曲はタケチャンのオベイションを貸してもらうも、「ひかりのうた」の最中、なんと、今度はストラップがすっぽ抜けるというこれまた今まで経験したことのないハプニングに見舞われてしまった。嗚呼、不細工の極みなり。
しかし、客の反応はおおむね良好。ONSENS目当てのファンからも「『ひかりのうた』で泣いた」「『その男ヨシオ』は生涯聴いたすべて曲の中で最高にカッコイイ」「大阪にも歌いに来てほしい」「ありがとう、という言葉しか思い浮かばない。とにかく全身で感動しました」などと讃辞が寄せられ一安心。
さてONSENS。くわしいセットリストなど、いずれAKIRAさんのHPで公表されると思うので省くが、なんというのか、まるで彼の小説のようなステージだった。起承転結ではなく起承転々。生まれ落ちたひとつの命が、運命の波に翻弄されながら、彷徨い、傷つき、嘆き、呪い、そして光と出会う。オーディエンスはその主人公の渾沌を時系列で辿ってゆく。こういう表現の方法があったのだな。素晴らしかった。
ONSENSのメンバーもそれぞれファンタスティック。タケチャンのギターの上手さ、リュウさんのベースの誠実さ、リエチャンのパーカッションの無邪気さ、ヤオさんのドラムの意外さ。すべてが絶妙に絡み合い、唯一無比、刹那のドラマを紡ぐのだ。これからも、在ってほしいバンド。
途中、ゲストボーカルで登場した田口ランディさんの歌がこれまたキュート(笑)。ランディさんの詞にAKIRAさんが曲をつけた名曲「キャラバン」、是非、市販化を切望します。
打ち上げはツンチャンの店「PICO」で。ONSENSのみんな、ヒッチハイクでやってきた沖縄出身のヒロくん、「路上元気屋」の清田学くん。エトセトラ、エトセトラ。会えてよかったよ。ほんと。
リュウ
リュウのブログ「事の端」日記より転載。

とても暑かった。
陽射しがギラギラしてた。
夏の熱気に満たされていた。
そんなヒロシマの特別な日にライブをしてきました。
8月6日(日)、午前8時15分、原爆ドーム前、響き渡る鐘の音に合わせて黙祷。
何万人が押し寄せている周辺の雑踏・喧騒が嘘のように、「しん」と静まり返る。
3分だったか、10分だったか、定かではないけど、不思議な時間だった。
緊張と安寧。
まっすぐでねじまがった感じ。
AKIRAさんが10年前に披露した「広島SHADOWS」 。
10年ぶりにONSENSメンバーで再現する計画は想定外の満ち潮で諦めた。
テレビ取材で同じく広島を訪れていたランディさんが合流して、つけ麺「一端」に。
新聞での特集記事をカジリ読みしてた「被爆のマリア」を読んでみようと思った。
夜、いよいよライブ。
昼間の熱気が全然下がらない。
必ず時間めいっぱいリハするONSENSとは対照的に、今回の主催者春駒さん 率いるFar east loungeは音合わせ程度でリハ終了。と同時にお客さんが流れ込んでくる。あっという間に客席は全部埋まってしまう。立ち見のお客さんが出始めたところで、Far east loungeのステージが始まる。春駒さんの演奏は2年前の渋谷で行われた出版記念パーティで聞いていた。やっぱり旨いなぁ、と思う。元・コピーライターでラジオのパーソナリティなどもこなすマルチな人だけある。歌が旨い、演奏が旨い、喋りが旨い、というのに加えて、なんというか表現しようとする世界観みたいなものが見えてくる。
Far east loungeは春駒さん以外に、ベースのカジさん 、パーカッションのツンさんで構成されているが、恐れ入ったのがカジさん。
『ベースをベースと思わず、思わせず、ただの「楽器」として使い、ソロ楽器でもリズム楽器でもなく、またソロ楽器でもリズム楽器でもある、大道芸人にとっての南京玉簾のやうにベースを使って、音楽をしたいのだ、よ。私は。 』
という言葉のとおり、変幻自在にベースを操り、え?こんな音も?という音づくりをいとも簡単にやってのけてしまう。ちなみに、ONSENS最後の2曲はFar east loungeも混じっての演奏だったけれど、リハで俺が演奏するのを1回見ただけで、完璧にコピー、だけでなく色々なオカズまでつけて演奏されてしまった。恐れ入るのを通り越して、萎縮してしまった。あとで聞いた話では、歌詞まで憶えてしまうという。なんていうか、プロの人ってスゴイな、という当たり前のことに愕然とした。
ONSENSのステージは、ん〜・・・、どうだったのでしょう。
相変わらず、完璧な演奏が出来ない私がバンド全体のことを云々いうのはおこがましいので差し控えておきます。
新曲「Beyond the border」、カッコいい仕上がりじゃないでしょうか。
コーラス、課題だなぁ。完璧な演奏も出来ないくせにコーラス?とも思うけど、じゃぁ一体いつになったらコーラスやるんだよ!とも。家でひっそり練習できないというのもあるなぁ。
1週間後は仙台・蔵王ライブ 。
眠れない熱帯夜はまだ続く。
リュウ
リュウのブログ「事の端」日記より転載。

今回の広島ライブで出会った3人の若者のことも記しておきたい。
ヒロ、マナブ、ユタカの3人はいづれも20代。
3人とも奇妙な偶然というか、つながりで出会い、ほんのつかの間、共に過ごした。
まず、ヒロ。
日光で機材を積み込み、タケちゃんと東北道を南下している途中で立ち寄った蓮田インターで、偶然の再会を果たす。
タバコを吸っていたタケちゃんの前に、見覚えのある男が立ち現れた。
タケちゃんは一瞬、名前が出て来ず、だけどその愛嬌ある笑顔は覚えていて、「お!お!おぉぉぉぉ!」と指をさし、ハグし、再会を喜んでから、ようやく名前を思い出したという。ヒロは沖縄のワラバカフェ で働いていて、タケちゃんがアキラさんと沖縄ライブに行ったときにお世話になった。聞けば、数週間休みをとって全国ぶらり旅をしており、北海道から、青森ねぶたを見て、ヒッチで東北道を南下してきたところ。とりあえず、大阪を目指しているが、夜も更けたので、ここで仮眠をとるか、長距離トラックを探すかしようとしていたという。で、たまたま煙草を燻らせていたタケちゃんを見つけた、と。なんちゅう偶然だろう。
さっそく乗組員に加わり、3人になったレグナム号を予期せぬアクシデントが襲う。助手席足元に備えられたエアコンの排水タンクから水がポタポタとこぼれ出したのだ。これが結構ハンパでなく、うっかりしていると足元のマットはビチョビチョ、水溜りになり、ザリガニでも飼えそうな水槽になってしまう。で、ヒロが自然と水汲み係りになり、休憩のたびに溜まった水をせっせと汲み出してもらった。ヒロが居なかったら、レグナム号は広島に着く前に水没していたかもしれない。
マナブは6日の朝、原爆ドームの前にいた。ONSENSと共に、広島SHADOWSの場所探しをしていたヒロが素っ頓狂な声をあげてヒゲの青年とハグしている。緑のTシャツに、緑の短パン、おまけにビーサンまで緑、という緑づくしのいでたちのヒゲ青年、マナブは地球洗隊エコレンジャー のグリーンだった。地球洗隊エコレンジャーとは、日本中をリアカーをひいて歩き回って、捨てられた空き缶を拾い集め、車椅子に換え、カンボジアに送る、という慈善事業をしている一団である。以前、新聞で読んだ気がする。マナブは以前、沖縄でヒロと懇意にしていたらしく、暫くぶりの再会を思わぬ場所で果たすこととなった。もちろんONSENSとも仲良しになり、ライブのチラシを託され、夜のライブにお客さんを連れて来てくれると約束してくれた。
果たして、夜、ライブ会場のスマトラタイガーにマナブは現れた。マナブに声をかけられて来てくれたのがユタカ。ユタカは大学に通う学生で夏休みを使って、無銭旅行をしている。九州を回って、埼玉に帰る途中だという。もし、車に空席があったら乗せてもらえまいか?ときかれた。実はライブ直前に、メールが入り、職場のスタンドでスタッフが1人ぶっ倒れたという報せを聞いていた。翌朝一番の新幹線で帰ろうとも思ったが、帰りの運転手がタケちゃんひとりになってしまう。どうしたものか?と考えていたところなので渡りに船。「車の免許証持ってる?」、「はあ、いちおう。」、で即決。心おきなく新幹線で帰ることを決めた。
ライブ中、3人は物販やら、ビデオ撮影やら、果ては荷物の運び出しまで笑顔で手伝ってくれた。毎度毎度のことではあるが、ONSENSってとても恵まれていると思う。こういう素晴らしいスタッフに助けられてばかりいる。
3人の何が素晴らしいって、笑顔。
スゴイ。
スバラシイ。
なんていうか、みんな優しくて爽やかなんだけど、それぞれ凄くオリジナル。
オリジナルな笑顔がキラキラしてるのだ。
若さってスバラシイ。
今回の広島ライブ。特別な日に特別な街で行われたライブだったし、他にもスバラシイ人たちと知り合えたので、貴重なモノを色々と得られたけど、彼らとの出会いもまた貴重だった。
つくづく思うのは、3人のうち誰か1人でも欠けていれば、全員と出会うことはなく、3人がそれぞれ不思議な偶然とつながりでもって、ONSENSの前に現れてきたということ。そもそも、蓮田インターに寄らなければ、ヒロを拾わなかったし、ヒロがいなければマナブとも知り合わなかったし、マナブがいなけりゃユタカがライブに来ることもなかった。
で、ユタカがいたからこそ、新幹線で帰ってきて、その日のうちにスタンドを手伝うことが出来たのだ。ありがたや。
ちなみに、出発の朝、新幹線に乗るべく広島駅に向かう途中でタケちゃんの携帯が鳴り、タケちゃんまでもが仕事で急遽、戻らなくてはならない状況になり、二人で新幹線に乗ることになった。つまり、車に乗せてもらおうと思っていたユタカが1人で(車を運転できないアキラさんと沢山の機材を乗せて)運転して帰ることになった。一瞬、考え直したが、既に新幹線で帰ることは店に伝えてしまったし、ま、急ぐ必要もないから途中で一泊しつつ帰ってもらえば大丈夫だろうと思って、鍵を渡した。
ところが、なんと、ユタカくん。まだあどけなさが残るこの青年のどこにそんなスタミナがあるのか、ひとりで、ぶっ続けで運転し続け、その日の深夜には日光に到着。しかも機材を降ろし、仮眠をとって、朝イチには沼田に車を届けてくれ、極めつけには、
「お疲れ様、仕事があって送れないから電車賃くらい出すよ。」
の言葉に、
「いえ、歩いて帰ります」
「は???帰るって、どこまで?」
「家です。」
「へ???家、って埼玉だよね?」
「東松山です。」
若いってスバラシイ・・・。
が、真似はできない。
タケ
ミクシ日記より抜粋

広島から戻ってきました。
今回も濃いツアーでした。
それでは早速レポートを開始してみましょう。
4日の深夜にりゅうさんが群馬から日光へ来て、機材と俺を ピックアップ。東北自動車道走り蓮田サービスエリアへ。
俺がタバコをふかしていると、怪しい人が俺を見つめていた。
明らかに旅姿の青年で、白い歯がやたらと輝いていた。 「たけちゃん?ですよね〜?」 あれ?見覚えがあるなあ〜。誰だっけ?
「お!!!!!!ひろじゃん!!!なんでここにいるの!
那覇に住んでいるんじゃなかったの???」 「今ね、北海道から放浪してここにいるんです。ヒッチで ここまで来て寝ようかと思ったら、たけちゃんらしき人だと 思って恐る恐る声をかけてみたんです!!!」 「あらら!そうだったのね。ところでどこへ行くのよ?」 「大阪まで行こうと思っているんです。」 「面白いな!俺たちはオンセンズライブで広島まで行こうと
しているのよ。それじゃ〜乗っていきなよ!」 「うわ〜、まじでありがとうっす!!!」
ということでヒロを拾って西へ向かう。途中で藤沢に住む りえちゃんもピックアップして4人で中央高速を走る。
「たけちゃん?なんかこの車なんだけど、水が漏っているの よ。足元が冷たくない?」とりゅうさん。
「確かに現代の車ではありえないくらいの水分をこの車は含ん でいますね。きっと悲しみを抱えているのでしょう・・・」
「いや、単に冷房の水がここへ流れているだけなの・・・」
「それじゃ〜この紙コップで涙とやらを貯めようではないです
か!そして焼けたアスファルト戻せば蒸発しますよ!」
「ヒロ?君は詩人だね・・・その歯の白さといい君はポエム だよ。」
「・・・・・・」
俺たちは交代で運転を繰り返し朝を迎えた。 大阪、神戸、岡山を過ぎたころには夕方となった。
かっぱえびせんをつまみながら、広島へ到着。
AKIRAさんはすでに今回のホストである春駒さんの実家 「きっさこばやし」でやりたい放題やっているらしい。
迷うことなくきっさこばやしへ。春駒さんのご両親、春駒ジュ ニアのくれはくんと対面。温かなもてなしを受けて広島クルー ズへ出かける。広島はお好み焼きのメッカ。今回のお目当ては 春駒さん一押しのお店「ひらの」。奥田民生やケミストリー、 など多くの広島アーティストのお腹を満たす名店。店内には
多くの有名人の写真が飾られている。
お味の方は?これまた意外にあっさりとしている。ふっくらと 膨らんだお好み焼きにはバランスの良い麺」と厚切りの豚肉が 入っている。それからアレンジメニューも充実していて、俺は 納豆入りお好み焼きがツボに入った。なるほど、これだけの分 量を食べても飽きることが全くない。名物女将の満代さんのこ だわりお好み焼きを広島へ赴いた時には是非食してみてくださ い。
お好み焼き「ひらの」
広島市南区皆実町4丁目24−12
電話 082−252−6116 翌朝は広島原爆投下記念日。朝から市内が慌しい様子。
いたるところで交通規制の嵐。俺たちは徒歩で平和記念公園へ 向かった。原爆ドームを囲むようにテレビカメラが並び、市民 団体や観光客に溢れている。式典の行われる記念碑前はさらに
人が溢れていた。小泉総理大臣をはじめ要人がたくさんいるそ うで、あちらこちらに警察が待機している。装甲車や機動隊が 行ったり来たりしていて忙しそうだった。
広島テレビでは田口ランディーさんが生出演。本番の様子を 眺めていた。37度に及ぶ気温にも関わらずランディーさんは 着物で臨む。暑さを感じさせることなくランディーさんは進行 を進める。
その後資料館を巡ったりして、ランディーさんと合流する。
お目当ては「つけ麺」である。早速春駒さんより情報が届く。
お店の名前は?・・・・・忘れちゃった。
真っ赤に染まる唐辛子ベースのスープに、独特の麺が絡む。
ゆでキャベツの甘さ、白髪ネギのボリューム、焼き豚の存在感 がお見事。 さてお次はランディーさんの案内でプチ巡礼ならびに登山。
ランディーさん曰く、広島市で唯一戦前の広島市が残っている 場所らしい。なるほど、原生林も残っているし、全く開発され ていない様子だ。点在する神社や巨石を巡り頂上へ到着した。
あらかじめ用意してきたおやつを食べながらランディーさんは いろいろな話を聞かせてくれた。蟻にはじまり広島事情など 驚きの連続だった。 さて、登山を終えた我々はライブの準備へ。
きっさこばやしで荷物をまとめてライブハウス入りをした。
ヤオさんはダチャンボライブを別の会場行っており、終わりし だいオンセンズのライブ会場へ来ることになっている。
船に乗って新幹線に乗って上手く行けばリハーサルへ間に合う ように春駒さんが設定していてくれた。そして見事にヤオさん が現れる。新作のダチャンボTシャツを着て満足のご様子。
メンバーも揃いリハーサルへ突入する。今回はランディーさん が作詞をした「キャラバン」という曲を本人に歌っていただく ので、急遽ゲスト参加を依頼した。
春駒さんのバンド「Far east rounge」も リハーサルから強烈なオーラを発していた。
本番が楽しみである。
友達の広島在住アーティストよしこちゃんも足を運んでくれ た。何やら愛犬雑誌のコピーライターをしているそうです。
そんな彼女とも久々の再会でたくさん話ができた。
さて本番は?もちろん大成功でしょう!!!
新曲も含めて十数曲大変自分がのりのり(笑)
ランディーさんの歌もいい感じ。さすがカラオケの女王!
春駒バンドは実に味がある。
「その男よしお」が俺のお気に入りで、しっかり歌ってくれ た。渋谷のジョイント以来だったけど相変わらずセクシーな
歌声、バンド全体のレベルも非常に高い!広島周辺の方は是非 春駒バンドを体感しに行ってください。
その後打ち上げへ突入するが、俺は相変わらず眠る。
そして朝が来た!!!
予定では車をまた運転して帰るはずだったけど、急遽新幹線で 日光へ帰ることに。デザイン業の納期が迫っているので止むを
えず。りゅうさんは職場で従業員が病気になって二人で帰っ た。
新幹線の中での会話。
「たけちゃん?時間をお金で買う時代ってことなんだね〜。」
「そう言ってもいいんじゃないですかね〜。」
「今頃AKIRAさんと豊は必死に高速道路を走っているよね 〜。しかもまだ岡山あたりだよきっと。」
「そうですね〜俺たちって今静岡ですもんね〜。しかも豊は ヒッチハイクさせてほしいって俺たちに頼んだけど、まさか メインのドライバーになるなんて思ってもいないでしょう。」
「彼はどんな気持ちなんだろうね?」
「彼にしかわかりませんね・・・。」
「AKIRAさんは車を運転できないから、豊が日光まで運転 してくるんだよね〜?」
「いいや!日光経由で群馬までですね〜。」
「そうかあ〜、AKIRAさんよく寝ちゃうから実質彼が一人 で移動しているようなものだよね〜?」
「一人旅って言ったら響きがいいのでそうしましょうか?」
「うん、そうしよう。」
「しかも豊は埼玉までって言っていたよね?」
「目的地は越えるためにあるんですよね?」
「そのセリフ憎いね!」
「いいや!りゅうさんのもみあげには到底敵わないです。」
「・・・・・・・」 東京へ到着。ここからりゅうさんは上越新幹線、俺は東北新幹 線で帰る。
しかし、ここからがまたびっくり!!!
あまりに面白かったので書いちゃいます。
出発するとまた声をかけられた!しかも隣に座った女性に!
「あの〜もしかしてたけちゃん?」
「はい!そうですけどどちらさまでしたっけ?」
サングラス越しに微笑む表情を必死に思い出す。
う〜ん、誰だろう????
やがてサングラスを外した顔を見てびっくり!
「ウオ〜!Kちゃん!!!久しぶりじゃん!!!」
なんと12年前に付き合っていた彼女だったのだ!
しかも16両編成と考えて各車両に100人乗っていると計算 したら1600分の1の確立!まずそのこと驚いた!
「ていうか?今何をしているのよ?」
「今はデザイナーだよ。企業の専属なんだけどさ。」
「あらま〜、俺も実は最近デザイナー気味なんだよ。あれ? 確かアパレルじゃなかったっけ?」
「ううん、紙ベースなの。」
名刺をもらったら、誰でも知っている大企業じゃん!!!
「ホント多彩な才能を持っていらっしゃるのね!」
「ちょっとあなた忘れたの!あなたが絵を教えてくれたんだか ら覚えていなさいよ。」
「そうだったの?」
じっくり考えてみると思い出した。杉野大学の絵の課題を俺が 描いてしまったのだった!静物の課題を俺が全部描いちゃった もんだから、彼女の描くところが無くなっちゃったので怒られ たことがあった。
「皮肉にもね、あの絵大学で賞をとって今は参考資料になって いるわよ!おかげでね、私はその後絵を提出できなくなっちゃ ったじゃないの!」
「え〜なんでよ?」
「だってあなたが描いたものと明らかに違うじゃない!!!
未提出の常習犯に成り下がったんだから!!!」
「作風を変えたとか言えばよかったじゃん?」
「そんなこと言える訳ないじゃん!バカねあなたは!
 ま〜でもおかげでこういう仕事にも就けたんだから感謝しな きゃいけないね!ありがとうね。」
「そうだよ!感謝しなさい。俺は一生懸命描いたよ、あれ!」
「だから、その一生懸命が問題なのよ。いきなり賞をとって私 だって言い訳に困っちゃったんだから!」
「わかるよ。うちの爺さんが書道家で俺が金賞とかとったとき も爺さんが書いたやつだったもん。」
「あのさ、そういうことわかっているのにどうしてそうなの よ〜?」
「ま〜いいじゃん。ていうかどこまで行くの?」
「仙台に出張よ。地方向けの紙を作るの。」
「あらら!俺にも仕事をまわすようにしなさいよ!」
「無理に決まっているじゃん。企業に抱えられているのよ。」
「ま〜そういう時が来るかもしれないから覚えておいてよ。」
「わかった、わかった。」
その後これまで歩んできたことを話し合ったりして宇都宮へ。
「見てほしいものがあるのよ。」
「何を?」
「これこれ写真!」
「ていうか俺たちじゃん!何でこの日この時この場所で持って いるのよ。しかもラミネート加工されているし!」
「ま〜いいじゃないの。幸せと思いなさい、大切にされている んだから!」
「そうだね!ラミネート加工されているということはただ事 じゃないね!まさかそのために機械とか買っていないよね?」
「バカじゃないの!こんなのどこにでもあるわよ!」
「買ったって言ったらコーヒーおごったのに(笑」 そんな出来事もあり日光へ到着。
今回も非常に濃い広島ツアーでした。AKIRAさんと豊が 今どんなことになっているのか?
「パソコンに問いかけても答えはない。」
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