「霊魂たちの集い」心霊写真
北海道ソロライブ 感想集
★2006年8月17日(木)アイヌモシリ1万年祭

★8月18日(金)開場:17:00 札幌「平庵」入場1000円
札幌市南区澄川六条4丁目4-37(地下鉄澄川駅より徒歩10分。地図
電話(011)837ー0727

★8月20日(日)開場17:00 開演18:00 札幌「フリースペース黒豆」入場1000円
札幌市東区北16条東1丁目(地図) 
電話: (011)743-8174  メール:kuromame@trust.ocn.ne.jp
・地下鉄南北線「北18条」駅から徒歩7分  
・地下鉄東豊線「北13条東」駅から徒歩7分
・中央バス「北15東1」停留所から徒歩2分

★8月21日(月)開場17:00 開演18:00 深川市「スナック銀杏」
開場19:00 開演19:30 入場1000円(1ドリンク付)
深川市2条8番(JR深川駅より徒歩2分)
AKIRAのブログ
JAH HIRO
 昨夜は作家AKIRAさんのソロ・ライブが札幌であった。澄川という地下鉄の駅を降りて(歩いて10分と案内にあったが)地図が若干不親切で、迷いに迷って30分以上かかり、汗びっしょりで会場に到着。(まさか開演の夕方5時からライブを始めることはないだろう)と思っていたが、もう入口には靴が一杯で、前座の若者の唄が聞こえてくる。(出遅れたか!)と思ったが、一年ぶりのAKIRAさんの弾けるような笑顔にホッとした。
 そもそも、この「平庵」なる会場は、「札幌市精神障がい者小規模作業所:のほほん工房」の所長である、そういちさんの自宅の居間という極私的空間だった。集まった20人弱の人々の顔ぶれも、当然、そういちさんのファミリーで、要するに心に何がしかの障害を抱えている人達が主だった。
 今年の正月に、(AKIRAさん率いる)ONSENSの名ギタリスト、タケちゃんが札幌にきた際、彼を囲んでススキノのとあるアイヌ居酒屋で大勢で飲んだとき、出会ったのがそういちさんだった。彼の話を聞き、興味を抱き、「一度見学に行きます」とは言ったけど、心に痛みを抱えている人達に逢うことに気後れしたのだろうか、結局足が向かなかった。
 そして昨夜、AKIRAさんは僕と彼等を、運命的にとも言える偶然で、出逢わせたのだった。若い男女が中心だったけど、僕から見れば、少し影が薄いなあと感じるだけの、ごく普通の人達だった。誰もがリラックスして、よく喋り、よく笑い、仲間が頑張る前座の演芸会で盛り上がっていたのだった。ちょっと心が固くなっていた僕も少しずつ寛いでくる。
 数人の唄や人の物真似で座があたたかくなった頃、ようやくAKIRAさんのソロ・ライブがはじまる。最初の一曲は片隅のピアノを弾きながらの「フラジャイル」。甘く切ないAKIRAの世界が幕を開けた。ちょうど一年前の札幌「あけぼの小学校音楽室」でのONSENSライブを思い出す。あの日は真夏の晴天で、騒音問題を避けるため、ピシャリと閉じられた窓という窓、扉という扉のおかげで、室内は体感温度40度(舞台のAKIRAさんは「60度はあった」と言ってたなあ)はあろうかというサウナ状態だった。暑くて熱くて苦しくて楽しいという不思議な夜だったなあ・・・。しかし今夜は雨上がりの涼しい夕べ。開け放たれた窓から爽やかな風が入る心地よいゆったりとした時間が流れていた。一年ぶりに聞くAKIRAさんもステージ・アーティストとし
て、格段の成長を感じさせた。そして「リストカッター」がはじまる。
 そういえば、ここに集う若い女性の何人かにもリスカの跡があったなあ、と思う。
AKIRAさんが、曲の合間に、アメリカ・インデイアンがサンダンスで体を傷つけ、それを「勇者の証」と誇ることと何か通じるものがあるのではないか、と言っていた。
正直、僕には理解しがたい世界だなあと感じる。しかし後でふと思ったことがある。
それは僕が高校時代に犯した愚行の数々だった。愚かにもこの世で一番の行為と信じていたバイクでの走行のなかで、無謀な追い越しをかけることに無上の喜びを感じ、また何度も何度も車に撥ねられて宙を飛んだことも「面白い」と無理矢理思っていた時代のことが脳裏に甦った。小、中、高と、勉強勉強の生活で、子供としての義務を果たす「馬鹿らしさ」や、真っ当すぎて魅力のない「大人の世界」に入っていくことへの「嫌悪感」が、こんな無謀で無意味な愚行に僕を駆り立てたのだろう。
 (そうか!僕も彼女たちと似たようなものだったんだ)と思い当たる。AKIRAさんの珠玉の歌の数々を聴きながら、今夜の観客たちほど彼のライブに相応しい人達はいないなあとも感じた。彼の歌の世界と現実に生きる彼等とが精神的にクロスして、この上なく心地よいバイブレーションが流れている。僕がグッときた「大丈夫マイフレンド」も、人気抜群の「旅立ちの歌」も、翌19日が誕生日というAKIRAさんがリクエストに応じて照れながら唄った「ハッピー・バースディ」も、どれもこれもこの清らかな玉手箱のような広い和室空間で、居並ぶ心に傷をもつ心優しい人達の胸の奥にしみこんでいった。
 もう15年も経っただろうか?沖縄出身の平良ミキちゃんが自殺してから・・・。
原宿トレンチタウンに委託商品を置いていたパンク・ファッションの有名店「スマッシュ」のアルバイト店員だった彼女は、美術学校に通う芸術的感性が飛びぬけて鋭敏な美しい二十歳の娘だった。親と折り合いが悪く、家を飛び出して自活していたけど、働きすぎの人生に心を病み、情緒不安定になって、後で聞いた話では、入院もしていたらしい。しかし店にくる時にはそんな素振りは露ほども感じさせなかった。何度も外で飲んだりしたけど、心の奥に抱えている深い悩みを打ち明けることはなかった。パタリと姿を見せなくなって数ヶ月が経ち、気になった僕は、彼女の新しい職場に電話した。そして経営者から彼女の自殺を知らされて衝撃を受ける。
 嫌々(と僕は想像するのだが)戻った実家の自分の部屋で、恐らく、発作的にベンジンを一気飲みして窒息死したというミキちゃん。(死に方までアーティスティックだなあ・・・)と馬鹿な僕は感心したっけ。ボブ・マーリイが大好きで、自然の中での暮らしにに憧れていた彼女が、飲んだ席で、ふと洩らした言葉が忘れられない。
「今度生まれ変わったら、南の海の底で暮らす深海魚になりたい・・・」もう生まれ変わったかなあ・・・。
 あのミキちゃんにAKIRAさんの歌を聞かせたかった。それがライブの終わり頃に僕の脳裏に浮かんだ儚い想いだった。あの空間にいた誰もが幸福感を味わった素敵な夜でした。
AKIRAさん、誕生日おめでとう!
2006・8・19       札幌にて       JAH HIRO
HIJIRI
僕は家族が嫌いだ、特に母を許すことができない。頭ではわかっているし、母を許せないといいながらも、甘えている自分がいることも知っている。
僕の母は異常なまでにヒステリーな人で自分が気に食わないことや、都合が悪い時には相手を怒鳴り散らし罵倒し、決して自分の過ちを認めない人。「子どもの事はなんでもわかる」という思いが強過ぎて、家庭の中でなにかよくないことがあると、真っ先に犯人は僕になり、いかなる僕の訴えも聞き受けてはくれなかった。
僕が小学生のころには、精神を叩きなおすと言われ、布団叩きの棒で叩かれ、裸で外に出され、テーブルや椅子、食器が投げつけられた。そのたびに近所のおばさんに助けられては泣きじゃくった。 
朝、母の怒鳴り声で起こされる。父への罵倒の声。そして母と姉のヒステリーどうしがぶつかる異常な争い。
その度に僕は、ただただこの家族と同じ「血」が流れていることを呪い、母を包丁で刺すことでどれほど楽になれるかを考えていた。
こんな状態が中学を卒業するくらいまで、続いた。高校に入ってからは僕は完全なる傍観者となることで、「またやっている」と人事のように見ていた。
最近は母も年をとり、かなり気象が和らいできた。頭では年老いてきている母に優しく接しなくてはとわかっていても、決して心が動かない。さらに最低な事に僕が網膜剥離で左目が見えなくなったことで、僕以上に落ちこんでいた母に対し、「あんたが産んだから悪いんだ、全てあんたのせいだ」なんて、思っていてもない事をぶちまけた。僕のささやかな、そして最低の復讐だ。
僕自信こんな状態では駄目だと思い、母に感謝し接してみようと試みてもまるで続かない。心から感謝をしていないからだ。どうすれば母を許すことが出来るのか、ちょうど考えていた時期だ。
「黒豆」で聴いたアキラさんの歌、「背中」、「hello my mom」を聞いたとたん、自分の中の色んな家族の思いがどばーーーーって流れ出してきた。心が揺す振られ、涙がともらない。歌声でこんなにも心が揺す振られたのは初めてだった。多少の戸惑いがありながらも、もうどうにでもなれってな感じでとにかく身を、心を預けてみた。
そうしたら、「あぁ〜この人はなんて優しいんだ」って感じてきて、アキラさんの歌声が入ってくる為に涙がボロボロ鼻ズルズル。向かえにいる、みつるの視線を多少気にしながらも、思いは巡り「肯定」された喜びと、母への感謝の気持ちが自然に湧き上がってきた。
これでいいんだって思った瞬間楽になれた。どんな事があったにせよ、僕は僕を育ててくれた母に感謝している。その気持ちをストレートに伝えればいいんだ、ただそれだけなんだ。心が暖かくなった。
ありがとうアキラさん。僕がより僕らしくある為のきっかけをくれたことを。
来年もまアイヌモシリの大地で会いましょう。出会ってくれてありがとう。
香奈
あきらさんのライブを見るのは、久しぶりだな〜。
去年は自分のことが忙しくてライブに行けなかったし、今年は仕事が休めなくて一万年祭にも行けないし・・・。
ってかあきらさんのライブって一万年祭以外で見たことないわ。
どんなんやろうって楽しみで、しかも逢えるって事が嬉しくて、ウキウキしてた♪

結果、泣いた。

びっくりした、こんなに心が動かされてる自分にびっくりした。
あきらさんと出会って8年だっけ?(10代で逢ったんだな〜って話しててびっくりしたね。)
初めて逢った時から大ファンになって、それ以来ずっと憧れの人だけど、唄聴いて泣いたことはなかったの。
そしてちょっと安心したり、みんなおんなじ気持ちなんだな〜って思って。
とにかく良かったよ!ありがとう。ありがとう。ありがと〜!!

ライブの後はいつものあきらさんで、色んなことお話してくれて、ためになりました(笑)
そしておしゃべりな私の止まらないお話も聞いてくれてありがとう。
多分聞いてくれていたんでしょう?・・・すぐ忘れるし、怪しいけど。
これからもいい物たくさん紹介してください。
素敵なことたくさんしてください。
そしてそこに私もちょっと参加させてください。ふふふ。
タクヤ
タクヤのミクシ日記より転載。

父、母、AKIRAさんLIVE at黒豆 in札幌
 8月20日、札幌の「フリースペース・黒豆」でAKIRAさんのLIVEがあった。俺の生まれ育った場所、札幌。そこに、俺が内地で出会ったグレートアーティストAKIRAさんがやってくる、札幌にいる、自分の大切な人に聞いてもらいたかった。父と母をLIVEに呼んだんだ。
 ムンムンとした熱気の中、Liveがstartした。CD「Alone」でしか聞いたことがなかった大好きな曲「Unconditional Love」を初めて生で聞いた。めちゃよかった。そして感想で「友達、恋人、家族、、自分に近い人ほど、なんで厳しく接してしまうのかな。そこにいてくれるだけで十分なはずなのに、求めてしまうんだ。僕らは無条件の愛を学び続けるために生きるんだ」(という感じのこと)を話していた。「コレなんだ」と思った。母の押し付けるような優しさが嫌で反発していた。だから、この言葉を聴いて欲しかった。そして、同時に気づいた。この言葉は母に対して「求める」ことで反発する俺が聞くべき言葉だ。母は決して多くのコトを今は僕に求めていない。求めすぎているのは僕なのかもしれない。僕は母の優しさに対して、ナイフを突きつけていたのかな。
 ライブの中盤、「じゃ、この辺でTAKUYA(TSUTAYAじゃないよ)コーナーいこうか。」という声とともにディジュリドゥを持って前に出る。最近は、無意識状態からあふれだすメロディーを奏でることに集中していたのだが、今回はそれ以前にやっていた、頭の中にストーリーを描き、それと音をリンクさせていくやり方に戻した。この方が、降りてくる音をそのまま奏でるよりも「自分らしい」作品が創れる。ジャングルの中で焚き火を囲んでまわる、人と動物達の祈りの踊り(大抵ジャングルなんだけど、今回のはきっとアイヌモシリのなごりだなぁ)。すごく納得できる演奏ができた。
 その後は、なんと僕の父と母の前でAKIRAさんの「父」への言葉の朗読から「父」の曲へ。「母」への言葉の朗読から「Hello my mom」を共演した。AKIRAさんの言葉に音を重ねてゆく。言葉とセッションするときはどうしても、その言葉がそのまま自分の感情と重なってゆくので、父と母の目の前でのこの曲は、自然とDeepな精神状態での演奏になった。どういう風に、僕の父と母には伝わったのかな。
 お父さんが、後から思い出したように言ってくれた。「とても印象に残ったシーンがあってな。お父さん一番後ろで見ていたから分かったんだけど、タクの演奏が架橋に入ったとき、今までみんなが暑くて仰いでいたウチワが全部とまったんだ。そのときお父さんうれしかったなぁ」コレを聞いたとき、鳥肌が立った。めちゃうれしかった。そういえば「父」の曲を吹き終わった後、一秒ほどの間があって、拍手が沸いた。本当に良い演奏の後には、一瞬の間がしょうじる。それがあったときって、まじその間が気持ちいいんだよね。テクニックはないけれど、伝わったんだって思えた。
 父と母は僕の「父」と「母」であるとともに2人とも「父」と「母」をもつ。「父」は両親を亡くしてから20年以上たち、「母」の両親は健在だが、じいちゃんのほうは最近病気にかかって、そろそろなんじゃないかという空気が親戚の中に流れている。当のじいちゃんは「我が人生に悔い無し、いつ死んでもいい」と境地に達しているが、娘(母)としてはいろいろな思いがあるだろう。ものすごい奇跡の連続で命が受け継がれ、今、ココに俺の生がある。両親にもそれぞれの両親を思う時間がすごせたかなぁ。
 その後は、部屋の外で唄を聞いていた。AKIRAさんの言霊が札幌の空に響いてゆく。俺はホントにこの街が好きだ。文明社会の中の良くない流れから守ってゆきたいって思う。AKIRAさんの言霊がこの街の人々に、そしてこの土地に届くよう、元気な街札幌が、さらに元気になっていくよう、「祈りのうた」とともに祈った。
タクヤのお父さん&お母さん
 お父さんとお母さんの感想を聞きたかったので、3人で紙に感想を書いてまわすことで、シェアしました。お父さんも、お母さんもAKIRAさんに送っていいよと言ってくれたので代筆しまーす。
 まずは、お父さん
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 AKIRAさんのライブを聞いた。
 あのような場所でのライブは初めてと言うこともあって、感動とか感激と言うことより、エネルギッシュな歌い方と、感情に満ちた歌詞にただただ聞き入っていたというのが本音。 
 人間の悩み、悲しさ、淋しさの歌ばかりではなく、人生の喜び、楽しさ、嬉しさの歌もきかせてもらったことはすごく良かった。
 60年を過ぎた自分の人生も、沢山の悩み、つらさ、苦しみを味わい、しかし喜び、楽しさ、嬉しさもそれ以上に経験してきた。
これらのことをもとめて歌ってくれたのが、今回のAKIRAさんのライブだったように感じており、自分はある意味で冷静な気持ちで自分のこれ迄を思い起こして聞いていた。ただ、聞く年代によっては、それぞれの人がそれぞれの思いをかんじるんだろうなあとも思ったことは確か。
 人生は、山あり谷ありと言われても、いろんなことがあって、それに立ち向かう人間がいて、そして人生があるから、つらいことがあったとしても楽しく、素晴らしいものであることは間違いないと信じている。
 これからも、人生の素晴らしさ、家族、友人、仲間の素晴らしさも沢山沢山歌詞にして、より多くの人に「心」を伝える歌を続けて聞かせて欲しい。
 自分もこれからの人生、楽しく、幸せな気持ちを強く持って過ごしていければ、幸せな自分がそこにいるのだと思う。
 個人的には、最後の方に聞かせてもらった、お母さんの歌、ハッピーバースデー、旅立ちの歌(タイトルは全部違うと思うが、、、)が、やさしさを感じ、幸せを感じ、勇気を感じた、すごく印象に残る曲でした。
 健康に気をつけられ、益々のご活躍を祈ります。
 続いてお母さん
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 母にとって初体験のライブ。卓も出るとの事、卓の演奏を聴けると思い楽しみ、、、少し緊張して入っていきました。
 「どこから?」「どこで知ったんですか?」と聞かれ、この人がAKIRAさん?と思いつつ、すぐ卓也の両親ですかと気が付いてくださり、この「おばさん」少し浮いてしまうのではと思っていたのが、両親に捧げる歌も入れましょうとの温かい言葉に心が和みリラックスできました。(思いやりに感謝)
 最初に卓也以外のリディリジュを初めて聞いて、力強くAKIRAさんの言っていたように演奏する人によってずいぶん雰囲気や音が違うのにびっくりしました。札幌で演奏する人がいる事にも。AKIRAさんの歌、最初の「産まれた日、皆が喜んだ、、、?」題名は覚えてないけど、母はやはり我が子が産まれた日を想い、胸にジーンと涙が出ました。声が体の中にス〜ッと入ってくる感じで、歌を聞いて、泣けるのはまだピュアな感情が母の中にあるんだと、びっくり、、、お母さんの歌では、やはりAKIRAさんのお母さんの気持ちが思われ、最後にAKIRAさんがお母さんの側に居れて、幸せなお母さんだったんだなあとAKIRAさんのお父さん、お母さんへの想いが伝わり、胸が一パイで、又々泣いてしまいました。少し切なく胸が痛い想い、、、ハッピバースデー等、楽しい歌もあり、少しホッとしました。皆に合わせて歌を選んで歌い、なんと贅沢なライブなんだろうと、AKIRAさんの大きさ、思いやり、温かさが感じられた素敵な時間でした。
 卓もずいぶん長い演奏を心を込めて奏でて音楽を愛する青年に育ってくれたことがとても嬉しく思いました。
 沢山の曲や歌があると思いますが、今度は、明るく楽しくハッピーな歌も沢山聞いてみたいなあと思いました。若い人たちの夢と希望があふれる歌も聞いてみたいです。素晴らしい時をありがとうございました。
山内
黒豆さんのライヴでお邪魔させてもらいました、鹿児島の山内です。
もともと人見知りが激しく、しかも、雲の上の存在だったアキラさんを前にしてかなり緊張しました。遠くからアキラさんの姿が見れて歌を聴くことができればいいなと思っていたので握手をしてもらったときは、心臓バクバクで平静を保つのが大変でした。
ライヴはとても楽しかったです。 大好きなUnconditional loveやアキラさんの本の朗読を聞けて、ライヴ中は幸せ一杯でした。あと、ディジュリドゥーを始めて聞いたのですが、タクヤさんの演奏を聞いてビックリ・感動しました。体が勝手に音に合わせて動きだすし、魂が半分抜けたようになるし、不思議な体験でした。
あと、ライヴ中アキラさんが「死んだ人が時が経つにつれて、ますます身近に感じられる」と言った言葉なんですが、私は10年前に兄を事故で亡くしているのですが、10年前とかわらず寂しいままです。私もアキラさんのように身近に感じられるようになりたいな・・・と思いました。
鹿児島の私が札幌のアキラさんのライヴに行けるなんて、本当に偶然に感謝です。
アキラさんの心に染み入る歌ありがとうございました。まだまだ暑い日が続きますが体に気を付けてがんばって下さい。
加蓮
札幌にて、やっと、アキラさんに会えました。
喋っていたかと思うと、突然歌がはじまっていて、一瞬戸惑うんだけど、すぐにふぅ〜っと、吸い込まれるようにアキラさんの世界に入っていました。そしていつのまにか、目から汗が。。。
全身全霊の言葉に音にたくさん励まされ、たくさんエネルギーをもらったよ。ありがとう。だからかな、ライブを終えたアキラさんは、こころなしか小さく見えました。やっぱり、ちゃんとハグするんだった。ハグしてエネルギーのお返しするんだった。。。。
私の部屋には、アキラさんのネアリカ『牛のカムイ』が飾ってあります。(cpからコピーしました。ごめんなさい。) 見てると元気が出てくるのです。今度ネアリカ見せてくださいね。
それでは、またどこかで会えるのを楽しみにしてます。
スズキ
田中さんの家でやったホームライブ最高でした
明日なんて無い明日死ぬかもしれない
打ち上げの時に言われたことが心をうちました
いつの世も音楽はありました
オレは今の時代に生きれてラッキーです
腐敗しきったこの世のなかにみんなが寒がらない様に焚き火をくべているAKIRAさんに出会えたから
素適な夜を有難うございました
KIKKO
今帰ってきて、CDかけながら書いてます。
もう泣きそうだ。
今日アキラさんと出会えたことにまずは感謝です。
13日に友だちを亡くし、もともと死に対する願望が強かったので、ぐらぐらしていたのですが、今日のアキラさんのパワーで泣けて泣けて、持ち直すことができました。
ありがとう。
ありがとうばっかりです。
あとでじっくり感想送らせていただきます。
今日はほんとうにありがとうございました!!
aozoranosekai
 ブログ「ひとりであること、未熟であること」より転載。
AKIRAさん、ライブ IN SAPPORO 平庵にてレポート1

AKIRA さんというアーティストのライブが僕の通ってる作業所の所長宅で行われた。朝6時の始発で帰ってきた。
一昨日、所長宅を掃除、片付けを皆でやる。僕と彼女とN君とM子ちゃん。
そして昨日ライブが決行。最初はススキノの帝王のYさんとM君のモノマネで前座。
その後ライブへ。AKIRAさんは、去年の廃校になった札幌の小学校の音楽室を使い、行われた。この時初対面。
近づきがたかった。やっぱり初対面っていうこともあり。他のお客さんがいっぱいいて。僕はCDを4枚ほど購入。
思い切って、サインを頼んだ。優しかった。優しかった。とにかく優しかった。
そして僕が札幌でまた会いたいと話すと、「企画してください!!」と言われる。
僕の通ってる作業所「のほほん工房」 で作業として出している「ハッピーライフ」 という雑誌に歌の歌詞を使わせてもらう。
「背中」
AKIRAさんは、お父さんがアルコール依存症。子供の頃、無茶苦茶殴られて育った。
そんな父を許そうと、許せなかった自分を後悔している。
そんな思いがたっぷりつまった歌。
CD化は、新曲がいっぱいあり、なかなか進まないらしい。
AKIRAさんはハグを思いっきりしてくれた。
昨日、皆が帰った後、僕と彼女(二葉ちゃん)と、まっさと、まっさの彼女とN君とM子ちゃんが朝まで残る。
夜通しライブだ。皆が歌う。N君がオリジナルの歌を歌う。彼のギターは確実に上達して、ストリートミュージシャン
デビューも近い。世界50カ国を放浪、ホームレス、泥棒、薬物中毒から立ち直り、アンディーウォーホール氏の奨学金で
絵を学び、ミュージシャンとなる。ネーティブアメリカンの人たちとのやりとり、世界中の先住民族の人たちから
教わったこと。
自分の体験を伝えたいのだそうだ。
自分の音楽で飯を食べて、ビッグになるつもりはなく、ファンとのふれあいが好きだと。
AKIRAさんの話は面白い。世の中の人は、大学、企業、学校などを平均台の上を歩き、いつその社会の
枠組みから落ちるか怖がっていると。
「その平均台から落ちることは僕も怖かった」とDVDの中でも語っている。
でも落ちたら、そこには「地面」があったと。
落ちても、変わらず地面はある。
そこで立てば良い。
今の日本社会をうまく表現している。
みんな肩書き、大学、企業から落ちこぼれる恐怖から逃れるのに必死。
でもそんなことをやめても大地は在り続ける。
逆転の発想もAKIRAさんの信念になってる。
世間で良きこと、善き事。
悪いこと、悪しき事。
それが果たして本当にそうなのか。
善が果たして善なのか?
悪が果たして悪なのか?
逆に善と世の中でされていることは悪ではないか?
悪とされていることが善ではないか?
そんな問いがあるとのこと。
世界50カ国を放浪。
僕は彼の本を読んでいない。
CDは聴いている。
田口ランディ氏と共著 もある。
DVDのロールにうちの所長のそういちさんが出てる。
二葉ちゃんが言うには、有名な作家さんも出てるらしい。
ビデオを撮らせてもらった。
今二葉ちゃんは寝ています。
僕と彼女の生活はAKIRAさんから何かを得て、また始まった。
みんなありがとう!!AKRAさん、そういちさん、皆さんありがとう!!
aozoranosekai
ブログ「ひとりであること、未熟であること」より転載。
AKIRAさん、ライブ IN SAPPORO 平庵にてレポート2

とにかくすごかった。声に魂がこもってる。AKIRAさんの生きる力を僕たちはもらった。彼女は夜の11時に帰ると言っていた。
でも彼女はオールナイトを選んだ。僕は最初から朝までいたかったのだけど、彼女と一緒にいたいがため、帰ろうかと思っていた。
みなが帰った後、作業所のほほん工房の面々が残る。皆で歌う。僕はカメラマン。
AKIRAさんの曲で好きな歌に「背中」という曲がある。
AKIRAさんのお父さんはアルコール依存症だった。そして殴られて育った。父を憎んだそうだ。
でも亡くなった今、父を愛していたことに気付き、それを後悔している歌だ。
僕の父もアルコール依存症だ。「憎いけど、愛している。」
うちの父は僕を殴ったことはない。子育ては母に任せたと態度だ。AKIRAさんは夜中残った
僕たちに「背中」」を歌ってくれた。僕も父の背中が寂しく見える。あんなに憎んだ父は変わった。
母を求めるマザコンだったが父も僕は求めていた。人との付き合いが不器用なのだ。
というよりは子供との付き合いが不器用。うちの父は小学校1年で母を亡くしている。高3の時父も亡くした。
継母に財産を全部取られ、兄弟6人で束になって生き抜いてきた。そんな僕の父を思いながら
AKIRAさんの「背中」を聴いた。「背中」は僕たち「のほほん工房」 の作業の一つの雑誌「ハッピーライフ」 の発行
そのハッピーライフにAKIRAさんは快く寄稿してくれた。
AKIRAさんはハグで出迎えてくれた。そして、僕たちに色んなことを教えてくれた。どれも新鮮なのだ。
AKIRAさんは「学ぶ」という言葉をよく使っていた。「人生で学ぶことが一番大切だよ」と。
歌にもあったのだけど、「どんなに間違ってもいい」。どんなに間違ってもいい人生。
昨日の感想にも書いたが、間違っても何者かが受け止めてくれるのだ。AKIRAさんは地面があって、そこで歩いている。
今も平均台の上を目指そうとはこれっぽちも思っていないみたいだ。
間違っていいなら、いろんなことがラクになった。僕は言霊を信じている。自分自身の言霊の弱さに気付いている。
AKIRAさんの言葉には魂がこもっている。
AKIRAさんが地面を歩いてきてから何かが変わった。
もっと話したかった。何を話せばいいか分からなかった。
けど、やさしく「かつ!」と僕を呼び寄せてくれた。
AKIRAマニアの人たちには申し訳ないけど、最高の夜でした。贅沢だと思う。
人は自分を信じるからこそ、優しくなれのかもしれない。
何かまだ理屈は分からないが、AKIRAさんは自分を信じている。
そこが僕との決定的な違いだ。
こう書くとAKIRAさんはこう言うだろう。
「僕とトム(かつ)は何も違わないんだよ」と。
そして彼女は僕が去年AKIRAさんの札幌ライブで買い捲ったCDを自分のパソコンのiTunesに入れている。
彼女も感じていることがある。それを語り合った。それは彼女の言霊に任せよう。
あおい
AKIRAさん本当におつかれさまです。今日の夕方私も無事自宅に帰ってくることができました。
蔵王ライブからアイヌモシリ一万年祭、そして浦河べてるの家へと、本当に出会いの旅だった。
AKIRAさん達がお帰りになったあと会場では雨がさらに降り続きました。
私はその晩ずっと祭壇のそばで火をともし続けるお手伝いをしていました。
会場ではあちこちに水が流れ込み、道はえぐれ、テントは水浸しになり、中央の焚き火は消え、この火だけは、と思い祭壇の火のそばにいました。
AKIRAさんたちがテントをはっていた川むこうの地形はすっかりかわってしまいました。
AKIRAさんたちが無事で本当によかった!
幸い一人の犠牲もなく無事祭りの終わりを迎えることができました。
その大雨の晩から不思議なことがおこるようになりました。
様々なビジョンのようなものがみえたり、祭壇の火に虹がかかっているのが見えたり。虫たちがささやきながらちかづいてきます。
夜になると、あらがいようのないほどの声というのか力というのか、「運命を受け入れなさい」といった声にうちのめされたり。
運命?一体どんな?
でもなにかが大きく変わりはじめている、そんな確かな予感もするのです。
レラさんは「病気」はなおる、といってくださった。かつて私が逃れようと必死になっていたなにかがもう一度わたしの前に訪れている、それが「病気」なのかどうかはわからないけれど…
祭りの終わりのカムイノミの後、レラさんに「学びたい」ということを勇気を出してつたえました。
そうしたら、レラさんはなにかを考えるように、いいよ、二風谷においで、そうして、勇気づけるようににっこりわらって一緒に寝た仲じゃないか!といってくださいました。
なんといっていいのか…ただ今回の出会いに深く、深く感謝しています。

そして浦河べてるの家にゆきました。
電車が不通になっているという情報を聴いていたので一度アイヌ語学校から苫小牧にでて、浦河にむかいました。途中、沙流川あたりの海は茶色くにごっていました。
潔さんに会えましたよ!
二日間しかいられなかのですが、初日に具合がわるいときいていたのであえないかなあとおもったら、二日目のミーティングの時に御会いすることができました。
AKIRAさんのことをつたえると、私がAKIRAさんからいただいた、この旅でもうほんとにぼろぼろになってしまった、AKIRAさんとTAKEさんの写真を大切そうにポケットにしまいっていました。
AKIRAさんの電話番号をメモした紙をなくしてしまったのだそうです。もう一度おしえてくれないか、とおっしゃっていました。
AKIRAさんは元気か?と私に尋ね、具合が悪いのに病院を案内してくれました。入院している人たちをはげましながら、私も言葉をかわしあい、そうして一緒にたばこをふかし、最後にきつくきつくだきしめあってわかれてきました。
またあいにゆきたい。そう思いました。
べてるの家で出会えた人たち、出来事をかんがえながら今日の朝帰途につきました。
AKIRAさんの歌に始まり、ほんとうに沢山のひとたちとであうことができました。
AKIRAさん、そしてみんなに、本当に感謝しています。
これからAKIRAさんのCDをききます。(あの雨のなか、奇跡的に無事だった!)
心からの感謝とともに
規加
今日は北海道らしいカラッとした晴天♪
バックパックも片付けたし、昨日のうちに洗っておいたテントも乾いたみたい。
ひとつひとつ日常に戻っていく毎に、今年の夏がいかに濃かったかを思い出してるよ。
一万年祭、平庵、黒豆、銀杏、ひとつ見逃したけどそれぞれ違う雰囲気で、でもどの会場も最後に〈ひとつになる〉感じがした。
あの感覚、好きだなぁ♪
規加にとっての「夏のアイドル」はAko&星太!
AKIRAサンのステキな記憶力(笑)に感謝!
AKIRAサンがAkoさんに規加のアドレス添付してくれてなかったら今の規加は無いもん。
ホントにありがとう!
KIMIKO
★ライブin黒豆
よかった。すごく・・・言葉にならないくらい。
じつは私は前日までAKIRAさんのことはほとんど知らなかった。
AKIRAさんの歌 そしてディジュの音色に圧倒されながら、、、、
わたしなんでここにいるんだろう〜!!!!? なんて思った。
不思議だよね。
いいものに出逢ったとき、それまでの自分のなにもかもが肯定できる。
このよさがわかるために、いろんなことがあったのかな、、って。
もっとはやくに知っていれば、、、、なんて思わない。
ここに辿りついて感動するにはあれもこれも必要だった。そう思える。
・・とはいえ、早い時期に出逢えた若い人たちがちょっぴり羨ましい。
ライブのあと、あの時間を共有した人たちと交流があった。
うれしくって、いっぱい話してしまった。話を聞いた。
それぞれの人が持ち寄った過去もひっくるめて、あの場に偶然と必然があって
それを心から愛しいと思った。 
きっと明日は ライブに行ったことが必要だったと思える出来事に出逢うのだろう。
明日のために生きている。  
Thank you ☆ AKIRAさん、出逢えたみんな。
AKU
深川の銀杏にお邪魔しに行ったAKUです。
先日はライブおつかれさまでした&ありがとうございました。
正直なところ、ギターに歌ってジャンルはあまり興味がなかったのですが
充が絶対見て欲しい!と進めるので行ってみた感じでした。
けど、行ってみて大正解! 最高でした!
音に気持ちが乗っかっていてすごくリアルに受け止められる感じというか、
想像で書いた歌詞やどこかで覚えてきた言葉なんかではなく
自信が身体で、心で、体験し、そこでしか得ることのできない核の部分が伝わってきました。
普通の人が体験できないような世界を生きてきたからこそ出せる音なのかもしれませんね。
一曲一曲に深さがあって、聴きながら私自身いろいろ考えさせられたり、へこんだり、勇気をもらったり・・・
AKIRAさんはいろんな事に挑戦したり、いいこと悪い事いっぱいしてきたからなのか
すごくいろんな事を知っているし考えていますよね?
時間があったらもっとゆっくり話ししたかったです。
機会があったらいろいろ聞かせてください。
それと、今度は私ともセッションしてくださいねw
聖には及ばないけど私もディジュ吹きなんですよっ

長々とすいません。またライブあったら駆けつけます。またお会いしましょう!
ヤーマーンw
えみぃ
こんにちは!先日深川でお会いしましたえみぃです!!
お会いできて 
温かく素敵な空間で時と共に、
音や出会いの流れを感じることが出来て大変嬉しかったです。
ありがとうございました。
なわぞ〜
アキラさんモシリのときは
どうもありがとう
アキラさんのうた
心の底から響きました
Be yourselfいいですね〜
また聴きにいきます
お元気で!
けんいち
こんにちは! 札幌での黒豆とスナック銀杏でのライブに行ったけんいちです。
AKIRAさんのライブ、初めて行ったんですが、色んな思いがぐるぐる巡りました。
自分も、父と母には、いい意味でも悪い意味でもすごく思いがあるので、黒豆で歌った父と母の歌が、胸に迫りました。
自分の意見が押し通せなくなりそうになるとすぐ殴って黙らせようとした父と過保護だった母でした。
最近まで、そんな親を責め続け、許せませんでした。
でも、自分自身と向き合ったときに、そのことからは、もう逃れられないし、その思いに囚われ続けては、きっと辛いままなんだろうなぁって思えるようになりました。
なるべく、嫌なことは嫌ってはっきり言うようにしたり、感謝の言葉をちゃんと伝えたり、自分自身から、気持を伝えていこうかなと思っています。
AKIRAさんの言葉の一つ一つが、自分の胸に響きました。
本当に2日間、ありがとうございました。
それから、大好きな曲、だいじょうぶマイフレンドの歌詞を書いてくださって、どうもありがとうございました。
ずっと大切にします。
また、いつの日かライブ、遊びに行きます!
TAKKU
AKIRAさんこんにちは。黒豆ライブで出会ったTAKKUです。
AKIRAさんの歌はとても暖かく優しい感じがしました。
あの暑い中で汗だくになってたけど、その暑さもなぜか気持ち良くたまに吹く風が笑顔にも涙にもなった気がします。
AKIRAさんとはこれから先なぜか出会う事がいっぱいある感じがするんで、
その時はTAKKUのジャンベとセッションしましょう。
では体にきおつけて
またあうひまで
mako
先日はたくさんの素敵な唄に出会えて、とても感動しました。
ありがとうございました。
「ベスト」っていう曲、なるほど…と関心していました。
個人的には「天使のKiss」が好きです。
無理をして頑張らなくても、駄目な自分も自分なのだから、肯定しても良いのかしら…と思ってしまいました。
まあ、私は怠け者なので、人一倍、頑張らなくてはならないのだけど。
昨日は本当にありがとうございました。
黒豆
黒豆さんのミクシ日記より転載。

もう、感動でした。
本当に来て下さった方ありがとうございました。
東京からも、広島からも。。。
今日聴けなかった方も、是非いつかどこかで聴いて下さいね。
今日のために頑張ってくれた「みつる君&奥様」「せい君」ありがとう。
「たくや君」との出逢いにも感謝です。
来れなかった方に。。。せめて写真だけでも!!
今日も涙ボロボロ。。。
タクヤ
タクヤのミクシ日記より抜粋。

AKIRAさんLive at アイヌモシリ一万年祭
 一万年祭にAKIRAさんが来ていた。僕のディジュリドゥーと一緒になにかやろうということになった。
 Liveのはじまり、ディジュリドゥの音色にAKIRAさんの著書「神の肉 テオナナカトル」から「父」についての言葉が重なってくる。父の一生、死の知らせ、父を許せたとき、、、AKIRAさんの父に対する、哀れみ、悲しみ、そして、許すことで父とひとつになってゆく思いが、僕というフィルターと通して、ディジュリドゥの音色になってゆく。その音は、時にまどろみ、熱く燃え上がり、カオスに陥り、そして天国の父へと還っていった。
 一呼吸の後、「父」の曲がはじまる。「父よ、永遠に追いつけぬ孤独な背中よ。。。」ここからは、何故かAKIRAさんの父の思いのほうが強く音に現れた。生きていたときの、深く混沌とした心が抒情的な音の波を創り出し、伝えたくても伝えられない、伝わらないなげきが、遠吠えの音として、AKIRAさんの唄にかぶさっていった。
 自分の音が良く聞こえず、全体の音を聞くことはできなかったが、きっとすばらしい曲になっていたと思う。
 その後はAKIRAさんのソロライブ。マタンプシ(アイヌの鉢巻)をし、ボロボロの上着に、キレイな腰巻をしていたAKIRAさんは、二風谷という土地と、アイヌの装飾品で飾られた手作りのステージと一体になっていた。いつものAKIRAさんは「異色」の存在として、すごいエネルギーをステージ上から放ってくるのだが、今回のLIVEは、その場所と一体となっていて、僕は吸い寄せられるように見、そして聞いていた。
 AKIRAさんの曲は、現代の文明のしがらみにとらわれ、迷い、なげく人達に光を差し込む曲である。それに対し、ココにいる人たちは現代の文明のしがらみから抜け、カウンターカルチャーを自分の中心として生きる人達が多い。「ココにいる人達にAKIRAさんの唄はどう聞こえるのだろう?」というのが気になっていた。
 現代の文明、カウンターカルチャー、そのどちらにも足りないものがあり、必要なものがあると思う。ヒトが意図的に操作している現代社会には、そこに光を差すカウンターカルチャーが、カウンターカルチャーに生きる人達には、現代社会に起こる悲しみを知る心と、現代の文明との調和が必要なのではないかと思う。そのんなことを、感じながらAKIRAさんのLIVEを聞いていた。
 ここにいる人達が何を感じたかは、皆、それぞれその人自身でしかわからないもの、僕の分かり得るものではない。最後の曲の後は、名残惜しそうな、そして、もう一曲求めるような拍手が残った。心地よく、パワフルなライブだった。
ako
タクヤのミクシ日記のコメントより抜粋。

takuyaさん。1万年祭おつかれさまー!
素敵なライブでしたね♪
はじめに、takuyaさんのディジュでakiraさんの朗読が入って
アタシも聴いてる人みんな吸い込まれるようにしてすべてが一体となっていたよ。
ステージに居ると自分には音が聞き取りにくいみたいだけど
こっち側には、しっかりとどいていました。
言葉じゃうまく伝えられないけど・・・
akiraさんの「背中」とディジュの切ないなかに
やさしい感じが感動しました!!
ほんとうにありがとう!!!!
マッサ
ギャンブル依存、うつ病、AC、ワーカーホリックの33歳です。
今入院中で、どうしてよいか分からなくて苦しい状況の中で、AKIRAさんの生でライブが聞けて心にパワーを貰って、ここに来るまで絶望的な気持ちが明るい希望の光が心の中に広まって、この苦しい今の状況を活かして、これからの人生の生きる力にしたいと思いました。
AKIRAさんと話しが出来て、色んな言葉を貰って、共感できて本当に嬉しかったです。またお会いしたいです。ありがとう。
今回来て本当に良かったです。
AKIRAさんの歌で救われました。
生きる力を貰った感じがします。
新たな自分を作り上げて、新しい夢に向かって生きて行きます。
これからも頑張って下さい。
又あえることを信じてます。
ありがとうございました。
お先に失礼します。
Duck
AC、総合失調症の32歳です。
「アンコンディショナル ラブ」、「祈りの歌」、「Happy Birthday」がとても良かったです。あとピアノの曲も好きです。早くCD化して欲しいです。
私は自分では狂っていると思っているのに、周囲の人にはまともだと思われていて辛いです。でもそのことを友人に話せるようになったら楽になりました。
AKIRAさんの歌もそんな感じに楽になれる歌です。ありがとうございました。
またライブに行きたいです。また会いましょう。
今日はお別れの挨拶もできずにお別れでさみしいです。お先に失礼します。
また心が楽になれる歌を聞かせて下さい。
これからも頑張って下さい。
MACO
「天使のkiss」が好きです。頑張らないでもOKかなって思いました。
ナマケてる自分がスゴーイ居るので(苦笑)。楽になるウタでス。
ハラシー
マインドウォーの話が心に残っています。
今自分に欠けているのは「今をキザム(心に)」だと思っています。
俺は俺でいいと日々感じて生きていたいです。
不感性な人間にならないようにギターに精進します。
みや
総合失調症の30歳です。「Be yourself」と「祈りの歌」が良かったです。AKIRAさんに出会えて良かった! かっちゃんと暮らしていて幸せです。CDもDVDも2人でききます! 元リストカッターです。
今回はAKIRAさんに出会え、そのメッセージに触れることができて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。
お先に失礼しますが、またお会いできる事を信じています。
AKIRAさんのメッセージ、確かに届きました。
ありがとうございました。
トム
「祈りの歌」、「Happy Birthday」が良かった。
引きこもり10年やってた36歳です。山口さんと住んでHappyです。
去年に続いて、「また札幌で会おう」と言ってくれたAKIRAさんとお会いして、しかもこんなに近くで話せて嬉しかった。
「背中」はうちの父もアルコール依存症なので、好きです。今は憎くはありません。父62歳。母62歳。離婚して、母が脳幹からの出_で命が危ない時に来てくれました。
母は車椅子で一生歩けません。父はヘルパーさんと生活保護で母の介護です。父も丸くなりましたが、未だにお酒をやめられません。
父と母が仲良くテレビを見ているのが好きです。子供の頃にはなかった父と母の顔です。父の「背中」も年々小さくなっています。
CD化して下さいね。
ありがとうございました。
tomo
ナイスバディーになりたいです。
特に胸が……(笑)。
「Happy Birthday」が楽しかったです。
「アンコンディショナル ラブ」すっごい良かったですう。
花の独身です。
ナオヤ
「Be yourself」がみんなで手を叩いたのがすごかった!
アコースティックライブは迫力があって良かったです。
ヤマウチ
Boys Be Ambitious.
今日はライブ見れて良かった。
「Be yourself」が良かったです。
su
「Be yourself」、「大丈夫マイフレンド」が良かったです。
そういち
ライブありがとうございます。病名アル中。
「僕の居場所」、「祈りの歌」、「ミタクオヤシン」が良かったです。
「背中」を聞きたかったです。また札幌に来て下さい。
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