関東ライブ感想集

★東京、大宮、前橋でおこなわれたAKIRAソロライブの感想集です。

AKIRAブログ

★新大久保「水族館」ライブレポート
★大宮「アルカス・カフェ」ライブレポート
★前橋「サンデールーム」ライブレポート

新大久保ライブ
2006年10月20日(金)オープンマイク・イベント「10月は黄昏れの国」開場18:00/開始19:00
ライブバー「水族館」新宿区百人町1-10-7 11番街ビルB1F(地図
予約:2,000円 当日:2,300(ともに1Drinkつき)
(出演)AKIRA、フーゲツのJUN、ララリーヌ、ねたのよい、マツイサトコ
イワセユウコ
だから、そう、その場所にはもう笑顔ばっかりしか、なかったんだよ?「ONSENS」のボーカル「AKIRAさん」のサイトは、旅の途中にブラジルで出逢った長旅人トシさんから聞いた。
バカバカしい中にも、すげー大事なコトを言っていて、旅し過ぎて人として大事な何かを忘れそうになっていた私は、その何かを守る為、1年以上の長旅の間ずっと、ネットカフェで彼のサイト日記を読み続けた。そして帰国。季節は秋だった。スグにAKIRAさんとタケちゃんの家に遊びに行った。
実際の2人は想像以上にステキな人達で、いっぺんに好きになった。
その後サイトで、一ヵ月後に「ONSENS」が渋谷でデビューライブするって知った。
まだ2人とそんな親しくもなかったけど、初対面の人の家にも平気で居候するバックパッカー特有のずうずうしさで、ボランティアスタッフに立候補してみた。
当日は、光がこぼれ、鳥が歌い、虹の花の咲く、本当に素晴らしいライブとなった。
またポケットに虹を詰め込んだステキなスタッフや、笑うと周りに花が咲くステキなお客さんとの沢山の出逢いもあり、そんな人達を集めてしまうONSENSにすっかり魅了され、その後のライブに、うっかりほとんど参加するコトとなる。
次のライブは年明け春。群馬県前橋市のお寺だった。今回は普通にお客さんとして行った
んだけど、勝手にチケットもぎりしたり、機材の搬出をしたりした。もちろん打ち上げにも参加した。だってメンバーはもちろん、相変わらずスタッフとお客さんが驚く程ステキな人達ばっかりで、だから私はその空間にただ混じって、いたかったんだ。
次は梅雨の東京青山&江古田の2DAYS。仕事の都合で1日しか行けなかったけど、
前と同じように勝手に手伝いして打ち上げにも参加した。そんなコトをしてるウチに、いつの間にかライブを通じた顔見知りが増えて、いた。
そして総勢30人から成る夏の北海道札幌&アイヌモシリ(アイヌの聖地でのお祭り)ライブツアー。
AKIRAさんタケちゃん2人の「ONSENS」はいつしか、ベースにリュウ、パーカッションリズム隊にヤオさん&リエちゃんを加え、5人編成のバンドへと怒涛の変化を、していた。
私は相変わらず仕事でこのツアーにも数日しか参加出来なかったけど、家族旅行と林間学校を足したような、とっても楽しい忘れ難い旅だった。良い友達が沢山、出来た。続いて秋の高知県高知市&ヘンプ・ザ・ギャザリング(フェスイベント)ライブツアー。
直前に仕事を退職してフリーの立場になっていたので、ヒマ丸出しで全日程参加した。
私はこの土地で「発狂」して、しまったのだ。発狂真っ最中の私は、夢の中にいるようで、全てが全てが、さっぱり訳がわからなくなってた。混乱していた。でも、沢山の人に迷惑かけたのは、事実で。本当にごめんなさい。でも、良い旅だった。みんな、ありがとう。
全国ツアー状態になったONSENSの勢いは、群馬県高崎市ライブへと続く。
気がつけば、ONSENSがらみの友達と一緒にいる時が、1番リラックス出来て、1番自分らしい自分でいられる私になっていた。ONSENSなしの生活はもう、考えられなくなっていた。
そして勢い余って、友達と共同主催した地元名古屋2DAYSライブ。
北海道、本州(新潟、群馬、東京、神戸等)、四国、九州、沖縄と、日本の全ての地域からお客さん達が来てくれた。
とってもとっても美しいライブとなった。みんなが喜んでくれた。本当に嬉しかった。
でも何より嬉かったのは「自分の土地に」ONSENS友達が沢山出来たコト、だった。
その後は、何をするでもほとんどそいつらとツルむ日々となった。
再度年明け、春直前の東京江古田&横浜2DAYSライブ。
その前後は、個人的に月単位の旅をしていた。でも、何気にその旅日程は、ONSENSのライブスケジュールに合わせて組んでいた。
だってライブはいつしか、自分にとって参加するのが「当然のモノ」になって、いたから。
またメンバーや全国のONSENS友達との、「再会の場」にも、なって、いたから。そう言えばONSENSと一緒に全国を旅をする中で、私は本当に沢山の人達に出逢った。
人ん家を転々と居候し続けながら絵を描いてるヤツ。タイコを学ぶ目的だけにアフリカ旅するヤツ。移動手段はヒッチハイクが基本なディジュリドゥ吹きなヤツ。
「そんな生き方も<アリ>なのか!」と、私の平坦な価値観を根底からビビらせてくれた。
しかもそいつらはアートを通じて、人を癒したり、世界の平和を願ったりしていた。
またONSENSのアーティスティックな部分に触れる機会もさすがに多く、いつしか私も、
そんな風に「自分を表現」しながら生きてゆきたいと願うようになって、いた。私は雑誌編集者をやっていた。文章を書くのは、好きだった。誰かが私の文章を読ん
で笑ってくれたり、元気になったりしてくれると、嬉しかった。だから「創作」の手始め
として、長旅の間に書いていた旅紀行を完成させよう、旅の本を出版しようと、思った。
でもその春から夏にかけて、私の人生は下り坂になるコトが、何故か自分でわかっていた。
ただ、夏から秋にかけて、人生は再度上り坂になるコトも、何故か自分でわかっていた。
そんな状況ならば元いた場所で鬱々と過ごすよりも、外に出て刺激を受けた方がイイな。
旅をしながら文章を書き貯めよう、なんて思った。
でも普通にお金もないし、夏の終わりには例年行事になってる海外の砂漠のお祭りに行く予定もあって、その費用も必要だし。だから「リゾバ」と呼ばれる、旅館やホテルや山小屋を、短期契約で働く仕事を選んだ。日本各地を転々とした。
サービス業な半年間は、日祝日には当然休みが取れず、ライブに全く行けなかった。
すげー残念だった。みんなに逢いたかった。

そんなリゾバ仕事も終わり、また旅からも帰り、先日の群馬県前橋市ライブ。
ONSENSフルメンバーではなく、AKIRAさんのソロライブだった。ソレでも良かった。ONSENSの空気に、触れたかった。
ライブは、小さな間接照明だけの穏やかな闇の中、みんなのココロに小さな光がともるような、そんな、とってもとっても美しいモノと、なったんだ。「きみの居場所」で相変わらずの圧倒的な優しさに包まれる。
「大丈夫マイフレンド」で絶対的な肯定と励ましを浴びる。
流れる涙と鼻水は、もう、服の裾で拭うのもやめてしまった。そのままに、しておいた。
「HELLO MY MAM!」では、母親に感謝を捧げた。ライブで何度も何度も聴いたこの曲だけど、実は母親のコトを想い浮かべたコト自体が、初めてだった。
家族とは長い間、離れて暮らしてる。ヒドイ話なのだが、うっとおしく想うから、疎ましく想うから、離れてる。でも「いつか家族にも、ONSENSを生で聴かせてあげたいな」なんて考え始めてもいて、そんな自分に少し、驚きも、した。
そしてONSENSの音楽所属ジャンルは「トランスパーソナル」である、って言葉の意味を、今更ながらにようやく理解、する。
ONSENSの曲は「その時」、「その人」に「必要な曲」が「響く」んだ。
聴く人によって、心をふるわせる曲は違う。でも同じ人でも聴く時期によって、心をふるわせる曲は違うんだ。
曲に、慰められるんだ。励まされるんだ。揺さぶられるんだ。気づかされるんだ。
未来に向かって歩き出すチカラを、もらうんだ。
ソレはちょっとだけ、「愛」なんて行為と、似ているんだ。
ソレがおそらく「トランスパーソナル」ケアなんてモノだと、思うんだ。心が、不思議な高揚をしてるウチにライブは「存在の歌」に続いて、ゆく。
その歌は、大事な人がいなくなってしまって、なんて歌なんだけど、聴きようによっては、「失われてしまった自分の何か」に対するレクイエムにも、聴こえる。
でもその歌が、私にとって大きな「分岐点」になってしまうなんて、曲が始まった時には、
思いもよらなかったの、だけど。
そう、サビの部分でAKIRAさんが張り裂けんばかりの声を上げたその刹那、「何か」が、「はじけた音」を、私は確かに、聞いたんだ。ソレはきっと最近自分で「今はターニングポイントなんだ」って言ってたAKIRAさんの「何か」が、はじけたんだ、なんて思った。だってその直後から歌声が、上手くは言えないんだけど何だか全く、変わってしまったから。
AKIRAさんの「何か」が「今」、変化したんだ。その瞬間に、私達は偶然にも立ち会ったんだ、って思ったんだ。
うん、でもね。
違ったんだ。
違ったんだよ。
急に私自身の奥底から「想い」のような何かが、沸き上がって来たんだ。
ソレは、「書ける!」って言う「確信のような何か」、だった。

そう旅の間、私は文章を書き続けたんだ。おかげで、予定分量は随分と進んだ。
また帰国後、名古屋から山梨に住まいを移した。山篭りして残りを書こうとしたんだ。
でも引っ越してスグ、体調を悪くして二週間寝込んだ。その後一週間かけて必死に頭を
「文章を書くテンション」に戻そうとしているんだけど、全然、上手くいかなくて。
何故だかホントに書けなくなっちゃって。
正直、ダイブ焦っていた。
だからAKIRAさんの声が降り注ぐ間、厳密に言えばさっき「BRAVE HEART」を
歌ってた間中、私は密かに「願掛け」をしていたんだ。
神様。私は、私は、文章を、書きたいのです。旅の文章を、書きたいのです。
でも今は、書けないのです。
自分でも頑張ったのです。でも、何故か書けなくなってしまったのです。
だから、もう一度執筆する自分に戻る「スイッチ」をどうか、ください。
執筆する勇気を携える自分になる「スイッチ」をどうか、どうか、ください。と。
創作する力。ソレは自分でどうにかするモノだ。他の誰かや何かに委ねるモノじゃない。
そんなのはわかってる。でもその時の私はもう本当にどうしようもなくなってたんだ。
だから、祈ったんだ。
そして創作と勇気も多分本当はあんまり関係ない。でもその時の私はもう本当にどうしようもなくなってたんだ。だから、祈ったんだ。
瞼を強く強く閉じたまま、教会でマリア像にひざまずくような想いで、祈ったんだ。
「BRAVE HEART」。勇気をテーマとする、その歌で。ただAKIRAさんの歌に「願掛け」するなんて、おかしなコトに思えるかも知れない。
でも私は知ってる。この人の歌は、何故だか本当にみんなの「スイッチ」の役割を果たしてしまうコトを。
そんな沢山の人達を、この目で本当にいっぱいいっぱい、見てきたんだ。
10年ひきこもってるのに、すげー頑張って頑張って名古屋ライブに来ちゃう横浜のヤツ。
リスカの腕の傷が人に見られたくなくて今まで長袖しか着れなかったのに、
ライブスタッフに関わる一連の流れの中でソレが吹っ切れた高知のヤツ。
自殺未遂のエキスパートなのに、ライブ旅を通じて沢山の人に出逢う中で、再度「生きよう」と強く決意が出来た宮崎のヤツ。
おそらくその全ては本当の意味で「AKIRAさんやONSENSの力」ではないだろう。
「本人達」があがいて、あがいて、頑張って前を向こうと苦しんだその先に、たまたまライブがあって、沢山の人と関わって、自分と向きあって。ソレら全てを通り抜けて、
そうしてようやく、なりたかった自分に、少しだけ、近づいたんだろう。
でも、ライブなんつう、そういう「きっかけ」を作り出してくれたのは、やっぱり「AKIRAさん」であって「ONSENS」であって。そう。コレは本人達には絶対に秘密だけど、私はONSENSのコトを密かに「魔法使い」だと、思ってるんだ。もちろん本人達は無自覚の魔法使いだ。
魔法使いにも攻撃とか治療とかの得意分野があるけど、彼らの場合は「人を出逢わせる」
コトを得意とする、魔法使いだ。
私達はネットでサイトを見る。実際のライブに行きたくなる。閉じてしまった自分の狭いコミュニティを飛び出す。そして、ライブを通じて沢山の人に、出逢う。
ライブは実際、素晴らしい。でもONSENSの全ての中で本当の意味で1番重要なのは、「人と出逢うコト」なんだ。今まで関わるコトもなかったような人と出逢い、話を聞いて、自分の中身が少し広がる。
強烈に凄い人と出逢って、自分の小ささを思い知らされる。泣きたくなる。
みんなの前でヘマをする。逃げ出したくなる。死にたくなる。
でも誰かに今まで知らなかったステキな自分を見つけてもらって、今までより少しだけ自分を好きになる。
自分の新しい何かに自分自身で気づいたりして、また少し前を向けるようになる。
とってもとってもステキな人と出会って、自分もああなりたいと、夢みたり、する。他者と話しをするコトは、自分ともう一度お話するコトなんだ。
他者と出逢うコトは、新しい自分と出逢うコトなんだ。
そんな風にライブを「スイッチ」にして、本来の自分を取り戻して新しく歩き出す人達を本当に本当に沢山見たんだ。本当に本当に沢山見たんだ。
その様子はまるでONSENSが「奇跡」を起こし続けながら、ライブを、旅を、してるみたい、だった。
いつからか、ああ私は「ミラクル」を見せてもらっているんだな、と強く感謝するようにすら、なっていたんだ。
そんな風な日々だったから、AKIRAさんの歌に私が「今の私にスイッチを!」と願うコトは、とっても、自然なコトだったんだ。
そして、この曲が私の中で実際に、「スイッチ」になって、しまったんだ。

ああ、私はもう書ける。書ける。書けるよ。コレでもう、書けるよ。
そんな想いが猛烈な勢いで私の全部を、支配する。
そう。「何かがはじけた」気がしたのは、私の方だったんだ。
ONSENSと一緒に旅をした1年間、本当に沢山のコトがあった。
まず関わる人がみんなあまりにも優しかった。その優しさに触れているウチに、何故か私も優しい人になっていった。またひるがえって、昔誰かに、不愉快な想いをさせたコト、
傷つけたコト、迷惑をかけたコト、全部を思い返して、猛烈に反省したりした。でもソレらの痛みを知ったその分だけ私は、優しくなった(あくまで自分比)。
そして1人で旅をしたこの半年間は、本当に本当に沢山のコトがあった。
宿泊業務はあまりにもキツかった。不規則で拘束時間も長く、また人間関係で異常に苦しめられた。あんまりツラくて、いっぱい、泣いた。いっぱいいっぱい、泣いた。
でもソレを乗り越えたその分だけ私は、強くなった(くどいけど、あくまで自分比)。
そんな風に、自分でもわかる位、精神が猛烈な勢いで成長していった。
だけど、肉体が、全然ついてきて、なかった。その肉体が、一気に、追いついたのだ。
AKIRAさんの宙を切り裂くような叫び声が、何故か、私の精神と肉体を、強烈な
衝撃をもって、ヒトツにしたのだ。
ソレは一般常識では非現実的なコトかも知れない。でも私の内部では現実におこったコトで、
そしてとっても、リアルなコト、なんだ。
そうして、私は、変わってしまった。
まるで、生まれ変わってしまったかの、ように。
だって、さっきと比べてAKIRAさんの歌が全然違って聞こえる。細胞の隅々にまでしゅるしゅる染み渡るようにように私に届く。そう耳さえも、変化してしまったのだ。実際ライブ後には、執筆を再開する。猛烈な勢いで。まるで今までの遅れを、取り戻す
ように。また、上手くは言えないけど、世界に対する皮膚感覚も、今までより鋭くなった。
更には日常の美しさに気づき感謝する視点も、増えた。
やっぱり私のすべては、変わってしまった。
「願かけ」していた、「もう1度書き始める為のスイッチを手に入れるコト」。ソレは現実となった。でも一緒に、「私の全てが変わる」なんてコトがおこるなんてのは想像も、
しなかったんだけど。そして輪廻をテーマにする「Reincarnation」に繋がる。
前回の前橋ライブから1年半。
あの時ラストだった曲が、今、流れてる。同じ土地で流れてる。
「一巡した」んだ。
そんな想いが静かに、溢れる。
円を、ぐるり廻ったのだ。ココで始まったすべてが、もう一度ココに辿り着いたのだ。
ソレは例えば、巡る季節のようなモノ、なのだ。
春に咲いた花が、夏にしぼみ、秋に再度種を撒き、冬に土の中でじっと耐え、そして春にもう一度花開かせるような、そんなようなモノなんだ。
ソレは森羅万象のヒトツで、宇宙の理(ことわり)のヒトツでもあるんだ。
一切はただ流れてゆくんだ。決して留まるコト、なくね。
ソレはちょっとだけ寂しい気もするけど、でもね、とってもとっても、
美しいコト、なんだよ?私は、「今の私」は、ONSENSに「育ててもらったから存在してる」と、想ってる。
自分と向き合い、悩んで、苦しんで、認めて、受け入れて、愛して「今のイワセユウコになる」機会をいっぱい、もらったのだ。
私は地球の平和を願ってる。文章やマンガを創作して、そういうコトを伝えようとしてる。
でも私がやるよりも、ONSENSがやった方が「現段階では効率がイイ」。
実際に救われてるヤツがいっぱいいる。だからONSENSを全力でサポートし続けた。
でもソレは今想えば、ONSENSに自分の夢をただ丸投げしてただけだったし、ヘタすると単に「依存」してただけだった。
「自分の足で立て」と歌うONSENSの1番近くにいた私が、1番自分の足で立ってなかった。
ソレに気づいたAKIRAさんに「ONSENSのやり手ババはやめろ」と突き放されて、
そして、私はようやく、もう一度、自分の足で自分の夢を、歩き始める。
ONSENSから離れてたこの半年は、その為の、大事な大事な時間だったのだ。ソレに初ライブから、ライブレポをずっとずっと書かせてもらっていた。
好きでやっていたコトだけど、結果として、私の文筆レベルをぐっと引き上げてくれた。
ソレは今後、私が創作で喰ってゆく為のすべての「基礎」を築いた感すら、あるのだ。
そういう意味でも「育ててもらった」って、思ってる。
そう、そう言えば、私はそのライブレポでいつも「架空の誰かの物語」を書いていた。
でも、今さっき気がついたんだけど、今回初めて私は「自分の物語」を書いている。ああ、そうか。私はようやく他の誰かじゃなく、私自身のコトを、語れる私になれたのだ。
ONSENSの夢じゃない。私の夢を、実現する為に頑張る私に、ようやくなれたのだ。
そう、私自身の歌を、歌い始める日々が、ようやく、始まるのだ。

ラストの「祈りの歌」を、アンコールの「BORN TO LOVE」が追いかける。
AKIRAさんがステージからみんなに「乳ガンで苦しんでる友達のヨウコの病気が良くなるよう、祈ってください」って募る。あんまりの切実さを伴う、その痛み。
だから私も、祈ったんだ。いっぱいいっぱい祈ったんだ。
どうかヨウコさんの全てが美しくありますように。
どうかヨウコさんの全てが美しくありますように。
どうかヨウコさんの全てが美しくありますように。
祈ったんだ。いっぱいいっぱい祈ったんだ。
祈りなんて行為は随分と非現実的だし、ちょっと心もとない位に頼りないモノだ。
でも私は、ソレをやめない。
「祈りの力」。ソレを私は信じてる。
ソレは去年1年かけて行った趣味での神社巡りの影響かも知れない。旅で出会った沢山のシャーマンが「祈り」で本当に現実をひっくり返していったのを見た影響かも知れない。
AKIRAさんがサイトを通じて、不特定多数の人に祈ってもらって実際に病気の人を治してしまった「祈りプリジェクト」を知った影響かも知れない。
でも理由は何でもイイんだ。とにかく私は、祈りの力を信じてる。
だからいっぱい祈ったんだ。いっぱいいっぱい祈ったんだ。ヨウコさんの、そう、ヨウコさんの全てが美しくある日々はもう一度必ずくる。だって
本当に本当に沢山の人が、彼女の為に、祈ってるから。
そう、奇跡は、奇跡は、いつだって、そう、
愛を、強く強く祈る者のもとへ、やってくるの、だから。

そうして、穏やかで柔らかな優しい拍手に包まれながらライブは、終了。
会場となったカフェ・サンデールームさん手作りの、とっても美味しいチャパティと、
前日開催の埼玉大宮ライブ主催者差し入れの、手作りクッキーとチョコで打ち上げ。AKIRAさんと大きな大きなハグ。ライブの前に歌とダンスを披露した出演者や前橋スタッフ、お客さんとも沢山の、ハグ。
少し話をしただけでわかるよ。キミらホント、すげーイイ奴だな!私はみんなに出逢えたコトがとっても、嬉しかったよ?ちょっと感激してしまった位だよ?
そんな軽く涙ぐみそうになる圧倒的な幸福感の中、ふと周りを見渡せば、ああ、その場所には相変わらず、笑顔ばっかりしか、もう、なかったんだ。私は、そう私は、発狂して私自身の存在が危うくなった時、自分の為に「リストカッター」を歌った。
自らの全てを否定して落ち込む友達の為に「なんくるないさ」を歌った。
メキシコのキノコセッションの時、痛みを抱えるシャーマンの為に「HELLO MY MAM!」を歌った。
いつでもONSENSの歌が身近にあった。いつでもONSENSの歌に支えられて来た。
でもこれからは自分の為に自分の歌を、歌うんだ。自分の歌で、自分を支えてゆくんだ。
もちろん時々は、またONSENSの歌に助けてもらうと、思うけどね?だって、ねえ、ほら、聴こえる?
私の一番奥にいる子供が、嬉しそうに嬉しそうに私自身の歌を、もう、歌い始めてる。

midori
水族館でのライブ、本当に感動しました!
ありがとうございました。
アキラさんの声が胸に響いて、
涙が止まりませんでした。。
最近はずっと、
泣けないくらい心が空っぽでした。
不満があるわけじゃないのに、
なんかうまくいかなくて。。
なんで日本に帰ってきたんだろうって
心のどこかでいつも思ってました。。
あの日は、23歳最後の夜でした。
いっぱい泣いたら、
アキラさんの存在を知ったら、
いろんなことが納得できて、
すっきりした気持ちで
24歳を迎えられました。
誕生日が近づくたびに、
「産まれてきて良かった」って
誰か言ってくれるかなって
不安になってました。
今の自分も過去の自分も
育ててくれた親も、
みんな受け入れて生きていけたらいいのになって思います。
ピリカ
ピリカのmixiより抜粋。

新大久保の水族館へそのままゆき、
そこでアヤワス画の鹿を受け取る。
そう、今回アキラさんの鹿をゲットしたのは私です!
アキラさんありがとう。皆さんありがとう。
沢山インスピレーションを受けて、
ヒーリングとマッサージでみんなにお返しするから
待っててね。
絵を見たい方、是非家に遊びにおくんなましよ。食べ物持参^^
ライブは、自分で主催した以来だったので半年以上ぶりでした。
いやー、
良かったっす。新曲「祈りの曲」も、あっつーーーい!
テオナナカトルの朗読の後の父の背中もよかったす。
母を想って、涙が出ました。感動ですた。
本とかCD買ってくれた人も多く、
初めてその場でアキラさんを知って買ってくれた人がいて、
そーゆーのって、
何だか感動!人の著書ですが、心から嬉しいと思ったよ〜
フーゲツのジュン

フーゲツのジュンさんのブログより抜粋。

最後は今夜のメインゲストAKIRAの登場です。歌も歌いましたが、自作の小説(神の肉テオナナカトル)の朗読もまじえてよく喋りました(笑)。AKIRAのややかん高い声は、歌を歌うためにあったのかもしれません。そもそもはアーティスト(美術家)として出発したAKIRAは、いまや日本でのネアリカ(毛糸を材料とした絵画)の第1人者だし、ついで作家(コットン100%、アヤウスカ、風の子レラなど)として異色の地位を築き、最近ではバンドONSENSを結成しての音楽活動と、その表現のパワーは全開でとどまることを知りません。ボクは、この夜はこのような説明は一切はぶいて「髪がヘビになった男」として、見せ物小屋風の紹介に徹しました。AKIRAのドレッドヘアのことを指して言ったのですが、それはきっと「神をヘビにした男」とも聞こえたことでしょう。アヤウスカ(LSDの100倍以上の強さを持つ幻覚剤)を探究してアマゾンにまで行き、さらに神の肉テオナナカトルを致死量まで食した男AKIRAは、まさしく「神のヘビ」としてのパワーを手に入れたに違いありません(って、神格化しているのではなく、武道もやる少し汚らしい男なのですが(笑))。
 ソロで歌いはじめたAKIRAの最後の2曲に、ONSENSのベーシストであるリュウが前橋から駆けつけてくれベースを加えてくれました。音は抜群に厚くなり、神もうらやむロック歌手の片鱗がそこに現れました。
 いったい、この夜は2006年10月のひと夜としてどのように語られるのでしょうか? 出演者、スタッフを含めて総勢50名ほどの参加者が一体になり、楽しみ、祈りのパワーをも再認識した「黄昏れの国」であったようです。

大宮ライブ
2006年10月21日(土)AKIRAソロライブ 開場19:00/開始20:00
大宮「アルカス・カフェ」埼玉県さいたま市大宮区桜木町2−177−10(地図)電話:048-641-3395
駅を背にして真っ直ぐ進んでドトールソニックシティ前店を右に曲がって直線で100m行った漫々停の隣
入場:1500円(1Drinkつき)
予約メール(30名限定)
saya
今日はとても素敵な夜をありがとうございました
いつかライブにいってみたいと思っていたのでとても感激でした
お話まで出来てうれしかったです。
今までブログや本だけでしかアキラさんの言葉を知らなかったですが
音楽もすごくよくてとても幸せでした
歌詞を大事にして歌っているのが伝わって
涙が出てきました 強いメッセージが届いてきました
生まれてきた意味
生きる意味
20代の私にとってまだまだ見えてくるものは少ないです
そして私はとても自分を粗末にしてしまっています
すべて終わる事すら希望に感じているところもあります
ですが学ぶ為に生きているのなら私もちゃんと生きれているのだと感じてうれしくなりました。安心しました
自分の中の闇がドンドン大きく膨らんでいます
でも今日があって本当によかったと思います
実は今日のライブをやっていたアルカスカフェは地元民の私にとってとてもおきにいりの場所なんですよ
なのでそれもとてもうれしかったです
そしてお誕生日の方や結婚される方までいて
幸せな空間にいれたことを感謝します
シロウ W/ キヨコ、リサ、シュンタロウ
21日の大宮ライヴで家族ともども楽しませてもらい、ありがとうございます。
キヨコも誕生日を皆さんに祝福され、幸せそうでした。
今回はAKIRAさんに勝手なお願いを聞いてもらえたり、アルカスカフェさんに前日に無理を言って、ケーキを焼いてもらったり(おいしかった!)と親密なすばらしい夜でした。
ライヴのあとのまったりタイムにぼくの兄とカレンさんが中学で同級だったり(もしかしてカレンさんの母上は茶道のお師匠さん?)、キヨコと誕生日を祝った○○さんともご近所だったことがあったり、何だかすごいシンクロだらけでした。
恵比寿へは埼京線の終電に間に合い、無事帰宅し、
翌朝、俊太朗が「なんくるないさ」をうたい、
リサが「リスト・カッター」(!)を暗誦したりと、しばらく土曜日の感覚が響き続きそうです。
WAkA
WAkAのmixiより抜粋。
今日、AKIRAさんの大宮でのアルカスカフェのライブに行ってきました。
会場のアルカスカフェは大宮のこの場所にあるこが信じられないような最高の空間でした。
一気にAKIRAさんや、彼のまわりにいる人たちの世界に 入っていけました。オーガニックカフェというのでしょうか。
最高なとこなので、またいきたいです。 また、LIVE中絵を描かせてもらいました。
明日の朝にはのってるかな。 AKIRAさんと彼のところに集まるひとたちの作る空間 にいるときって、なんであんなに気持ちがいいんだろう。
すべての事象が認められてる感があって すごいここちいい。
saya
sayaのホームページより転載。

1人でアルカスカフェに行きました
なんとアキラさんのライブがあったのです
とてもよかった
人は幸せになるために生まれてきたのではない
生きる意味
BORNTOLOVE
愛する為に生まれてきた
学ぶ為に生まれてきた
どんなに辛いことが多くても学ぶためにうまれてきたのだから
それは希望だ
そうゆう歌詞だったっけな
本気が伝わってきました
変とおもうかもしれないけど
私は何回も何回も泣いた
闇が襲ってくるけれど
それでも学ぶために生きるのだと
3時間もライブがあって
その間に朗読やディジュのライブもあってすごくよかったです
皆泣いていた
僕はシャーマンじゃないといっていたけれどとても悪かった具合がよくなってしまって
やっぱりシャーマンなんじゃないかと思ってしまった
そのくらいの力がある
そうそうそんでマイスンからの留守電も笑えました
休憩中に外でタバコをすっていたら
「どれがよかった?」とアキラさんが話しかけてきた
私は題名とか覚えられないから前半のヤツです
と答えて
アキラさんを知ったきっかけはネアリカです
とても感動しました
といって
言えたw
そしてこれからよろしくといって握手してサインもらった
世の中にはすげー人がいるもんだな
頑張れる
WAkA

WAkAのブログ「アニスログ」より転載。

「生」と「愛」と「性」と「力」は「美」だとおもう。
【AKIRAさん IN アルカスカフェ】


今日はAKIRAさんのLIVEに行ってきた
大宮のALCUS CAFE  彼の歌を聴くのは今日で2回目 私が生まれる前におもっていたことに近いことを
思い出させてくれるような そんな空間です。

人は、生まれてくる前に この「生」では
こういうことをしよう、こういう学びをしよう
と決めてうまれてくるんだって
子供が両親を選んでうまれてくるだそうよ。
こういう学びのためにはこういう両親の元にうまれるとか。

名前は、生まれてくる前に自分で決めてくるって
きいたことあったけど、親もそうなんだね。 全て、自分できめて選んだ「生」なんだっておもったら
おもったら

とても楽しく生きていけるよね。 人間らしく、人間くさく 好きなことを 好きなだけ 
ソレが可能な日本という国に私はうまれた。
日本に生まれたというだけで なんていう選択支の多さ

なににもならなくていい 好きなことをして
私は自分の精神の自由を手に入れるために
生まれてきたんじゃないかなって
おもってしまうような夜です。

AKIRAさん、主催のあかりさんとかれんさん 
そのほか、演奏してくれた方、お誕生日の2名。
ご結婚される2名、幸せをわけてくれてありがとうございます。
ALCUSカフェのみなさん
あの場に居合わせたみんな
全部の事象に感謝します。
私の人生と交わってくれてありがとうございます。

jasmin
jasminのmixiより抜粋。

今日はAKIRAさんのライブが大宮でありました。
本当は行かないつもりだったライブ。
だけど先日、アキラさんのblog見て行く気になった。
blogに載せてた新曲の詞が超良かった!
しかもその新曲が入ったCDを作った?!
すげぇ欲しくなってCDゲットするために大宮行き決定!
CD目当てに行ったライブだったんだけど、行って良かったわぁ。
会場になった店も落ち着く雰囲気が良い感じ♪
アキラさんのライブは…
著書の朗読・ディジュ奏者とセッション・11月に結婚するカップルとのセッション
三線とのセッション・誕生日の人へのサプライズと内容盛り沢山!
楽しかった。
とにかく楽しかったよ。
あと絵の技法も教えてもらえたし(高校時代からイメージどうりに描けなくて頭悩ませてたのよ)
行って良かった♪
もちろんCDもゲットしたわよ(*´▽`*)
それにしても良い店だったなぁ
あんな店が近所にあったら良いのになぁ
前橋ライブ
2006年10月22日(日)前橋「カフェ・サンデールーム」AKIRAソロライブ 開演16:00〜 ライブ:1000円
群馬県前橋市千代田町5ー4ー2(地図)027ー231ー5142(こんな素敵なお店です)
弁天村村長
前回(大蓮寺ライブ)より、自然に内側から出ている。
彼のことが、何を伝えたいのかがわかるようになってきた。
人の痛みや辛さを感じて、理解して、伝える事のできるメッセンジャーだ。
魂からの、体のそこから出る叫びに涙した。
すごくよかった。
ジェームス(ギター弾き)
久々にいいものを聴いた。
これぐらい元気がなくちゃだめだ!!
新井さん(68歳女性)
大丈夫マイフレンドにありがとうといいたい。
悲しいかな、私の年になると作りごとは分かってしまう。
アキラは本物。彼の、感情を全部出した歌を聴いて、
あなたたち(観衆)はどう思うの?黙って聴くなんて失礼よ。
最後は涙を拭きました。次は朝まで飲みましょう。
トモキ(高校教師)
間違ったり、失敗したりしていいって、
アキラが言うのは本当にそうだと思った。
それが先住民の教えだということは、
もともとは人々はそのようだったのだ。
MCが素晴らしい。
ひげの歌(「ベスト」)が一番よかった。
コイタバシヒロユキ
昨日はライブありがとうございました。
「祈りの歌」にヨーコさんの写真が浮かび上がり、祈りが胸に突き刺さるイメージが広がり、サンデールームの親密な空気が石垣島に届くような気がしました。
絶叫のようなAKIRAさんの祈りが、きっとヨーコさんに届いただろうと確信しました。
AKIRAさんの歌に、毎度のことながら学ばされます。
祈りのバトンをみんなに手渡されたような、素敵なライブでした。
つきみ

 つきみのブログ「サンデー日記」より抜粋。

日曜市後のAKIRAさんのライブ。
AKIRAさんの生命のうたに泣きました。
AKIRAさんいつも心からのメッセージをありがとう。
踊ってくれたのりちゃん、
歌ってくれた愛子さん、
ふたりの姿にも感動しました。ありがとう。
出会いもたくさんありました。
これからもつながるみんなで楽しいことできますように。
ありがとうございます。

星野貴子
星野貴子さんのブログ「宇宙鳥通信」より抜粋。

画家で作家でミュージシャンのAKIRAさんのライブ。
私は彼の本を読んだり、時々HPを覗いたりしていたので、紹介があって握手を交わしたときにはちょっと緊張。
ライブは、照明を落としたサンデールームの店内、とても和やかな雰囲気の中で
始まりました。
優しい声でした。「柔らかい」とか「繊細な」とかではなくて。大きな声で叫ん
でも、「優しい」って思う声でした。
それから、不思議な糸の繋がった女の人と、電話で話しました。
私は、自分で描いたあの絵を見るたび、きっとあなたのことを考えると思うのですね。微力ながら、私も祈っています。
なんて言うか…、魔法みたいな一日。
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