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東京はつらいよ。
東京生活10年、ニューヨーク、アテネ、フィレンツェ、マドリッド生活10年のオレは、都会でしか生きていけないと思っていた。
97年ベルリンのパフォーマンスフェスティバルからもどると、 A倉庫の退去命令が出ていた。
オレの住んでいたA倉庫 は杉並区の下井草にあり、バスケットコートが楽々はいるアトリエ、中2階の物置、2階にある6畳ほどの住居スペースからなっていた。オレの家賃はたった5万円だが、さまざまな劇団やパフォーマンスグループが大道具製作のスペースとして残りの家賃を負担してくれる。ネスト、山の手事情社、ノマド、ロマンチカ、テクノクラートなどがアトリエとして使っていた。そこへ画家、写真家、映画監督、ミュージシャン、舞踏家、小説家、詩人、お笑い芸人など、プロから卵まで入り乱れてウォーホルの「ファクトリー」状態だった。
近所からの苦情で大家がやってきて追いだされた。都内に新しいアトリエを借りる金もなく、とりあえず日光の実家に帰ることにする。
「杉並区」から「杉並木」へ、バスケットコートからピンポン台のような部屋に落ち延びていったわけだ。さすがにこんなせまい部屋じゃ美術作品は作れない。仕方なく文章を書きはじめたら、これがまたおもしろい。
当初はすぐにでも東京にもどるつもりだったが、気がつけば、もう4年。 この期間に「ゴッホのひまわり奪還計画」をおこない、北海道でアイヌと出会い、タイでヴェジタリアン・キングと命名され、アマゾンを放浪した。これらには共通したキーワードがある。
「植物」だ。
自分でも無意識のうちに植物に引き寄せられ、その神秘に魅せられていた。
東京からわずか2時間の電車で日光に近づくにつれ緑がましてくる。網膜が洗われ水晶体がトリマリン色に染まっていく。雑踏で疲れた体が弛緩し自然の懐に抱かれる準備をはじめる。
先端的な若者たちのあいだでは東京ばなれがはじまっている。電子メディアの発達によって地球が部族化する。東京に住む人々を差別するわけではないが、あえて言ってしまおう。
「今どき都会に住むなんてダセーぜ」
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6月3日(日)
マヤ暦12月5日
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町内野球の助っ人をたのまれた。
朝8時半に寝ぼけ眼のまま所野市民球場に誘拐される。
「稲三」(稲荷町三丁目)というダサロゴがはいったつんつるてんのユニホームを着せられ、ファーストを守ることになったオレはいったい何をやっているんだ?
「ケチャップ」の最終稿で四苦八苦しているところにマックが起動不能になっちまうし、「風の子レラ」の表紙はどうしようと思い悩んでいると、
強烈なゴロが飛んできた!
はっと目が覚め、体が反応する。壁打ちテニスでバウンド感覚は鍛えてある。と、荒れたグラウンドでボールがイレギュラーし、オレの股間を痛打した。頭が真っ白に発光し、鈍い痛みが突き上げてくる。目の前にこぼれたボールを拾い自分でベースを踏んだ。
「アウトー!」
「ナイスプレー、ナイスプレー」
ベンチからの声援に笑顔で答えたものの、奥歯を噛みしめ、内またで太ももが震えている。ふと股間を見るとベージュ色の生地に軟式ボールのあとがくっきりと刻印されているではないか。
どうして男は、こんな薄皮一枚で急所をぶら下げているのだろう?
直径2センチ、20グラムの子孫製造工場はスペイン語で「ウエボ(卵)」と呼ばれる。女性の卵はしっかりと腹の中で守られているのに。
インコースの高目を叩いたボールが1、2塁間をぬけていく。走る、走る、ライトがこぼしたおかげで2塁ベースに達し、3塁まで盗塁した。
こりゃあ、「狩り」だな。
獲物の隙をうかがって安全な木から木へと疾走する。バットはバッファローや小動物を追う棍棒だ。昨日サッカーの日本チームがカメルーンに快勝したが、ボールがウサギに思えてくる。
すべてのスポーツは狩りの記憶だ。
狩りに必要なのは、俊敏さと忍耐。かなり強引な仮説だけど、男の急所(うちの猫たちや動物もふくめて)は俊敏さと忍耐を鍛えるために危うい形をあえて選んだのではないか?
雲ひとつない青空のもと、まばゆい芝生の上を白い獲物を追って走りまわる男たち。草野球らしく13対10で負けたものの、「タマタマ進化論」を思いついたのは不幸中の幸いか。
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6月4日(月)
マヤ暦12月6日
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創ることってなんだろう?
声無き声を聴き、作品を創る。
ゴッホがやったようにここまでは自由だ。
つぎに発表してはじめて、声無き声が人々に届く。
「創作」と「発表」
ふたつのかけ橋を渡らなくちゃならない。
ふたつめの虹からオレは今、
飛び降りてしまいたい。
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6月5日(火)
マヤ暦12月7日
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何度もくじけそうになる。
声無き声がオレを励ます。
「道は必ずある。妥協でも迎合でもない接点が」
誰に惜しまれることもなく死んでいったジャンキーたちの亡霊よ、
オレに力を貸してくれ。
生者におまえたちの声を届ける術を教えてくれ。
と昨日にひきつづき謎のような文章をアップしようとした瞬間、電話のベルとともに接続が切られた。(うちはISDNじゃないので電話がかかってくると、インターネットは自動的にオフになる)
paperbackの編集長すぶやんからだった。
昨日オレは絶望の縁をさまよっていた。2号の文章に対するすぶやんの抽象的なアドバイスにとまどい、自分を見失った。
そこで今朝3号、4号の文章を送り、自由に書けないんだったら連載を降ろしてもらおうと真剣に考えていた。
そこへ、この電話だ。
「3号、4号の文章、読ましてもらいました。おもしろい、これでいきましょう」
これって超常現象?
「ジャンキーたちの亡霊よ、オレに力を貸してくれ」と地獄の底から祈った瞬間に願いが聞き届けられてしまった。
神様が地獄にたらす「蜘蛛の糸」は高速光ファイバーか! 死者たちの住むカムイモシリもブロードバンド化が進んでいるのか!
すぶやんの愛情あふれる苦言を、「制約」とかんちがいしたオレがバカだった。愛情のこもった「苦言」は(愛情のない「批判」でさえもそうかもしれない)成長を促す「陣痛剤」だ。
心の海綿体に力がみなぎってくる。
もっとわがままに書いちゃったらヤバイ? ね、すぶやん。
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6月6日(水)
マヤ暦12月8日
満月
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すぶやんから心強いレスがきた。これから作家や編集者をめざす人たちにも「金言」がちりばめられた名文なので勝手にのせてしまおう。
すぶやん、だめだったら連絡して。すぐに消すから。
マスブチです。
お疲れ様です。
以下、御日記へのレス。
> 何度もくじけそうになる。
> 声無き声がオレを励ます。
> 「道は必ずある。妥協でも迎合でもない接点が」
> 誰に惜しまれることもなく死んでいったジャンキーたちの亡霊よ、
> オレに力を貸してくれ。
> 生者におまえたちの声を届ける術を教えてくれ。
何事も「表現」という行為はそういうものだと思います。
でも、アキラさん、亡霊から力を与えてもらうのではなく、
亡霊に力を与える文章を書く才能があるのだから頑張って下さい。
> と昨日にひきつづき謎のような文章をアップしようとした瞬間、
> 電話のベルとともに接続が切られた。
> paperbackの編集長すぶやんからだった。
> 昨日オレは絶望の縁をさまよっていた。
> 2号の文章に対するすぶやんの抽象的なアドバイスにとまどい、自分を見失った。
すみません。言葉がアヤフヤで。
なかなか小説の編集に慣れないもので……。
勉強しながらの作業なので、何卒ご勘弁を。
> そこで今朝3号、4号の文章を送り、
> 自由に書けないんだったら連載を降ろしてもらおうと真剣に考えていた。
縁起でもないこと、考えないで下さいよ〜。
アキラさんに捨てられたら、この雑誌パァーになりますよ!
> 「3号、4号の文章、読ましてもらいました。おもしろい、これでいきましょう」
> これって超常現象?
いやいや、マジ現象。
スッゲェー面白かったです。
でも、読書のプロは厳しいってこと、お忘れなく。
今後、もっともっと細かい推敲が大事だと思います。
> 「ジャンキーたちの亡霊よ、オレに力を貸してくれ」と
> 地獄の底から祈った瞬間に願いが聞き届けられてしまった。
> 神様が地獄にたらす「蜘蛛の糸」は高速光ファイバーか!
> 死者たちの住むカムイモシリもブロードバンド化が進んでいるのか!
……かもしれませんねぇ。
それはボクももとジャンキーだからかもしれませんけれど(苦笑)
> すぶやんの愛情あふれる苦言を、「制約」とかんちがいしたオレがバカだった。
> 愛情のこもった「苦言」は(愛情のない「批判」でさえもそうかもしれない)
> 成長を促す「陣痛剤」だ。
厳しい言い方かもしれませんが、ボクも編集のプロを自任してます。
ボクなりに雑誌に対するイメージが強くあります。
だからこそ、作家には妥協を許しません。
そこをご理解下さい。
そういう姿勢が誤解を生むことが多いのですが、
妥協して自分が納得のいかないものを作るのがイヤな性格なもので。
でも、出版業界に限らず、音楽業界とかでも仕事をしていると、
妥協しなくてはいけないイヤなことばかりです。
そういう「お仕事」をしないアキラさんを尊敬するけれど、
外の世界は「お仕事」ばかりということも知ってもらいたいです。
ボクはいま、そういう「お仕事」から離れようとしているところですが。
> 心の海綿体に力がみなぎってくる。
> もっとわがままに書いちゃったらヤバイ? ね、すぶやん。
存分に「みなぎって」下さい。
でも、何度も言うように、大衆に受容される素晴らしいモノを書いて下さい。
それがエンタテインメントの真髄です。
フィストでもスカルでも、エンターテインできないものはオナニーと一緒です。
大衆の頭脳に欠けている「ツボ」を刺激することが、
いまを生きる作家の使命だと思ってます。
それは作家だけでなく、メディアの送り手全体に言えることですが。
個性的なオリジナリティを大衆に理解させるには時間がかかります。
けれど、僕はその「手法」を岡崎京子から学びました。
どんなに突飛でも、どんなにエログロでも、
わかってくれる人間はそれを「エンタテインメント」と認知します。
僕はその力をアキラさんに感じてます。
ちょっと遠くから、社会バランスを眺めて考えてみて下さい。
道は必ず開けます。
長くなりました。
最終稿、楽しみに待ってます。
頑張って下さい。
すぶやん、イヤイライケレ(アイヌ語でありがとう)
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6月7日(木)
マヤ暦12月9日
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雨宮処凛ちゃんからライヴの出演依頼があった。
7月17日(火)6時開場、新宿ジャムにて「革命導火線前夜祭」というイベントだ。処凛ちゃんの右翼パンクバンド、もとスターリンの遠藤ミチロウ、宅八郎、などが出演します。くわしいことはまた告知します。
レラの表紙にいい絵が描けた。思わずここにのせてしまいたい衝動に駆られたが、それは出てからのお楽しみということで。
明日は妹の子ども凛太郎の右目にできたガンの検診なので慶応病院に行かねばならない。だから「ケチャップ」の最終稿を完成させるために徹夜かな。
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6月8日(金)
マヤ暦12月10日
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妹の子ども凛太郎は、1歳半のときに右目のガンができた。
オレの母親つまり凛太郎のおばあちゃんも、ひいおばあちゃんもガンで死んでいるのだが、1歳半でガンの宣告を受けるとは残酷すぎるではないか。妹の旦那はそれを聞いたとき、気を失いそうになったという。
東京信濃町にある慶応病院に入院し、なにもわからない幼児は厳しい治療を受ける。無理やり治療台に押さえつけられ、目を押し広げられ、点滴の針が抜けないようにベッドに縛りつけられた。毎日毎日大声で泣き暮らしたのも当然だ。
小児病棟にはやはり眼球にガンのできた子どもたちがたくさんいて、3歳で両目を摘出した子もいた。オレの親友の子どもも1歳(現在5歳)で片目を摘出し、母親が毎日義眼を洗浄している。眼球も成長に合わせて作り替えていく。
凛太郎は放射線治療でガンを焼き、いちおう手術は成功した。
そのせいで白内障になり、ほとんど右目の視力はない。幸いにして左目にガンは転移せず、1.0ほどの視力はある。
今年で6歳になる凛太郎は定期検診も半年おきになった。
放射線治療はリスクも大きく、骨の発育に異常をきたすことがある。たとえば眼球がくぼんだり、飛び出したりするそうだが、凛太郎には今のところ異常は見られない。
今日の検査は、2つあった。Cマークのついたカードをもった医師が少しずつはなれていき、凛太郎が上下左右をあてる視力検査。
もうひとつは瞳孔を広げる目薬をさされ、懐中電灯でなかをのぞきこまれるものだ。この目薬が強力らしくいつもは泣き出してしまうが、今日は泣かなかったと本人は自慢していた。
凛太郎は4月に小学校の1年生になったばかりだが、高学年になるにつれコンプレックスに気づくはずだ。
たとえばドッジボールなどで右側から飛んでくるボールに反応できないことや、身体測定のときに片目がほとんど見えないことで冷やかされるかもしれない。
思春期を迎えたときに、ガンという病に犯された自分に「長生きできない」とか「人生のはかなさ」を嘆くかもしれない。
「人とちがっていること」イコール「劣っていること」と教えこまれる日本の教育環境では当然のことかもしれない。
しかし、たったひとつだけ「短所」を「長所」に、「ネガ」を「ポジ」に変える魔法がある。
それは「創ること」だ。
もし凛太郎がなんらかの形で創作という武器を手に入れることができたなら、すべては反転する。
幼心に刻みつけられた治療の痛み、理不尽な運命の意味、死の淵をのぞいた者だけがもつ生命への完全肯定を武器に戦っているかもしれない。
今から20年後、26歳になった凛太郎がこの日記を読んだら、どんな感想をもらすのだろう?
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6月9日(土)
マヤ暦12月11日
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大阪池田市で28人の小学生や教員が刺され、8人の生徒(いずれも6、7歳)が死亡した。
犯人はもと学校の用務員、精神安定剤を10錠も飲み、小学校の休み時間に躍り込んだ。自殺するつもりが死にきれず、未来のある8人の小学生を殺す。
「てめえひとりで自殺しろ!」と叫びだしたい衝動に駆られるが、怒りによって事件を切り捨ててはいけない。
急増する児童虐待、母親が我が子を殺し、ストリートの無差別テロはある日突然やって来る。
「なぜ子どもたちを殺すんだ?」
昨日6歳の凛や2歳の周と池袋のサンシャイン60へむかうとき、「ここで通り魔殺人があったんだよ。今起きてもおかしくないねえ」 彼らと同い年の凛太郎にオレは言っていた。
オレは犯罪に関して人とはちがった考えをする。
オウムや酒鬼薔薇の事件のとき、新宿ロフトプラスワンのトークショーによばれ、ひんしゅくを買った。みんなが犯人を糾弾するなか、とんでもないことを言ってしまったのだ。
「本当の犯人は誰だか知っていますか?」
会場が息を呑んでオレの回答を待つ。
「それはあなたです!」
一瞬みんなの目が点になり、会場が凍りついた。
オレはすべての事件はみんなの無意識が生みだしてると思う。
たとえば「サリン事件」も、麻原というひとりの狂人ではできなかった。すし詰め電車に乗るサラリーマンが「こんな社会なんぞぶっ壊れちまえばいい」と思い、OLや女子高生が「毎日痴漢にあう地下鉄なんぞ止まってしまえばいい」と思い、小さな不快感が凝縮されて、時代は麻原という憶病者にスポットライトを当てた。
もともと犯罪者という人間は存在しない。
たまたま犯罪者という役者だけが存在するんだ。
時代のスポットライトが当たるのだ。
天の邪鬼主義者であるオレは、なんでも世間と正反対に考えてしまう習性を持っている。誤解を恐れずに言ってしまおう。
すべての犯罪者は教師だ。
すべての犯罪者は自分だ。
逃げ惑う小学生たちを刺しまくった男を「たったひとりの狂人」として遠ざけるのは簡単だ。
「もうひとりの自分」だと引きよせ、加害者の心の痛みを、被害者の体の痛みを受け入れることだ。
はしゃぎまわる妹の子どもたちの手を横断歩道で握りしめた感触がありありとよみがえる。
痛い、痛い、痛い、子どもたちを、未来を、殺すのは痛い。
キリストの誕生を恐れてヘロデ王がことごとく幼児を殺した事件にも匹敵することだ。
いったい神(というものがあるのなら)は、人類の存続を望んでないのか?
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6月10日(日)
マヤ暦12月12日
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サッカー日本代表がFIFAコンフェデレーションカップの決勝に進み、世界ランク1位のフランスに善戦した。1対0で敗れたものの予想をはるかに上回る大健闘だった。
「スポーツは狩りだ」と前に書いた。
700万年間つづいた狩りが禁じられ、スポーツという形で現代に生きている。フランスチームの3分の2は黒人(アフリカ系)だし、アメリカのNBAも、オリンピックの陸上の決勝なども、それぞれヨーロッパの国旗をはりつけながらも黒人が多い。
サッカー日本代表の選手たちの顔にも人種的な特徴があるのをお気づきだろうか?
「カッコイイ!」
「野性的ぃー!」
「セクシィー!」
うんうん、それもみんなあたってる。
中田、ゴン中山、川口、鈴木、稲本、はては山本コーチまで、その姿を思い浮かべてほしい。
彫り深い顔、
大きな目(中田はちょっと例外)、
凛々しい眉、
よくとおった鼻、
頑丈なあご、
長い手足、
太い骨格、
引き締まった筋肉など、
縄文系の狩猟民族の特徴を今に受けつでいるのが彼らなのだ。
トトカルチョ宝くじの対象どころではない、その昔彼らの肩には部族の生死がかかっていた。自分の食いぶちだけではない、老人、子ども、女、病人、障害者、狩りの不得意な者など、村人すべてを養うために若者たちは命がけで獲物を追った。優秀な狩人には最高の伴侶が約束されたし、人々の尊敬を一身に集めた。
「狩り」は「生活」であり、現代のようにハイテク兵器や大量殺人兵器が開発される以前の「戦争」は「祭り」であった。
この世からスポーツが消えたとき、地球は血の海に染まるだろう。
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6月11日(月)
マヤ暦12月13日
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美人ていったいなんだろう?
昨日は「狩人」の身体的特徴について書いたので、今日は男女をふくめた「美人」の特徴について考えてみよう。
まず目が大きい(二重まぶた)、
凛々しい眉毛とまつ毛、
比較的顔の彫りが深い、
鼻筋がとおっている、
背が高く手足が長い、
骨太で引き締まった体、
なんだ、これじゃ「狩人」とそっくりじゃないか。
そう「狩人」と「美人」は同じ人種、古モンゴロイド(縄文系アイヌ人)の血を濃く受け継ぐ人々なのである。スポーツ界より顕著に芸能界はこの人種で占められている。
では「ブス」の特徴は?
目が小さい(一重まぶた)、
うすい眉毛とまつ毛、
平坦な顔、
鼻が低い、
手足が短い、
なで肩で太っている、
これらはすべて新モンゴロイド(弥生系渡来人)の特徴である。
じゃあ「美人」より「ブス」のほうが進化した人種なのか?
そのとおり!
ブス族は「寒冷適応」を成し遂げた新人類だった。
6万年間もつづいた最後のヴュルム氷河期を北で過ごした新モンゴロイド(ブス族)は、厳寒の環境を生き抜くために身体を変化させていった。
眼球を守るためにまぶたに脂肪をため、
霜がつきやすい眉毛やまつ毛や体毛をうすくし、
凍傷になりにくいよう皮膚の表面積を少なくする。
つまり、鼻を低く、顔の凹凸を平坦にし、
指や手足を短く、胴を長くした。
体脂肪が多いほど生き残る確率は高くなる。
2万年ほど前から日本列島に移動した人種の区分は複雑なのでここでははしょるが、狩猟採集を中心とした古モンゴロイドをけちらし、農耕を中心とした新モンゴロイドが日本を征服した。「ブス族」が圧倒的な組織力で「美人族」を北と南に追いやった。「美人族」の末裔がアイヌと沖縄人である。
縄文人の特徴を多くもつ遺伝子Aluを調べていくと、アイヌが90%、沖縄人が50%、日本人が25%、中国やアジア人は2%、おもしろいのはチベット人だけが25%もっているそうである。
日本を征服したブス族は、あまりにも長い間美人族を弾圧してきた。ところが明治以降西洋文明がどどっとはいってくる。西洋人はモンゴロイドではないが、寒冷適応を受けていない古モンゴロイドに近い特徴をもつ。
日本の敗戦とともに日本人の価値観が西洋化した。
皮肉なものだ。
西洋に価値観が支配されることによって、美人族の復権がはじまったのだ。
浮世絵美人(ブス族)は地に落ち、現在のアイドル(美人族)が台頭してくる。アイヌの末裔である北海道出身のグレイや沖縄出身のスピード、安室奈美恵など、美人族は音楽や芸術に長けている。文学でも漱石、芥川、大宰、川端、安吾、壇、村上龍など、挙げていったらきりがない。
ともかくだ、我々日本人は誰しも75%は新モンゴロイド(弥生系渡来人=ブス族)、25%は古モンゴロイド(縄文アイヌ=美人族)の混血である。
一重まぶただろうが 、短足だろうが、小さいことにくよくよするな。
今ここに生きている君は、700万年も生きのびてきた祖先の知恵そのものなのだから。
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6月12日(火)
マヤ暦12月14日
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倒産した同文書院から「COTTON100%」が送られてきた。
泣いても笑ってもこれが最後の20冊だ。
作者としては、版元が倒産して作品がシュレッダーにかけられるほどつらいことはない。まるで嫁に出した娘が嫁ぎ先で一家めった刺しにあうようなものだ。
運良くオレの処女作は、惨殺を免れた。しかもオレだけの作品ではない。素樹文生とのコラボレーションだ。
最初から話そう。
97年8月、東京のA倉庫を追われたオレは実家の日光に引っ越し、88年戦争真っ最中のイランで書いた「COTTON100%」を清書した。
知り合いの佐川一政さんや唐沢俊一さんの本がたまたま同文書院から出ていたので、原稿を送ってみた。
同文書院から「お会いしましょう」と電話があって、オレは文京区にある出版社に出かけていく。
どしゃ降りの雨だった。
二人の男と喫茶店にむかう。編集者とデザイナーだ。今から思えば最初の会見にデザイナーがついてくるのは異例中の異例だ。
デザイナーがオレに傘をさしかけてくれる、自分の肩は半分濡れているのに。
「ずいぶん親切な男だな」とオレは思った。
喫茶店の打ち合わせでは、なぜかデザイナーのほうが目を輝かせていたのが印象的だ。
「最近おもしろい本読みましたか?」デザイナーはオレに訊いた。
「そうですねえ、『上海の西デリーの東』っていう本はよかったですねえ」とオレは答えた。
「ぼくが書いたんです」
デザイナーの言葉に目が点になった。名刺の名前とちがうではないか(いちおう本名は伏せておく)。あんなベストセラーを書いた作家が、デザイナーとしてサラリーマン生活を送っていたとは。
それがオレと素樹文生の出会いだ。
素樹は完全にデザイナーとしての枠を越え、編集からプロデューサーまでの役割を一気に引き受けてくれた。
適切なアドバイスと情熱に驚き、このオレがというのもおこがましいが圧倒されっぱなしだった。
新人には異例の初版7000部、16ページカラーで1300円というのは、出版事情を知った今では奇跡に近い。しかも出版記念パーティーのイベント「血のサイン会」の費用まで捻出させ、渋谷スペースエッジの会場では販売係までやってくれた。
なんという贅沢だ。
本を買ってくれた人の釣り銭をいっしょうけんめい数えてる男を、『上海の西デリーの東』の作者だと200人もの観客は気づかなかったであろう。
「運命の出会い」という言葉がある。
もちろん日々、出会いは運命だろうが、触媒が思わぬ化学反応を起こすことがある。
素樹文生との出会いがなければ、オレは文章など書いていないというのは絶対的事実だ。
あの少女漫画のようにキラキラした瞳と、
恥ずかしがり屋で繊細な言葉づかい、
それでいてけっこう大胆な行動、
なによりも透徹した文体、
「曖昧さ」は究極の表現だ。
男が男をほめるのってむずかしいね。
どうもニューハーフの交換日記みたくなってしまう。
いつかほかの出版社から「COTTON100%」の改訂版は出すだろうけど、オレと素樹文生のコラボレーションはもう一生ないだろう。
ほしい人は、とりあえずメールください。
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6月13日(水)
マヤ暦12月15日
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切実なメールがあった。
人間関係ほどむずかしいものはない。
「傷つけ、傷つくために、オレたちはこの世に生まれてきた」のかもしれない。
「他人との関わりにひどくおびえている私に教えていただきたいのです。
人間って、ちょっと歯車が狂っただけで、誤解が誤解を生み、 何が原因でが いけなかったのか、絡まった糸のはじめの所 さえ見つからなくて、修復不可能になってしまうんですね。
誰かのためにと注いだ心が、結果、疎まれるのは本当につらいです。
私は、友人との人間関係に疲れ果て、訣別し、仕事を辞め、半年間ずっと家にこもって、落ち込み、考えてばかりいました」
思いやりのある人ほど誤解されやすいから。他人にはそう見えなくても、本人にははかり知れないほど大きな傷だったんですね。
「私のどこが、何がいけなかったんだろうって。
他の友人から『与えすぎだよ。で、結局、彼女に全部おいしいところ だけ持っていかれてさ』と言われて、またまた考えこんでしま いました。
ふと思うのです。
もっともっと、ぼろぼろになるまでぶつかりあって、
糸をほどく努力が必要だったのだろうか、
それとも10人が10人 とも自分を好きでいてくれることはあり得ないのだか、 離れてしまって良かったのだろうかと」
ぶつかり合うことも、糸をほどくことも、はなれていくことも、正しいと思います。
大切なのはそのあとです。
「すべての傷は、贈り物だ」と思います。
より大きな心を持ったあなたを生むための陣痛です。
傷を敵として遠ざけたり、恨みつづけていると、そこからどこへも行けなくなってしまいます。
あなたが悩んだ半年間はむだじゃない。むだどころか、インディアンの言う「大いなる学びのとき」だった思います。
「与えるだけの愛情には、『与え方』の ルールがあるのかな・・と思ったりするのです。
それが私にはわかっていなかったから、私も相手も傷ついて しまったのかと。
もし、そんなルールがあるとしたら、是非教えて欲しいのです」
オレだってほんとはわかってないけど、「与える」のではなく、「分かち合う」って感じかな。
たとえば一輪の花が道端に咲いています。花はなにも語らないし、自分のためにせいいっぱい咲いています。あなたがその花を見て「きれいだなあ」って、この世界に生きている喜びを分かち合う。
どんどん我がままに生きていいんです。あなたが生き生きと世界を受け入れている姿を見せるほうが、「与える」ことより大切かもしれない。
「彼女のために・・と思った私が思い上がっていたのでしょうか」
そんなことない。あなたのとった行動はすべて正しかった。なぜならすべての行為は自分で選んだものだから。
似ている人ほど傷つけあうものです。
マヤ人のあいさつにこんなのがある。
「あなたはもうひとりの私です」
友人ももうひとりのあなただった。
『アジアに落ちる』のなかで「運命は決まってないけど、出会いは用意されてる」と書いたけど、その友人はあなたに「学びの試練」を与えるためにつかわされたのかもしれない。
「それとも、私がこんな風に思うこと自体、見返りを期待していた ってことでしょうか」
見返りを期待してもいいと思います。それが思いもかけない「傷」という見返りだったとしても。
今ここに生きている自分、それを取り囲む人間と世界、たとえどんなに過酷な運命であろうと感謝をして受け入れる覚悟。
不幸という住み処はたしかに居心地がいい。
どんなに風が強くても窓を開けてみて。
「相手だけではなく自分を許すこと」を教えてくれた運命に感謝して、心が軋みをあげるくらい自分を開いていくんです。
両足を踏ん張って風の真ん中に立とう。
さらに大きな傷を堂々と受け止めるために。
人はみな傷つけあいながら成長していく。
その痛みから目をそらしてはならない。
逃げてはならない。
そして絶対に忘れてはならない。
自分と同じように傷ついた人にもやさしくなるため。
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6月14日(木)
マヤ暦12月16日
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生まれてはじめて釣りをやった。
朝っぱらの8時にタケちゃんからお誘いの電話があった。
「だってこんな雨降ってるじゃん」
「雨だからいいんですよ」
「だってオレ、釣りなんて一度もやったことないし、竿だってもってないし、まだ眠いから……」
「すぐむかえにいきます」
意識もうろうのまま大芦川の人里はなれた原生林に連れていかれた。股まである長靴をはかされ、5メートルもある釣り竿をもたされ、雨に増水する川を遡上していく。怒濤のごとく押し寄せる水流になんども足もとをすくわれそうになる。冷たい水が股の高さに達し、長靴いっぱいに水がはいる。もうズボンもパンツもびしょびしょだ。
タケちゃんは胸の高さまである新品の長靴スーツだし、ゴアテックスのレインジャケットを着ている。
「ミミズをこういうふうに刺してください」
「ミ、ミミズって、これ生きてるじゃん」
10センチほどの針でミミズを腹から刺しつらぬき、釣り針に押し込んでいく。
「さっ、AKIRAさんもやってください」
ミミズにさわるなんて子どものとき以来だ。頭をつかみ腹に針を刺そうとするとしっぽを振って逃げる。手の平にからみつくぬるぬるした生き物の感触、オレの殺意を感じ取っているのだろう。
「ミミズさん、ごめん。お命ちょうだいします」
黄色い体液が噴き、激痛に身をよじる。ジャンキー時代、注射器で自分の腕を刺すのは得意だったし、タイの人間串刺し祭りにも参加したオレだが、他人(ミミズさん)の体を刺し貫くのはつらい。ふと、小学生8人を殺害した男がこれをやったら、あんな事件は起こらなかったんじゃないかと思った。
オレは心のなかでアイヌの祈りをくりかえし、オレの手によって昇天していくミミズの魂に「イアイライケレ(アイヌ語で、ありがとうという意味)」と感謝した。
25歳のタケちゃんは宇都宮ロビンソンデパートにあるMIKI HOUSEの社長であり、優れたミュージシャンでもあり、7年間もこの大芦川にかよう釣名人でもある。糸のはり方、重りのつけ方、構えや投げ方までていねいに教えてくれた。
さんざん木の枝に釣り糸を引っかけながらも、重りが川底に当たる感触がわかってきたころだ。
突然、大きな手ごたえが跳ね返ってきた。
まるで異界からドアをノックされたように感じた。ノックは激しさをまし、釣り竿を伝わってオレの心をおののかせる。魚の力に逆らわないように弧を描いて岸辺に近づけていく。空中に銀の姿態がはじけた。25センチもある大物のヤマメだった。タケちゃんが網ですくい、針をはずしてくれる。
「逃がしますか? 食べますか?」
大きな決断を迫られる。
大ヤマメは釣り針を呑み込んではいないので、もう一度川に返しても傷は回復するという。オレは心のなかでミミズさんに相談し、ヤマメさんの命をいただこうと決心した。
「食べる!」
6時間があっという間にたち、ずぶ濡れでタケちゃんの家に帰った。
絶妙の塩加減でタケちゃんがヤマメを焼いてくれる。オレによって殺されたミミズ、それに食らいついた大ヤマメ、それに食らいつくオレ。
食物連鎖をまざまざと体験した一日だった。
マクドナルドのハンバーガーも、ケンタッキーのフライドチキンも、オレたちが毎日食するものすべては、誰かが殺さなければいけないのだというあたりまえな事実に気づいた。
弾力のある白身と香ばしい皮はなんとも言えないほど美味だ。
こんなにもオレたちは、命を奪う痛みと命をいただく感謝を忘れている。
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6月17日(日)
マヤ暦12月19日
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きのうのテレビで、アマゾンのアナコンダを捕まえる番組をやっていた。
ブラジル人2人と日本人の番組スタッフ5人の大捕物帳だ。大蛇に指を噛まれ、首に巻き付かれながらも捕獲する。恐ろしい敵に立ち向かう勇気ある男たちという設定だが、無性に腹が立った。
静かに暮らしている蛇のところへ乗りこみ、襲いかかっていく人間の勝手さ、無神経さ。アメリカ大陸で平和に暮らすインディオのもとに乗り込み、虐殺の限りを働いた白人とおんなじゃないか。
オレが世界最強の幻覚剤アヤワスカを求めてアンデスとアマゾンを旅したとき、何人ものシャーマンに「おまえには蛇がついている」と言われた。べつにオレは爬虫類愛好家ではないし、はじめは気味が悪かった。ところがアヤワスカの原木を見て驚いた。蔓植物であるアヤワスカは蛇とそっくりの形をしていたからだ。20回にもおよぶシャーマンとのアヤワスカセッションで何度も蛇と会話し、自分を守ってくれる存在だと気づいた。
オレのトーテムアニマル(動物の守護神)の名誉に賭けて、どれだけ蛇が人類の根源的な信仰に結びついているか探ってみよう。
蛇は古代から受け継がれるシャーマニズムの象徴であり、キリスト教は徹底的に蛇を悪者にした。
蛇から知恵を授かったアダムとイヴを楽園から追放し、
大天使ミカエルがドラゴンを殺す。
ヘブライの預言者エゼキエルは偶像崇拝者が作った蛇の像を破壊した。
ヨーロッパ文明のもとになったギリシャでは、かつて美しかったメドゥーサの髪は女神アテナによって蛇に変えられる。
ヘラクレスは100の頭をもつヒュドラの首を切り、たいまつで燃やした。
しかし何万年も世界規模で受け継がれてきた蛇信仰は、たかが2千年ていどの新興宗教(キリスト教)では殲滅できるわけない。
かつてオレも住んでいたクレタ島では、両腕に蛇をもった女神の像がある。
原始キリスト教グノーシス派のたがいのしっぽをくわえたウロボロスの蛇は完全なる者の象徴だ。
女性シャーマン、クレオパトラは父系制支配型社会の進出に絶望し、毒蛇とともに昇天した。
ヴァイキングのトール神はミドガルドという大地の中心にいる蛇を釣り上げている。
メキシコのマヤ文明の神は翼のはえた蛇ケッァルコルトルだ。
インドではヴァシュキという蛇をマンダラ山に巻き付けて海がミルクになるまでかき混ぜて世界を創造した。
北米ホピ族のガラガラ蛇を口にくわえて踊るスネークダンスは有名だ。
南アフリカのベンダ族はとぐろをとくニシキヘビのダンスを踊る。
中国の創世神は顔が人間で体が蛇の伏犠と女禍の夫婦だ。
日本最古の起源を持つ奈良の三輪神社は大物主という蛇神を祭っている。
日本原始の祭りは、蛇巫(へびふ)と呼ばれる女性シャーマンが司っていた。
1蛇巫は蛇神と交わる(蛇に見立てた石柱や樹木と疑似セックス)。
2蛇神の子どもを産む(蛇を捕まえてくる)。
3蛇神を育てる(生きた蛇を神社に祀る)。
蛇の古語は「カカ」で、「鏡」は「蛇見=カガミ」が語源という。ほかの爬虫類とちがってまばたきしない蛇の目は、畏れの対象であった。卑弥呼がやっとのことで中国から譲り受けた鏡を神の目として神器に祀ったのもうなずける。「カガミモチ」は蛇がとぐろを巻いた状態を示すし、「カカシ」は穀物を荒らすネズミやカエルを食べてくれる蛇を田を守る神としておかれた。ヤマカガシという蛇の名も山の守り神である。
なんだか「世界不思議発見」みたくなってしまったので、このへんでまとめよう。
人間の脳は三重構造になっている。外側からいくと、
1大脳皮質(新哺乳類の脳=知性=左脳=言葉)、
2大脳周縁系(原始哺乳類の脳=感情=欲望)、
3脳幹(爬虫類の脳=本能=右脳=潜在意識)。
オレたちのなかに蛇は住んでいる。
2億年前に完成した爬虫類の脳(蛇の住みか)は、生物の進化の歴史はおろか、宇宙創世からの記憶を貯蔵しているといわれる。
実際に人間の胎児はわずか280日のあいだに35億年の歴史をたどってこの世に生まれてくる。受精後40日までに、魚類、両生類、爬虫類の時代を経て二ヶ月でヒトの形になる。
1の大脳皮質が社会生活を支え、
2の大脳周縁系が喜怒哀楽から比較的新しい発明である所有欲「ジェラシー」まで生みだす。
3の脳幹に住む蛇は世界を見透かす直感と創作のパワーを与えてくれる。
忙しい日常に追われて蛇のささやきを聞き逃すないようにしよう。
「こんなバイトやめてやる!」とか「あたしはこれを表現したいんだ!」も蛇のささやきかもね。
たとえ社会的には損な選択であっても、本能に近い生き方を選べばストレスも少ないだろう。
※注意 1の大脳皮質=社会性を完全無視すると犯罪者になるからくれぐれも気をつけてね。(もと犯罪者より)
そうやって少しずつ自分の人生を物質的じゃなく精神的にワクワクする方向に近づけていけば、
必ず蛇は君を守ってくれるはずだ。
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6月18日(月)
マヤ暦12月20日
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梅雨の谷間に咲いた一瞬の青空。
なぜ人は空が青いというだけで、
こんなにも幸せになれるのだろう?
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6月19日(火)
マヤ暦12月21日
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「風の子レラ」の表紙だけでなく、裏表紙と背表紙も描くことになった。しかも油絵で。締め切りは25日だが、油絵は乾くのに2、3日かかる。
ここ8年ほど油絵を描いてないせいかテレピン油のつーんとした香りが郷愁を誘う。
嗅覚はもっとも記憶の扉に直結していて、胸が切なくなってくる。
この香りをさまざまな場所で嗅いだ。
イーストヴィレッジのスタジオで2年近く暮らした恋人と別れたときも、
ブルックリンの地下倉庫でヘロインの過剰摂取で意識を失ったときも、
ニューヨークアカデミーの真夜中の教室でひとり彫刻と語り合うときも、
ニュージャージーのアパートで帰国の荷物をつめているときも、
クレタ島で嵐のあとの羊たちを写生していたときも、
フィレンツェの中庭付きのアパートでルームメイトたちがパーティーをやっているなか、部屋に引きこもり孤独な自画像を描いていたときも、
マドリッドの闘牛場近くのアトリエで妹からの国際電話を取り、母のガンを知らされたときも、
いつもいつも、この匂いといっしょだった。
おそらくオレは、その「せつなさ」を必死でキャンヴァスに描きとっていたのだろう。
※ライヴ情報など、いちいち日記を見るのはたいへんなので、トップページに「News 最新情報」のコーナーを設置しました。
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6月20日(水)
マヤ暦12月22日
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「レラ」の裏表紙用にひまわりを100個も描いた。
太陽が100個もある世界で生きていける?
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6月21日(木)
マヤ暦12月23日
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朝の8時から夜中まで北海道二風谷の風景画を描いた。
さあ日記を書こうと思いつつ、伝言板のコントを一時間もかかって書いて力つきた。
どうも画家モードに切り替わってしまったので、文章が書けない。
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6月22日(金)
マヤ暦12月24日
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たまには絵について話そう。
オレは小学校のとき、なぜか図画工作だけが通信簿で満点だった。絵画教室に通っているライバルたちがいたが、写生会や交通安全のポスターなどでいつも特賞に選ばれた。
しかし中学校から音楽をはじめると、絵のことなどさっぱり忘れてしまった。そりゃあ表彰状もらうより、コンサートで女の子たちに騒がれるほうがずっと楽しいに決まっている。ミュージシャンになろうとしていたオレは美術学校に行くことなど考えもしなかった。
音楽もいきづまり「このまま就職して、サラリーマンになるのかな」と漠然と考えていたころ、心の底から響く声は「ちがう、ちがう、おまえはおまえにしかできないことをやるために生まれてきたんだ」と叫ぶ。
「なにかをやりたい」しかし「なにをやったいいかわからない」
誰もが若いころ、そう考えたはずだ。
ほとんどの人はその声をねじ伏せるか、聞えないふりをするのに一生をついやす。待っていてもなにも起こらなかった。
だから自分で「探す」ことにした。
二十歳から世界を放浪しはじめ、24歳のときにニューヨークに住みはじめた。たまたま住んだイーストヴィレッジが貧乏アーティストの巣窟で、石を投げればアーティストかジャンキーに当たるといわれるような町だ。オレが働いていた日本レストランでウェートレスをやっていたディーナが「新しい恋人を紹介する」といって連れていかれたのがロドニー・グリーンブラッド(パッパラパラッパーの作者)のアトリエだ。(現在ディーナとロドニーは結婚していて、双子の子どもも大きくなった)
いつしか英語もろくに話せないオレの友だちはアーティストばかりになってしまった。そこで「オレにもなんかできるんじゃないか?」と工事現場の板を接がしてきてペンキで描いたのが、裸の黒人にアメリカ国歌の文字が浮かぶペインティングだ。
この処女作を期に、ドア、窓、テレビ、はてはゴキブリまで、あらゆるゴミを拾ってきて作品にした。朝の10時から夜中の12時までレストランで働いていたにもかかわらず、毎日徹夜で作品をつくった。ぜんぜん苦にならないどころか、楽しくて楽しくて止まらないんだ。
「こんな楽しいものがこの世にあったのか!」
オレはついに天職に出会えたのである。
そのあとヘロインで身を持ち崩し、ハワイに逃げたり、いろいろあんだけど、今日は絵の話なので省略する。
ニューヨークにもどり、ウォーホルとグッケンハイムの奨学金を得、ニューヨークアカデミーに入学する。生まれてはじめての美術学校だ。メトロポリタン・ミュージアムなどが後援する学校は、最高の設備環境にたった18人の生徒しかとらない。オレ以外の17人はすべて白人で、みんなほかの美術大学などを出ている。
初日の1時間目の授業はクロッキー(モデルは2、3分でポーズを変える)だった。みんなすごいスピードでみごとなデッサンを仕上げていく。たったひとりデッサンなどやったことのないオレは、顔の丸を描くだけで終わってしまう。
恥ずかしかった。
このままではやばい、彼らとのあいだには4年分の開きがある。
オレは先生に相談し、朝9時から夕方5時の授業が終わったあと、鍵を管理人から借り、夜中までデッサンをつづけた。メトロポリタン・ミュージアムが提供したギリシャ彫刻がならぶホールにたったひとり電気をつけて狂ったように描きまくった。半年後にはオレのデッサンが学校の代表に選ばれ、全米の学生からなる展覧会に出品された。
今まで現代アートしか知らなかったオレがこの学校のおかげで古典絵画に目覚める。古典を勉強するなら本場でやろうと、ヨーロッパに移住した。
ヨーロッパ美術発祥の地ギリシャのアテネで似顔絵描きとして生計を立て、クレタ島で油絵を描いた。ニューヨークアカデミーでデッサンは徹底的にやったものの、油絵の技法はほとんど知らなかった。
そこでルネッサンスの都フィレンツェに移住する。バロック絵画の技法を継承する世界に4人しかいない画家のひとりチャールズ・セシルに師事し、絵の具の練り方からキャンヴァスの塗り方まで、古典技法をたたき込まれる。
ウフィチ美術館の近所に住んでいたので、足しげく通い、ボッティチェルリ、ミケランジェロ、ダビンチ、ラファエロはもちろん、詩的なジオット、清冽なピエロ・デラ・フランチェスカ、神秘的なブロンジーノなどに圧倒された。
イタリアの画家でもっともオレが愛するのはカラバッジオだ。ロリコンのオカマで、殺人者で、テニス好きのギャンブラーで、いろんなところで問題を起こしてはイタリア中を逃げ回りながら恐るべき作品を残した。オレもカラバッジオの作品を求めてイタリア中を旅した。
つぎに移り住んだのはバロック絵画の都、スペインのマドリッドだ。
ほんとは印象派の都パリに住むはずが、たまたまシェフの職が見つかったので住むことにした。スペイン人の開けっぴろげな性格と南国の風土が気に入り、3年も住みついてしまう。
プラド美術館にも毎日のように通った。
スペイン最大の画家ヴェラスケスは、乞食や小人や道化師を描いた。王様や王女を描いても彼独特の「透明な哀しみ」は胸をしめつけてくる。ゴヤの狂気に魅せられた。空飛ぶ魔女、我が子を食らう母親、幽霊たち、近代絵画は西洋のゴヤ、同時期に東洋の北斎からはじまったんだと思う。たぶん資質的にオレはゴヤ的な部分があり、思いっきり共振した。
今日は油絵が完成したせいか、絵についていっぱい書いてしまった。
本当はもっとたくさんの画家や、一人ひとりについて書いてみたいが、またの機会にゆずろう。
テレビゲームをはじめ、いろんなヴァーチャルリアリティーが進化するなか、もっとも寡黙な絵画が消えることはないだろう。
なぜなら絵画は網膜を欲情させる、セックスだから。
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6月23日(土)
マヤ暦12月25日
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講談社の綾木さん(ほんじゃまかというコメディアンのやせてるほうに似てる)からひさしぶりに電話があった。
アマゾンの旅行記「アヤワスカ」を9月に出すつもりでいたという。
そういえば「風の子レラ」の出版が6月から8月に延びたのを知らせてなかった。出版界(とくに大手)では、同じ作家の作品がダブらないように、「次作は新作の3ヶ月後」という暗黙のルールがある(読者の財布を心づかってのことだ)。
つまり「風の子レラ」の出版が6月から8月に延びたことによって、自動的に「アヤワスカ」は9月から11月に延びる。
paperbackの編集長すぶやんが「お仕事をはなれたい」、
素樹文生が「もっと家賃の安いところへ引っ越そう」、
と書いていた。
オレも印税生活をはじめて早や4年がたつ。
「好きなことだけを書く」作家生活はきびしいが、心は満ち足りている。
貧乏には慣れっこなので、ぜんぜん苦にならない。
なにより「レラ」の青山出版社が毎月10万ずつ前借りさせてくれるので本当に助かる。(これは出版界では奇跡。大手では絶対にあり得ない)
今度の印税が入るはずの10月にはほとんど残ってないだろうが、こういう人たちの愛情で生かさせてもらっている。
「貧乏」だからこそしみる「人情」がある。
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6月24日(日)
マヤ暦12月26日
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ものすごお〜く、おくればせながら「バトルロワイヤル」をビデオで見た。
原作は「アジアントランス」と同じ太田出版(角川ミステリー大賞に応募されたが、角川がびびって落選させた)だし、オレも載せてもらった週刊プレイボーイのインタビューで作者の高見広春氏は「ぼくはいたってふつうです」みたいなことを言っていたので、なんとなく親しみを感じていた。
映画自体は稚拙だった。
だがこんなにも観客が引きつけられたのは、原作の力だ。
2段組で666ページにもおよぶ大作である。作者は7年がかりでこの巨大なゲームを構築していったという。
スティーブン・キングの初期作品に「死のロングウォーク」という作品がある。全米中から選ばれた高校生が、最後の一人になるまで歩き続ける。軍隊が選手たちを監視し、歩けなくなった者をつぎつぎと撃ち殺していく。
しかし「バトルロワイヤル」のほうが圧倒的に上だ。
こっちは生徒達自身が殺し合わなければならない。
このすさまじいリアリティーってなんなんだろう?
優れた作品に共通することだが、「バトルロワイヤル」は高見広春氏というシャーマンを介して、行き場のない時代に生きる大人や子どもたちみんなが書いた作品なのかもしれない。
一人ひとりの生徒にはさまざまな過去があり、先生や親や大人を信じることができない。 しかし時限爆弾を抱えるように自分自身も「尊敬できない大人」に近づいていく。オレたち全員が目に見えない爆弾を首に巻いているんだ。
自分以外のものを敵と見なし、け落としてゆく社会に強制参加させられるのは日常じゃないか。日々の葛藤のなかで心の禁止エリアはふえ、逃げ場所が刻々と狭められていくことを誰もが感じているはずだ。
出会う場所やタイミングがちがえば愛し合える人間たちも、もっとも憎み合うべき条件下で出会わされる。
「わたしの全存在を賭けて、あんたを否定してやる!」
残虐シーンよりもこの一言に震撼した。
政治家はこの映画を禁止しようとして、逆に宣伝してしまった。新しい教科書、PKOの実戦参加、憲法改正により、どんどん日本社会は戦争に近づいていく。それを地下で進める政治家たちは本能的にこの映画を恐れた。なぜなら現実を暴かれちゃったからだ。
「バトルロワイヤル」は下品なホラーでも、近未来SFでもない、
オレたちが今生きてる「日常」そのものなんだ。
じゃあ、このゲームから逃れるすべはないのか?
体制や政治に反抗する若者は不毛なテロに走るか、熱病が冷めると長いものに巻かれていく。
体制VS反逆者、敵VS味方という図式はもう古い。
矛盾した言い方に聞えるかもしれないが、赤い血が流れ、同じ痛みを感じる人間を敵としてへだてる「ボーダー」こそが、「本当の敵」だということに気づいてほしい。
「ムカつくやつ」、「イジメたいやつ」、「ツカエネーやつ」、「クラいやつ」、これは相手の全体像ではなく、あなたの角度から見た一面にしかすぎない。学校ではイジメっ子でも、おばあちゃんから見たらやさしい孫だったり、野良猫から見れば餌を運んでくれたりする恩人かもしれない。
こんな風に考えるのがむずかしいことはオレだってよくわかってるし、理想論を押しつけるほど能天気じゃない。
ただ誰かの命を奪うまえに、自分の命を放棄するまえに、「バトルロワイヤル」のパロディーとしてでもこの言葉を思い出してほしい。
「オレの全存在を賭けて、あんたを肯定してやる!」
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6月25日(月)
マヤ暦12月27日
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最近悩める人からのメールが多いので、天の邪鬼主義悩み解決法を伝授しよう。
これは奥義中の奥義で、芸術、文学、哲学、科学とあらゆるものに応用できる優れ物だ。代々伝わる巻物は通販でも有楽町のビッグカメラでも売っていないし、我がDNAの巻物にのみ記されておる。ここにとりい出したるアマゾンのガマ、そんじょそこらのガマじゃない……
「いいから早く教えろ」って?
はいはい、わかりましたよ。これを名付けて「目玉おやじの散歩術」な〜り〜。
たとえば君が、目もくらむようなハンサムに恋し、プレゼント攻勢の末にゲットする。わたしておいた合い鍵で男は君の部屋に入り浸るようになり、同棲がはじまる。「彼は純粋すぎて、世間に認めてもらえないの」と君はおこづかいをわたすが、男は競馬、パチンコ、賭けマージャンに溺れ、君のこつこつためた貯金を食いつぶす。君は過度のストレスから鬱病になり、男に隠れて精神科へ通う。もうOLをつづけられなくなり、男がすすめる風俗で働く。ある日疲れて仕事から帰ると、男は別の女を連れ込み「今日からおれはこの女と同棲するから、おまえは出ていけ!」と怒鳴る。泣きながら道に飛びだした君は酔っ払い運転のトラックにはねられ、救急車で運ばれる。3日間意識不明のまま臨死体験からもどった君は、はじめて自分の人生について考えはじめる。
世間一般から見れば、これ以上ないほど不幸の連続だが、目玉おやじを散歩に出してみよう。
ふだん君は自我に縛られて自分の利益となる方向からしかものを見ることができない。しかし君の左目(右能に直結)からすとんとぬけだした目玉おやじは、物事を正反対やさまざまな角度から見ることができる。たとえば男の目にすぽっと収まって見てみよう。
「プレゼントや物にたよるしかない哀しい女だ。せめておれが心のすき間を埋めてやりたい。おれを金によって縛りつけるつもりだ。これじゃまるで愛玩用のペットじゃないか。人間としてのプライドはずたずただ。せめて悪い男を演じきってあいつを目覚めさせなくては」
目玉おやじは物事のまわりを一周し、多角度の視点から検証する。
君は男に奪われるだけ奪われたと思っているが、逆にたくさんの贈り物、つまり教訓をもらっているな。
1外見で人を判断しちゃいけない。
2物質に頼るのは心が貧しいからである。
3相手のために善かれと思うことが必ず善いとは限らない。
4心を病んだ人たちより、正常で狂わずに生きている人たちのほうが重い病を患っているのかもしれない。
5OLのときは軽蔑していた風俗の世界にも、必死に生きる人々の姿がある。
6死にそうになってはじめて生きていることの尊さを知る。
自分がこうだと思い込んだときや、世間が正しいと決めつけたときは、目玉おやじを出動させ、正反対の視点から見てみるといい。
たとえば小泉首相が大人気なら、反対側へ行くと、プルサーマルや軍備化をすすめる姿が見えるはずだ。
JALが流す楽園ハワイのCMを裏からのぞけば、先住民たちの墓をずたずたに掘り返し日本人観光客のためにゴルフ場を建設する企業姿勢が見えてくる。
または、パリで女子学生を殺し食った佐川さんに実際に会えば、誠実な思いやりと深い孤独に胸を打たれるだろう。
「この世に絶対は存在しない」
相対性理論も、量子物理学も、不確定性論理も、ブッダが説いた縁起の理法も、般若心経も、そう言っている。
地獄を天国に反転させるのに、血を流す革命なんかいらない。目玉おやじにうろうろさせて、自分がいちばん心地よい視点を選べばいいのだ。あの甲高い声で叫んでくれるだろう。
「おい鬼太郎!いいもんが見つかったぞ」
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6月26日(火)
マヤ暦12月28日
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ニューヨークへ行った友だちKからひさびさに電話がかかってきた。
Kは10年ほどアメリカに住み、マサチューセッツ州にマクロバイオティック(自然食)・レストランを開いたがうまくいかず、帰国して成城にイタリアンレストラン「ラ・フォルケッタ」を出した。その壁画を頼まれたオレはボッティチェルリのヴィーナスの誕生を描いた。ロザンナさんが常連だったので、なんどかテレビに紹介されたのを見てた人もいるかもしれない。
しかしKはNYへの未練を断ち切れず、去年7年ぶりにNYへもどった。
Kはオレより3つ年下で池袋の平和通りにあるセブンイレブンのバイトで知りあった。勤勉で面倒見がよく、思いやりのあるやつだ。Kは高校生のくせに深夜11時から朝の7時までオレといっしょに働き、そのまま高校に行った。
Kのおやじが極道の怠け者なので、Kは3人の弟たちを自分の給料で養っていた。しかしおやじはKの給料を力づくでとりあげると、セブンイレブンのオーナーと賭けマージャンをしてスッてしまう。Kが汗水流して働いた金はそのままオーナーの懐にもどってしまうのである。つくづく運のないやつだ。
KほどNYに関して恐ろしい第一印象を持ったやつはいないと思う。
{原因はオレなんだけど……)
オレがNYに住んで2年目、Kはぴかぴかのトランクに夢をいっぱいつめて空港に降り立った。凛々しくそびえる摩天楼、アメリカンドリームを象徴する自由の女神、きらびやかなネオンに彩られるブロードウェイ、タクシーでオレの住むブルックリンの地下倉庫に着いたとき、彼のドリームは悪夢に変わった。
「ようこそNYへ、歓迎の一発をごちそうしよう!」
オレはジャンキー仲間に命じてKを椅子に縛りつけさせる。
「お願いだからやめてくれよう、到着早々なんでこんな目に会わなきゃなんないんだよう」
泣きべそをかきながらもがくKの腕にオレは注射針を突き立てた。ドラッグのドの字もやったことのないKは、いきなりコカインの静脈注射を打たれる。オレはやつのポケットから両替したてのドル札を奪い、自分のヘロインを買いに行った。
青春とは残酷なものである。
みんな、あの頃のオレに会わなくてよかったね。
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6月27日(水)
マヤ暦13月1日
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そういえば、「青春残酷物語」を書こうとしたんじゃないのを思い出した。
Kとの国際電話にもどろう。
「ひさびさのNYはどうだい?」オレは訊いた。
「ぼくがNYに抱いた第一印象とは別世界だね」
「そりゃ、おまえの第一印象は特別だろうが……」
「ホームレスもほとんど見ないし、42丁目のポルノ街もきれいになっちまったし、夜の地下鉄に平気で乗れるなんて、まるで日本みたいだよ」
オレは95年の12月にNYを再訪した。
何もかもが懐かしくて思い出の場所をたくさん訪れた。浮かれていたのも最初のうちだけで、だんだんと違和感がつのってくる。
「10年前と同じ場所なのに、なんかちがうぞ」
イーストヴィレッジに50軒ひしめいていたギャラリーはいっせいに姿を消し、オシャレなブティックに様変わりしている。なにより娼婦、ジャンキー、アーティストという3悪がいないのだ。
「NYが変わったんだろうか? それともオレが変わったんだろうか?」
おそらく答えは両方だ。
街は生き物であり、刻々と成長していく。街との出会いも一期一会だ。オレが青春時代に出会ったNYはバリバリの不良だったから意気投合したんだ。
今のNYは成熟した紳士だ(少なくともオレにとっては)。オレがまだ成熟してないせいか、気が合わない。
ただこれからNYへ住もうとする若者たちに「NYは終わったから、住んでもつまらないよ」なんて口が裂けても言っちゃいけない。産業革命でピークを極めたロンドンが今でも新しいものを生みつづけるように、NYはメルティングスポットでありつづけるだろう。
バブルで経済的ピークを極めた日本では凶悪犯罪が急増している。出口の見えない不況、失業者やホームレスの増加、まるで80年代のNYと同じ匂いがする。
天の邪鬼主義ゆえに正反対の期待をかけてしまおう。
街が新しいものを生みだすとき、
「危険は創作の原動力となる」
2001年の日本は、「不良の時代」、つまり「創作の時代」にはいったのかもしれない。
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6月28日(木)
マヤ暦13月2日
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子どものころからオレはアルツハイマーだった。
「忘れっぽい」のはハンデだが、天の邪鬼主義的に言えば、「天才的な忘却能力」を発揮していたことになる。
旅先で起こったことや印象的なイメージなどは鮮明に憶えているが、今日は何曜日とか、昨日食ったものを思い出すのは至難の業だ。
オレの脳ミソは、社会的なことを忘れ、精神的なところだけを憶えるように誰かが勝手に組み替えたらしい。たぶんもうひとりのオレ、潜在意識なんだろうけど。
学校教育は無駄なものばかりを憶えさせようとする。
因数分解ができなくてもセブンイレブンのレジは打てるし、1192年の「いい国作ろう鎌倉幕府」を知らなくてもマイクロソフトの社長になれる。
もちろん現場のサラリーマン教師は気づかないが、学校教育は「いかに無駄な情報をつめこみ、本質から目をそらさせるか」というのを基本に作られている。これは現代社会の構造とまったくいっしょだ。
忘れよう、忘れよう。
突き刺さる軽蔑の視線なんか。
忘れよう、忘れよう。
なにげない侮辱の言葉なんか。
忘れよう、忘れよう。
かんちがいから絡まる人間関係の糸も。
ゆったりと時間の揺りかごに横たわり、
波に体をゆだねてごらん。
人は毎回この世に生れ変わるとき、忘却の川の水を飲む。
ヘブライのカバラ哲学はいう。
夜の天使ラエラは君の唇を片手でつまみ、
忘却の呪文を唱える。
「しぃぃぃー」
だから、生まれてきたオレたちの口には、
ラエラが押さえた人さし指の跡が鼻の下に、
親指の跡が唇の下に、
残っているという。
「忘れることは、思い出すこと」かもしれない。
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6月29日(金)
マヤ暦13月3日
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オレも母に捨てられた過去がある。
※「COTTON100%」238〜239ページ。
しかし自分よりも大きな苦しみを乗り越えた人の言葉にどれだけ勇気づけられることか。
以下、差出人の許可を得て、送られてきたメールを公開します。
私も長いこと暗闇の住人だった。
だから宅間容疑者の底知れない苦しみが痛いほどよくわかった。
私も暗闇の中では親も兄弟も友達も殺し、世界中の人が死んでも私だけが生き延びた。でも実際にやらなかったのが、宅間容疑者と大きく違ってたところ。ここは結構肝心だ。
10ヶ月のカワイイ?赤ちゃんだった私を置いて母は家を出た。
同居していた祖母(父の母)は相当な人で私もずいぶん苦しめられたので、母もきっといじめられていたのだろう。
でも母の居なくなり方はすごかったらしい。
母はあるときトラックと人夫を連れてきて、自分の箪笥や服を詰め込んであっというまにいなくなった。
私を置き去りにして。
普通は子供だけ連れて実家に帰るよ。そしてなだめられて戻ってくるものでしょう。母は二度と戻らなかった。
粗大ゴミ置き場に捨てられているこわれかかった箪笥を見るたびに、私はこの箪笥以下の人間だと思った。
生まれてこなければ良かったと。
私は人生を恨み疑い、憎しみからスタートした。本当は感謝し、愛を感じるところからはじめても良かったのにねえ。
でも今は、総ての神様の計画は寸分の狂い無く働いていたと心から思って、毎日感謝しています。母は私を当然置き去りにするべきで、新しい母が来るべきで、私は勝手に憎しみから始めるようにプログラムされていたのかもしれません。
「人間はみんな魂だ」と思うと、いやなヤツも暖かい。
この体感・実感って何だろう。絶えず愛とエネルギーが体の中に満ちてきて、シアワセ感があふれ出てくる、魂が震えるこの感覚は何だろう。今、この瞬間瞬間のありのままを愛せる感覚ってなんだろう。
AKIRAさんの日記には、悩める人達のために、とってもやさしく分かりやすくこの世の中の見方が書いてありました。そうそうそうだよそうなんだよ。あなたがどれだけ丁寧に心をこめて書いているのか伝わってきました。
わたしもひとつの魂だけれど、せいいっぱい光に向かって歩いていきます。
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6月30日(土)
マヤ暦13月4日
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最近シンクロが加速している。
昨日となり町の今市を(「いまいち」と読むので、観光客は「いまいち美容室」や「いまいち消防署」などで笑ってしまう)原付きバイク「カマキリ夫人」でうろついていた。「ボンカレー」や「金鳥」の古い看板を売るあやしい骨董屋を出たとたん、オフホワイトのフォードが横付けになる。
ホームページ作りの師匠、半ちゃんだった。
昨日半ちゃんから電話があったと父親が教えてくれ、オレもかけ直そうと思っていた矢先だ。日光市と今市市の人口を合わせると何十万人にもなるし、二人の男が郊外の道路で出くわすなんて天文学的な確率だ。
今日は小学館の上野さんが奥さんの運転で日光に来た。
隠れた聖地というか、観光客の知らない「ウラ日光」滝尾神社を案内した。
ひと月ほど前、作家の田口ランディーさんとアイヌの山道康子さんの対談を聞きに行ったとき、「風の子レラ」の編集者平井拓ちゃんと知り合いだった上野さんが「偶然」出会い、オレもいっしょに飲み会に行った。
50歳をすぎても子どものような目をした上野さんは、オレがむっちゃ興味のあるバリ島の話をしてくれた。オレのホームページや住所の書かれた名刺をみたとき、上野さんが言う。
「シンクロですね。来月、日光にいきますよ」
「え?」
「子どもたちも大きくなったし、妻と二人で休暇を過ごすんです」
ユングが言う「シンクロニシティー」という言葉が日常的(シンクロナイズ・スイミングなど)に使われるようになったのはここ数年のことだし、「共時性」というお堅い直訳はなじみのないものだ。
しかしユングよりも昔から、日本人のあいだで使われてきた言葉がある。
「以心伝心」
大昔から日本人は「シンクロニシティー」を日常的に知っていたんだ。
現代人は「以心伝心」を忘れ、「偶然」という味気ない言葉でシンクロを片づけようとする。
逆に「神の啓示だ!」と大げさに騒いだり、「運命は定められている」と決めつけるのもよくない。
ほんと、取るに足らない日常的な「奇跡」なんだ。
誰にでも平等に起こっていることなのに、
無視すると減っていく。
感謝すると増えていく。
そりゃそうだ。君だって自分の行為を無視するやつよりも、「ありがとう」と言ってくれる友だちに会いに行くだろう?
やっぱ「運命」は決まってないけど、「出会い」は伝言ゲームのように用意されてるのかもしれない。 |