7月1日(日)
マヤ暦13月5日

6月29日の日記にのせたメールにいろいろと反響が来た。
「こような体験をして傷ついてる人って 少数派ではないような気がします。彼女まで過酷ではないにせよ傷つきやすい心を持った人が多いのではないでしょうか」
「親に対してのコンプレックスを持っていない人はいないと思う」
「わたしも精神的に捨て子同然の扱いを受けていました」等々。
つぎに紹介するメールは「母親」側からのメッセージで、胸を突かれた。親になったことのないオレは子ども側からの視点に甘えていた気がする。まさに「目玉おやじ」をとりはずして、母の視点からものを見ることを教えてもらったようなものだ。

「私のつれあいも母に置いていかれた人です。姑や小姑にさんざんいじめられて、ある日、 母親が家を出ていったといいます。両親は離婚し、祖母にいじめられ、4歳で家出をしてバスに乗り、数時間もかけて 一銭も持たずに、母方の祖父母の家に行ったそうです。
彼は祖父母の引き取られ、養子になり、彼の両親はそれぞれ別の人と再婚し、それぞれ彼とそう歳の変わらない子どもと暮らしています。
育ててくれた祖父母は大学生の頃、他界し、 私と出会った頃は天涯孤独な人でした。
「ボクには守る家も名前も人もいない」と言いました。
でも、先に逝くことがわかりきっている祖父母は、天涯孤独でも生きていけるようにと彼を育てました。
今、自分が家出をした頃の年齢になった我が子を 見つめて、「どうしてこんなかわいい子を置いていけたんだろうな」と笑っています。
その問いに、私はうまく答えられません。
たぶん、そうするしかなかったんだと思います。
たとえ、それが母親失格と言われてもです。
私は子どもを置いていく瞬間の母親の気持ちを考えると、どんなにつらかったろうと想像するだけで涙が出るのです。
そうするしかなかった、子どもと離れる選択をしなければならなかった気持ちを思うと胸がきゅぅ〜っと締め付けられるのです。
そして、それは一生許してもらえない選択だったと思うとなおさらです。
私にはベランダから子どもを落としてしまう母親の気持ちも虐待してしまう母親の気持ちもわかります。
子どもを連れて夜、居酒屋で飲む母親の気持ちも痛いほどわかります。
お受験事件で春菜ちゃんを殺した母親の気持ちもわかります。
いけないことはいけないことだけれど、そうしなくてはいられなかった気持ちがわかります。
そういう「母親であること」「嫁である」ことの閉塞感に苦しみ、自分は何なのかわからなくなるのです。
ただ、私は彼女たちのように子どもを殺さなかったというだけのことです。
母親になった瞬間から24時間自由はありませんでした。
時計通りに何事も進まない。
ただただ、昼も夜も2、3時間おきに授乳し、一日20回も30回もオムツを替え、昼も夜も泣いてばかりいる赤ちゃんを抱いて途方にくれていました。
そんな生活だって「母親だから当たり前」です。それがつらいなどと言おうものなら、甘い!と罵倒されますよね。
近くのコンビニさえ行けず、美容院なんてとんでもない、喫茶店に入ることも、本を読むことも、おいしいレストランに行くこともできません。歯医者だってお腹に子どもを乗せたまま治療です。いつもいつも母と子はセットです。
出産後7カ月した頃、初めて一人で外に出ました。
30分だけ。近くの喫茶店に行きました。
まるで体重が10キロくらい減って、パンツをはき忘れたようにスースーしました。
突然、母親になり、嫁になり、自分がなくなったしまったかと思うのです。
自分さえままならないのに、一人の人間の一生を背負うのだと思った瞬間、その重さに耐えられなくなります。
全く社会から切り離されてしまったような空間にいる恐怖。
何もモノをしゃべらぬ赤ん坊とすごす24時間。
ただ泣いてばかりいる赤ん坊を抱いてあやしながら夜明けまで過ごす日々。
私を見ていただければわかると思いますが、
母親も人間で、母親も母であることで完璧ではないです。
だから、母親である前に人間だと認めてもらえないとつらいです。助けてもらえなければつらいのです。
私がそんな必殺・密室育児ノイローゼから脱皮できたのは、
「母親も誰かに頼っていいんだ」と気づいた時でした。
そして、一人の人間として働くことができた時でした。
むごい事件が起こるといつも思うんです。
誰かそばで30分だけ「母親」を脱いで、一人の時間を
楽しんでおいで、と言ってあげてくれればと。
私は出産が軽かったんです。
お腹の子どもに「もう出ておいで」と語りかけたらすんなり下りてきて、3時間程度でした。
が、その夜。40度近い熱が出ました。
出産をすると誰もがその夜熱が出るらしいです。
疲れ切っているのに眠れないんです。
「熱が高いし、眠れないです」と看護婦さんに言うと。
「腕を一本切ったと同じくらいの状態なのよ。それくらい出血して、それくらい身体がしんどいのよ」と看護婦さんが言いました。
そして、ぺっちゃんこになったお腹をなでた時、ものすごい喪失感でした。一つ身から二つになった寂しさです。
次の夜、我が子が私の病室に来ました。
子どもが産まれたら両手をあげて喜ぶ?
私は我が子の寝顔を見ながら、この子の人生の責任を持っていくだと思ったら恐ろしくて恐ろしくてしょうがなかったです。そのまま病院から逃げ出したくなりました。
ちょっと普通ではない瞬間が誰にでもあると思うのです。
「あなた母親でしょ?我慢しなさい」
「母親がそれじゃ、子どもはどうなるの?」
そう言われては落ち込むのです。
「たいへんなのは一時よ」と、暗に一時なんだから我慢しなさいと言われるのです。
そして、いつも思いました。私は母親失格だと。
だって、つらかったんですもの。
逃げ出したかったんですもの。
立派な母親にはなれない。
母親は「母親である」ことを常に求められます。
いつも選択を迫られます。
どうして両方じゃいけないんだろう。どっちかを諦めなくてはならないんだろう。
母親だから?でしょうか。
でも、やっぱり母親も毎日、毎日、これでいいのか?
私は何なんだろう?と苦しみながらなんとか生きているのだと思うのです。
許してあげてほしいとは言わないけれど、少しだけわかってあげてほしいと思います」

7月2日(月)
マヤ暦13月6日

「風の子レラ」がいよいよ最終工程にはいった。
一冊の本が出版されるまでにはさまざまな工程を経る。
1、作者が本を書く。(もちろんこれがいちばん基本)
2、編集者が読み、作者に最初のアドバイスをする。
3、作者が書き直す。(ふつうこの過程が2、3度くり返される)
4、編集者がOKを出す。
5、写真やイラスト、目次や本文のレイアウト(1行を何字、1ページを何行にするかなど)、表紙のイメージなどを決める。
6、編集者はその本のイメージにあったデザイナーを選ぶ。
7、初稿のゲラが印刷されてくる。
8、校閲(誤字脱字どころか、ありとあらゆる角度からまちがいを探しだす専門職。本当にすごいと思うが、オレはこの仕事だけにはつきたくない)
9、校閲に指摘された箇所を作者と編集者で直す。(ふつうこれが2度ほど行われる)
10、印刷。
11、配本。(めでたく書店に並ぶ。書店で自分の本を手に取る喜びは格別である)
12、営業。(これは本の売り上げを左右するとても重要なことである。作者もインタビューなどで援護射撃する)
13、2ヶ月後に印税がはいる。(印刷された分の10%。一冊1600円だったら、作者には160円はいる。初版5000部として80万ー8万(所得税)=78万というとこか)

オレは今、9の作業をしている。あさって青山出版社に行って編集者といっしょに最終稿を完成する。
直した箇所がそのまま本になるのだから冷静にやらねばならないのはわかっているのだが……
涙が止まらないのだ。
冷静に読み進むつもりが、気がつくと物語に没入してしまう。オレんなかでレラは完全に実在する。だめだ、こんな情けない姿をさらすとはプロ作家失格だ。
「自分で書いて、自分で泣くなよ」と、誰かツッコミいれてくれ。

7月3日(火)
マヤ暦13月7日

「ごめんねタイムマシーン」があればいいと思う。
あのとき、あの人につらく当たってしまったとか、ひどいことを言ったとか、素直にあやまれなかったなんて、思うことがあるよね。
数年の歳月とともに自分も成長し、今だったら相手の気持ちもわかるようになった。そんなときは「ごめんねタイムマシーン」に乗って過去へひとっ飛び。
形はエサをつつく鳥のイメージからヒヨコ型がかわいいかも。しかし小学校のときにイジメたスーちんの部屋にいきなり「ヒヨコ型弐号機」に乗ったおばさんが現れたら大騒動になってしまう。スーちんを驚かせ、さらにイジメてしまうことになるじゃないか。
だから「ヒヨコ型弐号機」より、現在の意識を過去の自分に転移させる「限りなく透明に近いヒヨコ型参号機」がいいかも。(やっぱヒヨコか)
過去の自分の脳、または夢に侵入し、「スーちんの気持ちもわかってあげて」と説得する。「あとで後悔するのはあんたなのよ」と脅してみる。
でもさ、子どものころなんか一晩寝れば憎しみとか忘れちゃうことがよくある。もしかすると「ごめんねタイムマシーン限りなく透明に近いヒヨコ型参号機」(長いな)は極秘に開発され、日常的に使用されているのかもしれない。
でも乗り方わかんないし、何ができるかって考えると、今現在、自分のまわりにいる人にやさしくすることしかないみたい。

そんなことを考えさせてくれる素敵なメールが来たので紹介しよう。

「7月1日のメールの人の、心の中に触れてよかった。
すごく哀しい気持ちがしたけど。
だけどこんなことを考えられるところが、いい母親なんじゃないかな。
弱さを認められない人間って残酷だと思うから。
私の友人がかなり苦しんでいたのを、私は仕事がしんどくって理解できなかった。
長男の嫁としての重圧とか子供とうまくつきあえないジレンマと孤独。
母親同士の付き合いのストレスとか。
その時の私って会社の中での自分の危うい位置づけに悩んでいたので、結婚して嫁として大事にされてるはずの人がなんでそんなに苦しむのかってことが全く理解できなかった。
だけど会社を辞めてからいろんな人生に出会い、はじめてたくさんのことに気づくようになりました。
今まで普通だと思われていた日常にも狂気に近いものが潜んでいいること。
そして多くの逃げ切れなかった母親たちも家事ができないようになったり、
いろんな形で「家」っていうところから逃げたりしている様子も。
仕事に逃げている人もいると思うんです。
だけど「逃げる場所」がある人は幸せだと思う。
「逃げる場所」ってどんな人も作るべきなのかもしれないですね。
山本文緒さんが「人生は逃げていることの連続だ」と言っていたけどホントにそうだと思います。
みんな「自分」を許してあげてくださいね」

7月4日(水)
マヤ暦13月8日

いよいよ「レラ」とさよならをする日だ。
「風の子レラ」は2年間もかけて書いた作品なので、娘を嫁に出す父親の心境だ。
朝9時の電車で東京にむかう。
水道橋にある青山出版社で担当編集者平井拓ボンと最終校正をおこなった。
「2時間で終わるさ」とタカをくくっていたが、昼からはじめて終わったのは8時過ぎだった。もう日光へ帰る終電はないので、太田営業部長がとってくれたホテル・エドモントに泊まる。コンビニでビールを買って、バスタブにつかりながら飲んだ。
もう泣いても笑ってもレラは親の手をはなれた。
あとはいい読者にめぐりあうことを祈るばかりだ。
今月の中ごろには表紙を最新情報にアップできると思う。本屋に並ぶのは8月10日、夏休みの1冊にお薦めだ。
8月15日から北海道でおこなわれるアイヌモシリ一万年祭で、あとがきを書いてくれたシャーマン山道康子(アシリ・レラ)さんといっしょにサイン会をおこないます。
さよならレラ、
幸せになってくれ。

7月5日(木)
マヤ暦13月9日

「逃げる」ことは本当に悪いことなのか?
「現実逃避」とか、「逃げ腰」とか、「夜逃げ」とか、ネガティブなイメージばかり教え込まれてきたが、天の邪鬼主義的に言えば「逃げるが勝ち」である。
オレは二十歳のころ、「就職」や「人生のレール」から「逃げ」た。
本当に危ないところだった。びくびくしながら最初の一歩を踏み出さなかったら、まったくちがう人生を歩んでいたはずだ。まあ、それはそれでいいのだが、オレは自分が選んだこの人生が大好きだし、心から誇りに思っている。
先月、オレの「弟子」を自認するふたりの若者が旅立った。
ひとりは池沢雪子(二十五歳)という女性アーティストだ。
二十歳のころから奇想天外な作品(ガロの青林工藝舎から出ているとうじ魔とうじ著「半芸術」に出ている) で注目を集めたが、創作にいきづまり、彼氏にもふられ、長い間落ち込んでいた。
そこで彼女は単身インドへ「逃げ」た。
一ヶ月の旅行のはずが、ネパールのルンビニー(ブッダ誕生の地)にあるの日本山妙法寺に住みつき、世界一大きな仏舎利塔の建築を手伝った。
一時帰国して日本のアパートを引き払い、王族惨殺事件で治安の最悪なネパールへと女ひとりで旅立っていった。
もうひとりは小山田竜二(二十六歳?)という軟弱男で、オレが何度も海外旅行をすすめても、恐くて最初の一歩を踏み出せなかった。
アフリカンドラムに魅かれ、ディズニーランドのペンキ塗りで金を貯め、ブルキナファッソに「逃げ」た。
ブルキナファッソと言ってもどこにあるか知らないだろう。西アフリカのマリとガーナにはさまれた小さな国である。彼はそこに住みついて太鼓の作り方を勉強するという。
べつに「逃げ場所」を海外に限定する必要はないが、実際に遠ければ遠いほど効果がある。
今落ち込みのさなかにいる人は、自分を取り巻く環境が絶対壊せない壁だと思い込んでいる。いくらまわりに合わせようと努力しても、違和感ばかりがつのっていく。そこが心地よくないのなら、たぶんあなたは「まちがった場所にいる」のだ。
世界にはあなたが心地よく感じる場所がたくさんあるはずだ。
とりあえず「いちぬけた〜」してごらん。
ほら、受験勉強のマニュアルにも書いてあるだろ。「わからないところをわかるまで立ち止まらないで、先へ進みなさい」と。振り返れば、なんだこんなに簡単なことなのかと、気づくはずだから。
「努力」「根性」「忍耐」なんてオレのいちばん嫌いな言葉だ。
逃げろ、
逃げろ、
逃げろ!
本当に心地よい場所が見つかるまで、

永遠に逃げつづけろ。

7月6日(金)
マヤ暦13月10日

「物欲」なんぞ、とっくの昔に枯れたと思っていた。
ブランド品を身に付けている人を見ると、心底同情してしまう。だって「わたしは物にたよらなくては街も歩けないほど心が貧しい人間です」と表明してるのと同じだからだ。ブランド品が高級であればあるほど、その人の心は低級だ。なんて思ってたら真っ逆さま。
ひとつの机に一目惚れしてしまった。
黒磯にあるSHOZOという輸入雑貨&中古家具屋でこいつを見たとたん、物欲が目覚めた。
アメリカ軍で使われていた非常用の机で、65センチ四方の頑丈なコンテナをあけると、ふたの部分が机になり、箱の部分には引き出しが7つもついている。実際にベトナムのジャングルにこの箱を送ってインスタントオフィスにしたそうである。アーミーグリーンの「FORCE RECON(たぶん偵察隊)」とか、さまざまな数字がスプレーペイントされている。
実用一辺倒で作られたものは、まれに美しいデザインを生む。
もうこんなごっついやつは生産されていないし、ここで逃したら一生後悔しそうだ。
値段は25000円、買えない額じゃない。
しかも作家にとって机はパソコンのつぎに大切な武器だ。
オレはまだ買ってもいないのに、勝手に名前を付けた(オレの悪い癖だな)。
「明日のGIジョー」
武骨で、頑丈で、粗削りで、媚びないこいつには、ピッタリだろ?
「ジョー、今日からおまえの身柄はオレがあずかる」
買うべし、買うべしっとクレジットカードをレジにたたきつけた。

7月7日(土)
マヤ暦13月11日

人気ホームページ「風月堂」の主宰するポエトリーリーディングに出演した。
朝10時からタケちゃんのワゴン車に機材や楽器を積み込み、11時にハン師匠をのせて出発した。1時には荻窪に着いたが、まだ会場のBoxing lee cafeが開いていないので、タケちゃんはパチンコへ、ハン師匠は中野のタコシェへ、オレは駅前のBOOK OFFへ行く。
3時に会場に集合した。Boxing lee cafeは「昭和JAZZ喫茶」を標榜するだけあって、ノスタルジックでいい雰囲気の店だ。
今はなき新宿のホームレス村を段ボール美術館にかえたイチコこと武盾一郎とパートナーのアヤちゃんが大掛かりな舞台装置をつくっている。天井にワイヤーを交錯させ、黒いプラスチックネットをさげる。床にはぐしゃぐしゃに丸められた新聞紙がしきつめられる。
オープニングは主催者のジュンさんが60年代に書いたビート詩を熱読する。
金田さんがオレの大好きなアーティスト、マーク・ポーリンについての朗読をし、オープンマイクでさまざまな人が自作の詩を読んだ。
上半身裸に白いエプロンをつけたミッシェルが、自作のプロモーションヴィデオを背景に「おっぱいプリン」を観客に食べさせた。

うちの掲示板の常連である倫子さんかこちゃん茉莉花ちゃんと大阪の花友だちにはじめて会った。Webじょうでメールをやり取りしていると、どうしても自分でイメージをつくってしまいがちだ。それも人間の習性として、必ずいいほうへというか、勝手に理想化してしまうのだ。つまり生身の本人に会うと必ずがっかりするという法則だ。
友人の作家素樹文生をふくめて、みんながみんな初対面同士。はじめはぎこちなかったが、そのくすぐったさがおもしろい。みんなイメージと多少のずれがあるとはいえ、素敵な人たちだった。
そこで茉莉花ちゃんと倫子さんに強引にパフォーマンスに参加してもらった。オレとハン師匠の4人で部屋の四隅にある椅子に立つ。
まずは「し」という言葉を順にまわしていく。
つぎは四本指を突きだして「四」、
手を輪っかに丸めて「C」、
オレとハン師匠がうしろをむいて立ちションポーズをとり、「し〜」、
犬を追い払う「しっしっ、しっしっ」が怒声に高まっていき、
唇に人さし指をあて「しー」と静まり、四人が火薬のつまったピストルをとりだす。
おたがいにねらいを定め、「死」とともにパーン!
「しの朗読でした」とオレが締めくくった。
一曲目は「おまえの舌苔を陽にさらせ」を歌い語るなか、イチコがステージにぶら下がるネットに絵を描いていく。
二曲目は「戦争に連れていって Take me to the war」。タケちゃんのドブロギターにオレのスローバラードがからみ、天使の格好をしたアヤちゃんが神秘的な抽象画を描いていく。

三曲目は「南無邪華法蛇花夢」。オレが勝手につくったお経を英語の歌詞にのせ、アップテンポで歌い上げる。
ラストの曲は「輪廻 レインカネーション」でしめくくった。

車で帰るため酒を飲まないと誓っていたタケちゃんが酔っぱらい、ハジケてしまったので、朝の4時まで飲み明かした。こんなときに頼りになるのはハン師匠だ。爆睡するオレとタケちゃんをのせ、高速を使わず日光まで三時間で連れてきてくれた。
やはり持つべきものは「一家に一師匠である」。

7月8日(日)
マヤ暦13月12日

旧友といっしょにババチョフ(母親)の墓参りに行った。
アマゾンのインディオもアイヌもこう信じている。
「先に死んだ家族は、残された家族の守護神になって必ず守ってくれる」と。
そして「その家族の赤ちゃんとして転生して、必ずもどってくる」と。
八年前に死んだババチョフは、たぶん妹の子ども、凛太郎か周二郎に生まれ変わっているような気がする。

きのうラストにやった「輪廻 レインカネーション」の歌詞が知りたいというメールが来たので、のせます。これはアフリカで書いた詩を原形として歌にまとめましたものです。



遠い記憶の小道で
見つけた一輪の花
摘みとろうと引き返し もはや場所さえわからず
ひとり立ち迷う夕暮れ
 
長い長い旅だった
すぎていく無数の影たち
臭いたつ肌からみつく髪 笑い声だけを残し
行きつもどりつ消えてゆく

限りなく限りなく還りゆけ還りゆけ
そこやあそこじゃない
永遠のここへと
限りなく限りなく還りゆけ還りゆけ
過去や未来じゃない
永遠の今へと

脳に描かれた壁画
狩りと祭と婚礼
雨風に消えゆけばなお 鮮やかさをます色彩
遠い遠い宴よ

燃えさかってた怒りも
煮え立つ涙も静まり
引き潮に打ち上げられた 貝殻だけがひっそり
日々に洗われつづける

限りなく限りなく還りゆけ還りゆけ
そこやあそこじゃない
永遠のここへと
限りなく限りなく還りゆけ還りゆけ
過去や未来じゃない
永遠の今へと

傷ついた舟はすすむ
血液の河はうねり
遠い昔生まれ落ちた なつかしいあの海へと
オレを連れもどす

青い雲間を破って
光りの梯子が降りてくる
永い眠りにはいるとき 見上げれば空一面
降り注ぐ花 花 花

限りなく限りなく還りゆけ還りゆけ
そこやあそこじゃない
永遠のここへと
限りなく限りなく還りゆけ還りゆけ
過去や未来じゃない
永遠の今へと

7月9日(月)
マヤ暦13月13日


今週の木曜日から新潟にある奥只見川の源流で原始生活をする。
タケちゃんは毎年行くそうで、オレとハン師匠も便乗することになった。
タケちゃんが言うには、雪解けの川を腰まで浸して歩き、ときにはリュックを背負ったまま急流を泳ぎ渡るという。
「寒くないようにスパッツと、滑らないフエルトの靴を買っておいてください」と言われたので、ハン師匠とホームセンターへいった。
チベットやアマゾンで鍛えたオレだが、アウトドア的な知識はほとんどない。
「あった、あった、オレこの豹柄でいいや。680円だし」
「だめっすよAKIRAさん、それおばさんがはくスパッツじゃないすか」
ハン師匠はあきれ顔でオレを見下す。
「あっこのフエルトの靴かわいい! ミフィーちゃん好きだし、すいません、これの大人用はないんですか?」
ハン師匠があわててかけより、店員を断る。
「これは室内履きです、こんなので川を歩けるわけないでしょう。フエルトの靴っていうのはね、底がフエルトばりになってるのをいうんですよ」
「だってミフィーちゃんが……」
オレはおもちゃ売り場から引きはがされる子どものように、釣具売り場に連行された。
「これがスパッツか!」
フエルトのついた長靴からへその上までつながっている渓流釣り用のウエットスーツのことだった。それにしても値段が2万円もする。
「もっとほかの店もまわってみましょう」と師匠のフォードで釣具屋をはしごする。
宇都宮にあるアウトドアショップで激安のスパッツを見つけた。
「こ、これ2000円だって!」
長靴はついていないが、つま先から肩ひものついた胸まですっぽりおさまるタイプだ。
「はは、残念でした。SとSSしかないじゃないすか。こういうサイズ切れはよくバーゲンするんですよ」師匠は鼻で笑った。
「言っとくけどオレはハワイで毎日ウエットスーツ着て仕事してたの。この素材は伸びるし、オレの足の細さを見せてやる」
「絶対無理っすよ。Sっていったら女性用なんですから……」
オレは師匠を振り切り、ベージュ色の光沢に輝くスパッツにつま先をこじ入れていく。
き、きつい。しかし意地でもそんな表情は見せてはならない。太ももがパンパンにはり、お尻がピチピチにおさまり、肩のストラップがやっと胸にとどいた。どうだ、この雄姿を見ろ!
「B級SFに出てくる宇宙人っすね」

「宇宙人だろうが、もっこり星人だろうが、2000円なんだからしょうがねえだろ」
屈伸運動をしようとしたとたん、けつがピキッとなった。やばい、破れたら弁償もんだ。早く脱がねば。
ストラップをはずし、胸当てをおろすが、腰から下がぴくりともしない。
「し、師匠助けてくれ!」
店員はまだ気づいてないらしい。オレは床にしりもちをつき、師匠につま先を引っぱってもらう。
「まったくいい大人がみっともないカッコさらして。デジカメ持ってたらこの写真をおとといライブに来たお客さん全員に送り付けてやるのに」
「いいから早く、店員が来るまえに脱がしてくれよう」
オレの背後に不気味な足音が近づいてくる。
「裏返して脱ぐんですよ」店員だった。
言われたとおりにすると、あっけなく脱げるではないか。
「無理な試着はやめてください」店員は縫い目を調べている。
「すいません。あっ、テントや寝袋も買わないとな。あのいちばん高いの見てみようぜ」
ふるさとの星をさがして夜空のもとへ、そそくさと逃げ出すB級宇宙人だった。


7月10日(火)
マヤ暦13月14日


NHKで白神山地(秋田県と青森県の県境にある)を守った男たちの番組をやっていた。
現代でさえ公共事業うんぬんでもめているのに、村おこしバンザイの20年前だ。
神の森を守ろうとする男たちは、過疎に悩む村人から反感を買い、家のまえの花壇をむちゃくちゃにされたり、窓を割られたり、会社からも解雇される。
そこで動いたのが山の民の猟師(マタギはアイヌ語からきている)と川の民の漁師だ。
山と川に生活のかかっている彼らがぼくとつな言葉で署名を集め、世界でも類を見ないブナの原生林はぎりぎりで守られたのだった。
猟師の一言に驚いた。
「おれたちマタギには環境保護なんて言葉はねえ。ただ森が好きだ、理屈なんかいらねえ」
アイヌもアマゾンのセリンゲーロ(ゴム採集人)もまったく同じことを言っていた。
「環境保護」
なんという傲慢な言葉だろう。
森に生まれ育ち、その恩恵に感謝して暮らしている人々には、理解しがたいことだ。人間が自然=神を守るなんて!
「同情」なんて、つねに上から下に流れる「優越感」だ。
ギリシャ文明やルネッサンスからはじまった人間中心の時代はとっくに終わった。「支配するもの」VS「支配されるもの」と世界をわけたり、「敵」VS「味方」で人間をわけるのをやめよう。
「他者と出会ったら線を引け」とオレたちは洗脳されてきた。
「理解できないものは排除しろ」と教育されてきた。
ところが本当の敵は、世界をボーダーで切り刻む自分自身なんだ。
「環境保護」とか、「ボーダーレス社会」とか、「バリアフリー」とかいう看板もおろそうよ。
「環境」や「社会的弱者」を偉そうに「保護」するんじゃなくて、いっしょに遊んでいこう。
おたがいが自分とちがう部分を排除するんじゃなくて、おもしろがればいい。
人間も動物も植物も自分が生き伸びるために必死なんだ。
それぞれの我がままがからみあい、組んずほぐれつ「今」ここに生きてる。
アイヌ語ではこれを「ウレシパモシリ」という。
日本語に訳せば、「育みあう大地」ってとこかな。
「正しい」自分や「いい人」を演出したところで、そのうちボロが出るし、「まあ、サイズ合った服着ようぜ」と中村一義も歌ってる。
我がままに生きるってことは、

ありのままに世界を愛することだから。

7月11日(水)
マヤ暦13月15日

今日も親が子どもを殺した。
しかも父親だ。母親が外出するので、赤ちゃんのめんどうを父親が見ていた。なかなかミルクを飲んでくれない赤ちゃんに腹を立て、腹を殴って揺すぶった。
赤ちゃんは死んだ。
父親はしきりに反省しているらしいが、情報が少なすぎるんだ。
赤ちゃんの脳は安定するまで強い衝撃を与えてはいけない。アメリカでは乳幼児の「高い高〜い」などは禁止されている。
おそらく父親は殺意などなく、一瞬の怒りにかられたのだろう。
なぜ怒るのか?
言葉もつうじず、糞尿を漏らし、泣きつづける畜生。
バカで、わがままで、自分勝手な獣。
もしくは、なにも知らない純粋無垢な天使。
「赤ちゃんには心がない」
オレたちはとんでもないまちがいを教育されてきた。
新生児研究はここ数10年で驚くべき成果を挙げている。
出生児の記憶に関する膨大なデータが集められ、科学者が綿密な分析をくわえていくと、赤ちゃんに関する見方がまるっきりひっくり返ってしまったのだ。
先鞭をつけたS・グロフ博士は、「バーストラウマ」理論で大病院の出産形式まで変えさせた。
守られた子宮から生まれ落ちる胎児はさまざまな恐怖体験をくぐる。陣痛促進剤や鎮痛剤などの化学薬物による驚異、手術用のまぶしすぎる無影灯、針のむしろのごときタオル、氷のように冷たいステンレスの体重計、生まれてすぐ母親から引きはがされる孤独など。
アイヌやインディオの産婆術から比べると、大病院の出産は「暴力」そのものだ。医者の休日によって出産遅延剤まで飲まされる。
アメリカ出生前・周産期心理学協会副会長のデビッド・チェンバレンは言う。
「赤ちゃんに心がないなんてとんでもない。彼らの思考は成熟しており、むしろ親を気づかってさえいるんだから」
胎内にいるときも、母親の感情をすべて理解しているし、会話もしている。出生時の恐怖体験を綿密に憶えているどころか、誕生まえの記憶まであるというのだ。
「パパとママがちゅっちゅしてるのを見たよ。ぼくはパパとママの子どもになりたかったんで、もっともっと仲良くして! って応援したんだ」
7月12日(木)
マヤ暦13月16日

いよいよ今夜、新潟にむけて出発する。
明日の明け方、林道の行き止まりで車を降り、只見川を源流へと遡上するのだ。
ハン師匠は近所の大谷川で渓流足袋をためし、タケちゃんはマムシ用のすね当てを作っていた。マムシは人間に踏まれることによって出産するという。「産婆に噛みつくなよこの恩知らず!」と言いたくなるが、自然の摂理じゃしょうがない。
オレはカマキリ夫人に乗って、今市の釣具屋にこっそりイクラを買いにいった。
するとその帰り道、道路の向こう側から呼ばれる。
「アッキラさ〜ん、なにやってんすか?」ハン師匠だ。
どうしてオレたちは、ばったり会ってしまうのだろう。
「ああ、ちょっと釣具屋に」しかもタイミングが悪い。
「なに買ったんすか?」
「なんでもないよ」
「いいじゃないすか、ちょっと見せて……あっ、イクラだ!」
師匠は容赦なくオレの弱点を突いてくる。
「生きたミミズを刺すのが恐くってイクラを買ったんでしょう?」
「ちがうよ、キャンプしながら手巻き寿司でも食おうと……」
「言っちゃんだ、言っちゃんだ、タケちゃんに言っちゃんだ。ところで仏舎利塔ライヴ完成させましたよ」

半田師匠がついに仏舎利塔ライヴのレポートを完成させました。
ダウンロードに1分半ほどかかりますが、なんと「南無邪華法蛇花夢」が聴けるのです!トップページの終わりの方にある2001年5月仏舎利塔落成記念ライヴをクリックしてください。

日曜日まで日記はお休みです。
激流に飲まれたら永遠にお休みです。火曜日のライヴが追悼集会になるかもしれません。だんだん弱気になってきた。みんな今までありがとう。ぐすっ、本当に悔いのない人生だったよ。ぐすっ、オレの分まで長生きしてくれ。

じゃあ、いってきまあす!

7月13日(金)
マヤ暦13月17日


「生きててすいません」(「生まれてすいません」は太宰治の言葉)
わたくしごとき者がいつも旅から生きて帰れるのは、まだまだやらねばならぬことがあるからなのだろうと、ひとりで納得する。
ということで、今回の冒険記を日を追ってレポートします。

まずはあらためて4人のメンバー紹介。
隊長タケ
25歳、山ごもり歴10年、釣歴15年、宇都宮ロビンソン店、今市ジャスコ店「MIKI HOUSE 」社長(しかも入れ墨いり)
、パチプロ、沖縄空手有段者、ミュージシャン。
師匠ハン
25歳、フリーのホームページデザイナー(オフィスを大谷川の堤防に構えるアウトドア派)、海上自衛隊出身、もと紅顔の美少年、現在体重88キロ。
たき火屋ホセ
25歳、山ごもり歴3年、釣歴5年、環境調査(おもに鳥類の生態を調べる)会社に勤務、無口だが質実剛健、インディオ系美男。
雑用AKIRA
40歳(41だっけ?)、旅行歴20年だが、アウトドア歴0、釣歴1回(ミミズを殺すのが苦手)、今回の主旨もあまりわかっていない。

昨夜10時、隊長タケの家に集合し、荷物を配分する。
米や非常食の缶詰めやロープなど、ひとり12キロほどになるよう体重計を使って分ける。オレは木の棒をくるくるやって火を起こすのかと思ったら、ちゃんとガスコンロも持っていくのね。ちょっと安心。もちろん全員がスパッツとフエルト底の足袋を忘れていないか確認する。隊長の奥さんヤスコちゃん(25歳)が大量のおにぎりを作ってくれた。
ロウソクに灯をともし、アイヌのお祈りをする。
「火の祖母神アペフチカムイよ、これから我々は神々の土地にお邪魔します。森の神様シリコルカムイと川の神様ワッカウシカムイによろしくお伝えください。願わくばイワナを恵んでくれますよう。そして4人とも無事に帰ってこれますようお守りください。カムイピリカ、チコプンキネ、イエ、カルカンナ」
アペフチカムイは人間にとっていちばん身近な存在なので、どんな伝言でもこのおばあちゃんにたのべばいい。みんなだって旅行行くときはホテルに予約をいれるだろう? 森へ行くにも礼儀が大切だからね。

夜11時に日光を出発して山王峠を越え、福島県の国道352を尾瀬方面にむかう。只見川を北上するとブナの原生林が広がる。対向車も人家もない曲がりくねった山道を隊長の運転するワンボックスカーが80キロでぶっ飛んでいく。タヌキや貂(テン)、夜鷹やフクロウがあいさつするみたいに次々と現れる。こんなに動物が現れるのは、はじめてだそうである。
夜中の3時頃、奥只見湖のほとりに車を止めて、仮眠をとった。

全員が体をかきむしりながら目覚める。しまった! オレがルーフの窓を閉め忘れていたのだ。雑用係は最初からドジをこいてしまった。
みんなカイカイしながらスパッツと足袋をはく。フルチンに直接なので、ちょっと気持ち悪い。車止めにいるおばちゃんに入漁税735円を払い、バックパックを背負って林道を歩きはじめる。
巨大な渓谷が両側にそそり立ち、左下を中之岐(なかのまた)川が勢いよく沸き返っている。緑がむせ返るような体臭を放ち、まさに聖域に踏み込む気持ちになってくる。
毎年7月のはじめに来ている隊長とホセはこの気候に驚いている。いつもは林道をふさぐ雪渓をよじ登ったり、川の上にできた雪の橋を渡ったりするので、靴底に取り付けるアイゼンというスパイクを用意していた。しかし今年は猛暑のせいで雪は溶け、林道がそのまま歩けるのだ。「やった、ラッキーじゃん」初心者であるオレとハン師匠は目を合わせてほくそ笑む。
ところが味方をしてくれた太陽が最大の敵だった。
隊長とホセは昔の釣り師がかぶる三度笠をし、師匠はゴアテックスの帽子をかぶっているが、オレはバンダナだけだった。照りつける太陽に意識は朦朧となり、ウエットスーツ素材のスパッツのなかを滝のような汗が流れ落ちていく。おまけに左のかかとが靴ずれをおこしはじめた。彼らのバックパックは何万円もする一流品なのに、オレのはペルーで買った2000円の安物だ。歩くたびに荷物が揺れ、重心が肩にのしかかる。

もうだめだ!」 と思ったところにわき水のプールがあった。
みんな荷物を放りだして飛び込む。
岩場から噴きだす清冽なしぶきがゆで上がった脳みそにまで染み込んでくる。 水をかけ合い、相手を沈める。 大胆にも泳ぎながらごくごくと水を飲む。なんという美味しさ、なんという贅沢だろう。 岩場によじ登り空中でポーズをとってダイヴする。 完全に子どもに返った野郎どもは、原始人さながらにはしゃぎまわった。
隊長がオレの靴ずれをテーピングしてくれ、ホセがバックパックのストラップを短く調節してくれる。ふたたび歩き出したときには体力を回復し、ペットボトルに汲んだ水を頭にぶっかけながら2時間の行程を終えた。

薮のなかに5メートル四方のスペースを見つけ、ここを拠点にする。
まず床となるブルーシートをしき、天井となるシートを張る。ロープを結べる適当な木が2本しかなく、あとは流木を支えにする。あえてテントを持ってこないで、開かれた空間をつくるのは、シートのしたでたき火がたけるからだ。
IWハーパーのバーボンで乾杯をし、できたてのスイートホームで昼寝をむさぼった。

さっそく釣り竿をもって沢に降りる。
師匠がチクったおかげで、オレがイクラをもってきたのがバレてしまった。
「残念ですがイクラはイワナにはまったく通用しません」と隊長にさとされる。
わかりましたよ、やればいいんでしょう、やれば。しかたなくミミズさんにあやまりながら針を刺す。赤い血と黄色い臓物がふきだし、痛い痛いとのたうつ。
思ったポイントに打ち込めないオレは、すぐ枝に釣り糸を引っかけてしまう。吊っている時間より、切れたテグスを直しているほうが長いくらいだ。こんなへっぽこ釣り師に命を捧げるミミズさんが不憫でならない。
遠くで雷鳴がとどろき、谷間を黒雲がおおいはじめる。
かなり上流まであがっていた隊長があわてておりてくる。
「水の様子がおかしい、増水する危険があります」
下流にいる師匠やホセに知らせなければならないのに、水が足にからみつき、走ることができない。雨こそ降ってはいないが、雷鳴が追いかけてくるのがわかる。
「危ないぞー、早くうえにあがるんだ!」
ただならぬ隊長の叫びに師匠やホセが釣り竿をたたむ。そのあいだにも水かさは増し、地鳴りのような音が近づいてきた。
「鉄砲水だ!」
道のない薮を3メートルほどあがったときだ。すさまじい豪雨とともに濁流が押し寄せてきた。本当に危機一髪だった。あと数分おくれていれば呑み込まれていたかもしれない。
ストロボが発光し、雷鳴がとどろく。光速と音速の差がちぢまってくる。雷が頭上に来た証拠だ。耳をつんざく爆音が響き、地面が揺れた。樹木の裂ける音に心臓がすくみあがる。ここからでは見えないが数十メートル先の木に落ちたのだ。
「葉陰にしゃがんだまま動かないでください。雷はカーボンの釣り竿に落ちやすいんです」隊長に従う。
こりゃあもう雨と呼べる代物ではない。滝に打たれるほうがよっぽどました。斜面を流れ落ちる泥水に足をすくわれそうになりながら、ひたすらしゃがみつづける。体温が急激に奪われ、みんなの唇が紫色になってくる。
30分ほどたったろうか、雷鳴が遠ざかっていくのがわかった。
スイートホームにもどると、悲惨な光景を目撃した。
天井ははがれ、床には水浸しの寝袋や荷物が散乱している。師匠の高級マットはあとかたもなく吹き飛ばされていた。
一同しばし茫然とし、気を取り直して別の場所にシートを張る。

ところが悪夢はそれだけでは終わらなかった。
夕飯はおいしそうに炊きあがる。朝おにぎりを食っただけで、夜までなにも食べていない。一匹の魚もなく、非常用にもってきたイワシの缶詰を食べはじまったときに豪雨がきた。天井に雨水が溜まり、柱の流木が倒れそうになる。下からもちあげると、バケツいっぱいくらいの水がこぼれる。1分もしないとまた屋根がたれさがる。楽しい夕食がパニックだ。
「ふたりづつ交代で食うんだ」
こんな缶詰、家では見向きもしないが、必死で食うせいか、やけに美味い。アリがはいってようが、蛾が飛び込もうが、気にしてるひまなどない。危機的状況は食欲を増大させることに気づいた。
バーボンをあおり、びっしょりの寝袋にもぐりこむ。雷が落ちようが、雨に流されようがかまわない。腹が据わったせいもあるが、みんなくたくたに疲れていた。
夜中に一度小便に起きると、満天の星が渓谷をおおっていた。
憎むべき天気の気まぐれさにふと感謝の気持ちが湧いた。
「大自然のなかでは人間なんてちっぽけなもんだ」
陳腐な文句をありありと教えてくれたからである。

7月14日(土)
マヤ暦13月18日


快晴に目覚めた。
オレと師匠は寝るのがいちばんおそく、起きるのが早い。いちばん先に寝た隊長が最後に起き上がった。
「誰だ、こいつは!?」おとなしいホセが叫びをあげる。
オレと師匠は隊長の顔を凝視しする。
「できの悪いじゃがいもですね」師匠が言った。
朝露に濡れたシートが爆笑にゆれる。完全爆睡型の隊長は蚊の大軍に「食べ放題」「吸い放題」を許してしまった。「お岩さん」メイクのまぶた、黒人顔負けのタラコ唇、ボコボコに腫れ上がった顔は完全に別人だ。昨日の騒ぎでみんな蚊よけネットをかぶるのを忘れていたが、なぜ隊長ひとりがターゲットにされたのだろう。森の番人である蚊は、残り3人がへなちょこなので、リーダーからつぶす作戦にでたのではないか?

朝食はインスタントの冷やし中華。もちろん具なんかひとつもないが、新鮮なわき水で冷やした麺は格別であった。
「今日こそは絶対イワナ料理にありつかねばならない」
一同円陣を組み、気合いを入れる。
「ファイットねえー」
「オラーイ!」
同じ川を4人でせめてもしょうがないので、オレと師匠は西の沢にはいる。師匠はけっこう釣りの経験がある。海上自衛隊では余暇のときにみんなで釣りをやるし、子どものころから大谷川でカジカなどを釣っていたという。
「だめですよ、そんなにバシャバシャ音を立てて歩いちゃ。イワナは小石が落ちた音にも反応するんですからね」
ふん、なにかとうるせえやつだ。
「隊長&ホセチームに勝てるわけないが、オレたちもせめて1匹は釣りあげような」とやる気を見せておいて、オレだけ上流にあがった。
ふふ、これでこころおきなく「イクラ釣り」が楽しめる。オレは餌箱にはいったミミズさんを土にもどしてしまった。「養殖育ちだからつらいことも多かろうが、達者で暮らせよ」
やはりイクラではぜんぜん当たりがなかったが、渓谷を吹き抜ける風、涼しげな水音、豊饒に生い茂る木々、もうここにいるだけで十分に幸せだった。
だいぶ時間もたったころ、あきらめて竿をおいた。渓流釣りの聖地と呼ばれる場所で素人が釣ること自体むりなのだ。
深そうな水だまりがあったので泳いだ。流れに身を任せるとウォーターシュートみたいに運ばれていく。釣り釣りと騒がないでも、こんなおもしろい遊びがあるじゃないか。
「な、なんてことをしてんすか!?」
またあのこうるさい師匠だ。
「上流で泳いだら魚がみんな逃げちゃうじゃないすか」
「いいの、いいの、もう釣りはやめたんだから。ところで釣れた?」
師匠はオレの質問に首をふった。
「じゃあ、もうやめて帰ろうぜ」
オレが竿をたたもうとすると、師匠が叫んだ。
「あっ、そこに魚影が見えた!」
いちおう師匠を納得させるためにかっこだけはしてやるか。
「またイクラ使ってますね」師匠が軽蔑の視線で見る。
「しまった、隊長には言うなよ。どうせ釣れるわけねえんだから、餌なんかなんでもいっしょなの」
つぎの瞬間、手に電流が走った。
テグスが小刻みに揺れ、別の意志をもった生き物が竿先を引っぱる。
「か、かかったぞ!」
逆らわぬように下方に流し、岩場に逃げ込むまえに引き上げた。銀灰色の体が虚空をむち打ち、河原の石にはじける。
師匠は目をむいて立ち尽くしている。
「そんなまさか……泳いでさんざんかきまわした場所で、しかもイクラでイワナを釣るなんて!」

オレは大喜びでテントにもどり、ふたのついたコッヘル(鍋)にイワナをいれ、近くの水場で冷やしておいた。これ以上ない幸せな気分で昼寝をきめこむ。
隊長が2匹、ホセが1匹、釣り上げたイワナをもって帰ってきた。
オレもさっそく自慢しようと水場にイワナをとりにいく。
すると信じられないことが起きていた。
コッヘルのふたが横にはずされ、なかのイワナがなくなっていたのだ!
イワナは内臓がとりだされ、完全に死んでいたはずだ。熊やカラスががきちんとふたを開けるわけない。オレが寝ているあいだに3組ほどの釣り人が通った。たとえ人間の仕業だとしても、ふつうこんなもん盗むか?
テントはふたたび爆笑の渦に包まれた。
隊長がイワナの炊き込みご飯を作る。引き締まった身が骨付きでぶつ切りにされ、最小限のだし汁で炊き上げられた。湯気をたてる飯のなかに散らばった身は箸で崩すと、ふわっと川の匂いがする。男4人が1日がかりで釣り上げた獲物は、この世のものとは思えないほど美味かった。たき火でアメ色になるまであぶったイワナを日本酒に浸し、「骨酒(こつざけ)」をつくる。本当はこれをオレのイワナでやるはずだったのに。
やっぱりいちばん恐いのは、雷でも熊でもマムシでもなく、
人間なのだ。

7月15日(日)
マヤ暦13月19日

午前中、隊長が40センチもある超大物を釣り上げた。
まさに川の主とも呼べる貫録だ。傷も浅かったので、ふたたび川へ返した。釣り堀やアマチュアのキャッチ&リリース自体はオレも賛成しないが、ベテランの釣り師は回復する傷かどうかをきちんと見極めてからリリースする。オレはイワナの主が
わざわざ身を挺して楽しませてくれたのだと思う。
荷物をまとめ、ブルーシートをたたみ、吸い殻ひとつ残さないようにゴミをまとめる。見上げればブナの大木がオレたちを見下ろしている。火の祖母神から伝言を受けてオレたちを守ってくれたようだ。
軽くなったバックパックを背負って山を下りる。そのかわり心の中は、さまざまな想い出ではち切れそうだった。


7月16日(月)
マヤ暦13月20日


paper backの編集長すぶやんから「山ごもり日記、むっちゃおもしろかったです。もっと読みたい」というメールが来たので、書き忘れていたエピソードを紹介しよう。

山をおりたオレたちは、桧枝岐村(ひのえまたむら)で絶品の「裁ちそば」を食い、川治で温泉にはいった。
ここはなんとなく見覚えがあるので記憶をたぐる。オレは高校のとき、自転車で福島県を旅した。くたくたになった帰り道、日も暮れ、途方に暮れていると、風呂桶をもったばあさんがとおりかかった。事情を聞いたばあさんは「んだら、いいとこさ連れてってやっぺ」と案内されたのがこの公衆浴場だった。当時は無料で、混浴だった。オレはばあさんのタレ乳を見ながら、使い終わった歯磨きチューブを連想したことまで思い出した。
現在は300円とられるが、屋根つきの露天風呂でぬるめの湯は健在だ。思いっきり陽に焼けたオレたちには快適きわまりない。
ゆったりとくつろいだ湯船で、とんでもないものを目撃してしまった。
おじいちゃん(推定年齢、七十歳)が孫を二人(推定年齢、二歳と五歳の男の子)連れてきていた。もうひとりの男(推定年齢、五十歳)と五歳の孫がお湯をかけ合ったりしてふざけていた。おじいちゃんが二歳の孫の体を洗おうと、となりの洗い場に行ったときだ。
男が五歳をはがいじめにし、無理やり唇をおしつける。オレはこの男を男の子の父親だと思っていた。「心温まる親子愛だなあ」と気にもとめなかった。
ところが男は子どもの尻をひざで押し上げ、3センチほどもない性器にむしゃぶりついたのだ!
「チンチン食っちゃうぞ、チンチン食っちゃうぞ」
二歳の孫ともどってきたおじいちゃんと目が合ったとたん、男はそそくさと去っていった。
幸いにも男の子は自分が性的ないたずらを受けたことなど気づいていない。見知らぬおっちゃんと遊んだくらいにしか思ってないらしい。
ありふれた日常にぱっくりと口を開ける闇。
事件に至らない事件が今日もいたるところでくりかえされている。

7月17日(火)
マヤ暦13月21日

寝る間もないほど忙しい。
昨日は夜中すぎまでタケちゃんと打ち込みの曲を作り、今日は新宿ジャムで「革命導火線前夜祭」というライブだ。
浅草の高級回転寿司屋「まぐろ人」で大トロ(280円)、車エビの踊り食い(480円)などで腹ごしらえして、3時にライブハウスいりした。
IQ007のアジテーションのあと、ステージに立つと超満員総立ちの観客にびっくりした。
「雨宮処凛の人生を変えた曲です」と、オープニングは「明るい未来 約してアカミラ」からはじまった。

ゴムさえかぶせりゃいいってもんじゃないんだし
愛だの恋だのあんたの勝手なファンタジー
 ファッションマガジン読んでるうしろの窓に
 自殺者の肉片がはりつく
天にまします我らが神様元気かい?
信じているなら最後に救ってくれんのかい?
 だけど通勤地下鉄土天海冥 人は毒ガスのなかを逃げまどう         
明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ
明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ

いつでもどこでもだれとでもBOYS & GIRLS
やりますさせますやらせますMAN & WOMEN
 肩よせ頬よせ股合わせ 今夜も
 互いのウィルスなめ合う
結婚指輪は涙の給料三ヶ月
新築マンション 汗水ローンは三〇年
 だけど大地が揺すられ ビルが崩れ落ち 人は
 瓦礫の街に立ちつくす
明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ
明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ

ああ子どもたちの声が
陽だまりに溶ける
どこまでもかけてゆけ
空の果てまで

平和も自由も平等もいいさ
進歩も調和も経済成長もいいさ
 だけど時々やつらのすました微笑み見ると
 何もかもすべて ブチ壊したくなる
明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ
明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ 明るい未来へ

「平和ボケした日本にいると、戦争に憧れるようになるのかもしれません」と二曲目「Take me to the war 戦争へ連れてって」を歌う。

戦争へつれてって なぜならオレは 殺したいんだ
戦争へつれてって なぜならオレは 強姦したいんだ
戦争へつれてって なぜならオレは 撃ちたいんだ
戦争へつれてって 父よ
 オレたちは退屈だ なんて退屈なんだ もうどんな楽しみもないんだ
戦争へつれてって なぜならオレは 死にたいんだ
あなたのためなら オレは喜んでそれをします

地獄へつれてって なぜならオレは 見たいんだ
地獄へつれてって なぜならオレは 血を流したいんだ
地獄へつれてって なぜならオレは 墜ちたいんだ
地獄へつれてって 兄弟よ
 オレたちはいっぱいだ なんていっぱいなんだ もう泣くことさえできないんだ
地獄へつれてって なぜならオレは 痛みを感じたいんだ
あなたのためなら オレは喜んでそれをします

お家へ連れてって なぜならオレは 話したいんだ
お家へ連れてって なぜならオレは 食べたいんだ
お家へ連れてって なぜならオレは 眠りたいんだ
お家へ連れてって 母よ
 オレたちは遠くにきちまった なんて遠いんだ もう二度ともどることなんて不可能なんだ
お家へ連れてって なぜならオレは とどまりたいんだ
自分のためなら オレは喜んでそれをします

三曲目は阿波テクノヴァージョン、「ええじゃないか」

おれはあいつを殺してえ
ぶっ刺して ぶち割って なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ

あたし弱虫イジメたい
つっかかってぶっつぶして なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
ハレハレEverything gonna be all right
Let's dance dance to the happy end of the world

おれはあの子をレイプしてえ
おっぴろげて ぶちこんで なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ

あたし我が子を虐待したい
ひっぱたいてぶってけって なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
ハレハレEverything gonna be all right 
Let's dance dance to the happy end of the world 

おれは学校つぶしてえ
こんな檻ぶちやぶって なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
あたし会社を燃やしたい
あんなクズ灰になって なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
ハレハレEverything gonna be all right 
Let's dance dance to the happy end of the world

おれは豪勢に遊びてえ
おやじ狩ってガキ強請って なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
あたし豪華な買い物したい
体売っておべべ買って なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
ハレハレEverything gonna be all right 
Let's dance dance to the happy end of the world

おれは母さん犯してえ
かつていた子宮にもどりてえ
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
あたし父さん罰したい
かつていた睾丸むしりたい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
ハレハレEverything gonna be all right
Let's dance dance to the happy end of the world

おれは誰かを愛してえ
ぬくもりが欲しくて なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ
あたし誰かに愛されたい
そっと抱いてもらって なんで悪い
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないか よいよい
 ええじゃないか ええじゃないか ええじゃないかよ

最後の曲は「レインカーネーション輪廻」だ。
「革命導火線前夜祭」にちなんで、こんなメッセージを語った。

ぼくも革命は起こると思います。
2013年に、5000年以上もつづいたマヤ族の暦が終わります。
わずか12年後に世界が終わっちゃっても困るんだけど、
アメリカのホピ族やアイヌのシャーマンも2013年をさかいに世界が大きな変化を迎えると言っています。
フランス革命やロシア革命、ましてや明治維新などの小規模なものじゃなくて、人類が滅亡するか、進化するかの大きな選択を迫られるそうです。
ヒットラーやスターリンがそうだったように、「血で血を洗う革命」は別の衣装に着替えただけの独裁者しか生みませんでした。
体制VS革命とか、敵VS味方っていう考え方自体がもう古いものになっています。
赤い血が流れ、同じ痛みを感じる人間を敵としてへだてる「ボーダー」こそが、「本当の敵」だということに気づいてほしい。
マヤ語で「こんにちは」というあいさつを「インラケチ」と言います。
それは「わたしはもうひとりのあなたです」という意味です。
700万年間におよぶ人類史の中で、今ここ新宿ジャムで、みんなと出会えたこと、それが革命だと思います。

日ごろ反目する右翼と左翼の青年にステージに上がってもらい、1枚ずつ色紙をもたせる。オレはベルトで腕を縛り、注射器で自分の血を抜いた。片方の色紙に「兄」もう片方に「弟」と血で書道する。
「血を分けた兄弟と読みます」
会場から笑いとともに大きな拍手があがった。

大日本意識革命軍狂暴の笑いと迫力に満ちたステージ、
REBEL BLUEのレイジばりのヒップホップ、
もとスターリン遠藤ミチロウさんの凄まじいソロ、
宅八郎さんの脱力アイドルメドレーも、
雨宮処凛ひきいる大日本テロルのカリスマ性とかわいらしさ、
どれもこれも、すばらしかった。

打ち上げは朝の6時まで延々とつづき、オレとタケちゃんはふらつく足どりで日光行きの電車に乗った。


7月18日(水)
マヤ暦13月22日

楽屋話。
宅八郎「大日本テロルとか狂暴とかいうんで、ビビってたんですよ」
AKIRA「狂暴のくせに、腰が低いですね。ミチロウさんだってむっちゃやさしいし」
遠藤ミチロウ「そりゃそうですよ。ステージと同じテンションで生活してたら発狂しちゃうもん」
AKIRA「過激なステージしか知らないお客さんが、この楽屋のなごやかさを見たらびっくりしますよ。裏切られた! とか怒ったりして」
宅「じゃあ、本当に過激なパンクバンドは逆の名前つけたらいいんじゃない。『ていねい』とか『気配り』なんていうバンド名もいいですね」
雨宮処凛「パンクバンドのなかでアイドルソングを歌う宅さんがいちばんパンクじゃないですか」(笑)

この二十年、世界中のアーティストとかかわってきたオレは、ある法則を見てしまう。
「過激な作品を創りつづけるやつほど、やさしい」
もちろん100%当てはまるわけじゃないが、その逆もまた然り。
「つまらない作品しか創れないやつほど、私生活で自己主張したがる」
オレだって作品を創りはじめたときは私生活も過激だったし、多くの友人アーティストが引退していく(おそらく九十%以上)のを見てきた。
「創る」ことはかんたんだけれど、
「創りつづける」ことほどむずかしいものはない。
作品に全力投球してるやつほど私生活でむだなトラブルを避けるし、つまらない自己主張などする必要がない。自分で創作という地獄をくぐっているから、他人の痛みにも敏感だし、それを自らの身に引き寄せて作品の糧としてしまう。
今年で五十三歳になるパンクのカリスマ、遠藤ミチロウさんは一年間200ヶ所でライヴをおこなうという。クソ暑い楽屋で彼とホピ族の話で盛り上がりながら、
「過激さ」と「繊細さ」は双子の兄弟だと思った。

7月19日(木)
マヤ暦13月23日

paper backの2号が発売になった。
自分の書いた文章が本になるのは、何度やっても格別の喜びだ。
とくにずっと美術をやってきたオレは、本に「オブジェとしての実感」を求めてしまう。原稿という二次元世界は、どういう作品を創ろうかという発想段階ていどのものだ。本という三次元に移行してはじめて作品が完成したという現実感が湧いてくる。
225ページの重さをたしかめ、コーティングされた表紙の匂いを嗅いでみる。
ブラッド・ピットの広告を開き、目次に「ケチャップ」の文字を探す。前号同様となりにならぶ素樹文生の名前を見つけて安堵する。このあいだのポエトリーリーディングでも会っているのに、おもちゃのピストルを押し当てあってはしゃぐもののあまりお互いの作品に関する話はしない。
自分のページより先に素樹のページを開いてびっくらこいた。
いきなり写真と詩を発表するとは!
はっきりいって、はじめてやつの詩を読んだ。
広い選択肢を読者に残しながらも抽象に溺れず、エンターティメントの水際で遊びながらも決して媚びない。素樹文生を、「究極の曖昧さ」を追及する冒険作家と思うのはオレだけだろうか?
まだ会ったこともない荒木スミシさんの「地球の夜にむけて」を読んで、自分の文章とかんちがいするほどの兄弟性にうなった。
小林紀晴さん、角田光代さん、宮本敬文さん、保坂和志さん、中原昌也さん、ピエール瀧さん、という濃いメンバーをまとめあげた編集長すぶやん(増渕俊之)の力技には今さらながら恐れいる。

PS1 「本誌寄稿者の最新刊一気読み」にのった「風の子レラ」の表紙は仮で、明日には本表紙が日記にアップできると思う。

PS2 連載2回目の「ケチャップ」の感想をお待ちしています。できればメールより、「cafe akiramania」の伝言板に書いてください。

7月20日(金)
マヤ暦13月24日


母親と内縁の夫が娘を殺した。
塩と水しか与えず、スタンガンまで使って虐待したという。
インドのことわざは言う。
「仲の悪い家族ほど、来世もいっしょに転生させられる」
おそらく母親は、離婚した夫のへの恨みを娘にぶつけたのだろう。
母親は淋しさに耐えきれず新しい男をつくる。
男は自分と血のつながっていない娘が邪魔だったのだろう。(インドに住むハヌマンラングールという猿は一匹のオスと複数のメスで群れをつくる。新しくボスになったオス猿はまえのボス猿の子どもを皆殺しにしてから、自分の子どもをつくらせる)
幼い娘は身勝手な大人の憂さばらしのために、無意味な死を遂げたのか?
オレはそう思わない。
「無意味な生」などないように、「無意味な死」など存在しない。
その場限りの同情や怒りでごまかさないでほしい。
「何も知らない子ども」など存在しないことを知ってほしい。
塩と水だけの食事、
空腹のためお赤飯を盗み食いし、
けりまわされ、
「1日じゅう座ってはいけない」という拷問と、
全身に散らばる紫色の痣に耐え、
腹部を殴られ、
黙って死んでいったこの子のどこが、
「無知」なのか?

オレは輪廻を信じる。
なぜなら「世界に意味を与えてくれるから」
オレはどの宗教にも属さないし、輪廻が実際にあるかなんてどうでもいい。(近いうちに科学者が証明してくれるかもしれないが)
この小さな女の子の死にも「意味」はある。
強い強い魂をもって自ら過酷な運命を選び、生まれてきたんだ。
自分を殺した母親になにかを教えるため、自分をおきざった父親に、義父に、祖父母に、そしてこの事件を知ったおれたちに、なにかを教えるため、短い命をまっとうした。

誰もが、
くりかえし、くりかえし、生まれ変わり、
くりかえし、くりかえし、失敗を重ねながら、
くりかえし、くりかえし、理解していく。
死ぬことの意味を、
生きることの意味を、
かけがえのない自分と世界を。


7月21日(土)
マヤ暦13月25日


「時間ってなに?」
こんな単純素朴な疑問を考えたことあるかい?
あたりまえのように時計を見て、学校や会社にかよう。眠いのにむりやり起きたり、眠くないのにむりやり寝たり、遅刻して怒られたことのない人などいないはずだ。ときにはGショックやビンテージもんを集めたり、ヌードカレンダーをながめたり、手帖にスケジュールを書き込んだりする。
たぶんみんな苦笑いしながらこう答えるだろうな。
「時は金なり」と。
オレだって同じように教育されてきたし、「時間について考えるほどヒマじゃねえ」なんて思っていたんだ。
……ホゼ・アグエイアス、この男に会うまでは。

伊豆高原にあるパチンコメーカーの保養施設「天麗300」はとても快適だった。緑豊かな国立公園のなかにあり、300名が宿泊できる。水は地下300mから汲み上げた天城山系の天然水だし、温泉は地下1500mから噴出させたものだ。林のなかの露天風呂は24時間はいれる。
ここのオーナー、ダイナムグループの社長はギリシャの哲学者会議に招かれる哲人で、施設のすみずみにまで洗練された心づかいがいきとどいている。
パンフレットを見ると、宿泊棟の地下一階にパチンコ研修室があるという。暗い地下室を探検する。鍵のかかっていないドアを開け、明かりをつけたとたん、80もの最新式パチンコ台がずらっとならんでいた。「いなかっぺ大将」の機種を読み解くには秘数学の奥義を極めなければならないのかもしれぬ。
主宰者の柳瀬さんとはメールをやりとりしたものの、初対面だ。彫りの深い顔はアイヌ系だし、柔らかい物腰に安心する。なにしろ「もののけ姫」や「ガラスの仮面」を大ヒットに導いた電通の敏腕プロデューサーだが、この企画は営利をぬきにプライベートでおこなっている。

夜の9時近くなってホゼと妻ロイディーンが到着した。
4年前にホゼたちと来日したブラジル人女性マリアもいっしょだ。みんなで抱擁しながら再会を喜びあった。今回の会議に参加する74名は大きな拍手で彼らを迎えた。
ホゼたちはシアトルから14時間、マリアはサンパウロから24時間のフライトだったという。くたくたなはずなのに、ホゼはインディオフルートを吹き、ロイディーンは満面の笑顔でみんなの歓迎にこたえた。
「新しい時間のキャンペーン」と題する明日のレクチャーが楽しみだ。

7月22日(日)
マヤ暦13月26日


朝8時に食堂で朝食をとる。
メニューは、ご飯にみそ汁、サバ焼きと伊豆名物とろろ芋だ。ローマからわざわざ参加した女の子ロベルタはとろろ芋をまえにちゅうちょしていた。ブラジル人マリアにとってマンジョーカ芋は主食だが、生で食べると毒があるのでピザ状にしたり、フライドポテトにして食う。しかし日系人を父にもつ彼女は生で芋を食うことを知っていた。ブラジルでは油で炒った小麦粉ファリーニャをご飯やスパゲッティーにかけて食べる。ふりかけを「ジャパニーズ・ファリーニャ」といってみそ汁やお新香にかけて食べていた。ロイディーンが白米にしょう油をかけていたのには笑ったが、ホゼも平然ととろろご飯を食べていた。さすが筋金入りの放浪者だ。

さっそく朝食を終えた9時から「新しい時間のキャンペーン」と題するレクチャー
がはじまった。
ホゼ独特のまったりとした口調で、カレンダーの歴史をおもしろおかしく説明してくれる。
オレたちがなにげなく使っているカレンダー(これをグレゴリオ暦という)はそうとうむちゃくちゃな代物らしい。
当時の権力者ジュリアス・シーザーが7月(ジュライ)に割こみ、オーガストゥス・シーザーが8月にすべりこみ、しかも「ジュリアスが31日あるのに、おれは30日しかない」と29日あった2月から勝手に1日ぶんどって8月を31日にし、セプテンバーはラテン語で「7番目」という意味なのに9月にずれこみ、「8番目」は10月にされ、「9番目」は11月になり、「10番目」は12月になってしまった。政治家のエゴがつくりだしたカレンダーの名前を中学校のテストでむりやり憶えさせられた自分が(しかも英語の成績はビリから2番目)情けなくなってくる。
拳をにぎって大きい月と小さい月を「大小大小大大小」とかやらされたよね。
31日、28日、31日、30日、31日、30日、31日、30日、31日、31日、30日、31日と、デコボコだ。

日本がグレゴリオ暦に変えちゃったのは1872年の12月3日だけど、4年前の明治維新で金を使いすぎた政府が旧暦とのズレによって役人の給料2ヶ月分をカットするためという、なんともセコイ理由から明治天皇が改暦を宣言したんだ。
オレたちが唯一のものと思い込んで使ってるカレンダーは、そんな情けないものなんだ。

ホゼ・アグエイアスが提唱する「13の月の暦」は、現代人もかなわない計算能力を持ったマヤ暦をベースにつくられている。
ひと月が28日きっかりで13ヶ月(28x13=364日)+1日(時間を外した日という重要な調整日)でできている。そういえばマヤ暦の正月に匹敵する「時間を外した日Day out of time」まであと3日後じゃん。
月が地球のまわりを一周するのに28日。13周すると一年。この暦が世界規模で広がっている原動力は女性で、生理周期にもぴったり合っているからだ。
地球、太陽系、銀河系の周期だけじゃなく、人間や動物や植物、そしてそれらの細胞やDNA、さらに原子や分子の共通 の周波数<13:20>から成り立ってる。
古代のマヤ人も、エジプト人も、縄文人も「そんなことはジョーシキよ」って感じで生活してたんだろうけど、1582年ヴァチカンのグレゴリウス13世が今の暦を制定し、時計という機械が発明され、<12:60>っていう宇宙や自然のリズムとはまったく関係ない人工的な時間を人類だけが歩みはじめた。
さあ、それからがたいへん。
1753年には5億人だった人口が90年間で倍の10億、つぎの90年間でさらに倍の20億、それから現在に至る60年間で3倍の60億だぜ!
今では1日に25万人の人間が生まれ、250種の生物が毎日絶滅してるんだって。 (94年の対談から引用)
「たかがカレンダーを変えるくらいで、世界を変えられるの?」
と、みんな思うだろう。
答えは、たぶん「イエス」。
前回のライヴで思ったけど、みんな「革命」を待ち望んでいる。
それぞれ「右翼」「左翼」「環境保護」「自然農法」「反戦」「反原発」「没ダム宣言」「縄文」「ガイア」「ヒーリング」「ニューエイジ」「ヒッピー」「レイヴ」「ドラッグ」「シャーマニズム」「インディアン」「アイヌ」など、いろんな方向からアタックしている。それなのに力が統合されないのは、みんな別々のリズムで踊っているからだ。
革命のためにサリンをまいたり、血を流す必要なんかない。
自分のリズムを、地球のリズムに、月のリズムに、宇宙のリズムにチューニングすることだ。べつにこれは真新しいことじゃなく、たった2000年間だけ忘れていたリズムをとりもどすことだ。
「たかがカレンダー、されどカレンダー」(ラーメンじゃない)
オレは5年前から「13の月の暦」を使いはじめて、どんどんシンクロがふえている。
だまされたと思って、とにかく「13の月の暦」を使ってみてほしい。ふつうのカレンダーの日付もいっしょに書かれているので、ぜんぜん不便さはない。オレも予定を書き込むカレンダーとして使ってきたし、インテリアとしてもかっくいい。
ホゼの書いた「時空のサーファー」に影響されてユーミンは「スユアの波」というアルバムを出したし、長嶋監督の奥さんも使ってたりして、去年の7月25日(時間をはずした日=正月のようなもの)には日本で100、世界で300のイベントが開かれた。ブラジルでは7月25日が国民休日になったし、あと3日後には世界中で500ものイベントが開かれる。
今ごろ神田の「ガイア」や西荻の「ホビット村」には、新しい暦を買う人がつめかけているだろう。どうせ買うのなら年末に当たる今しかない。

くわしい内容はオレのトップページ、97年のホゼとの対談を読んでください。
「13の月の暦」壁掛けカレンダー(1300円+送料)がほしい人は、アルマナック電話047−495−5607(平日13〜18時)ファックス047−495−5608へ申し込んでください。
手帖タイプの「コズミックダイアリー」(2600円+税)は、自由国民社03−3543−5547へ。柳瀬さんのホームページは
http://www.async.co.jp/cosmic/fromjose_yanase.html

 

7月23日(月)
マヤ暦13月27日

壁打ちテニスに行こうとして立ち上がったところに、電話が鳴った。
「壁打ちしませんか? 河原に最高のところを見つけたんです」
ハン師匠からだった。彼とはやけにシンクロが多い。道で2回も出会うし、最初の出会いからして偶然と呼ぶにはタイミングがよすぎる。オレがホームページをつくりはじめて4日後、いきづまっているところへ、当時彼の勤めていたウェブデザインの会社がうちの近所に引っ越してきたのだ。
16日にも「paper backの編集長すぶやんから」と打ち込んだ瞬間に本人から電話がかかってきたり、8年ぶりの友だちに横断歩道でばったり会ったりとシンクロのてんこ盛りだ。(電話代の節約にも1300円のカレンダーは安い)
カマキリ夫人にのって師匠が指定した堤防に行ってみると、「こんな場所にまさか!」という壁打ちテニスにピッタリな場所があった。
さんざん汗をかいたあと、素っ裸になって川に飛び込んだ。奥只見以来、川を見ると泳ぎたくなってしまう。いい大人が二人フルチンで遊ぶ姿は、ホモ雑誌「薔薇族」のグラビアに使えそうなほどのどかだ。雲のすき間から光が放射状に広がり、両岸を濃い緑の帯が囲む。絶え間ない水音につつまれていると、体が惑星と共振してくるのがわかる。
ホゼも「時間の本質はシンクロにあり」と言っていた。
時間の本質とはなんの関係もない「文字盤を一定速度で刻むだけの機械」時計を脱ぎ捨て、自分の居場所が見つからない仕事をやめ(今日二人の人からほぼ同じ時間にメールで仕事をやめたとあった)、日にちや曜日を忘れ、人間同士のいさかいを忘れ、ゆったりと月をながめてごらん。
自分のリズムと惑星のリズムがずれていることに気づくとき、君は「モモ」になる。「時間泥棒」に奪われた宝物をとりかえすんだ。

「時は金なり」じゃない、「時は芸術なり」とホゼは言う。
伊豆の合宿は長く暦を使っている人たちばかりだったが、ホゼの希望で初心者向けに講演会が開かれることになった。

あの包み込むような話し方と、抜群のユーモアセンスは、生で話を聞いてみないとわからない。妻のロイディーンおばちゃんもチャーミングだよ。来日は4度目だが、なかなか初心者向けの講演は聴ける機会がない。マヤ暦のことなどなんにも知らない君も、堂々と行ってください。新興宗教やニューエージの集まりとはちがうので御安心を。

ホゼ&ロイディーン・アグエイアス
来日メモリアル・スピーチ


7月28日(土)開場18:00、開演18:30
会場:中野ZERO大ホール(JR、東西線、中野駅南口から線路沿いに新宿方面にむかって徒歩8分)
前売り2500円、当日3000円。中学生以下無料。
FAXかメールで予約のうえ、口座振込。
FAX03−3320−6176、E-mail y_warriors@hotmail.com
富士銀行 方南町支店 普通預金
口座番号 4095309 口座名ディライターズ
問い合わせ イエローウォリアーズ090ー2739−6039

ホゼ・アグエイアス略歴
シカゴ大学で芸術史と審美学の哲学博士号取得。マヤ暦と「新しい時間」の研究家。教育者として、プリンストン大学、カリフォルニア大学、サンフランシスコ州立大学などで教鞭をとる。
主な著作に「時空のサーファー」小学館(オレの一番のおすすめ)、「マヤンファクター」ヴォイス、「アルクトゥルス・プルーブ」たま出版、「マンダラ」青土社など。
1970年の「アースデイ」の創始者のひとり。1987年8月16〜17日に、地球規模の平和の催しである「ハーモニック・コンバージェンス」を生みだした。
現在「13の月の暦」にかえる平和運動で妻のロイディーンと世界中を飛び回っている。

7月24日(火)
マヤ暦13月28日

さっそく講演の予約をしたというMさんからこんなメールが来た。

「時間」について、私には人一倍思う所があります。
私は昔から何をするのも人より遅い、と言われて育ってきました。
幼稚園の先生には「ぐずぐずさん」と呼ばれた事もあります。
人に合わせなくちゃ、早くしなきゃ・・・それが私の一番の課題だったのです。
そうやって、高校に入り、大学も現役で入り、卒業してすぐ就職して・・・。
でもそれは「シンクロ」ではなくて、 ますます、周囲の人との時間の歪みを感じる事に繋がっていたような気がします。

そうだよな、むりやり時間を時計みたいなひとつの基準にあわせようとして、個性を排除するんだ。「ぐず」とか「のろま」とかは、じっくりものを考えるタイプだろうし、逆に「せっかち」とか「あわてもの」とかは、とにかく動いてから結論を出すタイプなのにね。
高校、大学、就職っていうジェットコースターにのせられ、トコロテンみたいに押しだされちゃう。ちょっくら立ち止まって考えようとすると、押し寄せる群衆に「止まんないでよ、うしろがつかえてんだから」と行進させられる。
オレたちが受けてきた教育や社会システムは、時間や人生について考えさせないように作られてきた。
狩猟採集の時代は3時間も働けば十分だったという。残りの時間は刺繍や木彫りや昼寝や歌や踊り、つまり芸術に費やされた。今ではなにかのために働くのではなく、働くことが目的になってしまっている。考える時間を奪うためにね。気がつくと地球はアスファルトとコンクリートにおおわれ、誰もが環境破壊なんかしたくないのに、現代生活を送るというだけで破壊者になっちゃう。

写真を撮っているHさんはこう言う。

写真にしろ絵にしろ詩にしろ、何らかの作品というモノには、
「2度と戻る事のない時間が永遠となって存在している」のだと私は思います。
「時間」とは「切なさ」なのでは。

なるほど、ホゼのいう「タイム・イズ・アート」だ。佐川一政さんも言ってた。「芸術とは失われたものへの郷愁である」と。
「タイム・イズ・マネー」の社会において、唯一反抗をつづけてきたのがアーティストだったからね。「時計仕掛けのオレンジ」という巨大な機械獣に、アゲインストしつづける、「切なさ」という最終兵器で。

80年代を圧巻したスミスのモリッシーは、
「人生はとても長い、君が孤独なときは」、
ビートルズの「We can work it out」では、
「人生はとても短い。イラついたり、ケンカしてるひまなんかないんだ」という。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうし、退屈な時間はなかなかすぎてくれない。本来主観的な時間をひとつの物差しで測ることなんか無理なんだ。

芭蕉は、
「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」、
方丈記では、
「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶ泡沫(うたかた)は、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」という。

誰もがいつか死を迎え、また新しい命として生まれ変わる。
すべてのものを変化させていく時間の浸食作用は、いっけん残酷なように見えるけれど、
これこそが時間のもつ「大いなる慈悲」そのものなんだと思う。

ほら、そこの電柱にでもよじ登って見てみろよ。君もさっきまでこのひとごみのなかにいたんだぜ。みんなひとりひとりはいいやつなんだ。でも群れにはいると見えなくなっちまう。早く時計をはずして逃げ出せ。
5000年以上もつづいたマヤ暦が終わる2012年までに、
盗まれた時間をとりもどすんだ。

7月25日(水)
Day out of time
時間をはずした日

マヤ暦をもとにした13の月の暦の1年が昨日でおわり、明日から1月1日がはじまる。
今日は「時間をはずした日」といって、年に一度の神聖な休息日だ。無事に過ごせた1年を祝い、明日からはじまる来年への希望をふくらませる。
ブラジルでは平和を願うための国民休日になり、世界中で500もの祭りが行われている。
まだ見ぬ仲間たちとともに無数の命を育んでくれる母なる惑星を祝福し、オレたち自身がつけた傷が少しでも早く癒えるよう、そしてこれ以上母を傷つけないよう祈ろう。
どこかイベントに出かけるのもいいし、公園や緑の残されているところで友だちと飲むのもいい。ひとり静かにメディテーションするのもいいだろう。植物に話しかけ、風を感じ、空をながめ、月や星に思いをはせるのもいいだろう。
言葉もつうじない世界のどこかで何十万人の人が同じ気持ちで、同じ星を見上げているのだから。
35億年もの淘汰をくぐりぬけ、今この惑星で空をながめられる奇跡、切ないくらいの感謝につつまれるとき、小さな革命が起こる。
「パラダイムシフト」なんて大げさな言葉などいらない。こんなささやかな「感謝」がつみかさなって、世界は変わると思う。

「イアイライケレ」(アイヌ語でありがとう)

7月26日(木)
マヤ暦1月1日

1985年、ヘロイン中毒でハワイに逃げてきたオレを助けてくれたのは、カフナ(ハワイ語でシャーマン)だった。
ヨーロッパ人が乗り込んでくる何千年もまえから、彼らはすぐれた航行術をつかってハワイ、イースター島、ニュージーランドを結ぶ三角地帯の島々を行き来していた。映画「ガイアシンフォニー」や星川淳さんの著作「星の航海士」で有名なナイノア・トンプソンは失われた伝統航海術を現代によみがえらせたヒーローだ。
1778年にキャプテン・クックが上陸したのをきっかけに、1820年ごろからヨーロッパ人宣教師がつぎつぎと送り込まれてきた。何千年ものあいだ人々の心とからだを治療してきたカフナ(シャーマン)の活動はいっさい禁止され、詐欺師として投獄された。
「タブー」という単語はスケベチックな「禁断の」みたいな使われ方をするが、「カプー」のトンガ語である。カフナはカプーという制度で人々の生活を指導していた。たとえば乱獲を防ぐため一部の森林や釣り場を生き物の成育期間にあわせ「カプー」にしたり、儀式などに使う聖域を立ち入り禁止にした。それらの場所には、丸めた白い布を先につけた十字が目印として置かれた。
しかし環境に対する配慮などをまったく考えたことのない白人たちは「野蛮人どもの迷信」と決めつけ、聖域を荒らしまくった。
「まったく白人てのはバカだから」とか、
「遠い昔のあやまちじゃないか」と君は笑うかもしれない。
しかしこの21世紀になっても同じあやまちがくり返されようとしている。
しかも我々日本人の手によって。
ハワイ島の聖地南コナにあるホクリアでJALが開発をはじめた。しかもハワイ先住民の墓の上にゴルフ場と高級分譲住宅を建設するという。
ハワイ先住民代表団4名が日本に来てJALとの会見したが、JALは彼らの声を無視し、現在もホクリア開発は継続中だ。
当然JALの顧客は日本人である。おつむの空っぽな芸能人や一部の成り金のために、祖先の墓を根こそぎあばかれる先住民の気持ちになってほしい。ちょっと無理なたとえだが、靖国神社の上にアラモアナ・ショッピングセンターを建てられるようなもんだ。そりゃあ芸能人や金持ちだって悪気はない、ただ知らされてないだけなんだ。テレビというメディアはスポンサーでなりたっているんで、このような情報はいっさい隠蔽される。彼らだって墓場の上に建ったマンションには住みたくないはずだ。
フラダンスを習うおばちゃんも、ハイビスカスの水着でワイキキツアーに行く女の子も、トロピカルチャーチで式を挙げる新婚さんも、ノースショアを夢見るサーファーも、ウクレレを弾く高木ブーも、ハワイの現実を知ってほしい。

ハワイ島在住のアーティスト・小田まゆみさんによる緊急報告会が開かれるというのでオレも行ってみるつもりだ。買いたての「13の月の暦」に予定をいれてみよう。

小田まゆみさんによるJALのゴルフ場開発現地報告
日時: 2001年9月6日(木) 午後6時から7時半まで
会場: 地球環境パートナーシッププラザ(展示スペース)03-3407-8107
(国連大学本部1階、地下鉄表参道B2出口徒歩5分、青山学院大学向かい)
会費: 1000円
*終了後、会場隣接の「UN CAFE」にて懇親会を予定しております。各自実費

ハワイ語のあいさつ「アロハ」とは「愛」を指す。
アロは「今ここにいっしょにいる」、オハは「愛や喜び」、
つまり「アロハ」というあいさつは「あなたと愛をわかちあえて幸せです」という意味だ。

7月27日(金)
マヤ暦1月2日


ノイズ、ノイズ、ノイズ!
選挙戦をあさってにひかえた街は候補者たちの騒音攻撃に瓦解しそうだ。
「働きやすい職場とお年寄りの静かに暮らせる町づくりをめざして……」
仕事の邪魔すんな。うるせえのはおめえなんだよ!とツッコミいれたくなる。言葉を職業とするものにとって、選挙演説は犯罪である。
「飛びすさるハイウェイランプを背景に声を枯らして戦っています女は、県民の皆さまともどもいじめられっ子の女子中学生アイヴォンではなく、行政改革を断行しようではありませんか!」
「やめろおーっ」
「暖かい御声援ありがとうございます」怒鳴ってもむだなので、暑いのにサッシを閉める。こうして駅のとなりに住むオレは、毎日拷問に耐えているのだ。「神様が日光に与えてくださった最後のチャンスです。あさっての投票日にはどうか……」飛行機でもらった形状適応型耳栓をつめ、ヘッドホーンでチャーリー・パーカーをかけるが、「皆さまに愛される日光市をつくるため、死に物狂いでがんばっています」お願いだからがんばらないでくれー!
どうして政治家は人に迷惑しかかけないのだろう。
政治家とは人々につくす職業ではなかったのか? しかし厚顔無恥なやつらは地位と名誉に泥酔し、むき出しのエゴをまき散らす。天の邪鬼主義をもちだすまでもなく、政治家はこの世で最低レベルの人間である。やつらに比べたら犬の糞だって、酔っ払いのゲロだって宝石のように美しいではないか。
はっ、つい感情的になってしまった。
こんな文章を書くだけでも指が汚れるのでやめよう。

悪鬼のごとき傍若無人ぶりを発揮するブッシュ大統領だが、そのパトロンであるテキサスの大手石油会社に対する不買運動がオーストラリアやヨーロッパではじまっている。大統領というのはあくまで腹話術師の人形であり、うしろで操るのは大手企業と軍事産業複合体である。
接戦の末ブッシュに破れたゴアの敗因は、緑の党から出馬した市民運動家ラルフ・ネーダーに思わぬ票が集まったからだ。ゴアにとっては楽勝のはずだったフロリダの票がネーダーに流れたせいで負けたといってもいい。しかもネーダーを応援するために緑の党から出馬したのは伝説のパンクバンド・デッドケネディースのジェロ・ビアフラだ。ひさびさに元気なジェロの姿も見られたし、やつのアジテーションだったら耳栓をはずしてもいい。
今度の落選に懲りず、ぜひ次回は日光の市長選に立候補してほしいものだ。


7月29日(日)
マヤ暦1月4日


夏はやっぱ野外でしょ。
いつもは素樹家でおこなっていた定例会を、今回は日光中禅寺湖畔の菖蒲ヶ浜キャンプ場にうつした。
奥只見の山ごもり、時間をはずした日の河原キャンプ、来月はアイヌモシリ一万年祭で5日間キャンプ生活をする。こんなにアウトドアがつづくと、インドア生活が息苦しくなってくる。
湖には深い霧がたちこめ、水墨画のような山陰が厳かに浮かび上がる。メインサイトは夏休みの小学生に貸し切られ、池田小学校で起きた事件の影響だろう、一般の入場は制限された。
参加者は、「ワンダラン」新潮社と「ゆるゆる日記」求龍堂の2冊を昨日同時発売した素樹文生、アウトドアでも見事な包丁さばきを見せる健三郎、スプーン曲げの超能力妻をもつ化学者吉田氏、オレの保護者兼監視役のウェブデザイナー半田師匠、「脱おやじギャグ宣言」をしたものの懲りないミッシェル、翌日のイベントに遅刻してまで参加してくれたヴァンサンカン編集者兼保湿肌研究家の亜希子ちゃん、常連の売れっ子アーティスト三田村美土里はスエーデンで個展の真っ最中だし、paper backの変酋長すぶやんはウナギにあたって休養中。しかし修業の鬼である加納さんは、華厳の滝に打たれようと水泳用ゴーグルまで持参するいれこみようである。
まず驚いたのは素樹のアウトドアグッズの数々。
5メートルもあるタープ(天幕)、傘状に開く5人用テント、ホワイトガソリン用コンロ、バーベキューセット、「イチロー」のロゴのはいったディレクターズチェアなどなど、必要なものはすべてそろっている。
それとは対照的に加納さんはなんと500円で買った非常用テントをもってきた。ドイツ語で「ツェルト」という立派な名前がついているものの、2メートルほどの筒になったビニールにしかすぎない。真ん中にロープをとおすと三角テント型になるが、なにしろ前後は吹き抜けだ。みんなから爆笑され、「ゴミ袋」とバカにされた。
湖畔に陣取った我々はビールとワインで乾杯し、備長炭でカルビ、タン、ホタテ、ブラックタイガー、焼きおにぎりなどのバーベキューを楽しみ、明け方近くそれぞれのテントへむかった。
「ダウンジャケットが必要なほどの寒いんだから、うちのテントで眠ったほうがいいですよ」と素樹と言われても、加納さんは意地でも「ゴミ袋」テントにこだわった。

翌朝、
加納さんは風邪ひとつひかずに「ゴミ袋」テントのすばらしさを証明したつもりだった。しかしみんなの反応は冷たい。
「このテントがすごいんじゃなくて、あらゆる苦行をかいくぐってきた加納さんだから平気なんですよ」とか、
「明け方の5時に寝て、7時に起きただけだから助かったんですよ」
オレは「ゴミ袋」テントに晴れの舞台を与えようとひとつの提案をした。
「スイカ割りの敷物に使いましょう」
加納さんは少しちゅうちょしたものの、勇気をもってうなづいた。
「わかりました。これでツェルトの強度が証明されます」
昨日とはうってかわって快晴の湖にはカヌーたちが浮かび、小学生たちがはしゃぎ、さわやかな夏の風景に様変わりしている。
オレンジ色の「ツェルト」が砂の上に広げられ、湖水で冷やされたスイカがすえられる。目隠しされた参加者がつぎつぎとツェルトのうえに棒を振りおろす。スイカはみごとに割られ、みんなはツェルトにあがりこんで、さわやかな味覚を楽しんだ。
「多少のへこみはできたものの、ゴミ袋よりはじょうぶですねえ」
称賛を勝ちえた加納さんは満足顔でスイカをほおばる。
「折り畳めばたばこ一箱くらいになるし、これだけ多目的につかえるなんて便利でしょう?」
加納さんはツェルトについたスイカの汁を湖で洗い、樹木にかけて乾燥させる。
「たった500円でなんども使えるなんてたいしたもんでしょ」とまぶしい笑顔でふりかえる。

ブランチも終え、竜頭の滝を見学し、それぞれがテントをたたみはじめたときだ。
「たいへんだ、ツェルトがはずせないんです!」
ツェルトを乾燥させようとかけていたところは、なんとイバラの茂みだったのだ。はずそうとあせるほど、小さな棘がビニールを突き破り、そこらじゅうが裂けていく。やっとのことではぎ取ったときには、無数の穴が散らばっていた。
「これじゃ、使いもんになりませんね」オレが訊く。
「かえって風通しがよくなったので、夏のキャンプには最適ですよ」
淋しげに微笑む加納さんは、どんな苦難にもへこたれない。

7月30日(月)
マヤ暦1月5日

ババチョフ(母親)が23歳のときに書いた詩集を発見した。
黄ばんだ大学ノートで、物置きと化した床の間の奥から発掘されたのだ。オレははじめ自分のものだと思って開いたが、どうも字がうますぎるし、青い万年筆で書かれている。「1954年」という奥付を見てわかった。
オレが生まれる5年ほどまえに母親が書いたノートだと。

誰かが
恋という字を
作ってくれたので
その言葉に憧れながら
生きているのです

神様は
少し
私を
ロマンチストに
造りすぎたのですね
きっと……

最初の詩を読んで、あわてて閉じた。わけのわからぬ感情が噴きだし、つづきを読むのが恐くなったのだ。
トトチョフ(父親)と出会って1年ほどで結婚したから、この当時の恋の相手は別人だろう。もしババチョフがこの相手と結婚していたら、オレはこの世に存在しなかっただろう。
この圧倒的な不思議さはなんなんだ?
子どもが母親を独占したいという動物的欲求とかじゃなく、運命の神秘に感嘆するのではなく、「文才は母親からの遺伝だ」などとくだらない自己分析を試みるつもりはない。
むしろタイムマシーンにのって自分よりも年下の母親に出会った驚きと言ったほうが近いかもしれない。
一度しまったノートをふたたびとりだし、びくびくしながら読んでみる。

鬼ごっこしながら
もうもうと黒い煙が
空にのぼっていく

「ジャンケンポンよ」
「そら鬼が決まったぞ」
「逃げろ、逃げろ」
「早く逃げろ」

無邪気な黒い煙よ
もうすぐ体をバラバラに引き裂かれ
空に吸いつくされるということを
あなたたちは知らない……

7月31日(火)
マヤ暦1月6日

もう一冊、ババチョフ(母親)が26歳のときに書いたノートも見つかった。
ページのすき間から「大日本雄弁会講談社 婦人倶楽部」という紙片が落ちた。
「金七百圓也」とある。
よくよく見ると「先般応募されました貴稿自由詩は六月号発表二等に入選されましたので賞金七百圓御送付いたしました」とある。
当時の700円がどのくらいの価値かはわからないが、懸賞詩に払う賞金としてはけっこうな額だろう。
今年の末には「アヤワスカ」が同じ講談社から出る。 べつに親の意志を継ぐ星飛馬じゃないが、不思議な縁だ。
ババチョフは日光市役所のOLとして就職した。ウォルト・ディズニーが「日光の神社で結婚式が撮りたい」と来日したとき、自ら立候補し、ディズニーの接待係を務める。ババチョフは子どもの教育という口実で東京にかよい、オレは毎週のようにディズニー映画を見せられた。おそらくこれがオレの作品のベースになっているのかもしれない。
ババチョフが交通事故に遭って入院しているとき、一人っ子のぼんぼんであるトトチョフ(父親)から当時としてはめずらしいチョコレートをお見舞いにもらい、登山好きのふたりは結婚した。
アマゾンのシャーマンに「うしろに母親が憑いている」といわれたが、今こうして文字を書いているオレは、8年前に死んだババチョフに踊らされているのかもしれない。

1957年1月15日(オレの生まれる2年前)に書かれた詩。

あなたの書いたこの文字が
うそではないと
あなたは云い切れるでしょうか
あなたの指は
あなたの心を裏切っていないと
云い切れるでしょうか
あなたの心を文字にしたとき
そこにもう
小さなうそが始まっている……
指がいけないのでしょうか
心がいけないのでしょうか
文字は小さなうその集まり
あなたはこの日記帖にうそがないと
云い切れるでしょうか

あなたは黙ったまま
下を向いていらっしゃる……


4月5月 6月 8月

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