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feb(fri)
23 Resonant Moon |
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feb(sat)
24 Resonant Moon |
午前中までかかって田口ランディーさんとの対談のゲラを仕上げる。 会話を文字にすると、けっこう間が抜けていておもしろい。 「へえー」とか、「うん、うん」とか、「なるほど」とか、相づちまで速記の人は写し取っていたのか。 この対談は2月22日発売の小説現代(講談社)にのるのでお楽しみに。 さあ、これで出発前の仕事はすべてやり終えた。 残り二日間はFreedom、Freedom。雨宮処凛ちゃんが送ってくれた新刊で読書三昧だ。 「自殺のコスト」(太田出版)を一気読みしてしまった。それほどおもしろい。あらためて彼女の力量に脱毛した。 「完全自殺マニュアル」と「アジアントランス 出神」を世に出した(ベストセラーと比べるなって)伝説の編集者落合さんと処凛ちゃんががっぷりとタッグを組んだ力作だ。 表紙もすげえカッコイイし、内容の濃いこと濃いこと。自殺にかかるコストが膨大なデータから割り出されている。 2000年の日本の自殺者は3万1957人、一日に87,6人、16分にひとりがが自殺してることになる。交通事故の3倍というのもびっくりした。 日本人の「命の価値」は6千万から1億5千万円。 資本主義の恐ろしさよ。こう数字で突きつけられると、びびってしまう。年収80万円のオレにそんな価値ないよ。 飛び降り自殺はお好み焼きのように地面にはりつき、はがすのがたいへんだったり、割れた頭蓋骨をホチキスでとめ直すのに50万円もぼったくられたりする。つねに自殺方法のトップを譲らない首つりは、ウンコ垂れ流し、棺桶にはいったあとも首がそりかえったままだ。自殺では保険金がもらえないし、焼身自殺などで失敗した場合、医療費は全額負担なので5000万円も治療費がかかる。 いちばんポピュラーな睡眠薬ハルシオンで死ぬには150万錠も飲まなければ致死量に達しないし、その購入費用は3千万円。ひえー無理だ。 飛び降り自殺したカリスマ漫画家山田花子の父親へのインタビュー、飛び込み自殺で散らばった遺体をゴム手袋で拾い集める駅員、富士吉田市の財政を圧迫する樹海自殺も遺族は7年間で500万円ちかくも保険金を払いつづけなければならない、山での遭難や入水自殺でヘリコプターをチャーターする遺族は1時間50万から100万円かかる、引用していったらきりがないほど、現実に打ちのめされる。 これを読んだら、死にたくなくなる。 もう現代の「福音書」だ。 自殺未遂常習者だった雨宮処凛は、キリストでさえ想像できなかった方法で「生」の意味を問い直している。 今夜は処凛ちゃんの小説「暴力恋愛」(講談社)に浸ろう。 |
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3
feb(sun)
25 Resonant Moon |
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feb(mon)
26 Resonant Moon |
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feb(tue)
27 Resonant Moon |
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6
feb(wed)
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飛行機はエンパイア・ステート・ビルディングに突っ込まずに、無事JFK空港にすべりこんだ。 乗客のあいだからは苦笑いとともに、皮肉気味の拍手が起こった。今回は税関で全部開けられるのを覚悟していたのに、以外にあっさり通してくれた。 快晴、気温1度、さわやかな寒さに身が引き締まる。 |
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7
feb(thu)
1 Galactic Moon |
昨晩は盛大なもてなしを受けた。 去年からNYにもどって「My Chelsea」というレストラン(26丁目、6番街と7番街のあいだ)でシェフをしているKが豪華な創作料理をおごってくれたのだ。 32時間眠らずに14時間の時差と戦い、倒れ伏した。 さっそく今日は「ふるさと」巡礼。 83年にオレがはじめて住みついたイーストヴィレッジにいった。再訪の感動と違和感は、言えねえ言えねえ、ここじゃ言えねえ。 ジャンキー生活を送ったブルックリンを訪れた。その地下ロフトのまえをとおりすぎようとしたら、たまたま現在の住人が出てきて、中を見せてもらえる奇跡が起こった! だめ、だめなのよ。自分から誘いをかけて、いざというときに拒む女のようでごめんね。 |
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8
feb(fri)
2 Galactic Moon |
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9
feb(sat)
3 Galactic Moon |
熊本市の須藤さんから川辺川ダムに関する最新情報が入りましたので紹介します。 先日2月3日に川辺川の川漁師さんの有志の方主催のバスツアーに参加してきました。トータルにポイントを見て回ったのは初めてで、とてもいい経験でした。 ダムの本体着工こそまだですが、ダム周辺の関連工事はどうだっとばかりに進んでいます。 山の中に巨大なコンクリートの建造物がそびえているのは異様です。 いくら反対しても、ダムは出来るんだぞ、と自らの力を誇示しているようでした。 で、例の米田さんの土地、墓地の跡、椿の巨木を見ました。取り付け工事の資材運ぶ道でしょうか。その道路建設の中間にある土地が「米田さん」という方が8分の所有権を持っておられる土地にもかかわらず、工事が進み木が倒され更地になっていました。 寄せ墓があったあとも墓は何者かによって持ち去られている。 墓を守るように樹齢500年の椿の木が立っていました。椿の木の幹にはチェンソーの歯の跡が4箇所ほど。墓はどこかに持っていかれたとのことで、1基のみ残っていました。 地面をよく見ると墓にお供えしていたのか、造花と水差しが半分土に埋まって。 オオタカも見ました。多分オオタカだったと思います。営巣地の傍だったから。山にカゲが動いた、と感じて見てみると茶色のおおきな鳥がゆうゆうと大空を羽ばたいていました。悠然と風に乗り谷から山の頂上へ、そして又谷へ。 五木村(ダム本体は相良村に出来るのですが、水没地は五木村)の代替地から水没地へ。 峡谷の間の川辺川の川原にある猫の額と称されるくらいの土地が五木村の中心地。 全て水没します。 目の前に山が壁のように迫ってくる、という風景に圧倒されました。旦那衆と言われる人々(28人)が村の土地の殆どを占有しており村の人は旦那衆から土地を借りて家を作り、生活している、其れが今なお続いているというのが五木村。と教えてくれました。 反対しようにも旦那衆の意向に逆らっては住めない。嫁さんの世話も就職の世話も旦那衆に頼る、他に生活の術はないから。村を捨てて出て行った人々はいま、何で生計をたてているのやら。 川はきれいでした。 カワニナがうじゃうじゃ。石ころをあげると石の下には小生物がいっぱい。ダム建設が前提の35年間だったから、川の護岸工事も道路拡幅も何もされていない。それがよかったか、人の手が入っていない川の美しさを改めて知りました。 椿の巨木へ「よういきのこったなあ」と声をかけ、墓用の造花をひとところに集め、オオタカに感動し、カワニナの住む川に改めてダム建設の不当さ、理不尽さを感じた旅でした。官僚や権力者は、川上の人間には川下の人々のことを考えて、治水のために賛成してくれ、といい、川下の人間には、川上の人々の苦渋の選択を尊重してくれ、と言います。そのときそのときで、言葉を変える。そのたびに住民は振り回され人生を変えられ、歴史や文化を捨て去る事を強いられる。 東京にいる扇大臣とか官僚に、あの悲しみや生き物が与えてくれる感動を理解するだけの感性が少しでもあれば、と思います。 |
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feb(sun)
4 Galactic Moon |
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feb(mon)
5 Galactic Moon |
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★OPEN-J BOOMERANG バックナンバーについて★ |
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feb(tue)
6 Galactic Moon |
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feb(wed)
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7 Galactic Moon |
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8 Galactic Moon |
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feb(thu)
8 Galactic Moon |
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feb(fri) |
「喪主」 唐突で、甘美な響きだ。 君も突然、喪主になる。 妹とその旦那かずやんが事務的なことをすべて肩代わりしてくれた。 オレはかずやんと「喪主のあいさつ」を正式に原稿化したのに、アドリブでスピーチしたうえ、「父よ、永遠に追いつけぬ孤独の背中よ」を朗読してしまった。 会場はオレの「父親殺し」事件で笑い、詩で泣きじゃくった。 百戦錬磨の葬儀屋まで泣かせてしまったが、オレも必死だった。 絶対泣きモードにはまるまいと、最後までこらえた。 今まででいちばん困難なパフォーマンスだったかもしれない。 「ドラマチックな人生」なんて、もうこりごりだ。 君も突然、喪主になる。 そして当然、「故人」になる。 |
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feb(sat) |
葬儀と告別式を終えた。 1000度で焼かれたトトチョフの骨は美しかった。 祭りの波はいっせいに引き、 オレはたったひとりでこの家に残された。 中央の居間には今日から49日間、祭壇がすえられる。 トトチョフが生まれ育ち、最後の5年間をいっしょに暮らしてきたこの家に。 早起きのトトチョフに合わせて、朝8時に朝食をつくらなくてもいい。 まえの晩に玄米を水に浸さなくてもいい。 自由だ。 みぞおちの真ん中に開いた空洞を、祭りのざわめきが吹き抜けていく。 明日朝目覚めても、ごはんを炊いて待つトトチョフはいない。 「自由」ほど、心寒いものはない。 |
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17
feb(sun) |
トトチョフの遺体を発見したしんちゃんが我が家を訪ねてきたのは3年ぶりのことだった。単純計算しても1095分の1日、それにトトチョフが死ぬ日の確率をかけ合わせたら天文学的な数字になる。 「ありえない偶然」だ。 「ありえない偶然」を解くにはひとつだけ方法がある。 「シンクロニシティー」、日本人が昔から「虫の知らせ」と呼ぶものだ。 しんちゃんがトトチョフの遺体を発見した日は、しんちゃんの母親の命日だったのだ。 それを聞かされたときは背中の産毛がゾゾーっと逆立った。 同時にアイヌやインディオの言い伝えを確信した。 「死者はいつでも生者を見守ってくれている」と。 |
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18
feb(mon) |
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19
feb(tue) |
なんだか毎日忙しい。 電気、水道、ガスなどの名義変更やら、トトチョフのはいっていた保険や銀行、クレジットカードの処理とか、苦手な事務手続きばっかりだ。おまけに納税の季節である。 80年間も借りていたこの家を追いだされるかもしれないし、明日はどうなるかわからない。 オレの人生風まかせ。 まあ、いっかあ。 |
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20
feb(wed) |
トシが明日早朝NYへ帰るので、タケちゃんに足尾温泉に連れてってもらった。 快晴のブルーがたんぽぽ色に傾ぎ、 逆行になった雪山のエッジを発光させる。 藍色に沈む空に金星が針を刺し、 星々が明度を競う。 露天風呂の湯気を谷風が吹き払うとき、 天上から降りそそぐ満天の星。 命日からずっと、トトチョフはオレについてきている。 慣習では49日までおとなしく家にこもれというが、 市役所や保険会社にいくよりも、 オレが遊んでるほうがトトチョフも楽しいはずだ。 骨壷からトトチョフの骨をちょっとばかり盗んで、 日光の山にまこうと思う。 |
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21
feb(thu) |
山岸親子から手紙が着いた。 密教の印と11歳になったヒロピーの版画がはいっていた。 山岸親子の素敵さに大笑いした。 笑っていると、目頭が少しだけ熱くなった。 掲示板に書かれたヒロピーのメッセージと、作品を紹介しよう。 |
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AKIRAさん、 今日、僕の版画作品 「UFO2002ハンバーガーの逆襲」を送りました。 元気だしてね。 僕も、ひいばあちゃんが死んで、遊びにいってもいないとかなりへこんだ。 |
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22
feb(fri) |
茨城県牛久にある入国管理センターで、アフガン難民がそうとうひどい扱いを受けている。7カ月もの監禁、非人間的扱い、大量の薬物投与、子どもふたりが自殺未遂を起こした。ハサミで自らの体を傷つけ、パジャマで首を吊り、反抗すれば睡眠薬で眠らされる。 彼らはこう言う。 「私は日本が平和な国と思った。日本に来てからもすぐ収容された。 私だけじゃなくみんな毎日新しい病気になり、同じ薬を渡される。私は自分の国で命が危なかったから来たのに収容された。 UNHCRにも何回も電話し手紙も出したが、一回来てくれただけ。 人生がいらない。動物のようになった。 動物でも1日1回外に出る。犬も散歩する。 ここは毎日死ぬが、一回だけ死んだ方がよくはないだろうか」 オーストラリアのアフガン難民たちは子どもたちもふくめ口を針で縫いあわせてハンガーストライキをしたが、昨年末に日本でハンガーストライキをした人たちは、「アフガン復興会議に重なると非常に外聞が悪い」ということで病院送りになった。 2000年6月に違法入国しようとしたチュニジア人男性二人は、入国管理局の役員から顔面や体を殴るわ蹴るわの暴力を受け、その治療さえ拒否された。たまたまこの事件は空港警備員の告発によってマスコミに取り上げられたが、日本の違法入国者への非人道的な扱いは世界でも悪名高い。アメリカやヨーロッパに10年間も不法滞在したオレとしては、他人事とは思えないよな。しかも自国がいちばん酷いとは。 1999年6月、日本も「拷問等禁止条約」にサインした。おそすぎるけど、117番目の締約国だ。 近代国家日本に拷問など存在しないと思ってるだろ? ところがどっこい、日本の刑務所は欧米より50年も古い拷問システムが生きている。 皮ベルトや手錠につながれ、一日中正座したまま視線も動かせない懲罰によって脳卒中で死亡したり、看守の暴力は日常茶飯事だ。 法を犯さなきゃ関係ないと君は思うだろう。 今回オレは「父親殺し」の犯人に仕立て上げられかけた。 日本の警察はまずシナリオを決め、それに合った証拠を集めるというシステムを身をもって知った。 最大23日間という取り調べ期間は国際水準からしても長すぎる。しかも司法の管理下に置かれないから弁護士は立ち会えないし、警察を管理するシステムさえない。 そんななかで心理的肉体的拷問を23日間も受けたなら、誰でも「わたしがやりました」と言いたくなる。 1945年以降、強制自白によって死刑判決を受けた被告が無罪を勝ち取った裁判が4件もある。いや、4件しかないといってもいいだろう。 どんなささいなことでも「関係ない」で放っておくと、「明日は我が身」に降りかかってくるんだよな。 |
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23
feb(sat) |
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24
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講談社の綾木さんがわざわざ線香をあげにきてくれた。 以前オレといった霧降高原メルモンテの温泉が気に入ったらしく奥さんと娘を連れて日光にきたのだ。 はじめは照れていた花ちゃんは、幼稚園で発表するミュージカル「野菜の国の王子様」を見せてくれた。 「レタスはふわふわスカートで、シャキシャキシャキっと踊ります」 両手を広げ、くるくる踊る花ちゃん。 「ちょっぴり照れ屋のトマトさん、真っ赤なほっぺで歌います」 終いにはかすれるほど元気な声で、ニコニコ歌う花ちゃん。 「いつでも泣き虫タマネギ坊や、ママがいるからだいじょうぶ」 玄関からの逆光を受けて、幼いシルエットが舞う。 わけもなく幸福感につつまれた。 背筋のあたりから喜びの粒子がつきあげ、首筋をくすぐって、後頭部あたりで爆発する。花火のように煌めきながら胸のあたりまで降ってきた。 本当の幸福はさりげない日常に宿っている。 ラストは野菜の国にマヨネーズの魔法使いがあらわれて、みんなが美味しく食べられるというシュールなストーリーだ。 子どもは人を幸せにする魔法を知っている。 |
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25
feb(mon) |
太鼓を学ぶためアフリカにいっていた竜二(25歳?)が帰国し、日光へやってきた。 西アフリカのギニア、マリ、ブルキナファッソで9カ月をすごすのだが、早くも1カ月でマラリアに倒れる。雨期にはトイレの壁が真っ黒になるくらいハマダラ蚊で埋め尽くされる。高熱で意識を失い、両腕をアフリカ人に抱えられて入院する。なんとか命はとりとめたものの、一週間後にマラリアが再発する。しかも盲腸と併発というダブルパンチだ。 やっと退院した2週間後に大量のダニに襲われる。全身を狂ったように掻きむしり、傷跡が黄色く膿んでいく。 アフリカでは医者よりもまず呪術師(シャーマン)に相談する。呪術師は12個の宝貝をころがし、原因を占った。竜二がケンカ別れした太鼓の先生から呪いがかけられているという。 後日、呪術師は薬草から抽出した液体を竜二にわたし、こう指示した。 「液体は必ず上から下に塗ること。絶対に下から上に塗ってはいけない」 順調に傷は治っていったが、気を抜いたとき1度だけ下から上に塗ってしまった。そこは尻の部分で、痛みとともに急に腫れ上がり、仰向けに寝ることができなくなった。はじめは呪術師の指示などバカにしていた竜二だが、信じざるを得なくなったという。 べつの呪術師の娘につきまとわれ、何度追い返してももどってきてしまう。ある日娘の腕にヘナで描いた模様がつけられていた。それを見た瞬間、竜二は急に娘が好きになり、結婚までも決意する。しかし最後には託した荷物をすべて娘に盗まれてしまう。あとでわかったのだが、娘の腕の模様は「相手を惚れさせる」特別の魔法だった。 オレもセネガルやガンビアなどで経験しているが、アフリカにはシャーマニズムの世界が日常に生きている。 竜二と霧降高原にある温泉にいったが、全身に悲惨な傷跡が残っていた。 それはとりもなおさず、きびしい旅をくぐりぬけてきた男の勲章でもある。 |
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26
feb(tue) |
18年間アメリカのニューメキシコ州に住んでいたsumiさんという方からメールがきた。 sumiさんはニューメキシコ大学で博士号をとり、テキサスやニューメキシコの大学で文化人類学を教え、8ヶ月前に日本へ帰国したという。田口ランディ−さんのメルマガで「アヤワスカ!」を知り、感想を送ってくれた。 sumiさんは、1995年にニューメキシコ北部の山の中でアヤワスカを体験した。 そのときのシャーマンがDrゴンザレス、なんとオレがペルーのタラポトでセッションを受けたのと同一人物なのだ。 Drゴンザレスは現代的知識と伝統的知恵を合わせ持ったすばらしいシャーマンだ。 「聖なる量子力学9つの旅」(徳間書店)という本にも紹介されているし、一ヶ月ほど前、「今『アヤワスカ!』をもってペルーにいます。いいシャーマンを教えてください」という読者のメールにもDrゴンザレスを勧めた。 このような縁も、アヤワスカの導きかもしれない。 関係ないが、sumiさんとオレの誕生日は1日ちがいである。 |
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27
feb(wed) |
残念ながら満月は見えない。 本来なら今日の夕方、成田に到着しているはずだった。 この2週間さまざまなことがあったが、さらに不思議な出来事が起こった。 「アヤワスカ!」の編集者綾木さんのところに、講談社インターナショナルという関連会社から電話があった。翻訳の話でも持ち上がったのかといぶかりながら受話器をとる。 「わたくし、藤本みどりの兄です」 綾木さんは記憶をたどる。 「80歳を越える母がAKIRAさんの書かれた『アヤワスカ!』と読んでとても喜んでいます。お礼や感想をつづった手紙を送りたいのでAKIRAさんの住所を教えていただけないでしょうか」 思いがけぬ話に、全身が総毛立ったという。 藤本みどりさんはペルーのタラポトにある麻薬患者のリハビリセンターで禅を教え、40回にも及ぶアヤワスカのセッションに参加した。1997年悪性リンパ腫によって他界する。 死の2年後に出版された遺稿集「アヤワスカ」を読み、オレはアマゾン行きを決意する。タラポトでは偶然にもみどりさんが最も親しくしていた日系人家族と知りあい、彼女の死を告げることになった。 ジャングルのセッションでみどりさんが現れ、オレははじめて死者と語り合う。 「あなたならもっと遠くへ行けるわ」というみどりさんの励ましに支えられ、オレは意識のジャングルへと踏み込んでいく。 オレの「アヤワスカ!」という題名も、みどりさんの「アヤワスカ」を受け継ぎ深化させたという意味合いもある。みどりさんが死によって果たせなかった夢を引き継いだのが、オレの旅であり本だ。 今度はオレが書いた本をみどりさんの母親が読み、手紙をくれるとは。 「アヤワスカ!」を読んだ人にはわかると思うが、世界は見えない蜘蛛の巣のような情報網でつながっているのかもしれない。死者は生者を見守り、さまざまな出会いを用意してくれる。 みどりさん、ムーチョス・グラッシャス(どうもありがとう)。トトチョフにもブエナ・ヴィヴィータ・セグンダ(楽しい第2の人生を)。 |
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28
feb(thu) |
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